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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第六章 前世の亡霊篇

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14・ロード・アクセラレーター

「ちっ!またか!」

「思ったより強くないのが幸いだけどね!」


 真桜達は次々と鬼を倒している。今も真桜のウイング・ライン、敦のライトニング・スワロー、さゆりのダイヤモンド・スピア、久美のミスト・アルケミストが発動し、数体の鬼がまとめて消滅した。だが次から次へと、召喚の刻印から召喚されてくる。


「もしかしてこれ、召喚の刻印を壊さないといけないんじゃ!?」


 近くで避難作業を行っていた真子は、初めて召喚の刻印を見た。刻印術が刻印から発動することは常識以前の話なので、他にも同じことを考えた生徒会役員は多い。


「そうしたいんだが、数が多すぎて近づけねえ!」

「もうどれだけ倒したのか、わからなくなってるしね!」


 真桜がシルバリオ・コスモネイションを発動させた。今までS級を発動させなかった理由は、まだ避難が終わっていないからだ。幸いと言うべきか、唐皮、盾無、赤糸威が展示されるプレハブは襲われていないので、警戒しつつも避難誘導を優先させることにしていた。だが、いくらなんでも多すぎだ。今目の前にいる鬼の数は、既に倒した鬼と合わせても軽く50は超えているだろう。


「思っていたよりやるようではないか」

「誰だっ!?」


 だが突然、男の声が響いた。声の主はプレハブの中から姿を見せたが、その男の姿が物影から姿を見せた瞬間、またしても驚いた。


「あ、あなたは!?」

「村瀬燈眞!」

「な、なんでこんなところに!?」


 三つ年上の生成者である村瀬燈眞は、高校時代から刻印法具を生成していた優秀な術師だ。だが今年の世界刻印術相会談では、燈眞は招かれず、明星高校の生成者が招かれたため、刻印術師として、生成者としてのプライドを砕かれた。

 だがその矢先、USKIAの特殊部隊インセクターによって捕えられ、刻印後刻術という禁忌の術式を施されてしまった。そのまま明星高校の前で久美と戦うも、劣勢を強いられ、雪乃のクレスト・レボリューションによって後刻印を排除され、今は連盟の監視下で治療を行っていたはずだった。


「確かに私の名だが、今の私は平教経たいらののりつねと呼んでもらおう」

「平教経だと!?」

「いきなり何言ってんのよ、あんた!?」


 日本刀状武装型刻印法具 斬鋼刃ざんこうじんを手にしている以上、村瀬燈眞であることは誤魔化しようがない。だが同時に、自分が平教経だと名乗った男の考えは、当たり前だが理解できなかった。

 平教経とは平安時代末期の武将で、平清盛たいらのきよもりの甥にあたる平家随一の猛将と言われている。


「久しいな、刻印の狩人、水晶の戦乙女よ」

「おいおい、覚えてるのかよ……」

「不覚を取ったのは、私も同じだけどね」


 刻印後刻術の支配下ではあったが、燈眞は自分が誰と戦い、敗北したのかをよく覚えていた。特にクリスタル・ヴァルキリーには、インセクターの男と二人がかりだったにも関わらず、互角以上に立ち回られたのだから、実質的には燈眞の敗北と言っていいだろう。

 だが久美も入院せざるをえない怪我を負わされた。アーサー・ダグラスが刻印神器エクスカリバーの神話級治癒術式グレイルを使ってくれなければ、まだ入院していたかもしれない。


「っていうか、なんで二人の称号が日本語なの?」

「知るかよ」


 それも気になるが、どうも芝居がかったような、時代がかったような口調も気になる。


「南蛮の言葉はわかりにくいのでな」

「南蛮って……」


 だがその答えは、さらにわからないものだった。


「後刻術の後遺症、と考えるしかないな」

「案じずとも、後遺症などではない。だがそう思いたくなる気持ちもわからぬではない。なぜなら私は、あの忌まわしき禁術によって、前世の記憶を取り戻したのだからな」

「前世の記憶!?」

「じゃあ……本物の平教経だってことなの!?」


 さすがに驚かずにはいられない。


「そう言っている。あの時の私と同じだと思わぬことだ」

「それはこっちのセリフ」

「本物だろうとなんだろうと、せっかくの記念祭なのに、邪魔なんかされたらたまらないのよね」

「まったくね」

「それ以前に、俺達全員を相手にして、無事に帰れると思ってるのか?」


 だが驚いたのは真子だけで、風紀委員の四人はそんな様子が見られない。


「思っておらぬからこそ、鬼どもを使役している。ただの鬼では相手にならぬようだが、こやつらではどうかな?」


 教経が召喚の刻印に、新たに印子を込めた。召喚された鬼は赤鬼と青鬼だけだが、今までの鬼より一回り大きく、武器も持ってはいなかった。


「なんなのよ、これ!?」

前鬼ぜんき後鬼こうきだ。知らぬのか?」

「前鬼、後鬼?」

「前鬼、後鬼って……!嘘でしょ!?」

「知ってるのか、片桐?」

「修験道の開祖 役小角えんのおづぬが従えていたと言われる鬼の夫婦だったはずよ!」

「嘘っ!?」


 修験道の開祖 役小角が従えていたと言われる赤い前鬼と青い後鬼。阿吽を表す仏教用語を体現しており、それは宇宙の始まりと終わりを意味する仏教用語でもある。転じて二人の人物が呼吸を合わせて行動する時などにも使われる。狛犬や明王像に使われていることでも有名だ。


「ほう、知っていたか」

「役小角ときたか。もう何でもアリだな!」


 役小角は平教経よりさらに昔の人物で、奈良時代の呪術師だ。伝説による評価と混同されることが多く、実際の記述が少ないため本当の人物像は不明だが、刻印術師だということは確実視されている。

 その役小角が使役した鬼まで出てきたのだから、確かに敦の言うとおり何でもアリかもしれない。


「役小角だろうとなんだろうと、全部後回し!」


 無理やり、しかも強引に真桜が切って捨てた。


「そりゃそうなんだけどさ……」

「クレスト・テイルに役小角が出てきたから、知ってるはずでしょ」

「絶対間違えて覚えてるだろうけどね」


 真桜は歴史が苦手なので、役小角がどんな人物だったのか、実はよくわかっていない。人気ゲーム クレスト・テイルⅡに同名のキャラクターが出てきたので、名前だけは知っている。だがそのゲームの役小角は、あろうことか召喚士だ。鬼を使役したと言われている人物だが、召喚していたわけではないので、確実に混同してしまっていることだろう。


「だな。だけど後回しってのは賛成だ!」

「さすが、威勢が良いな。貴殿の相手は、この私がしよう」

「上等だよ!」


 なめられたと感じたわけではない。だが多くの鬼ばかりか前鬼と後鬼まで召喚したというのに、自分から前に出てくるというのが、敦の気に障った。


「敦!」

「お前らはそっちを頼む!」

「オッケーよ!」

「気をつけてよ。その人、以前とは感じが違うから!」


 久美も気になったが、以前の村瀬燈眞とは明らかに違う。本当に平教経の記憶が甦っているのだとしたら、経験値は確実に自分達をしのぐことになるのだから、警戒を怠ることは確実に死に繋がる。だがなぜ、敦を気にかけているのか、それがわからない。


「それもわかってるよ!」

「前鬼と後鬼は、他の鬼達と一緒になってくるみたいだから、私達は固まってた方がよさそうね!」

「異議なし!」

「私は真子達の離脱を支援するね!」

「ごめん、お願い!」


 真子がここにいるのは、怪我人を救助するためで、戦うためではない。それは他の生徒会術師も同様だ。何体かの鬼は、大河と美花が生徒会と共に倒しているが、さすがに前鬼、後鬼、そして平教経の相手は厳しい。


「行くぜ、村瀬燈眞!いや、平教経!」

「来い!」


 敦の雄叫びと共に、真桜達も結界内に散り、敦のファイアリング・エッジを纏ったバスター・バンカーと教経の斬鋼刃が、両者の中央でぶつかり合った。


――PM17:05 明星高校 鎌倉警察署前――

「すまなかったな、時間を取らせてしまって」

「いえ、それでは失礼します」


 飛鳥、卓也、準一は鎌倉署で警備の打ち合わせから、ようやく解放されていた。


「大変です、署長!」


 だがそこに、柴木の部下から緊急事態が告げられた。


「ん?どうした?」

「明星高校から110番です!」

「明星高校から!?」

「通報内容は?」


 明星高校からの110番は、近隣の高校と比べれば多い。だが要件を告げにきた警官の様子を見れば、いつもの通報とは事情が異なることは容易に推測できる。


「校庭で搬入作業中、突然鬼によく似た化け物が現れたそうです!既に警備の警官にも、被害が及んでいるとのことです!」

「なっ!?」


 さすがにこれは予想外だ。誰が通報してきたのかはわからないが、既に警官にも被害が及んでいるとなれば、一刻の猶予もない。


「他には!?」

「明星高校の生成者が応戦中ですが、ウラヌスが展開されているため、詳細は不明です!」

「詳細がわからないって……真桜達が……!」

「猶予はない、か。飛鳥君、久世君に連絡を取れるか?」


 この場の三人は、雅人とさつきが飛鳥と真桜に忠誠を誓っていることを知っている。柴木もそれを前提とした上で、雅人に連絡を取ってもらおうと考えた。


「三上?」

「みんなが……オウカが……真桜が……!」


 だが、飛鳥は混乱しはじめていた。飛鳥にとって、真桜は自分の半身に等しい存在だ。神槍事件では南徳光に殺される可能性もあったのだから、それ以来飛鳥は、真桜の身の安全には気を配っている。だからその真桜に、自分が知らないところで危機が訪れているとなれば、あの時の恐怖が呼び起されてもおかしなことはない。


「落ち着け、三上」

「署長、許可をください」


 そこに準一が口を開いた。飛鳥の様子はどう見てもただ事ではない。五人も生成者がいるとはいえ、何が起きているのかわからないのだから、一刻も早く明星高校に戻る必要がある。そしてそれができるのは、自分の刻印法具だけだということも、準一は理解している。だから柴木に、生成許可を求めた。


「あれを使うつもりか?」

「はい。あれなら時間をかけずに、明星高校へ行けます。それに二人のことは、署長も名村先生もご存知のはずです」


 この場の三人に限らず、四刃王、三華星は飛鳥と真桜のことを知っている。刻印神器ブリューナクの生成者である二人の身に何かあれば、世界を巻き込む可能性がある。特に相会談で煮え湯を飲まされたUSKIAは、宣戦布告すら辞さないかもしれない。USKIAとは同盟関係にあるが、過激派へ装備を提供していた疑いがあるし、相会談では刻印後刻術まで使ったのだから、その同盟関係はかなり脆くなっている。


「名村君、君の判断は?」

「それしかないでしょうね。久世へは俺から連絡します」

「わかった。一ノ瀬君、飛鳥君を頼む」


 柴木も卓也も、そのことを十分すぎるほど理解している。だから準一の要請を、四刃王二人の連名で承認した。


「ありがとうございます。お二人もなるべく急いでくださいよ?」


 だが本来、刻印法具を生成するために、いちいち許可を取る必要はない。不必要に生成することは問題だが、S級術式の開発や法具の特性を掴むためにも生成することは多いし、何より緊急時に許可などとってはいられない。しかも四刃王の連名による許可など、明らかに普通ではない。


「わかっている。三上を頼む」

「了解」


 その準一は右手の刻印に印子を込め、自動二輪状生活型刻印法具ロード・アクセラレーターを生成した。

 大型バイクを模したロード・アクセラレーターは、右のグリップがファイアリング・エッジ、左のグリップがフォトン・ブレイドに似た術式が内臓されており、剣としても使えるため、機動力と相まって近接戦闘では高い戦闘力を持つ。さらにリア・シートにいくつかの銃火器を追加生成することで、戦車並かそれ以上の砲撃戦闘能力までも発揮する。だがその形状ゆえに、簡単に生成することはできない。準一もそれを理解しており、今回四刃王の二人に生成許可を求めたのもこのためだった。

 ちなみにロード・アクセラレーターは火属性の刻印法具であり、複数属性特化型ではない。生活型や設置型、そして融合型は高い処理能力を活用することで、複数の属性を行使しやすいというだけの話で、複数属性特化型のように該当する属性に高い適性や耐性を持つわけではない。


「これが……準一さんの刻印法具……!」


 初めて生活型刻印法具を見た飛鳥だが、まさかバイク状だとは思いもしなかったから、かなり驚いている。


「説明は後だ。乗ってくれ」

「は、はい!」


 驚かれることには慣れているが、今はそんな状況ではない。飛鳥もそれをわかっているから、何とか気持ちを落ち着け、ロード・アクセラレーターの後部座席に乗り込んだ。


「無理はするなよ」

「状況次第ですね。さゆりが無茶してそうな気がしますから」

「負けず嫌いだからな、彼女は」


 さすが、妹のことをよくわかっている。


「敦君がストッパーになってくれてることを祈りますよ。乗ったか、飛鳥君?」

「はい!」

「では署長、名村先生、先に行きます!」

「頼む!」

「了解!SNS起動!」


 準一はロード・アクセラレーターのアクセルを吹かし、搭載されているサテライト・ナビゲーション・システムを起動させた。


「こ、これは!?」


 ロード・アクセラレーターは人工衛星とリンクすることで、目的地までのルートを算出し、地上10~50メートルを飛ぶように走る。これがグラビティ・ライダーの由来であり、連盟の一部では有名な話となっている。


「しっかりつかまってろよ!2分で着くからな!」

「2分!?そんな無茶な!う、うわあっ!!」


 驚く飛鳥を尻目に、準一はロード・アクセラレーターを発進させた。

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