表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月下魔術師 〜猫たちの時間3〜  作者: segakiyui
3.空へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/42

2

(帰ってこない)

 冷たい感触の指先が心臓に届く。

(周一郎は二度と俺を呼ぶことはない)

「……」

 ゆっくり我に返る。

 正面の俺のポートレートが能天気な笑みを浮かべている。

 周一郎の個室に、その写真は掛かっている。ベッドと上品な落ち着きをたたえる木製の調度品の中、部屋のどこからでも見られるように。

 まるで、一番大切な家族、離れてはいるけれど、誰よりも側で見守ってほしい家族の写真のように。

「…んなもん、飾ってどうするんだ」

 写真は答えない。

 写真は助けない。

 俺はすぐ側に居たのに。

(最後まで一人で逝ってしまった)

 落ちた時に、周一郎が自分から差し伸べた手を引き寄せてしまったことが、心に苦く澱んでいる。

「ひきずり落としときゃ、よかったんだ」

 こんなに鈍感な俺なんか。

「こんなふうに大事にするほどの価値なんて、なかったんだ」

 写真に毒づく。

 どれほど哀しかっただろう、自分から救いを断ち切ってしまうのは。

 どれほど苦しかっただろう、これほど心を許した友人に裏切られるというのは。

「俺を落として、お前が助かればよかったんだ……っ」

 冷たい顔で冷ややかに振舞っていた通り、俺の安全なんか、気にしなくてよかったんだ。

「にゃ」

「……ルト?」

 ふいに声が響いて振り向くと、部屋の隅から青灰色の猫が立ち上がり、とん、と机の上に乗った。そのまま、燃えるような金色の目でこちらを見ている。

「…呪い殺していいぞ」

 お前にはその資格がある。

 自嘲気味に呟いてみせたが、相手は俺の自己憐憫なぞに興味はなかったらしい。瞳を鋭く煌めかせると、こととっ、と机の上にあった本を蹴り落として床に飛び降り、そのうちの一冊を踏みつけて小さく鳴いた。

「にゃむ」

「何?」

「んにゃ」

「何だ?」

 こっちへ来てみろと言わんばかりの声に、ゆっくり体を起こし、ルトの側へ近寄る。ひらりとルトが身を避けて、踏みつけていた本を拾い上げる。

 立派な革表紙の本、だが開いてみて、繊細な文字で書かれたそれが日記だと気づく。

「…今日、遊び相手が来た。滝志郎。大悟に似ている。だがドジだ……俺?」

 おい、ルトこれは、誰の。

 振り向いてみたが、既にルトは姿を消している。

 日付は俺が初めてここに来た日だから、ここの家の者には違いない……もしかして。

「周一郎の…?」

 おいおい、それはまずいだろ、と慌てて戻そうとしたとたん、捲れたページと視界に飛び込んだ文字に動けなくなる。

『滝さんが撃たれた。僕は自分を許さない』

「ああ……あの時の…」

『こんな人が居てくれたら、どれほどこの世界が好きになれるか、と』

「………」

 胸が詰まる。

 のろのろと椅子に戻り、俺が屋敷に来た日からゆっくりページを捲った。

『わからない。どういう人だ? 見えている通り? こんな人が世の中を生きていける? ぼくと同じ、孤児なのに』

『本当に見えている通りのお人好し? あり得ない』

『本気で心配して、子ども扱いする。不愉快だ。計画に適合しない?』

『他人をあてにした。僕が。怪我をしたせいだ。計画がずれたせいだ』

『何を迷ってる? 打つ手は終わった。滝さんを使えばいい。けれど、嫌われる? たぶん確実に。憎まれる? あり得る。憎まれるんだ』

『ミス。滝さんが危ない。怖い。どうして? 失敗が?』

『滝さんを庇ってしまった。馬鹿か? 僕が? 滝さんが? きっと僕だ。キャストをミスしたのに手放さなかった』

『種明かし。しなくていいのにしたかった。嫌われたくなかったが嫌われた。憎まれた。二度ともう戻ってこない』

『二度と戻ってこない。助けてくれそうだったけど』

『二度と戻ってこない』

『戻ってくるはずない』

『どこにいるんだろう』

『戻ってくるはずない』

『大丈夫か』

『二度と戻ってこない』

『戻ってきた。なぜ? ああもう理由はいい。戻ってきた』

 胸をえぐられて読むのを止める。

 朝倉家に戻った時の周一郎の顔を思い出す。自制がきかずに、一瞬ぱっと顔を輝かせた。その時ばかりはサングラスが不似合いな子どもに戻った顔。

「……ちっ」

 舌打ちして日記に戻る。

 逃げるな。こっからが俺がやったことだろ。

『清の裏切り。罠。滝さんが一緒だ』

『僕は、大丈夫だ』

 日記は少し途切れている。無邪気な『直樹』の時間。

 光の中、笑い声、あのまま周一郎を放っておけば、今も生きていたんだろうか。あんな切ない死なせ方をさせなくて済んだんだろうか。

『滝さんが撃たれた。僕は自分を許さない』

『こんな人が居てくれたら、どれほどこの世界が好きになれるか、と考えては、いけなかった』

『何度も戻ってくる。なぜ? 危ないのに。なぜ? 僕は何もしないのに? なぜ?』

『信じる、という行為は何だろう。意味がないのに。滝さんはなぜここにいる?』

『彼女から警告。綾野は生きている』

 ざわ、っと背中の毛が一気に逆立った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ