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償ひの道、あるいはハンムラビの法典 Codex Hammurabi  作者: ハンムラヒ王/Leonard William King(英訳)/萩原 學(邦訳)
主の掟、あるいは償ひの道 The Code of Laws
98/111

257 - 258. 農夫の給料

259条で水車が出てくるのは疑わしいものの、ハーパー版でも"watering-machine"とあって似たようなものである。ところが佐藤先生は「犁、かなり大きな家畜に引かせるもの」と明言されていて、なかなか悩ましい。

257. 何人も、耕作人を雇ふには、年に穀物8グル(むく)ゆべし。

If any one hire a field laborer, he shall pay him eight gur of corn per year.


258. 何人も、牛追ひを雇ふには、年に穀物6グル酬ゆべし。

If any one hire an ox-driver, he shall pay him six gur of corn per year.


259. 何人も、水車を畑から盗むに於ては、その持主に金子5シケル償ふべし。

If any one steal a water-wheel from the field, he shall pay five shekels in money to its owner.

257. a field laborer:畑で働く者の身分は不明。

258. ox-driver:「牛耕を行う農夫」を想定した英語のようで、何と訳すべきか、やや迷う。

ここまで牛の使い方については特に考えず訳してきたところ、この当時既に牛耕、つまり牛馬を家畜化して耕作に用いる事が普及していた件について再考。

牛耕とはプラウ(犁)を牛に牽かせて耕耘するもので、全鉄製の中国式犁が16世紀頃になって初めてヨーロッパに知られ、大いに効率を上げたと伝えられる。最も、それまでにプラウがヨーロッパに存在しなかったという訳ではないようだ。

中国の史学者は、石器または骨角器の犁が8000年前から存在した旨主張するけれども、牛馬に牽かせる犁の出現は春秋時代で、紀元前500年以前には遡れない。この点、メソポタミア及びインダス文明に於ては6000年前から牛耕した事が知られており、紀元前1760年頃の本書に至ってはレンタル料まで設定している訳で、牛耕は先にメソポタミアで広まったと見るべきであろう。犁は木製品ながら、条播機を付けて条播きも出来たようだ。

挿絵(By みてみん)

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