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「御褒美、ですか?」
「ええ」
帰りに母様に頼まれていた町や畑の視察も終え、王都に戻ってくるともう夕方で。
ソルトのところに寄ってイヤカフを受け取ってから帰宅すると、
エルク様が珍しいことを言い出した。
「これからもリリアのやりたいことを助けるので御褒美をくれませんか?」
「良いですよ」
断る理由がない。エルク様は私のせいで人生変えられたのだから。
なんでもオネダリ聞くよ!とウキウキしながらソレを聞いた瞬間ーーーーーー私はガチっと固まった。
「どうぞ」
コンコン、とノックをすると声がかけられた。
枕とリェスラを持って、ドアを開けるとーーー
寝巻きに身を包んだエルク様が水を飲んでいた。
「ああ、早かったですね。おいでリリア」
言われるままに体はエルク様の元に向かうが、内心はパニックだった。
エルク様に求められた御褒美。それはーーーー
「ほら、寝ますよ」
添い寝だった(吐血)
いつもは眠さの限界で一緒に寝ていたが、今日はもう帰宅してから目がギンギンに冴えている。
エルク様に連れられて一緒のベッドに入るけど寝れる気は一切しない。
エルク様の横に並んで、天井を睨む。
さすが侯爵家の使用人、しみひとつない!
「嫌では、ないですか?」
「果てしなく恥ずかしくて緊張をしているだけです」
まさかこんな吐血物の御褒美、拒否感は一切ない。
愛が溢れて暴走しそうなだけだ。
「じゃあ、おいで」
抱き枕にする気なのか横向きになったエルク様がわらってる。
少し心臓の準備を整えてから、ジリジリと腕の中に収まると即座にぎゅっと抱きしめられた。
わたしはまくら
わたしはまくら
「明日から一緒に寝ましょうね」
私はすでにしんでいる。
すぐ横にあるエルク様の顔を見上げれば、優しくこめかみにキスをされた。
もういっそ止まって心臓。
これは寝れるわけが無い。そう思ったけど。
遠出は思っていた以上に体力を使ったらしく、気づけば私の意識は深い眠りに落ちていた。
そして私は知らないのだ。
普段睡眠がとても浅いエルク様も、私を抱きしめて深い眠りに落ちていったことを。
翌日も朝から心臓クライマックスでろ甘攻撃を受け、息も絶え絶え起床し。
身支度のために部屋に戻り、整えて出ると廊下にエルク様が待っていてくれたーーーーが。
エルク様は険しい顔で手紙を読んでいた。
「どうしました?」
「……大至急魔術棟に向かった方がいいかも知れません。厄介事が起きました。失礼、リリア」
なんだろうと思う間も無く、エルク様に抱き上げられて珍しくもエルク様が廊下を急ぎ足で歩く。
そして母様に持っていた手紙を渡すと、すぐに馬車の手配をしーーーー
朝食も食べずに馬車に乗り込んだ。
そんな私たちに爺が慌てて軽食を詰めたお弁当を渡してくれて、
馬車は即出発した。その間エルク様は常に険しい顔だった。
とは言え、いつぞやのトーマショックの時とは違い早め程度の速度の馬車だったからそこまで大した物じゃないだろう。
「で、どうしたんですか?」
「魔術棟で爆発が起きたらしい。義父上がお呼びです」
「なるほど。何があったんですかねえ?」
とりあえず、魔力封じの準備をしていればいいのかな。
そんなことを考えてのほほんとエルク様と馬車の中で朝食を食べた……が。
現地について驚いた。
魔術棟の上層の方が無くなっていたから。
騒動は収まっているのかたくさんの兵士さんと負傷した魔術師の人達がいて、少し慌てる。
瓦礫と、可愛らしいぬいぐるみが転がる現場はかなり異常だ。
というか、せっかくみんなが飾ってくれていたぬいぐるみなのに。
可愛らしいだけに、そのボロボロっぷりが切なくなって目が合ったぬいぐるみを拾って抱きしめる。
「状況はどうなっていますか」
「は、どうやらテロリストの仕業と思われます。エルク様、あちらに騎士団長と賢者様方が居ますので移動してもらってもいいでしょうか」
「ええ、わかりました。リリア、行くよ」
「……はい」
ぬいぐるみを抱きしめたままエルク様にしがみつきながら少し奥に行くとテントがはられていた。その中に入ると賢者トリオと父様と、お弟子さんが数人いた。入った途端賢者トリオが慌てだした。
「りりたん!おうおう、驚かせたのう、そんな悲しい顔をせんでおくれ」
「ほ、ホレ、そんな汚くなったぬいぐるみを抱いたら汚れてしまうぞ?」
「お菓子を今すぐ持ってこい!」
「………」
紅蓮の賢者は、手に包帯を巻いていた。
蒼海の賢者は、頭に包帯を巻いていた。
黄金の賢者は、ローブの裾が破けていた。
いつにない3人の様子に、息を飲む。
「こ、これエルク!りりたんが泣きそうじゃ、慰めんか!」
「りりたんわしらは大丈夫だよ?」
目が熱くなって、エルク様の背中に顔を押し付けると引き離されて抱き上げられた。そして強く抱きしめられて人形ごとエルク様の首に顔を埋める形でしがみつくと、背中を撫でられる。頭を撫でられる。いっぱい撫でられる。
この手は、賢者の誰かの手かな。
「義父上、リリアには刺激が強いようですので私の執務室に下がらせて頂きたく」
「ああ、そうした方がいいな。リリア、怖いものを見せて悪かったな」
「エルク、りりたんを頼むぞい!」
エルク様が部屋を出ようとするときには、もう涙が溢れ出ていたけど。
出る直前、ハッとして顔を上げて叫ぶ。
「おじいちゃんたちも、みんなも、大丈夫!?」
涙で歪んだ視界だったが、驚いた賢者トリオはすごくいい笑顔でポーズも決めて笑った。
「当たり前じゃい、じーちゃん達は賢者だぞ」
「わしら強くて頭いいんじゃ、弟子らも強いんじゃぞ」
「大丈夫じゃから、またおいで」
ぶんぶんと頷きながら鼻をすする。と、いつの間に来ていたのかメレがハンカチを出してくれた。それをもらって涙と鼻水を拭く。
「また来るからぁ!」
エルク様の執務室のソファで、膝抱っこされながらしばらく泣いてようやく涙が治まってくる。
ショックだった。
知り合いのみんなが、ボロボロになっていることが。
めんどくさいけど、魔術棟の人たちは好きだった。
そんな大好きな人達が、あんな傷だらけになるなんて。
大好きな人達が飾ってくれたぬいぐるみがボロボロになるなんて。
すごく、すごくショックだった。
「リリア、ほら少し目を冷やそう」
エルク様はずっと背中を撫でてくれていた。
目元に濡れたタオルを当てられて、はうっと息をつく。
「ごめんなさい、エルク様」
「私は大丈夫。それよりもごめんねリリア。私たちの配慮が足りなかった」
「いえ、父様も何か御用があったのに私のせいでごめんなさい」
「リリアの反応は当たり前だよ。ほら目が真っ赤になるよ」
ぬいぐるみから手を離して、
タオルを自分でしっかりと目元に当てる。
少し当ててから外してエルク様を見るととても心配そうな顔をしていた。当たり前、か。
「あの、エルク様私は大丈夫ですのでどうぞ父様のところへ行ってください」
「嫌です。絶対リリアから離れません」
迷惑をかけるのが申し訳ないのに。
その気持ちがとてもありがたかった。
申し訳ないけど、今だけは。
ぎゅっと抱きついて肩に顔を埋める。
今だけは、側にいて甘えさせてもらった。それほどに先程の光景がショックだった。
そして私は気づかなかった。
エルク様の肩にイェスラが居ないことに。




