0883 ゾルン戴冠
当初、スキーズブラズニル号は、ヴォンの街の次は、西部諸国連邦の首都タギュンザに寄る予定だった。
だが、突撃探検家三号君を通して、ゾルン皇太子から準備が整ったという連絡が入り、バーダエール首長国首都ホソイナに向かった。
ホソイナの港には、一切の遅滞なく入ることができた。
事前に連絡がなされ、船の特徴すら伝えられていたようだ。
入港までに一日以上かかった前回とは大きく違う……。
涼とアベルが降り立ったホソイナの街は、とても賑やかだった。
「お祭り?」
「何かを盛大に祝う感じなのは確かだ」
案内に従って、二人を含めた王国騎士団が首長府に歩いていく。
通り沿いの多くの場所に、二種類の旗が掲げられている。
「あちこちに掲げられている二つの旗って……」
「バーダエール首長国の旗と、東部諸国の旗だな」
アベルが答える。
国王陛下が各国の旗の知識を持っているのは、当然なのだ。
首長府は、街の大通りから門をくぐり、長く広い階段を上がって入る。
『首長府大階段』と呼ばれているらしい。
「アベル陛下、ロンド公爵閣下、ようこそいらっしゃいました」
ゾルン皇太子がにこやかに二人を迎えた。
そして、二人の後ろにいた人物に近付き手を取った。
「父上、お帰りなさい」
「ゾルン……見違えたぞ」
会話を交わす前から、バットゥーゾンは息子の変化に気付いていたようだ。
言葉に詰まりながら称賛する。
バットゥーゾンは涙を流さんばかり……いや、実際に泣いている。
「これほどとは……。私は間違っていた、あらゆる場面で間違っていたようだ」
バットゥーゾンはそう言うと、ゾルンの手を握ったまま深々と頭を下げた。
「すまなかった、ゾルン」
「父上?」
「私は、お前の能力に蓋をしていたようだ、いや、もっと悪かったのかもしれん」
バットゥーゾンは涙を流しながら首を振る。
ゾルンは、少しバットゥーゾンが落ち着くまで待ってから、口を開く。
「私は首長に即位します。父上の手で、戴冠してくださいますか」
「ああ、もちろん……もちろんだとも」
泣きながら答えるバットゥーゾン。
暗黒大陸において、王や代表が手ずから戴冠するということは、新たな人物の力を認めて地位を譲る……そういう意味を持っている。
東部諸国を拡大し、バーダエール首長国を暗黒大陸一の大国に押し上げたバットゥーゾン首長……その人物が手ずから戴冠するという意味は非常に大きい。
相手が、自らの息子であってもだ。
しかもゾルンは、『バットゥーゾン首長がロンド公爵に捕まっている間に』、他の力ある首長たちを従え、いわゆる貴族階級も自らのシンパとした。
そのため、東部諸国の中枢にいる者たちは彼の力をすでに認めている。
しかし民はその辺りを知らない。
だから、この戴冠式で民に見せるのだ。
バットゥーゾンの後を継げる者だと。
「ゾルン皇太子、凄みを増した気がするんですが」
「ああ、一皮むけたんじゃないか」
涼の言葉にアベルも頷く。
「強力な君主を生まれさせてしまったのではありませんか?」
「それは問題があるのか?」
「え?」
「隣国や周辺国家じゃなければ、強力な君主は歓迎すべきものだろう。その地域の安定に寄与するだろうから。それにゾルン皇太子なら、西部諸国連邦に攻め込んだりもしないだろう……向こうを離脱した小国家を傘下に収めることはするかもしれんが」
「それって、アベルの世界征服の大きな壁になりますよ?」
「何度も言うが、世界征服なんてする気は無いからな」
「またまたぁ」
涼が悪い顔になって言う。
もちろん冗談である。
「なるほど、つまり、まずは中央諸国の征服からということですね」
「何がつまりなのか、全く分からん。征服なんてするつもりはない」
「もし帝国が攻め込んできたら?」
「当然、跳ね返す」
「その勢いのまま帝国に逆侵攻しちゃって、帝国を征服しちゃうこともあり得ますね」
「なんでだよ」
「さらに、その勢いのままお隣の連合も征服しちゃうこともあり得ますね」
「ねーよ」
悪い顔の涼が煽るが、アベルは否定する。
悪い重臣が君主をそそのかす図。
……もちろん冗談である。
そんな会話をしている二人の元に、一体のゴーレムがやってきた。
ニヒルな感じで、中折れ帽をかぶった氷のゴーレムだ。
「三号君、よく頑張りました」
涼は笑顔でそう言うと、突撃探検家三号君の肩をぺしぺしと嬉しそうに叩く。
「三号君も、どこか誇らしげです」
「うん、それは俺にはよく分からん」
アベルは正直に答える。やっぱりゴーレムの表情や雰囲気の違いは感じ取れないからだ。
「三号君さんには、とても助けていただきお世話になりました」
そう言いながら再び近付いてきたゾルン皇太子。
「ありがとうございました」
深々と涼に頭を下げる。
「いえ、お役に立てたのなら何よりです」
涼が嬉しそうに頷く。
「三号君さん、ありがとうございました」
三号君にも頭を下げるゾルン。
無言のまま頷く三号君。
その姿は、信頼で結ばれているように見えた。
ゾルンは頭を上げると、アベルと涼を見て口を開く。
「アベル陛下ならびにロンド公爵閣下に、お願いがあります」
「うん?」
「はい?」
「私の即位の見届け人になっていただけないでしょうか」
ゾルンが問いかけた。
アベルは少しだけ首を傾げる。
「俺とリョウが後ろ盾となっている……その姿は、権威付けには良いかもしれんが、ゾルン殿自身が軽く見られないか」
「構いません。暗黒大陸の民には、お二人の名前が出た方が良いですから。他国や貴族は、私自身が抑えますので」
「なるほど、面白い。承知した」
アベルは即答した。
ゾルンが指示を出すために再び離れると、涼とアベルは再び小声で会話する。
「あれって、他国や貴族の反抗は許さない、そんなことをする者は実力で潰すと言ってるようなものですよね」
「そう言ってるんだろう」
「すごいですね」
「隠されていた、あるいは表に出してこなかった力が発揮されたということだ。元々ゾルンが持っていたものだ」
「そうなのです?」
「ある日突然、力が付いたりはしない。突然変わったのなら、それまで持っていたものが、抑え込んでいた蓋がなくなったりして出てきただけだ。さっきも言ったが、一皮むけたとは、皮がむけて元々持っていたものが表に出てきたってことだろ? 持っていたが表に出てきていなかった実力だと、俺は思うぞ」
アベルははっきりと言い切る。
第二王子としても、冒険者としても多くの者たちを見てきたからこそ、言い切れるのだ。
「見届け人にということでしたけど、何をするんでしょう」
「さてな。聞いてみるか」
アベルはそう言うと、近くにいた設営の責任者らしい者に問いかける。
「すまんが、戴冠式はどこで行うんだ」
「あちら、『首長府大階段』にて行われます」
その答えを聞いて、アベルは階段の方に向かった。
涼もついていく。
『首長府大階段』は、先ほど涼やアベルが登ってきた階段だ。
その先は、街に続いている。
「なるほど、ここなら街から見えるな」
「ものすごくオープンな場所です」
「民衆に、戴冠の瞬間を見せるためだろう。ここで、父であり先代の首長であるバットゥーゾンの手ずから戴冠すれば、正統な首長だという証明にもなる」
「それはそうなのですけど……物理的に攻撃されるかもしれませんよ?」
「物理的に攻撃?」
「魔法とか弓矢とかでの狙撃です」
涼が懸念を示す。
いつものように適当に言ってるわけではなく、本当に心配しているようだ。
アベルは空を見て、少し首を傾げた後、涼に問う。
「なあ、リョウ」
「何ですか、アベル」
「何か……景色が歪んでいないか?」
「景色が歪む?」
アベルの言葉に、涼が首を傾げる。それは意味が分からないからだ。
「歪んでいるというか……何か……魔法障壁みたいなのがないか?」
「え~っと……<アクティブソナー>」
涼が唱える。
返ってきた反応は……。
「確かに、アベルの言う通り、空間に何か張られています。障壁っぽいですね。あるいは……ほら、ワイバーンの体の表面にあるとかいう、あれみたいです」
「ワイバーンというと、風の防御膜か!」
「それです」
アベルが言い、涼が頷く。
「ウィットナッシュにある秘宝みたいなやつかもしれんな」
「ああ、開港祭の時に聞いた覚えがあります。それが、攻撃から身を守るはずだったのに、結局園遊会に参加した人たちは犠牲になってしまったやつ」
「いや、まあ、そうなんだが……。バーダエール首長は、暗黒大陸でもかなり古い血統だったはずだ。ウィットナッシュのやつみたいに、原理が解明されていない秘宝の類を持っていたとしても不思議ではない」
「それがあるから、こんなオープンな場所で戴冠式を行おうと思ったのですね」
アベルが思い出し、涼が理解して頷く。
民に首長位が移譲されるのを直接見せるのは効果的だが、それを可能にする成算をゾルンは持っていたのだ。
「ゾルンさん、抜け目がないですね」
「そうでなければ、あのバットゥーゾンの後は継げないからな」
「バットゥーゾンさんが冠を被せる……」
涼はそう呟くと、アベルを見た。
「アベルは寂しいですか?」
「俺? 何で寂しいんだ?」
「お父様……先代の国王陛下に戴冠してほしかったんじゃないかなと」
「そもそも、ナイトレイ王国で新王に王冠を被せるのは、中央神殿の大神官だ。先代の国王じゃない」
庶民的感想を述べる涼、王族的返答をするアベル。
「なるほど、神による権威付けですか」
涼は頷く。
地球で言うなら、近代の王権神授説に繋がる、王の権威は何に基づくかという古来からの問いだ。
教皇が被せたヨーロッパの王たち。
自らの手で皇帝の冠を被ったナポレオン。
あるいは、神そのものであったエジプトのファラオたち……。
涼たちが首長府に入ってきた『首長府大階段』に、何やら大きなものが運ばれて設置されている。
「あれって、玉座ですよね?」
「ああ」
涼とアベルは、やはり小さな声で会話する。
「玉座の横に席が用意されています」
「あそこに俺たちが座るんだろう」
二人は、階の下の方をチラリと見る。
「階の下に、貴族とか普通の来賓の人とか、いるっぽいですが」
「その向こうにいるのは、民衆だな」
「確かに、民衆には見えやすいでしょうね、階段の上なら」
アベルと涼が話していると、首長府の人間が寄ってきた。
「アベル陛下、ロンド公爵閣下、どうぞこちらへ」
二人は、準備された席に案内された。
聴衆から見て、玉座の右にバットゥーゾン、左に涼たちが座っている。
玉座の近い方から、アベル、涼、そして三号君……。
そう、三号君にも席が用意されているのだ。
「三号君は、僕らがいない間も、我がナイトレイ王国の知名度を上げたに違いありません」
涼は嬉しそうに三号君の肩をぺしぺしと叩いている。
それをジト目で見るアベル。
「何ですか、アベル、その目は! 三号君の頑張りを否定するのですか!」
当然涼が抗議する。
「三号君は頑張ったかもしれんが、そこじゃない」
「はい?」
「もう忘れているようだが、ロンド公国はナイトレイ王国から離脱したままだぞ」
「あ……」
そう、以前も指摘されたが、また涼は忘れていたらしい。
「まあ、ゾルン殿を含めここにいる人たちは、もう復帰したと思っているだろう。だから大したことはないんだがな」
「……つまり、こんなに頑張ったのに、三号君は王国から褒められないのですね」
涼が悲し気な目で三号君を見る。
「王国に戻ったら、三号君に勲章の代わりにケーキをやろう」
「おぉ! 良かったですね、三号く……あれ? ケーキ? 三号君に? 僕には?」
「三号君が頑張ったんだろう?」
「ぼ、僕は三号君の上司です!」
「部下の褒美を横取りするのか?」
「うぐぐぐぐ……」
アベルが笑いながら問い、涼は何も言えなくなる。
ニヒルに中折れ帽をかぶる三号君は、二人の人間のやりとりを、全てを透徹した目でみるだけであった。
もちろん、ゴーレムがケーキを食べることができるのかどうかは、未だ誰も検証していない……。
戴冠式が始まった。
玉座を仰ぎ見る街の民。
「おい、あの玉座の左……あれが、ゴーレムだろ」
「ああ、氷のゴーレムだな」
「始めて見た……」
「ということは、その隣のローブの人が……」
「ロンド公爵だな」
「白銀公爵」
「魔人を倒した男」
そんな会話が民衆の間で広がっている。
「そうなると、その隣の男性が……」
「アベル王だ」
「まだ若いのに貫禄が……」
「さすが英雄王」
そんな会話も民衆の間で囁かれている。
民衆の声は階の上にまでは聞こえてこない。
だが、視線は感じる。
「なんというか、居心地が悪いです」
「我慢しろ」
「なんというか、このまま逃げ出したいです」
「諦めろ」
「アベルはいつも否定ばかり! もう少し、よりよい環境を手に入れたいとは思わないのですか」
「来賓ってのは、そういうものだ」
大げさな涼、現実的なアベル。
それでも、遠くからなら何を話しているかは分からない。
言い合いをしている様子も見抜けない。
そうこうしている内に、戴冠式は進んだ。
決して長くはないため、フィナーレ……つまり、ゾルンの頭上に冠が被せられる。
奥から運ばれてきた王冠がバットゥーゾンの元に運ばれた。
手にしたバットゥーゾンが、玉座に座ったままのゾルンの後ろに回り、その頭上にゆっくりと王冠を被せた。
一瞬の、完全な静寂。
そして、爆発。
「おぉぉぉぉ!」
「新首長!」
「ゾルン様!」
「ゾルン首長!」
民衆が叫ぶ。
感情の爆発。
ここに、新たな首長が誕生した。
まず、12月15日(月)
「水属性の魔法使い 第三部 第4巻」が発売されます!
(ちなみに「水属性の魔法使い 第三部 第5巻」は2026年2月15日発売です)
皆様、ご購入の準備はよろしいでしょうか?
さて、12月4日投稿文のあとがきにも書きましたが、
12月30、31日の「コミケ(コミックマーケット)107」に、TOブックスが初出店します。
その中で、「水属性の魔法使い」関連品も並びます!
https://x.com/TOBOOKS/status/1999406080166904129
・原作小説1巻サイン本(スクエア缶バッジ付き)
・天野先生直筆サイン入り複製原画
・ラバーマット
・アクリルパネル
いずれも、今回初出しグッズばかりです!
「第一部 第1巻」のサイン本は、新装の天野先生表紙・挿絵版です。
最初のノキト先生版の時、筆者のサイン本が出回りました。
そう、当時はノキト先生版の表紙絵。
今度のは、天野先生版の表紙絵……ね? 初出しでしょう?
(もちろん挿絵も全て天野先生が書いてくださっております)
それぞれ何部ずつあるのか知らないですが……
売り切れ御免!
早い者勝ち!
行かれる方はお早目に!




