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「どっ!」
「しっ」
きょろきょろしていたところに、いきなり足をかけられてひっくり返った。表通りから少し入った路地へと一気に引っ張り込まれて、喚こうとしたのを制される。
「お由宇…」
真ん前に突き出された顔が、苦笑した。
「案の定、まかれちゃったのね」
「案の定って……始めっからそのつもりだったのか?」
むっとすると、
「そういうわけじゃないけど……でも、『彼』があなたと一緒なら、大沢は周一郎が生きていると思うかも知れないし、そっちから揺さぶりをかけられると思ってたんだけど…」
代わり。周一郎の。
「周一郎は死んだんだ!」
思わず反論してしまった。
「あいつの代わりなんて、いやしない!」
ぴくっと体を震わせたお由宇が口を噤み、はっとする。
「ごめん。そうよね、周一郎はいないのよね」
「……すまん」
慰めるような物言いに、きまり悪くなって目を逸らせた。
実は自分でも驚いた。こんなに『周一郎が生きている』ということに対して過敏に反応するとは思わなかった。
たぶんきっと俺は、まだ信じてないのだ。
あんなにはっきり死体を見ても、高野や岩淵やお由宇が周一郎の死をベースに、いろいろ動き出していても、まだ信じていない。
『周一郎は死んだ』
『周一郎はいない』
そう繰り返し言い聞かせている途中で、だからそれを覆されるようなことを聞くと、それに頼りそうになる自分が不安になるんだ。
けど、それはお由宇とかには関係のない話で。
俺のこの感情は八つ当たりで。
情けない。
「はあ…」
溜め息をついて目を上げた先に、いつの間にか、直樹が居た。淡いシルエットになって、じっとお由宇とのやりとりを聞いていたらしい姿、俺の視線を一瞬避け、次には思い直したようにまじまじと見つめ返しながら、直樹は口を開いた。
ためらいがちに、何かを囁こうとするように。
けれど、その直前、急に気を変えたように、
「まーったく! やってられねえな。いなくなったんで心配して来てやれば、こんな所で何してるんだよ、あんたって人は! 救いようがねえな!」
「……」
確かに俺は救いよーがないアホかも知れないが、お前に罵倒される筋合いはないぞ。
三輪車のガキとか女子高校生には罵倒され慣れているが、お前にだけはそう言う筋合いはないぞ。
無言で睨み返した俺のかわりに、お由宇が尋ねた。
「大沢は?」
「例の所。誰かと待ち合わせてるぜ」
ひょいと肩を竦めてみせる。
「アンリ、聞いての通りよ」
「ソウ、デスカ。ヤッパリ、取引ハ、日本デ行ワレルヨウデスネ」
振り返るお由宇に答えたのは、上品な三つ揃いを着こなした、背の高い男だ。たどたどしい日本語を操り、きれいなブルーの目で俺を捉え、無邪気に笑った。
「滝サン、デスネ? ボク、あんりト言イマス。あんり・でゅびえデス。由宇子サンニハ、オセワニナッテマス」
誰だこいつは?
「彼は、今度の事のフランス側の人間なの」
俺の内側の声を聴いたように、お由宇が説明してくれる。
「……えーと、それはあの……警察とか、インターポールとかの?」
「…」
にこりとアンリは目を細めた。肯定とも否定とも取れる曖昧な笑みだ。




