0882 清涼なる五峰の場合
西方諸国での再会を約束して、スキーズブラズニル号は法国艦隊と別れた。
それを一番喜んだのは涼かもしれない。
「爆炎の何とかの顔を見ずにすみます」
「どうせ船が違うから見てないだろ」
「比喩表現です!」
「そうか?」
涼が言葉尻をとらえられて憤慨し、アベルが肩をすくめる。
二日後、スキーズブラズニル号はヴォンの街に入港した。
「『清涼なる五峰』の五人は、このヴォンの街で待機してくださっています」
「ロンド公爵の捕虜だもんな」
「表向きはそうですが……」
「分かっている。彼らと彼らの家族の身を守るためだ」
アベルも、もちろん分かっているのだ。
そして涼が下したその判断を、高く評価している。
「色々ありましたので、以前のプラン通り、バットゥーゾン首長にはスキーズブラズニル号に留まってもらって、街には下りないようにお願いしてあります」
「それがいい」
涼の説明に頷くアベル。
『清涼なる五峰』は、この後も、もうしばらくこのヴォンの街に留まってもらう。
バットゥーゾン首長を連れてバーダエール首長国に赴き、ゾルン皇太子が首長国と東部諸国の権力を握って、はじめて『清涼なる五峰』には動いてもらう。
その予定だ。
「改めてアベルに言っておきますが、キンメさんは絶対に怒らせてはいけません」
「うん?」
「彼女は魔人ですから」
「ああ、それは分かっている。むしろ彼女が怒るとすれば、俺じゃなくてリョウに対してだろう?」
「僕? 何でですか?」
「キンメを倒したのはリョウだからだ」
「で、でも、あの時、キンメさんは怒っていませんでした。むしろ感謝すら……」
「あの時はな。時間が経ってから、以前の負けが悔しくなることはないか?」
「……無いとは言いません」
「だよな」
涼が認め、アベルも頷く。
涼は首を振りながら言い訳する。
「あの時は仕方なかった……」
「現実的に、怒り狂った魔人を止められるのはリョウにしかできん。その時は頼んだぞ」
「あの時は、キンメさんが負けを受け入れてくれたから良かったですけど、本気で怒り狂ってたら僕でも止められないですよ」
アベルの不穏な言葉に、不安になる涼。
二人は、『清涼なる五峰』が逗留する宿の前に到着した。
しかし、すぐに気づく。
宿の向こう側、庭の方から剣戟の音がして、騒がしいということに。
「まさか、すでに騒動が……」
「リョウ、出番だな」
「剣の戦いならアベルが……」
「応援なら任せろ」
「それは僕の言い方です……」
涼は顔をしかめる。
二人は宿の庭に回った。
はたして……。
「甘い! 打ち終わりこそ、相手の反撃に気を付ける!」
「はい!」
ズドン、ズドン。
放たれた二つの魔法が腹にあたって、二人、膝をついた。
「離れているからって、油断しない!」
「は、はい……」
「……はい」
「あれは、訓練か?」
「多分、キンメさんが、『清涼なる五峰』の他の四人を訓練しています。最初に反撃されたのがグティさん。魔法がお腹にあたったのがトコさんと、マウさんです」
「もう一人は?」
「パトリスさんは、すでに打ち倒されています」
アベルの問いに、涼は端の方を指さして答えた。
確かに男性が、一人気絶している。
「パトリスは、起きたら罰として街中、いつもの道を二十周。伝えといて」
「はい!」
容赦なくキンメから告げられる罰走、ちょっとだけ嬉しそうに答えるグティ、トコ、マウの三人。
涼とアベルは、近くにいる兵に尋ねる。
「これは、キンメさんによる訓練ですか?」
「はい、キンメ様による特訓中です」
答える兵士。だが、その兵士も小さく震えている。
その理由は……。
「『清涼なる五峰』の皆さんの特訓が終わったら、我々がキンメ様に打ちかかる模擬戦が行われます……」
やっぱり兵士は震えている。
しかし、涼とアベルはよく分からない。
「兵士の皆さんが打ちかかる?」
涼は首を傾げる。
そこでアベルは何かを閃いたようだ。
「数十人の兵士が同時に、キンメ一人に攻撃するということか」
「え? それは、さすがに……」
「おっしゃる通りです」
アベルの想像を涼が否定するが、兵士がその通りだと頷く。
「ただ数十人ではなく……最終的にはここにいる五百人、全員が打ちかかります……」
「……はい? それって、キンメさん、死なないのですか?」
「毎回、我々全員が打ち倒されます」
「……はい?」
さすがの涼も意味が分からない。
少し考えて、あり得そうな推測を述べる。
「ああ、もしかして魔法で?」
だが……。
「いえ、キンメ様は魔法を一切使わず、全て刃を潰した剣で対処されます」
「なるほど、意味が分かりません」
兵士の答えに、涼は大きく頷いた。意味が分からないと。
「昔、師匠が似たような訓練をされていた」
「アベルの師匠って、剣聖だった人でしょう? そんな人と同じ訓練?」
「師匠は剣聖だが、多くても百人くらいが相手だったはずだ」
「うん、それも意味が分かりません」
世界は、涼の理解できないもので満たされているのかもしれない。
脳筋という名の、理解できないもので。
「恐ろしい現場に立ち会ってしまいました」
「ま、まあ、大変そうだとは思うが」
涼がおどろおどろしい口調で言い、アベルが首を振りながら一応の同意をする。
その一瞬後だった。
「リョウさん、いらっしゃい」
「……キンメさん、どうも」
一瞬で涼の目の前に移動して笑顔で挨拶するキンメ、驚きで硬い表情になる涼。
「訓練はおしまい! 休憩しましょう」
キンメがそう言った瞬間、皆が座り込んだ。
『清涼なる五峰』はもちろん、周囲にいた兵たちも。
この後の模擬戦も、いつも大変なものなのだろう……。
宿にあるカフェに移動したのは、涼とアベル、『清涼なる五峰』のキンメ、グティ、トコ、マウだ。
当然パトリスは、罰走中……。
「すごい訓練ですね」
涼が自分の左に座るキンメに言う。
「強くなっておいた方がいいと思ったの。みんなが」
キンメが笑顔を浮かべたまま答える。
答えているのだが、核心部分は答えていない。
なぜ、強くなっておいた方がいいのかは触れていないのだ。
しかし『清涼なる五峰』の三人も、そこに触れないまま言う。
「キンメは訓練の時以外は、以前と同じ」
「うん、優しい」
グティが言い、トコも同意し、マウが無言のまま頷く。
キンメは笑顔のままだが、不意に口を開いた。
「リョウさん、暗黒大陸の南部に行ったでしょう?」
「はい」
「中央部にも行った?」
「はい」
「そこにいた……スペルノに会った?」
その瞬間、キンメの目に、一瞬だけ真剣な光が差したのを涼は見た。
当然それは、涼に見せるための真剣な光。
逆に言うと、『清涼なる五峰』の三人は怖がらせたくないという意味が込められているということだ。
「後から……ヴァンパイアと戦った後にやってきました」
「やってきた?」
「ええ。ヴァンパイアの公爵の頭を奪っていきました。浮遊大陸に興味はないかと言って」
「そう、やっぱり」
キンメは何度か首を振る。
「だから、訓練しているの」
「え……」
キンメの言葉だが、正直涼には意味が分からない。
だから?
浮遊大陸?
だからと言う言葉は、順接の接続詞。前の部分が原因や理由となる。
つまり……。
「浮遊大陸のために……訓練をしている?」
涼が、声を潜めて問う。
「え? そうなの?」
むしろ驚いたのは『清涼なる五峰』の三人。
キンメは涼をしっかりと見る。
「リョウさん、気をつけてね」
キンメのその言葉は、目に真剣な光をたたえて発せられたのだった。
いくつかの会話を交わして、涼とアベルは宿のカフェを出た。
予定通り『清涼なる五峰』には、このままヴォンの街に留まってもらう。
「不穏な言葉を聞きました」
「ああ……浮遊大陸な」
涼が顔をしかめ、アベルも頷く。
「浮遊大陸は楽しい冒険の舞台だと思っていたのですが……」
「戦う相手になる可能性がある、そんな言い方だったな」
「キンメさんは魔人です。ですからかつて、浮遊大陸に住む人たちとも何らかの関係があったのでしょう。その上での言葉なら……」
「現状だと、地上からちょっかいを掛けることになりそうだしな」
「ああ……ゾルターンの頭を持っていった、チェルノボーグ……」
そう、金色の魔人チェルノボーグは言った。「妖精王の寵児よ、浮遊大陸に興味はないか?」と。
涼もアベルも小さく首を振った。
その時、涼は何かに気付いた。
錬金術用の氷の板を生成する。
そこに、文字が映し出された。
「突撃探検家三号君からの連絡が来ました!」
「皇太子のゾルン殿か」
「準備が整ったそうです」
「ならば、バットゥーゾン首長を連れていくか」
「ええ。次は、バーダエール首長国です!」
次は、バーダエール首長国です!(繰り返し)
それから……
\コミックマーケット107 初出展決定/
TOブックス が #コミケ に初出展いたします!!
詳細は、今後のお知らせを要チェック
https://x.com/TOBOOKS/status/1996505820629246299
今、私が書けるのはこれだけです。
追加情報をお待ちください!
ちなみに、次回「水属性の魔法使い」の投稿予定は、12月12日「ゾルンの戴冠」(予定)です!
(12月5日追記)
・ノベル「第三部5巻」
・コミックス「8巻」
・ポストカードセット2
・アクリルスタンド(原作 第三部1巻表紙)
などなど、TOブックス特設サイトで予約が開始されました。
https://www.tobooks.jp/mizuzokusei/




