21.信じることと信じられること
帰る時間になっても、先生がホームルームに現れない。
何かあったのかなと思っていたら、テストの際にカンニングがあったらしい。
情報だけが隣のクラスの子から入ってきて、クラスの中がざわつく。
しばらくして先生がやってきたけれど、それについての情報は何もなく、帰るように言われた。
「オウガ、明日お休みだよね。林太郎が映画見にいかないかって言ってるんだけど」
「そういえば、約束してたな。あの青いネコ型ロボットのやつか……感動ものは苦手なんだが」
「あの子、結構ドラ●もんも好きだからね。というか、ドラ●もんって感動ものだったっけ……?」
そんな会話をしていたら、先生がこちらへやってきた。
「桜河くん、ちょっといいかしら」
「はい」
二年生になって、担任が若い女の先生になった。
オウガが呼ばれて頷けば、先生はここじゃちょっと話せないと別の教室へ移動する。
「ふーん、オウガ……もしかしたらカンニング疑われてるのかな?」
近くにいたサキが、そんなことを言う。
「えっ? でもオウガはそんなことしないよ?」
「そんなこと知ってるよ。あいつはクソ真面目だからね。でも、あの先生はオウガのことそこまで知らないからなぁ。メイコ、行くよ」
サキがそう言って、ついてこいと歩き出す。
空き教室のドアの前で、サキは足を止めた。
「先生は怒らないから、素直にいってくれ。桜河くんは、二年前に日本にやってきたばかりだよな。それでこんな成績を取るのは、難しいはずだ」
「……カンニングなんてしてません」
「桜河くんがカンニングをしていたという情報を、先生はもらっているの。誰が、とは言えないけど、悪いことは必ずばれるものよ」
先生達とオウガの会話が聞こえてくる。
声からして学年主任の先生と、うちの担任だろう。
二人ときたら、最初からオウガがカンニングしていると決めつけているみたいだ。
聞こえてくる話しの内容に、私の苛立ちが募っていく。
「桜河くんは素行も悪いわよね。一年生のときには、他校の生徒と乱闘騒ぎも起こしているし、停学処分にもなってる。悪い噂も色々聞いているのよ」
「……」
担任の言葉に、オウガは黙って、何も言い返さない。
それをいいことに、一方的に話しを続けていた。
「失礼します!!」
もう我慢ができなくて、がらりとドアを開けて中に入る。
「……メイコ?」
「朝倉さん?」
驚くオウガと先生の間にある机を、バンと強く叩く。
二人は広い教室の中、小さな机を向かい合わせて話しをしていた。
「オウガはカンニングなんてしてません! 担任なら、疑うより信じてあげてください!」
「勝手に聞いていたのね。これは、プライベートなことだから……」
声を荒げれば、担任の先生が私を宥めるかのような声を出す。
それに構わずに続けた。
「オウガが一生懸命勉強をしていたことは、私がよく知ってます。オウガはカンニングなんてするような性格じゃないんです。自分の力でやらないと、勉強は身につかないっていつも言ってますから」
この人は何もわかってないと、腹の奥がむかむかとしてくる。
怒りが収まらない。
「他校との乱闘騒ぎだって、オウガは巻き込まれただけです。私が連れていかれそうになったから、仕方なくついていったんです。何も知らないくせに、決めつけないでください!」
一気にまくし立てれば、担任の先生はぽかんとしていた。
私がこんなふうに怒るようなタイプだと、思ってなかったのかもしれない。
「ねぇ先生、いったい誰がオウガのカンニングを見たって言ったの?」
「それは……言えないわ」
いつの間にかサキも教室に入ってきて、担任の先生に問いかける。先生は分が悪いというように、困った顔をしていた。
「ふーん、別にいいけどさ。疑うなら、再テストすればいいじゃん。似たような問題作ってやればいい。できるよね、オウガ?」
「オレとしては、それで問題ありません」
サキに問いかけられて、オウガが堅苦しく答える。
学年主任の先生がそれがいいと言い出して、その場はそれで解散することになった。
「本当有り得ない! なんでオウガが疑われなきゃならないの!」
「悪い事があると真っ先によく疑われるから、慣れてる」
オウガの家で、クッションを苛立ち紛れに叩く。
怒る私に対して、オウガはいたって冷静な様子で、追試用の勉強を始めていた。
「よくあることじゃないよ! ちゃんと怒らなきゃ! オウガもオウガだよ。どうしてもっと違うってはっきり否定しなかったの!!」
「言ったって信じてもらえないと思ったからな。というか、メイコ。なんでお前が、オレのことでそんなに怒ってるんだ」
オウガが不思議そうに尋ねてくる。
そんなのわかりきっていることだろうに。
「オウガのことだから怒ってるんでしょ!! あんなに頑張って、努力したのに、あんなこと言われたんだよ!? 悔しいに決まってるじゃない!」
「……」
叱り飛ばすような勢いで言えば、オウガは目を見開く。
「なによ……何か言いたいことでもあるの?」
不機嫌なまま尋ねれば、オウガはペンを置き、自分の口元を押さえた。
それから少し私から目線をずらす。
「いや……まぁ、そのなんだ。結構嬉しいものなんだな」
「何が」
「自分のために、怒ってもらえることが……だ」
口元を隠すオウガは、ほんのりと頬が赤い。
「ダメだ、顔がしまらない。ちょっとコンビニまで行ってくる」
そう言ってオウガは席を立って、部屋を出てしまう。
私の側を通るときに、少しだけ見えたオウガの横顔は。
これ以上ないというほどに、緩みきっていた。




