33.逆転したのはいつなのか
「一気に飲むなんて、何を考えてるんだ!」
「……ごめんなさい」
オウガにおぶられながら、帰路につく。
吐き出したので酔いはすっかり覚めていた。
酒に弱いわけではないのに、どうにも私は調子に乗って飲み過ぎてしまう。
オウガに介抱されて迷惑をかけたあげく、記憶を無くして、朝目覚めればオウガのマンションにいるのがパターンと化していた。
まぁ、今回はそれとは違うけれど、迷惑をかけたことは変わりない。
「……まぁ、酒を勧めたオレも悪いから、反省してるならもういい。酒が少し入ったほうが、親父さんとも話しやすいと思ったんだけどな」
オウガは私をよく見ている。
わかってくれることがありがたかった。
街を歩けば、まだ十一月だというのに、クリスマスのイルミネーションがキラキラと光っている。
私の借りているアパートは、オウガのマンションの隣だから、帰り道は一緒だ。
高校を卒業して家を出ると言えば、母さんも史人さんも大反対した。
就職先に選んだ会社は、実家から通える距離にあって、一人暮らしをする必要はどこにもなかったのだ。
いっそ県外に行ってしまえば、一人暮らしもできるかな。
そんなことを考えた矢先、オウガが自分のマンションに住めばいいと言い出した。
「メイコの実家より会社に近いし、メイコも入り浸ってて、住み慣れたものだろ? シェアハウスってやつだ。もちろん家賃は安くする」
凶悪面にしか見えないよい笑顔で、オウガは提案してきた。
確かにオウガの家にお泊まりすることもあるし、入り浸ってはいたけれど、一緒に住むのはさすがにまずい。
少し心が揺れながらも断れば、オレのマンションの近くにあるアパートならいいんじゃないかと、オウガが物件を探してきてくれた。
手頃な値段で、オウガの家も近い。
オレがいるからメイコに何かあっても大丈夫ですと、オウガが母さんと史人さんを説得してくれて、私は念願の一人暮らしを手に入れていた。
オウガには世話になりっぱなしだ。
……おかしいなぁ。
最初は確かに、私のほうがオウガの面倒を見てたはずなのに。
いつの間に逆転してしてたんだろう。
今じゃすっかりオウガは日本に馴染んでしまって、私が教えることなんて何もなかった。
「親父さんも誘って……クリスマスパーティを開くのはどうだ、メイコ?」
「えっ?」
「それなら、プレゼントをあげるついでに色々ときっかけもできるだろ?」
オウガが立ち止まって、私を下ろす。
いつの間にかアパートの前まで来ていた。
「それは……いいかもしれないけど。私が誘っても、参加してくれるかな……」
「大丈夫だ。聞いてみればいい」
不安な私の前で、オウガは史人さんに電話をかけだす。
「もしもし、史人さんですか。メイコならもう大丈夫です。アパートの前につきましたから。さっき言い忘れたことがあるみたいで。メイコにかわりますね」
オウガときたら、心の準備ができていないのにいきなり電話を手渡してくる。
「あ、あの……!」
『なんだい、メイコちゃん?』
電話の向こうから、史人さんの声がする。
「クリスマス、開いてますか」
オウガが私の目の前で、言う言葉を指定してくる。
「クリスマス、開いてますか!!」
パニックになりながらも言葉を繰り返せば、オウガがその調子だと親指を立てた。
「えっと、そのっ……家族皆でクリスマスパーティをしたいなって考えてて。史人さんも参加しませんか……?」
『……参加していいのかい?』
勇気をふりしぼって口にすれば、躊躇いがちに史人さんが尋ねてくる。
「もちろん!」
電話の向こうにいる相手には見えないのに、思わず大きく頷いて答える。
『そうか。今から楽しみだ』
史人さんは、優しい声でそう言ってくれた。
その後でお母さんにも電話を替わってもらう。
家族でのクリスマスパーティの計画を話せば、お母さんも喜んでくれた。
『メイコから家族でパーティをしようなんてお誘いがくるなんて、思わなかったわ!』
「まぁ……オウガの案なんだけどね」
『そうなの。オウガくんにありがとうって伝えておいてね』
母さんと少し話してから、おやすみと言って電話を切る。
携帯をオウガへと返却した。
「……ありがとうオウガ。母さんも、史人さんも……喜んでくれてた」
「よく頑張ったな。勇気出せたじゃないか」
お礼を言えば、オウガが頭を撫でてくれる。
「林太郎とオレも準備は手伝うから。メイコは親父さんへのプレゼントを用意しておけ」
声が優しくて、力強い。
甘えてしまってるなと思う。
「オウガ……ありがと」
「気にするな。オレがしたくてしてることだ」
頑張れというように、オウガが肩を叩いてくれる。
まるで勇気をもらったような気分になって。
次こそは――お父さんと呼べるような気がした。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
「よし、できた!」
史人さんへのクリスマスプレゼントに、手編みのセーターを作った。
こう見えて手先は器用だ。
既製品にもまけない、なかなかのできだと自負している。
「次は……オウガのマフラーを仕上げなきゃね」
史人さんへのプレゼントをラッピングしてから、編みかけのマフラーを手に取る。
今回のお礼も兼ねて、オウガには青いマフラーを編むことにした。
絶対に喜んでくれるとわかるから、編むのが楽しい。
コツコツと編んでいって、完成したのはクリスマスの四日前。作り終えたところで満足して寝て、起きたら朝だ。
遅刻ぎりぎりだったので弁当を作ることは諦め、いつもオウガが待っている場所へと急ぐ。
アパートとマンションの建物の間、特に決めたわけではないけれど、ここで待ち合わせしてから会社へ向かっていた。
目的地は一緒だし、朝の通勤時間を使って今日のスケジュールを確認すれば、一日の仕事はスムーズに進む。
とても効率的だ。
「っと危ない! お金忘れるところだった!」
この日のためにと取ってあったお金を、鞄にしまう。
今日は私の大好きな乙女ゲーム『黄昏の王冠』の続編が発売する日だった。
すでにアニ●イトには初回限定版を注文済み。店舗別特典もしっかりとチェックしてあるから、抜かりはない。
好きなゲームの発売日ってだけで、今日は頑張れる気がする。
仕事が終わったらアニ●イトでゲームを受け取り、明日は公休日でお休みだから一日中ゲームをする予定だ。
そのために昨日でやるべきことは全て終わらせてあった。
「……それはどういうことだ! 答えろ!」
弾む足取りで待ち合わせ場所へ向かえば、オウガの切羽詰まった声が聞こえた。
何事だろうと思えば、誰かと電話をしている。
「お前は何を知ってるんだ。ちゃんと言え! ちっ、切りやがった……!」
オウガは悪態をついて、誰かに電話をかけ直す。
らしくない焦った様子だった。
「どうしたのオウガ! 何かあった?」
「……メイコ」
駆け寄って尋ねれば、オウガは少しほっとしたように見えた。
けれどその顔色は悪い。
「いや……何でもないんだ」
オウガの電話から「電源が入ってないところにいるか……」というアナウンスが聞こえてくる。
かけ直した相手は、オウガの電話を取ってくれなかったようだ。
「何でもないって感じじゃないよね?」
「平気だ……大丈夫だから」
心配で声をかければ、オウガはまるで自分に言い聞かせるみたいにそう口にする。
それから私の手をにぎってきた。
「……行くぞ」
何で手を繋ぐの!といつもなら文句を言って振り払うところだけれど、できなかった。
オウガは険しい顔をしていて。
何よりも……私の手をにぎるその手が、何かに怯えるように小刻みに震えていた。




