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ショールディンさんが辞すると、ディートさんと一緒に資料の改善を行なう。
結果として授業の先読みをすることになったディートさんには申し訳ないが彼の画力はとても高かった。
エルク様にアイザック様の対応を任せて、ディートさんと一緒に資料を作り直してひと段落が着いた頃。
なんだか疲れた様子のトーマが入ってきた。
「……遅くなった」
「え、あ、あ、僕帰るね!キャロル先生、これ楽しいからまたいつでも呼んでね?殿下方、失礼します」
「あ、ディートさん本当にありがとうございました」
彼にもなにかお礼を用意しないとな。
共に作業をした感じ彼は芸術家肌のようだから美しい景色の写真とか、喜んで貰えそうだ。
王族が揃いだしたからだろう。慌てて立ち去った礼儀正しいディートさんとは違いトーマは疲労困憊の様子で、アイザック様の横のソファに座って「お茶を俺にもくれ」と言った。
うちのエルク様は使用人じゃねえと憤りたいところだが「リリアも飲む?」なんて聞かれたからダッシュでエルク様の隣に座って頷く。
「はあ……なんなんだよあれ……」
「どうかしましたか、トーマ殿」
「やたらシザー嬢が絡んでくるし、それでクラスのシザー嬢に好意抱いてる方のやつがところ構わず俺に当たってくるんだよ。俺一応王太子なんだけどどうなってんのこの国」
エルク様のお茶を堪能する前にトーマの周りの『モヤ』をかき消す。そして防音の結界を部屋に施す。
そしてエルク様の入れてくれたお茶を堪能する。
美味しいです。
険しい顔と疲労した顔の王族をよそにエルク様をみてニコニコと笑う。笑い返してくれた、好き。
「……学園では少しは身分は緩まりますが、そんな状況は明らかにおかしいですね。我が国の者が申し訳ございません、詳細をお聞きしてもよろしいですか」
「ああ。だからなんとかしてくれ。俺よりも俺の護衛が怒り狂ってるからこれ以上の事になったら国交問題にもなる」
あ、これやばいやつだ。そう思い、風でペンの束と包装紙とリボンと、普段私が使ってる(あまり出番がない)ペンと紙をこちらへ持ってきて
私のペンと白紙はアイザック様へ。
残りは私の膝の上に置いてペンの梱包を再開する。
スっとイェスラがリボンを。リェスラが包装紙を。
そしてエルク様が包装紙とペンを手に取った。
「エルク様、これは私がやらないと」
「いえ、諌めなかった私にも罰は必要ですので。それに……リリアは2人の話になにか思うところはないのかい?」
「……まあありますけど。あ、イェスラ…エルク様の体もチェックしといて」
『あーそうだった。任せろー』
「とりあえず私も手伝いますよ」
ソファの後ろで巨大な鳥になったイェスラが後ろからエルク様の頭の上に、顎を乗せた。
それに動じず笑顔でペンを包むエルク様にちょっと笑ってから一緒に仲良く包装をする。
聞かせる気満々で喋る前の2人から聞こえてきた会話は、今すぐ魔国が激怒してもおかしくない程の酷いレベルの話だった。
・まず例のシザー嬢。馴れ馴れしくまとわりついてしかもトーマ君呼び。さらに腕を組もうとしたりしてるそうな。
・さらにクラスメイトのシザー嬢の取り巻き。シザー嬢が絡んでも塩対応をすることに怒り男子は敵意を滾らせて何かと言いがかりをつけてくる。女子はものを隠したりなどの細かな嫌がらせをしてくる。
・シザー嬢嫌悪派がそんな取り巻き派に怒り頼んでもないのにトーマを守ろうと付きまとって馴れ馴れしくて鬱陶しい。
なんかもう、トーマのクラスぐちゃぐちゃでやばいなあ。
そう思いつつ、礼儀もマナーも『やるべきことを放棄』する状態にああ……と言うと納得感を感じて、包装をしながら紙に先程の私の状態と推測、解決方法を書いてテーブルにおいておく。
『ん、エルクは平気そうだな。魔力がないのが幸いしたな』
「そうですか、よかった」
とりあえずエルク様の無事を祝い合う。
そしてイェスラが頭の上から退いて自由になったエルク様が梱包をしながら私の書いた報告書を読んで……露骨に顔を顰めた。
「アイザック、これ」
「ん、なんだエルク」
「………なんだよこれ、二段構えなのかよ」
梱包を一時中断して書類をアイザック様に渡して真剣な表情で語り合う3人。
せっせと梱包作業をしながら……一応私もその事態について考える。
シザー嬢に対する嫌悪感や好意は、簡単に治せると思う。実際に治せたし。
問題はもうひとつの方だ。
魔力の放出口を塞ぐあの効果は、とてもやばい。
私より魔力操作の優れたイェスラでさえ治療は困難と言っていたことからーーーーーこの国では、治療が出来ないのではないかと予想する。
いや国外でも怪しいか。
つまり、学園の4年を筆頭に治せない病気が1人の少女を中心に広がりつつあるということだ。
もはや一刻の猶予もないので即刻の隔離を薦める。
私からの報告書にはそう書かせてもらった。
「……トーマ殿、せっかく留学してもらっているのに申し訳ないが明日から学園を休学していただけないか。魔国の王太子に何かがあっては取り返しがつかない」
「……そうだな、これはちとやばいかもしれないな。リリア、お前でも治せないんだよな?」
「……魔力を失ってもいいなら治せると思う」
「それは問題あるな…」
「とりあえずリリア、裏付け次第大至急動かせてもらう。報告、ありがとう。エルク、少し相談いいか」
「なんですか」
会話中も真面目に梱包を続け、精霊たちの手伝いもあってなんとかプレゼントは出来上がった。
じゃあとりあえず、依頼されている結界改善の作業に入ろうとすると準備室の扉がノックされた。
立ち上がり、扉を開けるとそこにはネリア先生が居て「学園長がお呼びです」と苦笑いで言った。
あー。さっきの授業のことがしれたのかな。
怒られるのかな、仕方ないけど。
「ありがとうございます、すぐに向かいますね。学園長室ですか?」
「ええ、そうです」
ぺこりと頭を下げて、職員室に戻ったネリア先生を見送り。
エルク様に学園長に呼ばれたので行ってきます、と声をかける。
エルク様は私と一緒に行くか迷っていたようだったが、殿下からの相談内容はどうシザー嬢を扱うかという重い相談だったので少し悩んでから気をつけてね。と頭を撫でてくれた。尊い。
肩にリェスラを乗せて、一人行動は初めてかもなー。
そんなことを思いながら自分の足で学園を歩く。
子供の足で歩く学園は、とても広かった。
それでもしばらくポテポテと歩くと、学園長室の前にたどり着いた。
コンコンとノックをするとすぐ学園長の声で「どうぞ」と返事が返ってきた。
言い訳も何も無い。結局やらかしたのは自分だし、『アレ』が原因ってわかるのは見えた私くらいだから。
はあ、と先にため息をついてから部屋に入るとーーーーー
『リリっ!!』
「え……?」
焦ったリェスラの声で振り向くとリェスラは肩に居なかった。彼女は、部屋の外で飛んでこっちに突っ込もうとしていた。
え、えっと。リェスラを拒んだ、結界?
なんでそんなものーーーーそう考えた瞬間、私の体を誰かが後ろから抱きしめた。
エルク様とは違う、女性の身体。
私から精霊を引き離すなんてーーーーーーー害を与える以外の理由なんて無い。
「リリア先生、私に魔法を教えてくださいね?」
体に注ぎ込まれる、他者の魔力。
やばい、やだ、やめて!!
「ーーーーーー!!!」
塗り替えられていく感覚に、声にならない悲鳴が上がる。
消えていく。大切なものが。
塗り替えられていく。エルク様が。
「エルク様を守って!!リェスラ、イェスラ!!」
そして、意識を失った。




