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カーバンクルは結局家までついてくるつもりらしい。
まあそれ自体はどうでもいいのだが。
久しぶりのエルク様を補給したいのに、精霊がうるさくて出来ない。
馬車に乗ってからしばらくは我慢していたが、いつまでも終わらない喧嘩に疲れてリェスラとカーバンクルは床に放流した。
そして改めて、エルク様にぺったりくっつくが。
「戻ってくれて良かった」
『ちょっと!あんたのせいでリリに抱っこして貰えないじゃない!』
「お待たせしました」
『僕のせいじゃないし!君がうるさいからだろ!』
本当にうるさい。
少し考えて、エルク様と私の周りに防音の結界を張る。それほどに2人はうるさすぎた。
「良いんですか、リェスラ泣きそうだけど」
「エルク様を補充できなければ私が泣きます」
「それは大変だ。好きなだけおいで」
お膝抱っこで抱きしめられて背中を撫でられると少し眠気が来た。今日は色々と忙しかったからねえ。
「それで、現状はどうなってますか」
「学園長とジーク殿が昔の王弟派閥として捕らえられて現在学園の関係者と魔術棟の関係者を総洗いしているそうです。ずっと水面下で動いていた人達の、やっと見つけた手がかりですので国家としても必死で調べるでしょう」
エルク様のお父様。エルク様の産まれる前に処刑された彼のことはわからないが……
『陛下は子供の世代に争いの芽を残さないためにエルク様を結婚させる気は無いと仰っていたわ』
昔母様はそう言っていた。
陛下がエルク様の一生を縛り付けるほどの禍根を残した人だ。
きっと陛下が危惧していたのは、学園長達のような人だったのだろう。
私を見るエルク様の目はとても優しい。蜂蜜のような甘さの瞳だ。
こんなに優しい人なのに。エルク様は何も悪くないのに。
彼が押し付けられた父の罪は、一体いつまで彼を巻き込もうとするのだろう。
絶対に守ってみせる。絶対に幸せにしてみせる。
「そしてリリアがずっと懸念していたリュート・シザー嬢ですが。彼女はシザー男爵家の養子ではありませんでした。本物の養子は今現在シザー家で大事に育てられているそうです。偽シザー男爵夫婦を名乗った人物や関係者は既に捕縛されている頃だと思いますが、リュート嬢とその母君はきちんと『保護』されているはずです」
エルク様への思慕がすごい勢いで帰ってきて、ぶっ飛んでいたリュートへの思い。
今の今まで仕事やエルク様などで忘れていたけど、その報告で安堵する程度には彼女への好意は残っていたみたいだ。
そうか、彼女はちゃんと無事なんだ。
「とりあえず彼女には今後解呪に全面的に協力をして頂き、彼女がばらまいた呪いの解除、及び以降の呪いの研究に協力を要請するように持っていきます」
要請と言っても、強制なんだろうな。リュートには少し申し訳ないが、この結果は仕方ないと思う。それだけ呪いは厄介だ。
それでもテロリストの一味として裁かれるより断然マシ。少なくとも、私はそう思う。
「明日、城へ行った時に正式に依頼されると思いますが彼女の師匠にはリリア、貴女がなります。賢者として1人目の正式な弟子にする予定ですがリュート嬢は魔術棟から王家の許可無く出ることは出来なくなる予定だ。少なくとも現時点では、ね」
実質上の軟禁か。
それもそれでどうなんだろう。
リュートの明るい笑顔が陰らなければいいんだが。
「と言うわけで明日はアイザックのところに行ったあとで魔術棟に行くけど……大丈夫かな?リュート嬢の魔力を封じる結界があるのが魔術棟だけなんだ」
魔術棟。そこに所属する賢者のはずの私だが、実際はあの時から魔術棟には行っていない。
ほかの賢者達には何回も会っているが、会う場所は私の家か、城の一室だった。
あの時の犯人が、まだ捕まってないから。
安全が確保されてないから、りりたんは来ちゃいけないよ。
そう、おじいちゃんたちに言われていたから。
最後にあの場所を見たのは酷い事故現場だったのに。
目を閉じて思い出されるのは、おじいちゃんや魔術棟のみんなの笑顔ばかりだ。
「大丈夫です、エルク様。魔術棟の方は昔と変わりないですか?」
「……先月行った時は、普通の建物でしたよ」
「先月“行った時”?」
「先程行くことになると言う話が来ると同時に、紅蓮の賢者殿からゆっくり来てくれと言う手紙が来まして……」
「……何か、仕込んでそうですね」
「商業街に行ったら、魔術師が沢山居そうですよね」
有り得る。どっちも大いに有り得る。
一瞬無言になり、エルク様と見つめあって。
2人でくすくすと笑い出す。
「さて、そろそろ着きますしリェスラを抱き上げてください。可哀想ですよ?」
「そうですね。リェスラ、喧嘩は終わった?」
『リリ、ごめんなさい』
『ごめんなさい』
結界を解いた瞬間、二人の精霊が謝りながら擦り寄ってきた。
2匹を抱き上げて膝の上に載せる。
「あまり喧嘩ばかりするなら、相手してあげないからね」
『まあリェスラはまだ子供だから、程々にしてやってなー』
「子供でも悪いことはダメです」
エルク様の肩でイェスラがケラケラ笑い。
エルク様も楽しそうに笑って、カーバンクルとリェスラは甘えてくる。
これが私の最高の幸せだ。
「ただいま」
「ただいま帰りました」
玄関ホールをぬけて、エルク様に降ろされて待機していたメイドに荷物を渡していると廊下の奥からひょっこりとリズが顔を覗かせた。
「リズ、ただいま」
「………?」
声をかけてもリズは顔しか見せず出てこない。どうしたのかな、と首を傾げると
「ねえたま!!」
何か閃いた!って顔をしたリズが結構な距離があったにもかかわらず一瞬で駆け寄ってきて腹部に飛びついて………私ごと吹っ飛んだ。
「リリア!?」
『リリ!!』
「ねえたま、ごきげんねえ!」
「お嬢様!?」
本気で扉に打ち付けた背中が痛くて、ズルズルと座り込みながらもお腹に突っ込んできた弾丸天使を抱きしめる。
と言うか、痛くて悶絶して抱きしめる以外のことが出来ない。
魔法で強化してれば別だが、普通の状態の私は一般少女マイナスくらいの体力しかない。
恐ろしいことにうちの天使は強化状態なら既に私通常状態を超えたようだ。
「ねえたま?」
「リズ……全力で、人に突っ込んじゃ…ダメよ…」
このままだといつか死人が出る。
そしてその死人は私の可能性も高い。
そう思い、リズの額をぺちっと叩くとリズは嬉しそうにはーい!と笑った。
いや、反省しようよリズ。
「今すぐ医者を!」
「大丈夫です、ちょっとした打ち身ですから」
『ん…骨とか内臓は平気そう』
すぐに飛んできたイェスラが頭の上に乗って私の身体を探ったらしい。骨折れてなくて良かった。本当に良かった。
少しすると痛みも引いてきて、エルク様に支えられながら立ち上がる。
「ねえたま、きょうは笑ってる!」
「……昨日も笑ってたよ?」
「昨日は怖かった!」
別段さほど変わらないと思うんだけど。
よくわからないけど、リズと手を繋いで母様に学園で起きたことを説明しに執務室へ向かった。
まあ、説明してくれるのは多分エルク様になると思うけど。
そうそう、余談としてここで少し悲劇が起きた。
「にゃんちゃん!!」
『僕は猫じゃないよー』
「かーあいいねえ。ねえたま、にゃんちゃん!」
ピンク色が好きなのか、カーバンクルに興味を示しまくるリズ。
カーバンクルは危険を察知したのか、リズに近寄らないようにしていたけれど。
「ちかまえた!」
その強靭な強化された肉体で距離を縮め、哀れカーバンクルはリズに本気で抱きしめられた。
それから、カーバンクルは我が家では精神体の状態でいることが多くなった。精神体は建物も通り抜けられるし、何より触れないからね……。




