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「賢者様に教鞭を執ってもらうってことで少しはしゃいで人気のケーキを買ってきてしまったんだ。甘いものが平気なら食べてくれ」
ニコニコと促す学園長に悪い様子は見えない。
小さく礼を言って、ケーキを1口口に入れると爽やかな甘さが広がった。
美味しい。美味しいは美味しいけど、場の空気がなんとも…。
「リリア先生は一学年に入ってもおかしくない歳だろう?期待もしてるが、無理はしないかが心配でね」
「ありがとうございます。ですがエルク様もサポートしてくれますので精一杯頑張ります」
「うんうん、良い子だ。何かあったらなんでも言ってくれたまえ」
「あ、では講堂で授業をするために魔道具を持ち込ませてもらいます」
「ほう。どんな魔道具だい?」
「対象を写し取った映像を転写する魔道具です」
そういえば許可取らないとな。
そう思い映写機の話をすると学園長は首を傾げた。
なぜ傾げるのかわからなくて私も首を傾げる。
「それは一体何をする魔道具なんだい?」
「口で説明することは難しいでしょうから完成したら実際に見てもらうのがわかりやすいとおもいます」
「ああ、そうだな!じゃあ初めの授業の時には私も参加してもいいかい?」
「問題ないですよね、リリア?」
「あ、はい」
説明をしようとした私を遮ってエルク様が言う。
ちなみにエルク様のケーキはイェスラがエルク様の指に止まって食べていた。食い意地がはった精霊め。
「しかしリリア先生は本当にすごいな。ペンを使わない、転写版を使わないで書類を大量に作れるとか」
「お褒め頂きありがとうございます?」
「いや君は誇るべきだ。さすが最年少で賢者の名を賜る程の天才だ」
天才と言われて、チクッとする。
私は天才じゃない。スタートが早かっただけだ。
その後も凄い、すごいと褒めちぎられて時間が過ぎて。
ケーキもお茶も食べ終わり、またいつでもおいでと笑顔の学園長に見送られて部屋を出た。
扉がしまった瞬間、私を抱きあげようとするエルク様に先手を打って抱きつく。
腰にしっかりと手を回して、胸に顔を埋めてしがみつく。
「……リリア、ジグさんの店に行こう?」
「……はい」
天才。その一言でまとめられるのは癪だった。
私は頑張ってる。努力もしてる。
できないことだってあるし、時間をかけて研究だってしてる。
やっぱりあの学園長、苦手かも。
そんなことを思いながらエルク様に抱き上げられ、彼の肩に顔を填めて目を閉じた。
家で実験した限り、映写機は無事に完成した。
シャルマの魔石を嵌めて、上手く角度を決めて光魔法陣と有形の魔法陣を強化魔法陣を組み合わせられた。
なお、ジグに量産するか?と聞かれたがシャルマの魔力では魔石を量産するのが辛いのでそれはやめといてもらった。
母様の仕事も手伝って、持ち帰った学園の資料と照らし合わせて侯爵家としての仕事の予定も詰めて。
それでもなんだか、ずっと気分が乗らないので
リェスラと一緒にお風呂に入った。
『リリ大丈夫?』
「へーき」
リェスラにお風呂を泡風呂にしてもらい、私と同じくらいのサイズになったリェスラに抱きつく。
『ずっと元気ない』
「うん」
すべすべの鱗に頬を寄せて、心配をするリェスラの手をにぎにぎする。
私の世界は今まで狭くて。すごくすごく狭くて。
急に拡がった世界で、今まで対応したことがないタイプの人と関わって、疲れただけだ。
「私、甘ちゃんだなあ」
少なくとも前世ではバリバリ働いていたはずなのに。
針のむしろでは無くむしろいい人ばっかりだったのに。
むしろ、私のそばに居る人達がいい人過ぎたんだ。
『甘えてはいけないの?リリはまだ子供なのに』
「……大人になりたくなーい」
リェスラの鱗に頬擦りをしてから、子供らしい子供の考えに笑えてきてそのままくすくすと笑う。
そんな私の口元をリェスラの長い髭が擽った。こしょばい。
『私には甘えてね、リリ』
「イェスラにもリェスラにもいつも甘えてるよ、ありがとうね」
いつもよりうんと長風呂をして、リェスラとじゃれてからお風呂から上がると部屋にはメガネをかけたエルク様がいた。
メガネ萌えで一瞬悶絶するも、この4年……特に最近みっちりべったりしてるわけじゃないぜ!
気合いで萌を収める。
「エルク様、お待たせしてごめんなさい」
「いえ、遅いから少し心配で。髪乾かさないと濡れますよ」
濡れたタオル取られて、赤い髪を丁寧に拭かれる。
立ったままというのも何なので、袖を引いて一緒にソファに座る
。
「香油はどこですか?」
「あっちの棚にあります」
髪が乾くと、丁寧に香油も塗りこまれて。
いつものメイドがしてくれるのとは違う不器用な手つきが、また嬉しかった。
「出来たよ」
「ありがとうございます」
髪がサラサラになり、いい匂いになるとそのままエルク様に寄りかかる。
すると難なく抱きしめられた。エルク様からも、お風呂上がりのいい匂いがした。
「大丈夫、リリア?」
「大丈夫ですよ」
「元気なかったみたいだから」
「疲れてただけですよ。エルク様にくっついたら治ります」
「好きなだけおいで。歓迎するよ」
まあ、バレるよな。全然隠せてなかったからなあ。
詰めの甘さに内心で苦笑をしながら存分にメガネエルク様を堪能する。
メガネはいい。制服もいいけど、エルク様はメガネをかけると冷たく見えるからでろ甘とのギャップがまたいい。
「フォロー本当にありがとうございます。やっぱ私は大人と交流するのはまだまだですねえ」
「そりゃあ狡猾な大人からしたらリリアは格好の餌だからね。頑張って守るから側を離れないでね」
「はい。ありがとうエルク様」
本当は狡猾なたぬきからもエルク様を守りたいのだけれど。
少なくとも現時点での私では無理なので、素直に甘えておくことにする。
明日の始業式と入学式が終わったらいよいよ授業開始だ。
きっちり仕事ができるように、エルク様をいっぱいチャージしようと子供特権でスリスリと甘えた。
そんなふうにエルク様とリェスラとイェスラに甘やかされて持ち直した翌日。
私は衝撃の光景を目にすることになる。
「きゃっ」
「すまない、大丈夫か」
馬車から降りて学園の校舎に向かう途中。
ちらちらこちらを見て前方不注意になっていたレナード殿下は、一人の少女にぶつかり、少女を転ばせた。
慌てて少女に手を伸ばしたレナード殿下は息を飲む。ついでにそれを見た私も飲む。
「すみません、ありがとうございます」
明るい笑顔でレナード殿下の差し出した手を取り、立ち上がる金髪の美少女。
麗しい皇子と美少女が手を取り合う姿は、そこだけ空気が違いまるでなにかのワンシーンのようだった。
「悪い、俺は二学年のレナードだ。保健室に行こう」
「い、いえ、これくらい大丈夫ですよ!」
まるで2人だけの世界。実際には周りにはたくさんの生徒が通り、他の生徒も美少女と殿下を心配していたけども。
本当に、2人を取り巻く空気が違った。
いや、比喩でなくまじで。
レナード殿下と美少女の周りには薄い魔力が漂っていた。
なにあれ、あれも無詠唱の魔法かなにか!と2人の横をとおりすぎたあとも、私はエルク様の肩越しに2人をガン見していた。




