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秋晴れの気持ちのいい日だった。
「おはようございます、滝様」
周一郎の告別式は終わったにもかかわらず、いつもより一層黒づくめの服装をした高野が深々と頭を下げた。
俺を迎えてくれるはずの、もう一人の顔はない。周一郎の体が既に灰となり、細かな粒子となっている、それは俺にとってーおそらくは高野にとってもー実感のないことだった。
「にゃあん」
優しく甘えた声を上げて、ルトが足下へすり寄ってくる。青灰色の滑らかな体を脚にこすりつけ、少し耳を倒し、小さく口を開けて、下げているボストン・バッグを邪魔そうによけ、再び俺に全身で甘えてくる。
「お前も淋しいのか」
俺はそっとルトの小さな体を抱き上げた。
床に置いたボストン・バッグに高野が静かな目を向ける。
「出ていかれるのですか?」
「……周一郎がいないんだ。俺のいる意味はない」
(そうだ、俺はもう、あいつに何もしてやれない)
答えながら、俺は妙に虚ろな気分になっていた。ふと、身内が死ぬというのはこんなものなのだろうか、とぼんやり考える。
「にゃ…あ」
ルトが頬に顔をすり寄せてきた。甘えているとも慰めているともとれる仕草、その温かみが急にあることを思いつかせた。
(本当に?)
俺の思考に気づいたように、きらっとルトが金色の目で俺を射抜く。
(俺は、本当に何もしてやれないのか?)
「マジシャン…だ」
俺はきっと、日本で唯一彼女の素顔を知っている。そして、その拠点としているところにも、ひょっとすると辿りつけるかもしれない。
「高野」
「はい」
「もう少し、俺をここに置いてくれ」
振り返った俺を、高野は眩そうに目を細めて見た。
「ひょっとすると、何かわかるかも知れない」
まさか、滝様が。
そう一笑に付されるかと思った予想は外れた。
「坊っちゃまから命を受けております」
「は?」
「滝様が望まれるなら、お好きなだけ御滞在頂くようにと」
また大家さんに追い出されるようなことになるんでしょう?
そう呟いて、サングラスの奥で微笑む顔が見えた気がした。
「周一郎が?」
「はい。もし自分に何かあった時は、滝様の望まれるままにするように、と」
高野は物寂しい笑みを浮かべた。
「…それは、最近、に…?」
掠れる声を絞り出した。
「いいえ、京都へお出かけになった直後です」
高野のことばに、優しくまとわりついてくるような周一郎の思いを感じ取った。
(周一郎……おまえ…)
守ろうとする、かの高みの翼を思わせる両の腕。
本当は、誰よりそれが欲しかったのは、周一郎だっただろうに。
(居場所が欲しかったのは、お前だろうが?)
沈んだ俺にルトが小さく鳴いて、腕を擦り抜け、軽い足音を立てて床に降り、肩越しに振り返った。来い、と言っているらしい。
俺はルトに付き従って外に出た。緑豊かな広々とした敷地の中を、俺を導いて、ルトは二つの墓標の前に出た。
真白な二つの墓標。
目にしみるような鮮やかさと冷たさで、俺の前にそれらはあった。
「周一郎」
そっと墓標に手を置いた。ぽんぽん、といつか周一郎がやっていたように叩き、最後にばちん、と叩き降ろして勢い良く背を向けた。
(待ってろよ、マジシャン!)
俺は、神経だけは他の誰よりタフなんだ。




