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「それで?」
鋭い目でアンリとお由宇を見比べていた直樹が口を挟んだ。
「オレはどうすればいい?」
「そうね……彼は知ってるでしょ、アンリ」
陽動の方を頼もうと思うの。
お由宇の声に、アンリは頷いた。
「アア…ソレハイイ。滝サントデスカ?」
「そ」
きゅっといたずらっぽく片目をつぶったアンリに、お由宇は不思議に優しい表情になって、俺を振り向いた。
「志郎、後は『直樹君』にまかせるわ」
「へ?』
「直樹君、大沢をしばらく見張っていて。私達、もう少し情報を煮詰めてみるから」
「お由宇?」
一瞬、彼女の瞳に何かひどく優しいものが見えた気がした。こう、思いやりに満ちた俺への謎かけみたいなものが瞳にたたえられていて、俺がそれに気づくのを待ってくれているような…。
「あの、おゆ」
「滝さん!」
だが、急にぐいっと腕を引っ張られて、それ以上考えるのは無理になった。
直樹がしっかりと俺の腕を抱え込み、表通りへ引っ張り出していく。
「お、おい!」
「頑張ってね、志郎」
お由宇はちらりと憐れむような顔になりーそれは、なぜか直樹により多く向けられたような気がしたのだがー軽く頷いてアンリと話し始めた。
そのまま直樹に引っ立てられるように表通りに戻り、ようやく相手の手を振り切った。
「なんだよっ、もう!」
「…」
ふっと不敵な、見ようによってどこか物寂しくも見える笑みを浮かべて、直樹は肩を竦めた。ポケットから出した煙草をくわえ、ライターで火を点け、にやっと笑う。
「あのままにしておいたら、あんた、ずっと話してるだろう?」
言い捨てて、先に立って歩き出す。慌てて後を追って尋ねた。
「お、俺は一体何をやればいいんだ?」
「陽動さ。由宇子さんが言ってただろ?」
ふうっ、と煙を吐く。
「陽動?」
「由宇子さん達の方がちょっと華々しい動きをしなきゃならねえんでね、その間、大沢達にはこっちを向いていてもらおうってわけ。………怖かったら、よしてもいいぜ?」
「怖い……で引き下がれたらいいんだが…」
直樹と肩を並べながら、思わず溜め息をついた。
ここまでどっぷり事件に浸かっちまったからには、きちんとカタがつかない限り逃げられないのはわかってる。
そう言うものなんだ生まれてこのかたずっと、きっとやっぱりこれからも。
巻き込まれたら始末がつかない限り、終わらない。
「ほんっとにおかしな人だな」
「?」
「よくまあ、他人の事で、そこまで一所懸命になれるもんだぜ」
呆れ果てたと言いたげな声だった。
「周一郎があんたにとってどうだって言うんだ? 何の繋がりがあって、死んじまった今でも、あいつの影を追っかけてるんだい?」
(繋がり?)
きょとんとした。
陽は温かく俺達を照らしている。人々の幸せそうな笑みの中で、俺と直樹だけが夜へ向かって歩いていく。
直樹のことばをぼんやりと考える。
俺は孤児だった。
俺が育てられた園の園長は、世に珍しい世捨て人風の老人で、身寄りのない俺達をそれなりに親身に育ててくれた。
園には俺より小さい子どももゴロゴロいたが、園長には、彼の生き方に惚れ込んだ出資者がいて、園はまあまあの水準を保ち、俺達はひねくれている暇もなく、遊び、喧嘩し、成長した。
奇妙なヘンクツ老人は、俺が大学に入る前にこの世を去り、子供達はバラバラになってーそれぞれの行き先を一人一人見つけておいたのは、何か思うところがあったのだろうー社会に紛れた。
そうだ、周一郎ぐらいの奴は一杯いた、年齢的にも、性格的にも。
なのに、俺はどうしてあいつにだけ、これほど魅かれたんだろう。




