0088 新作発表
一夜明けて。アバリー村に着いた翌日。
昨晩は、広場で、特にニルス帰還歓迎宴会のようなものは開かれなかった。
(そういうのが開かれるのが、異世界転生モノのお約束なのに……残念ながら王道でも至高でもなかった……)
一人気落ちしていたのは涼だけであった。
別に、涼がお酒が好きだとか、宴会が好きだとかそういうわけではない。
ただ単に、物語のお約束として期待しただけである。
涼とはそういう男なのだ。
四人が広場に行くと、村長のブーランが年老いた女性と話をしていた。
「おう来たな。エト、アモン、リョウだったよな。紹介しておく。こっちが、村の相談役ナス様だ。いわゆる通称、ばば様だ」
ブーランがそう言った瞬間、ナス様、いやばば様が手に持った杖がブーランに向かって振られた。ブーランは上体を逸らしスウェーで回避する。
「お客人に向かって、ばば様という説明をする奴があるか。バカもんが。すまんなお客人。このブーランといいニルスといい、礼儀をわきまえんもんが多い村でな」
「なぜ俺も……」
なぜか巻き込まれるニルス。
「まあ、とりあえずゴブリンの調査に行こう」
すかさずそう口を挟むブーラン。
年長者の小言を、一言でうやむやにする辺り、ブーランは優秀な村長なのかもしれない。
その場所は、村の外縁から十五分ほど歩いた場所であった。
「けっこう近い場所だな」
ニルスが村の方角を見ながら言った。
「ああ、子供たちもこの辺まで遊びに来ることがあるからな。いちおう、見かけた後は近付くのを禁止にしたが……どこにでも決まりを破る子供はいるからな……」
村長ブーランはニルスを見てそう言った。
「いや、そりゃ、昔は俺もそういうことをしていたこともあった……可能性はある……かもしれない……気がしないでもない……」
「間違いなくしてたぞ」
誤魔化しきれないニルスと追い打ちで断言するブーラン。
「やっぱりニルスは昔から……」
涼が胸の前で腕を組み、頷きながらしみじみと呟いた……いや、呟くと言うには大きい声であった。
まるで本人に聞かせようとしているかのような。
「やっぱりって何だ、やっぱりって。しかも昔から、ってことは今でもそう、みたいに聞こえるだろうが」
それを聞いてクスクス笑うエトと、苦笑するアモン。
誰も、「今はそんなことないですよ~」とは言ってくれなかった。
実際、今のニルスは決まりを破ることなどほとんどないのだが、そこはやはりイメージが、というところであろうか。
村長ブーランが見かけた場所から、さらに十五分ほど歩いた場所。
そこから、急にゴブリンの物と思われる足跡が増えていた。
「これは……まさか」
エトが最悪の想定を思い浮かべる。
その想定はエトだけではなく、ニルスも同様であった。
「ゴブリンの巣……あるいは村が出来ている可能性があるな」
ゴブリンが二十体ほどで棲みついている場合は『巣』、それを超える規模で棲みついている場合は『村』、という分け方をするのが、冒険者としては一般的であった。
ニルスがそこまで言ったところで、涼が顔を上げた。
「どうしたリョウ」
「ニルス……十匹を超えるゴブリンが、こちらに向かってきます。五分後に遭遇します」
そういうと、涼は南の方を指さした。
「すごい索敵能力だな。なら……一匹だけ残して他は全部狩る」
ニルスがすぐに指示を出す。
「生かした奴の後を追って、巣を見つけて、そのまま叩くと」
涼が確認する。
「ああ。本当は、きちんと調べて、人を揃えてからの方がいいんだろうが……奴らが来ているのなら仕方ない」
「おいニルス、十匹だぞ。大丈夫か?」
一匹や二匹なら問題ないが、数は力である。
こちらの五人の、倍の数が近付いてきているとなると、ブーランとしては多少不安になる。
「リョウが居るから大丈夫だ。リョウ、足止めを頼む。方法は任せる」
「了解」
(ここは新作のお試しを……ククク)
心の中で邪悪な笑みを浮かべる涼。
「リョウさんが……」
「何か企んでいる笑いだね」
涼は心の中で笑ったつもりであったが、表情にも出ていたのだ。
それを見て、アモンとエトが小さく呟いた。
隠し事は、出来ないものである……。
五分後、森の奥から十匹のゴブリンが出てきた。
少し開けた場所に十匹全部が出たところで、涼はイメージして、心の中で唱える。
(<アイスバインド>)
唱えると、ゴブリンの両手両足に水の紐が絡みつき、瞬時に凍って、動きを縛った。
「いくぞ、アモン」
「はい!」
動けなくなったゴブリンを見て、ニルスとアモンが飛び出し、一匹ずつとどめを刺していく。
八匹まで倒したところで、涼はあえて、一匹のゴブリンのアイスバインドを解いた。
当然、解かれたゴブリンは、来た方向に一目散に逃げ出す。
決して知能の高くないゴブリンである……わざと逃がされた可能性など考えられまい。
全九匹にとどめを刺し終え、村長ブーランと十号室の四人は、逃がしたゴブリンの後を追った。
ノーダメージで、鮮やかに九匹を倒したその手並みに、ブーランは心底驚いていた。
そして、それを成したのが、小さい頃から見てきたニルスと、その仲間であることに感慨深い思いも抱いていたのであった。
走ること十分。
「あの先ですね」
五人の視線の先に、小高い丘が見えてきた。
「表に出ているのが十匹。それと洞窟らしきものがあります。その中にはどれくらいいるか不明です」
「わかった。とりあえず、表にいる奴らをさっきと同様の方法で先に倒しておこう。なんとも行き当たりばったりな方法だがな……」
ニルスが顔をしかめながら言う。
(まったく……こんな方法、リョウがいなかったら絶対取れない方法だな。ほんっと、水属性の魔法使いって凄いんだな)
多少の誤解をはらみつつも、四人は連続戦闘に意識を切り替える。
(<アイスバインド>)
再びのニルスとアモンによる一方的な蹂躙。
ニルスがちょうど十匹目を倒したところで、洞窟の中から三匹のゴブリンが出てくるのが見えた。
(<アイスバインド>)
出てきた三匹も、すぐに氷の鎖に縛られて身動きが出来なくなり、ニルスとアモンにとどめを刺される。
その中にはゴブリンアーチャーもいたのだが、全く関係なかった。
そして、ついに現れる大物。
その気配は、涼だけでなく、十号室の四人全員が気付いた。
「何かでかいのがくるぞ。アモン気を付けろ」
「はい!」
ニルスとアモンが、改めて剣を構える。
出てきたのは……、
「ゴブリンジェネラルだと……」
ニルスの呟きは、想定外故であった。
ルンの街で起きた大海嘯では、このジェネラルが三体現れた。
だが、本来ジェネラルなど、そうそう滅多に現れるものではないのだ。
こういう人里近くに作られるゴブリンの巣、あるいは村で見つかるのは、せいぜいがアーチャー。
百歩譲ってもメイジまでである。
ゴブリンジェネラルは、その下のゴブリンメイジらと違って、段違いに個体の戦闘能力が高い。
B級冒険者で、一対一をようやく制することが出来る、それほどに強いのだ。
E級のニルス、F級のアモンではまず勝つことは不可能な相手。
普通であれば。
「<アイスバインド>」
涼の声が響き渡り、今までのゴブリン同様にジェネラルすらも氷の鎖に囚われる。
当然、そんな鎖など引きちぎろうとするが、手も足も全く動かない。
しかも、地面に仰向けに寝転ばされているジェネラル。
倒してくださいと言っているようなものである。
「え? あれ?」
ニルスが素っ頓狂な声を出した。
「ニルス、とどめを刺さないんですか?」
「あ、ああ……刺す」
そういうと、ニルスは転がされたジェネラルに近付き、首を刎ねた。
こうして、アバリー村に迫っていた危機の一つは取り除かれたのであった。
「犠牲も無く倒せてよかったですね。ジェネラルの魔石も手に入りましたし。しかもかなり濃いですよ。昔からあの辺に居座っていたんですかね」
涼は嬉しそうに言った。
「お、おう」
何となく、若干、ほんの少しだけ納得しがたいという表情を浮かべながら、ニルスは村への道を歩いている。
エトとアモンはジェネラルの魔石が手に入ったことで、素直にうれしそうな表情で、
「ジェジェジェネラル ゴブジェネラル♪」
「み~んなまとめて ゴブジェネラル♪」
なぜか、即興の唄を二人で歌いながら歩いている。
「ニルスたちって、すごいんだな……」
ブーランが小さな声で呟いた感嘆のセリフは、四人の耳には届かなかった。
村の広場には、多くの村人が集まっていた。
「村長、ニルス! どうだった?」
「無事、ゴブリンを全滅させたぞ」
「おぉ~!」
村長ブーランが告げると、歓声が上がった。
「すげえじゃねえかニルス!」
「あんたちもよくやってくれたねぇ」
「ほら、イノシシ肉の山賊焼きだよ、お食べよ」
ひとしきり上がった歓声が収まると、村人が、四人の周りに集まって来て肩を叩いて感謝したり、食べ物をくれたりした。
「いや、待て、酒はダメだ。まだ夜のスケルトンがある」
「あぁ……」
勢い込んで、酒まで持ってきた村人を、ブーランは目ざとく見つけて止めた。
変則的ながら、広場でみんなでお昼ご飯、といった様相を呈していた。
「ブーランよ」
「ああ、ばば様。ゴブリンは討伐されましたよ」
「うむ、それは聞いたわい。ようやった。であるなら、午後の早いうちに守護獣様のところに四人も連れて行ったほうがよかろう。守護獣様が話したがっておられたじゃろう?」
「そうでした……四人には伝えておきます。お昼を食べたら行きましょう」
そんな会話が、涼の耳には聞こえてきていた。
(守護獣様謁見イベント! 浸食された守護獣様とのバトルになる可能性も……)
涼の顔は我知らず笑っていた。
それを見た二人が……、
「またリョウが、何か不穏なことを企てているんじゃ……」
「リョウさん、よからぬ感じですね」
ニルスがものすごく嫌そうな顔をしながら、アモンの方はいつものように微笑みながら、涼を見てそう言った。
その時、エトはばば様を見ていた。
正確には、ばば様が杖に付けている飾り紐と根付を、である。
(あれって……確か大地母神の……)
エトは記憶を探りながら考え込むのであった。
守護獣がいるという場所は、東の森に入って、さらに一時間ほど歩いたところにあった。
「この東の森は、奥の方には村人も入ってはいけないことになっている。もっとも、悪ガキだったニルスは、何度も入って行っては、俺とばば様に怒られたがな」
「やっぱり!」
「なんでやっぱりなんだよ!」
村長ブーランの説明に納得する涼。
そして、納得されるのが納得できないニルス。
「ばば……いえナス様、その根付は……」
エトは、何度も逡巡した末、ついにばば様に話しかけることにした。
「ばばでよいわい。もう、わしのことをナスなどと呼ぶのは守護獣様くらいじゃ。で、根付……ああ、この杖につけとるやつか。光の神官なら分かるであろう?」
ばば様は杖を少し掲げて、直径五センチほどの石の彫刻をエトから見やすくした。
「はい。大地母神様の紋章かと」
「うむ、よく勉強しておるな。光の神殿では、まだその辺りも教えておるのか……」
「大地母神?」
涼が呟いた疑問は、エトにもばば様にも聞こえたようであった。
「そうじゃ。今ではもう、ほとんど残っておらん……じゃが、この村の代々の長老は、大地母神を信仰してきたのじゃ」
「私たちが信仰している光の女神様と大地母神様は、それぞれ七神の一柱として祀られていた神様たちなんだ。ただ、長い時間の中で色々なことがあったんだよ……」
「今では『神殿』とか『神官』と言うと、無条件に『光の女神の神殿』『光の女神の神官』となってしまうのじゃ。他の六神は落ちぶれたのじゃよ」
自嘲気味に、だが少し寂し気に、ばば様は言うのであった。
そこには、悔しいとか悲しいという雰囲気はなく、どちらかというと諦めに近いように涼には見えた。
「信仰などというものは人に押し付けられるものではない。もし消えてなくなってしまうのであれば、それはそれで、この世界の理であろうさ」
透徹した……その言葉が、今のばば様にはしっくりくる。
そこで、涼はふと疑問を持った。
「ばば様も……つまり大地母神を信仰している方も、光属性の魔法は使えるのですか?」
そう、光属性の魔法……つまり回復系の魔法は『神官』の専売特許であるが、それは『光の女神の神官』だけなのか、他の神の神官などでも使えるのか……それが涼が抱いた疑問であった。
「光属性の魔法?」
「はい。傷の回復とかそういうやつです」
「うむ、使えるぞ。じゃが、光の神官たちが使うものとは違うわい。エト、と言ったか? 光の神官は詠唱をするであろう?」
「え? ええ、もちろんです」
ばば様から想定外の質問を受けたエトは、驚いた様子で答えた。
「大地母神に仕える者たちは、詠唱はせぬ。というより、元々詠唱などというものは無かったのじゃ。いつの頃からか、詠唱などというものが当然のようにはびこるようになってしまったのよ」
「……はい? ……え?」
先ほどの質問以上に、エトが驚いている。
というより、固まっている。
エトが固まる光景というのは、リーヒャ関連以外では滅多にない事なので、涼にとっては非常に興味深い事象である。
そんな、表情が固まったまま歩き続けるエトを引き連れ、一行はようやく目的地の守護獣が棲む森の奥の洞窟に着くのだった。




