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「そういえばトーマ、今日はキャロル家に泊まっていきますか?城まで戻ると明日は学園だから少し辛いでしょう。泊まるのなら義母上に話を通しますが」
「お、良いのか?良いなら泊まらせてもらうけど」
「どうせリリアとトーマは先程の一方通行の道がある魔法陣を作りたくて仕方ないでしょう?帰ってからリリアは家の仕事がありますが討論をする時間くらいは取れるでしょう。イェスラ、という訳でお願いします」
『おうよー』
「リリア、お前もいいのか?俺は嬉しいけど」
「うちの天使に手を出さなければ別に構わないけど。手を出したら二度と魔力を使えない身体にするからね?」
「止めろ怖い」
頭の中で帰宅してからのスケジュールを組み立てる。
まず嘆願書の確認と選別を行って、夕食前に孤児院の子達の様子を見て……本当は休みの今日、孤児院の方にも行こうと思っていたのに城に呼ばれて……と言うか呪われて全ての予定が狂った。
幸いにも呪われている間は欲望に気を取られなかったおかげで仕事は通常よりしっかりしていたので教師や経営の仕事は問題ない。
リュートの師事、教師の仕事に孤児院に領地経営。
水曜は午後の授業がないので、水曜あたりに魔術棟に行こうか。
ならば外部講習の申請を明日して…
指輪をくるくる回しながら、予定を軽く組んでいく。
しかしこの忙しさだとトーマと語れるのは昼休みくらいになる。
そうとなれば今日のお泊まりはとてもありがたい。
考えることが多すぎて、目をつむり。
するとそっとエルク様に抱き寄せられてもたれかかる。
暖かい体温を感じながら予定、希望、色々な情報を纏めていく。
「おい、リリア寝たのか?」
「……どうでしょう。寝てる感じじゃないですけどね」
しばらく考えて
馬車が止まる感覚で目を開ける。
先に降りたエルク様に抱き上げてもらい、玄関への道を行く。
「本当に来て大丈夫だったのか?」
「義母上と城の許可は降りてますよ」
「ならいいんだけどよ……」
「トーマ、身体強化しておいた方がいいよ」
「は?」
トーマに忠告をするだけでなく、私もエルク様に降ろしてもらいリズがどう来ても対処できるように身体強化をする。
さあどこからでも来い!
覚悟を決めてドアを開けて
「ただい「ねえたまあああ!」……ひえ…」
目の前を何かが飛んで行った。
一瞬で顔面の前を通り過ぎていったのは、うちの天使だった。
そのまま飛んで行った方向から破壊音が聞こえてはっと我に返ると玄関脇の壁にリズが刺さっていた。
いやものの例えでなく本当に。
「り、リズーーーー!?」
「しっぱいしちった」
てへっと笑う天使は可愛い。
たとえ壁からズボッと抜け出てきても可愛い。
先程とは違い通常の速度で歩み寄ってきたリズを抱き上げて、ヨシヨシと髪を撫でる。
「なんだ……その幼女…」
「可愛い妹です。リズ、お姉ちゃんの友達のトーマだよ」
「とーみゃ?」
「よく出来ましたー!」
「いや出来てないから!!」
さすが可愛いリズ!と強く抱きしめるとキャッキャと楽しそうに喜ぶ。
ああもううちの妹可愛い。
先日までの怯えた様子がうそのように喜ぶリズを可愛がっていると、パタンという音が聞こえた。
リズが壁に穴を開ける→魔国の王太子が訪問→意識を寄せるような音→この結果から推測される存在を察知して、リズの髪を撫でながらさっと乱れを直し。
すっと背筋を伸ばして、微笑みを浮かべ音のなった方を振り向いた。
「ただいま戻りました母様」
「おかえりなさいリリア、エルク。それからようこそいらっしゃいましたシャルディン殿下」
そこには微笑みを浮かべる母様がいた。手には扇子。音の正体はきっとあれだろう。
「さあお疲れでしょう。夕餉の支度が整うまで客間をご用意したので御寛ぎ下さいませ」
「お荷物お持ち致します」
「殿下、私は城へ明日の荷物を取ってまいります」
「ああ、頼む」
メイドに荷物を渡し、母様の目配せでエルク様がトーマを客間に連れていった。恐らく護衛が離れているあいだの護衛の代わりでもするのではないだろうか。または純粋に客人の相手か。
とにかく母様に指示されたのはエルク様だけだ。
私とリズは、ゆっくりとこちらへやって来る母様を待つことしか出来なかった。
「それでリリア、城に呼ばれたそうだけど大丈夫だった?」
「はい、問題はありませんでした。……魔術棟も昔とだいぶ趣が変わられていたので」
怒っていると思ったけれど、心配をかけていたようだ。
まあ、当たり前か。
私が魔術棟に行くのはあの日以来だったのだから。
「そう、無理をしていないなら良いわ。さあリリアは早くお仕事を済ませて客人の相手をなさい。わかっていると思うけれどあなたも成人前とはいえレディなのだから殿下と二人っきりにはならないように」
「わかりました。では着替えてから執務室に参りますね」
「ああ……リズは置いていきなさい」
さりげなくリズと一緒に部屋に行こうとしたけれど、ダメらしい。
涙目で首を振るリズの額にキスを落とすと、リズを降ろした。
「リズいらっしゃい」
そして母様に呼ばれて、しょんぼりしながらついて行く可愛い天使に心で頑張れ!と応援をして
私は着替えと領地仕事を片付けに向かった。
嘆願書を読んでいると一つ、懸念事項ができた。
川の氾濫の防止措置と対策準備だ。
去年氾濫した川の補修として提出された予算案に『布袋』が無いのだ。
氾濫した川の補修と言えば土嚢を置いて当たり前なのだけど。もしかして土嚢の概念が無いのだろうか……。
もちろん予算案は不自然のないものだったので許可の判子を押して母様に回したけど。落ち着いたら資料を探してみようと決める。
ああ、でも急いだ方がいいのかな。一瞬迷って、迷って。
「爺、少し聞きたいことがあるんだけど」
「なんですかな」
「川の氾濫後の処置ってどうしてるの?」
「…大体の場合は土精霊持ちと水精霊持ちが協力して行いますな。氾濫するほどの大掛かりなものとなると複数の精霊持ちが協力して行います」
「じゃあ対策準備って主に何を?」
「川周りの土を土精霊持ちが魔法で固めます。その効果はとても良いのですが精霊持ちを集めることが大変と聞きますね。最低でも中級以上の契約者でないとダメと聞きます」
想像以上にファンタジーだった。
魔法ありきの対策に少し違和感を感じるが、今の会話での欠点として契約者を集めるのが困難だとわかる。
いや、土嚢で良いんじゃね。
土嚢でなんの問題もなくね。
土嚢なら誰でも出来る。探す手間も省ける。人手は必要だけどとても便利だと思う土嚢。
しかし精霊での地盤固めがどれほどのものかわからないので
孤児院出身のネルに少しだけ検証を付き合ってもらおう。
とはいえ今すぐは私の時間が足りないので、話だけでも通そう。元々様子を見に行くつもりだったし。
という訳でさくっと仕事を片付けて孤児院の子達がいる部屋に向かったの……だけれども。
「あーそうそう。魔国では魔力を声に乗せる精霊魔法は発展してても、魔力操作では段違いでこっちがすごいぜ」
「そうなんですね。私達声に乗せるタイプは習ったことないんですけどどうですか?」
「火魔法使うぞーとか言ったら相手にモロバレじゃん?カッコ悪くね」
「確かに!でも魔法陣魔法も良いけど精霊魔法もやってみたいけどなー」
「リアとネルならば可能じゃないですか?君達は精霊と契約しているのだから」
何故いるエルク様。何故いるトーマ。
目的地ではエルク様とトーマが楽しそうに子供たちと話をしていた。




