【番外編】明日が待ち遠しいと思えるのは(オウガ視点)
「桜河さん、朝ですよ! せっかく朝食付きのコースを選んだのに、食べ損ねますよ!」
「ん……お前、メイコ?」
「そうですよ。一日で忘れたんですか?」
カーテンを開ける音がしたかと思えば、眩しい朝日に部屋の中が満たされる。
メイコは、昨日オレが知り合った女の子だ。
ようやく光に目が慣れてきたなと思えば、風呂へ押し込まれた。
「いいですか、この蛇口を捻るといい温度のお湯が出ます。魔法みたいなものですから、壊そうとはしないようにお願いしますね!」
わざわざ説明してくれるメイコの言葉からは、若干の棘が感じられる。
テレビを壊しかけたことを……まだ怒っているようだ。
浴槽の中にカーテンを入れて、コレで頭を洗ってなどと、メイコは事細かに説明してから、風呂場を出ていった。
魔法都市周辺には、似たような風呂があるから、それなりにわかるんだがな……。
体を洗い清めてから、メイコの買ってくれた服を着る。
それから朝食の支度がされている店で、メイコとご飯を食べた。
どうやらビュッフェスタイルのようだ。
メイコは、たっぷりと皿に食事を盛っていた。
「それ食べきれるのか? ビュッフェのときは、食べられる分を取るのがマナーだぞ?」
「あっ、一応ビュッフェはわかるんですね!」
一瞬バカにしてるのかと思ったが、メイコにそんなつもりはなかったらしい。
オレと同じテーブルにつくと、食事の挨拶をしてから、もぐもぐと食べ始める。
その小さな体のどこに入るのかという量を、メイコはあっさり平らげてしまった。
どうやら、オレの心配は……無用のものだったらしい。
「今日は学校ないのか。学生なんだろう?」
「昨日から夏休みに入ってるので、問題ありません。本当は今日、朝からバイトの予定だったんですけどね……どうやら母さんが電話してたみたいで、こなくていいそうです!」
オレの問いに、メイコがふふっと笑う。
その額に青筋が浮かんでいた。
「仲直り……したんじゃなかったのか?」
「……なんのことです?」
尋ねれば、フォークでメイコがウィンナーを突き刺す。
その動作が、妙に怖かった。
「いや、なんでもない……」
色々とこじれてしまっているみたいだなと思いながら、オレは溜息を吐いた。
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「桜河さん、遊びにきたよ! 今日はどこへ行く?」
「そうだな……図書館へ行きたい。文字が読めないから、本を読んでくれ」
メイコは毎日のように、オレの宿へと遊びにきた。
初日に手に入れた鍵で、勝手に部屋へ入ってきてはオレの用事に付き合い。
そしてオレの部屋でくつろぎ、日が暮れてから家へと帰っていく。
いつでも来ていいとは言ったのはオレだが……本当に入り浸るようになるなんて思ってなかった。
それでいて、段々と遠慮がなくなっている気がする。
まぁ、そのほうが気が楽だから、別にいいんだがな。
それに、メイコのおかげで異世界の情報収集はかなりうまくいっていた。
メイコからこの世界のことを聞いていくうちに、わかったことがいくつかある。
まず、この世界は人間が治める世界だということ。
エルフや竜、獣人といった多種族は存在しないみたいだ。
さりげなくメイコに探りをいれてみれば、それらは本の中にしか出てこないよと言われた。
次に、この世界では『魔法』が一般的ではないということ。
エルフや竜のように『魔法』という概念自体は存在するようだが、これもまた本の中にしか存在していないとメイコは思い込んでいるようだ。
それでいて、オレがこの世界に来て『魔法』だと思い込んでいた力は、『科学』という全く別のものらしい。
魔力自体は、この世界に存在している。
ただ、魔力を魔法へと変えるために必要な魔力回路が……この世界の者達にはないみたいだ。
だからこそ……『魔法』が、この世界では発達しなかったんだろう。
面白いなと思う。
竜族もいなくて、魔法もない世界。
オレが珍しい黒竜であることも、膨大な魔力を持っていることも。
――この世界の人間は、誰も気づくことがない。
そもそも知ったところで、意味をなさない。
ここなら、オレは。
ただのオーガスト――いや、オウガでいられる。
そう思えば、ずっと自分を縛っていた鎖が消えていくような気がした。
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「メイコ、オレも高校に通いたいんだが」
この世界のことを知るなら、学生になったほうが手っ取り早い。
そうオレは考えて、メイコにそんなことを言えば笑われた。
高校は基本的に十五~十八歳の男女が通うものらしい。
竜族の固有魔法である『翻訳魔法』を発動させているから、言葉自体は通じている。
しかし、文字まではよくわからなかった。
『翻訳魔法』は、花嫁になる人間とコミュニケーションを取るために編み出された魔法で、代々親から子へと受け継がれるものだ。
ただ、細かなニュアンスまでは伝わらないし、翻訳間違いもあって確実性にはやや欠ける。
そのため、オレが旅先でこれを使うのは最初だけで、後は自力でその国の言語を覚えるようにしていた。
この魔法は学習型の魔法だ。
親族の誰かが覚えたものを共有しているにすぎなくて、万能に翻訳できる魔法というわけではなかった。
なぜ異世界であるメイコの国の言語を……翻訳できているのかは、よくわからない。
便利だからありがたいが、ここで暮らすなら色んなことを知っておきたかった。
「三十代の桜河さんが高校に通うのは、さすがにムリですよ!」
「だから、オレはまだ人間の年でいうと二十代前半だって言ってるだろ!」
メイコときたら、未だにオレをおじさん扱いする。
この日の話しはそこで終了したが、オレは高校へ通うことを諦めてはいなかった。
少々裏の手段を使って……戸籍を偽造させて十五歳で登録することにした。
メイコが宿を借りるときに使った『桜河・ストエル・東吾』という名前を使い、日本人と外国人とのハーフという設定で、役所での手続きも済ませてしまう。
ただこの国では十五歳は成人扱いされないみたいで、二十歳から大人扱いのようだ。
色々不都合があったので、架空の父親の戸籍も作り、宿を出てその名義で『マンション』の部屋を借りた。
マンションの部屋のドアから、自分の異空間の部屋へ繋がるように細工を施す。
異空間の部屋は、主の意志である程度物を作り出すことができるから、引っ越しの手間がいらなくて便利だ。
しかし、この部屋だと……日本の部屋っぽくないかもしれない。
オレの異空間の部屋は、泊まっていた宿とも内装が大分かけ離れていた。
本屋に行き、部屋の写真が載っている本を買ったり、家具屋へ行ったりして、それっぽい異空間の部屋を作り上げた。
白と黒を中心とした、すっきりとした部屋。
大体、こんなものだろうと思う。
まだ宿屋の部屋はキープしてあったので、そこでメイコが来るのを待って……新しい部屋へと案内した。
「うわぁ……いい部屋見つけたね! うちの高校がかなり近いよ!」
「まぁな?」
それを条件に探したからな、とはもちろん言わない。
メイコの通っている高校とこのマンションは、目と鼻の先だ。
すでに転入するための準備は整っていた。
明日、メイコのクラスに転入予定だ。
多少ズルをして、メイコと同じクラスにしてもらった。
「これなら、学校帰りに遊びにこれるね!」
「これまでどおり、好きなときに来ればいい」
そう言って鍵を差し出せば、メイコは少し驚いた顔をした。
「なんだ、どうした?」
「いや……鍵くれるとは思ってなかったから」
「あの宿……ホテルのときも、メイコはオレの部屋の鍵を持ってただろう。何を今更言ってるんだ?」
メイコの戸惑いがよくわからなくて、首を傾げる。
「勝手に入ってもいいの? その、実は……迷惑じゃないかなって、思ってたんだけど」
オレの顔色を窺うような上目遣いで、メイコがそんなことを言ってくる。
「そんなこと思ってたわりには、遠慮してなかった気がするが?」
「うっ……だって、桜河さんいつだって来ていいって言ってたし。鍵返せとも言わなかったから、つい……」
押しかけて悪いなと、ずっと思ってはいたらしい。
もごもごとメイコは言い訳するかのように呟いた。
その手に、鍵を強引ににぎらせる。
「来てほしくないなら、鍵なんて渡さないだろ。まだまだ、メイコには教えてほしいことがいっぱいある。これまでどおりに、オレの部屋を使っていい」
「……うん!」
嬉しそうにメイコは頷く。
こんなつまらない男の部屋にやってきて、何が楽しいんだろうと少し思いはする。
オレは話し上手というわけじゃないし、愛想もよくない。
面倒事を手伝わせてばかりいるのに、メイコはそれを苦にした様子もなかった。
「ちょっと桜河さん、なんで私の頭撫でるの?」
「……なんとなくな」
まぁいいですけどと言いながら、メイコは大人しくオレに頭を撫でられている。
ただ自然体で、オレに接してくれる。
それだけのことが、とても貴重で……たまらく幸せに思えた。
オレが高校に通うことを知ったら、メイコはどんな顔をするんだろうな。
そのことを考えれば……明日が待ち遠しかった。




