勇者とは④
戻ってきた、アレンたちの姿。
それに、城内の者たちは歓声をあげる。
しかしその歓声はすぐに沈んでいく。
代わりに、声が響く。
「ゆ、勇者様」
宙を浮く、フェアリー。
「い、言うより。見た方がはやいです」
「はやく奥に」
染み渡る声。
それにアレンたち、奥へと進んでいく。
台座のある、空間へとーー。
〜〜〜
違和感はすぐにアレンを襲う。
日の光。
室内にも関わらず青空。湿った土と葉の匂い。
しかしアレンたちは進む。
一行が辿り着いたのは、台座の置かれていた部屋ではない。今はただ“静かすぎる場所”となった小さな石庭。
風はあるのに、鳥の声がない。
アレンは足を止める。
倣い、共に来た者たちも足を止めた。
そして見た。
ひょい、と石の上に腰掛けていたのは、小柄な少女だった。深緑の外套。年端もいかぬ見た目に反して、その眼差しだけが異様に古い。
「久しぶり、勇者くん」
ゼウスが眉をひそめる。
「誰だ?」
「マーリン、だよ」
「嘘を言え」
「ほんとうだよ」
軽く手を振る少女――否、小柄な女賢者は、にこりと笑った。
「正確には、“ありえたであろう私”。でもまあ、気にしなくていい。ここも長く続かない。ここはマリアが全てを捧げた結果」
「時空が歪んだ空間。今、君たちが見ているのはどこかの世界線のわたしたちだ」
その背後。
影が、地面に“沈む”ように現れる。
明るいはずなのに、闇が一瞬だけ重なった。
白い肌。黒髪。幼い少女の姿。
だが、足元に落ちる影は、底なしに深い。
「ヨミ」
ブライが息を呑む。
冥府の女王。
かつて死者の行き着く場所を統べ、今はその座を退いた存在。
文献に書かれていた存在。そのもの姿。
ヨミはアレンを見て、静かに頭を下げた。
「あなたに、伝えねばならないことがある」
石庭の空気が、わずかに張り詰める。
アレンは、何も言わず頷いた。
マーリンが軽く咳払いをする。
「単刀直入に言う。ランスロットがここに居る理由」
彼女は、再び生を得た騎士へと視線を向けた。
「それは“奇跡”じゃない」
ランスロットは、ゆっくりと息を吸う。
そして小さく頷く。
マーリンは指を鳴らした。
すると、空間に淡い光が揺らぎ、一つの“記憶”が浮かび上がる。
祈り、膝をつく一人の聖女。
マリア。
『ごめんなさい、アレン』
『あなたを、選べなかった』
声が、胸に直接触れる。
『だからこれは……私の贖罪』
光の中で、マリアは両手を胸に当てる。
そこから引き剥がされるように、白く眩い“何か”が現れた。
魂。
否、魂よりも深い――“存在の核”。
マーリンが静かに語る。
「聖女マリアは、自分の“次”を全部使った」
「転生も、救済も、未来も。全部」
「そして」
ヨミが後を続ける。
「冥府の理を越え、私の領域に踏み込み。彼女は願った」
少女の声は、淡々としている。
「『この騎士を、もう一度この世界に立たせてほしい』と」
光景の中で、ヨミ自身が現れる。
玉座の前で、頭を下げるマリア。
その身に己の全てを捧げし加護のオーラを纏いながら。
『私が背負うはずだった罪も、裁きも、すべて持っていって構いません』
『だから――』
『あの人を、アレンの傍に』
光が、砕ける。
記憶が、消えた。
石庭に戻った時、誰もすぐには言葉を発せなかった。
ランスロットが、声をこぼす。
淡々と。その瞳に青を宿しながら。
「私は」
声がかすれる。
「彼女の全て。それを踏み台にして」
「違うよ」
マーリンが、即座に否定した。
「彼女は“選んだ”。勇者に選ばれなかった世界で、それでも勇者を信じ続けることを」
ヨミは、アレンを見つめる。
「そして彼女は言った。『許されるとは思っておりません。たとえ、わたしの全てを捧げた』としても」
アレンの喉が、わずかに鳴った。
剣を握る手が、震える。
だがその表情が崩れることはない。
ヨミは、ほんの少しだけ微笑んだ。
「それが、彼女の“祈り”だったから」
「全てを捧げ。ランスロットに聖女の加護はかけられた。この世界の力。加護の力がね」
マーリンが、柔らかく言う。
「マリアは、君に救われたかったわけじゃない」
「君が“わたしを許す行為で苦しむことのない"よう、全部を差し出した」
沈黙。
風が、石庭を抜ける。
アレンは、深く息を吸い、そして吐いた。
「俺は」
顔を上げる。
その眼は、もう揺れていない。
「無駄にはしない」
「捨てた未来も、ランスロットが背負った命も」
剣に手をかけ、一歩前に出る。
「世界を選ばなかった勇者として、全部引き受ける」
ランスロットもまた言葉を続けた。
「ならば私は」
「彼女の選択を証明する」
ヨミは、満足そうに頷いた。
「やはり」
マーリンは肩をすくめる。
「残念だが、時間だ。もっとこの姿でわたしたちは君たちと語り合いたかったが、致し方ない。語り合うのなら、元のわたしとヨミ。その二人と語り合ってみたまえ」
空の向こうで、鐘の音が鳴る。
それは、誰かの死を悼む音ではない。
“選ばれなかった未来”が、確かに歩き始めた合図だった。
〜〜〜
元の空間に戻る、光景。
そしてそこで、アレンはマリアの亡骸を見る。
台座に寄り添い、静かに事切れた、かつて自分が愛した人。
その側には、見慣れたマーリンとヨミの姿。
二人共、アレンを悲しげに見つめている。
だが、アレンは前を見る。
その目はしかし、決意に満ちていた。




