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月下魔術師 〜猫たちの時間3〜  作者: segakiyui
5.喉元過ぎれば…

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2

「どっ!」

「しっ」

 きょろきょろしていたところに、いきなり足をかけられてひっくり返った。表通りから少し入った路地へと一気に引っ張り込まれて、喚こうとしたのを制される。

「お由宇…」

 真ん前に突き出された顔が、苦笑した。

「案の定、まかれちゃったのね」

「案の定って……始めっからそのつもりだったのか?」

 むっとすると、

「そういうわけじゃないけど……でも、『彼』があなたと一緒なら、大沢は周一郎が生きていると思うかも知れないし、そっちから揺さぶりをかけられると思ってたんだけど…」

 代わり。周一郎の。

「周一郎は死んだんだ!」

 思わず反論してしまった。

「あいつの代わりなんて、いやしない!」

 ぴくっと体を震わせたお由宇が口を噤み、はっとする。

「ごめん。そうよね、周一郎はいないのよね」

「……すまん」

 慰めるような物言いに、きまり悪くなって目を逸らせた。

 実は自分でも驚いた。こんなに『周一郎が生きている』ということに対して過敏に反応するとは思わなかった。

 たぶんきっと俺は、まだ信じてないのだ。

 あんなにはっきり死体を見ても、高野や岩淵やお由宇が周一郎の死をベースに、いろいろ動き出していても、まだ信じていない。 

『周一郎は死んだ』

『周一郎はいない』

 そう繰り返し言い聞かせている途中で、だからそれを覆されるようなことを聞くと、それに頼りそうになる自分が不安になるんだ。

 けど、それはお由宇とかには関係のない話で。

 俺のこの感情は八つ当たりで。

 情けない。

「はあ…」

 溜め息をついて目を上げた先に、いつの間にか、直樹が居た。淡いシルエットになって、じっとお由宇とのやりとりを聞いていたらしい姿、俺の視線を一瞬避け、次には思い直したようにまじまじと見つめ返しながら、直樹は口を開いた。

 ためらいがちに、何かを囁こうとするように。

 けれど、その直前、急に気を変えたように、

「まーったく! やってられねえな。いなくなったんで心配して来てやれば、こんな所で何してるんだよ、あんたって人は! 救いようがねえな!」

「……」

 確かに俺は救いよーがないアホかも知れないが、お前に罵倒される筋合いはないぞ。

 三輪車のガキとか女子高校生には罵倒され慣れているが、お前にだけはそう言う筋合いはないぞ。 

 無言で睨み返した俺のかわりに、お由宇が尋ねた。

「大沢は?」

「例の所。誰かと待ち合わせてるぜ」

 ひょいと肩を竦めてみせる。

「アンリ、聞いての通りよ」 

「ソウ、デスカ。ヤッパリ、取引ハ、日本デ行ワレルヨウデスネ」

 振り返るお由宇に答えたのは、上品な三つ揃いを着こなした、背の高い男だ。たどたどしい日本語を操り、きれいなブルーの目で俺を捉え、無邪気に笑った。

「滝サン、デスネ? ボク、あんりト言イマス。あんり・でゅびえデス。由宇子サンニハ、オセワニナッテマス」   

 誰だこいつは?

「彼は、今度の事のフランス側の人間なの」

 俺の内側の声を聴いたように、お由宇が説明してくれる。

「……えーと、それはあの……警察とか、インターポールとかの?」

「…」

 にこりとアンリは目を細めた。肯定とも否定とも取れる曖昧な笑みだ。

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