表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月下魔術師 〜猫たちの時間3〜  作者: segakiyui
4.導火線

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/42

1

 秋晴れの気持ちのいい日だった。

「おはようございます、滝様」

 周一郎の告別式は終わったにもかかわらず、いつもより一層黒づくめの服装をした高野が深々と頭を下げた。

 俺を迎えてくれるはずの、もう一人の顔はない。周一郎の体が既に灰となり、細かな粒子となっている、それは俺にとってーおそらくは高野にとってもー実感のないことだった。

「にゃあん」

 優しく甘えた声を上げて、ルトが足下へすり寄ってくる。青灰色の滑らかな体を脚にこすりつけ、少し耳を倒し、小さく口を開けて、下げているボストン・バッグを邪魔そうによけ、再び俺に全身で甘えてくる。 

「お前も淋しいのか」

 俺はそっとルトの小さな体を抱き上げた。

 床に置いたボストン・バッグに高野が静かな目を向ける。

「出ていかれるのですか?」

「……周一郎がいないんだ。俺のいる意味はない」

(そうだ、俺はもう、あいつに何もしてやれない)

 答えながら、俺は妙に虚ろな気分になっていた。ふと、身内が死ぬというのはこんなものなのだろうか、とぼんやり考える。

「にゃ…あ」

 ルトが頬に顔をすり寄せてきた。甘えているとも慰めているともとれる仕草、その温かみが急にあることを思いつかせた。

(本当に?)

 俺の思考に気づいたように、きらっとルトが金色の目で俺を射抜く。

(俺は、本当に何もしてやれないのか?)

「マジシャン…だ」

 俺はきっと、日本で唯一彼女の素顔を知っている。そして、その拠点としているところにも、ひょっとすると辿りつけるかもしれない。

「高野」

「はい」

「もう少し、俺をここに置いてくれ」

 振り返った俺を、高野は眩そうに目を細めて見た。

「ひょっとすると、何かわかるかも知れない」

 まさか、滝様が。

 そう一笑に付されるかと思った予想は外れた。

「坊っちゃまから命を受けております」

「は?」

「滝様が望まれるなら、お好きなだけ御滞在頂くようにと」

 また大家さんに追い出されるようなことになるんでしょう?

 そう呟いて、サングラスの奥で微笑む顔が見えた気がした。

「周一郎が?」

「はい。もし自分に何かあった時は、滝様の望まれるままにするように、と」

 高野は物寂しい笑みを浮かべた。

「…それは、最近、に…?」

 掠れる声を絞り出した。

「いいえ、京都へお出かけになった直後です」

 高野のことばに、優しくまとわりついてくるような周一郎の思いを感じ取った。

(周一郎……おまえ…)

 守ろうとする、かの高みの翼を思わせる両の腕。

 本当は、誰よりそれが欲しかったのは、周一郎だっただろうに。

(居場所が欲しかったのは、お前だろうが?)

 沈んだ俺にルトが小さく鳴いて、腕を擦り抜け、軽い足音を立てて床に降り、肩越しに振り返った。来い、と言っているらしい。

 俺はルトに付き従って外に出た。緑豊かな広々とした敷地の中を、俺を導いて、ルトは二つの墓標の前に出た。

 真白な二つの墓標。

 目にしみるような鮮やかさと冷たさで、俺の前にそれらはあった。

「周一郎」

 そっと墓標に手を置いた。ぽんぽん、といつか周一郎がやっていたように叩き、最後にばちん、と叩き降ろして勢い良く背を向けた。

(待ってろよ、マジシャン!)

 俺は、神経だけは他の誰よりタフなんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ