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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 最終章 暗黒戦争
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0873 アベル対ネダ 決着

いくつかの戦いが終息する中、剣閃のネダとアベルの戦いは、激しい剣戟が続いている。


「やるじゃないかアベル。さすが“エクス”を持つ男は違うな!」

「ネダ、何だ、それは。この剣を持っていようが持っていまいが、俺は俺だ」

ネダは称賛するが、アベルは素直には受け入れられないようだ。


「そう言うな。そもそも、その“エクス”は、リチャード以外の人間は使えなかったんだ。いや、噂では、持っただけで死んだやつもいたらしいぞ」

「は?」

「瞬時に、まるで生気を吸い取られたかのように、カラカラに干からびたそうだ」

「……剣が認めていないやつが、持ったからってことか?」

「そうだろうな」

「それって魔剣というより、聖剣で起きる現象じゃねーか」

「うん? 何かおかしいのか?」

アベルの素直な感想に、首を傾げるネダ。


「いや、この剣は……赤く輝くんだから魔剣だろ?」

「アベルの中では、赤く輝く剣は、全部魔剣なのか?」

「ああ、そう思っていたんだが、違うのか?」

今度はアベルが首を傾げる。


中央諸国においても他の地域においても、『魔剣は赤く輝く』と言われている。

そして、それは事実だ。


「そう、『魔剣は赤く輝く』、それは事実だ」

「だろ?」

「だがアベル、今の言葉、よく吟味(ぎんみ)してみろ」

「うん?」

「魔剣は赤く輝く。それは事実だが、赤く輝くからといって魔剣だ、とはならんだろう?」

「え……」

ネダの笑いながらの指摘に、絶句するアベル。


「……赤く輝くのに、魔剣じゃないのが、ある? つまりそれは、聖剣ってことか?」

「そうかもしれん」

アベルが、一言一言噛みしめながら言い、ネダが頷く。


「一般的に、聖剣は光ったりはしない」

「そう、普通はな。だが、知っているだろう?」

「ああ。持ち手を主として認めると、光る」

「そうだな。何色に光るか、聞いたことあるか?」

「白……だと思う」

アベルは、ヒューやニルス、エトが持つ聖剣を思い出す。

白く光っていたはずだ。


「その“エクス”も、最近、白い輝きが混じり始めたのだろう?」

「ああ、そうだ。そうだが……」

やはり笑いながら言うネダ、困惑するアベル。



もちろん、二人はそんな会話を交わしながらも、激しい剣戟を続けている。


(はた)から見れば、とても第三者が割って入れないような激しい戦いなのだが、二人の間ではまだ全力ではないようだ。


「俺の剣って、魔剣じゃなくて、聖剣なのか?」

「多分、そんな分け方の通じる剣じゃないのではないか」

「魔剣でも聖剣でもないと」

「ああ」

「じゃあ、何なんだ?」

「“エクス”という剣」

「……」

他に言いようがないだろうという表情で言い放つネダ、何も言えなくなるアベル。



そこで、アベルはさっきの会話を思い出す。

ネダが言った中に、不穏(ふおん)な情報が混じっていなかったか?


「生気を吸い取られたかのように、カラカラに()からびたって、さっき言ったよな?」

「ああ、言った。私もその場面を見たわけではないから、正確には知らんが」

「……俺が持つようになってからは、誰も干からびていない」

「アベルの周りにいたのは、アベルが認めた人物がほとんどだったんじゃないか? そんな人物なら、『持つくらいは許してやる』って“エクス”も思ったんじゃないか?」

「何という上から目線の剣だ」

アベルは小さく首を振る。


「我々、剣に生きる者が命を預ける対象、それが剣だぞ? 偉いのは当然だろう」

「なんか、言われてみるとそんな気がしてくる」

「何だ? 人間の、剣に生きる者は、剣をないがしろに扱うのか?」

「そんなわけあるか! 剣士は、自分や大切な人の命を剣で守る。それはとりもなおさず、剣は命と同じ価値を持つ……そう認識しているということだ」

「ふん。なら、剣が偉くても良いではないか」

「……そうかもしれん」

アベルはそう呟くと、自らが持つ愛剣を見る。


特に輝きが強くなったとかそういうことはない。


「今の場面で、強く光ってくれたりしたら分かりやすいんだがな」

「アベル、贅沢(ぜいたく)だぞ。剣に多くのことを求め過ぎだ。ただでさえ剣は、我々の命を預かっているんだ。それ以上を求めるのは、(こく)というものだろう」

「ああ、そうだな。すまん」

最後の謝罪の相手は、はたしてネダに対してか、自らの剣に対してか。



「まだまだ、俺に心を開いてはくれていないとは思っている」

「その剣は、お前の努力、成長、手に入れた結果、それら全てを見てきたのだ。いや、傍らにあって共に掴んできたといってもいいのかもしれん。最大の理解者であり、同時に、最も厳しい裁定者(さいていしゃ)なのだろう」

「そうだな。剣に恥じない剣士になる……それは、剣士が最初に誓う言葉の一つだ。同時に、それこそが、原点にして到達点なのかもしれんな」

アベルは、一つ大きく頷いた。


それを見て、ネダが一つ頷いた。


「ふん、ようやく迷いがなくなったか」

「俺、迷ってたか?」

「ああ、一番根本部分で少しだけな。剣への信頼という、剣に生きる者なら絶対に揺らいではいけない部分がな」

「そうか。自分では気づけなかった」

アベルは素直に認めた。

そして言葉を続ける。


「気付かせてくれたことには感謝する。だが、手を抜く気はない」

「ぬかせ! そんなもの、求めておらんわ」

「そうか?」

「全力でかかってこい。“エクス”を持っていても、まだまだ私を超えはしないぞ」

「なんという上から目線だ」

ネダの言葉に顔をしかめるアベル。


だが、同時に自覚した。

少し前までよりも、スムーズに剣が振れると。


(気付かない迷いが無くなったからか? このヴァンパイア公爵、ただ勝利だけを求めるのではなく、互いの全力を出し合ったうえで倒す……それを望んでいるということだよな。さすが公爵としての矜持か。この辺りは、人やヴァンパイアなどという種族は関係ない)


アベルはそう思った。

思ったうえで、別の感情も湧いてくる。


「手を組みたい」

「……は?」

「あ、いや、すまん。決して侮辱するつもりはない。そうではなくて……」

アベルは思わず口から漏れてしまった言葉に(あせ)る。


軽くバックステップして、距離をとり、焦りを消し去る。



「真剣勝負の場で、しかも人とヴァンパイアという相容れない種族同士、王と公爵という責任ある立場同士で、何を言っている」

ネダは突き放す。


だがその口調は、怒りや侮蔑ではなく、呆れ。


「力なき者の言葉など、誰も聞かん」

「ああ、分かっている」

「要求を通したいのなら……」

「力を示せということだろう? 剣に生きる者同士なら……」

「剣で、示せ!」

ネダは、神速の飛び込みでアベルの間合いを侵略する。


突きから始まる高速連撃。

その全てを、完璧に流すアベル。


「やるじゃないか、アベル」

「そりゃ、どうも」

軽口をかわすネダとアベル。

だが、先ほどまでとは違う。


(さすがに、余裕はない)

ネダの剣を完璧に流しているアベルだが、かなりギリギリだ。


(ヴァンパイアの公爵、強いな)

正直に認める。

認めるのだが……。

(だが、絶望するほどではない)


アベルは覚えている。

絶望を感じた相手たちがいた。

もちろん、そんな者たちに比べてネダが弱いわけではない。


(俺が強くなったからだ)

その自覚がある。

決して傲慢さからではなく、認識できる事実として分かっている。


自分が強くなったから、以前だったら絶望するしかなかったであろう相手であっても、こうして戦いになっている。

それは自信となり、強者のメンタルが構築される基となる。


(成功体験の積み重ねでしか、メンタルは鍛えられません、ってリョウは言っていたな。それに関しては、俺も全く同意見だ)

アベルのメンタルは、ヴァンパイアの公爵である『剣閃のネダ』にも負けていなかった。



(“エクス”が選んだ男だから、強いであろうことは分かっていたが、本質は想像以上だな)

剣を振り続けながら、ネダは考える。

傍から見れば、両者は互角に見えるだろう。

いや、もしかしたらネダの方が押しているように見えるかもしれない。


(私の方がヴァンパイアであるがゆえに膂力(りょりょく)は上。だから押しているように見えるかもしれないが、現実は全く違う)

戦っている本人だからこそ、ネダには分かる。

自覚がある。


(私と同等、あるいは少し上……)

そう認めるしかない。

人間相手にそう認識したのは、長く生きていたネダであっても初めてのことだ。


(リチャード相手でも、ここまで感じることはなかった。つまりアベルはリチャードよりも強いということだ)

そう認めざるを得ないほど、鋭い剣閃、深い読み、完璧な体の使い方。


(それなのに、“エクス”はアベルを完全には認めていない? そんなことがあり得るか? いくら“エクス”の気位が高くても、それはわがまますぎだろう)


そこまで考えたところで、突然ネダの脳裏(のうり)に閃いた。

(もしや“エクス”は、アベルにリチャードを超えさせようとしているのか?)


ネダ本人からすれば、何の根拠もなく閃いた考え。


(前と同じ……リチャードと同じ程度では嫌だと? 二度と主を失いたくないと? そんな考えか?)

ネダは、そこまで考えたところで、自分の剣の動きが速くなっていることに気付く。


(思考に引っ張られた? アベルはもっと強くなれると“エクス”が思っていて、私も無意識ではそれに同意していて……今、強くなる過程において重要なタイミングだと分かっている? そうなれるのなら、そんな姿を見てみたい?)

ネダは心の中で笑う。


「おもしろい! もっと強くなれるというのなら、なってみせてほしいな!」

「うん?」

ネダが叫び、アベルが首を傾げる。


明確な変化がネダに現れる。


「剣が、圧倒的に速くなったぞネダ」

アベルがぼやく。


「ああ。いろいろわけあって、完全に本気になった」

「そいつは困る」

「アベル、全ての手札を使え。そして全力を出せ!」

「は?」

「持っている手札があるだろう? 全力じゃないだろう」

「いや、全力なんだが」

「“エクス”はそう思ってない」

「……」

ネダの指摘に、アベルは何も言い返せない。


顔をしかめながら、アベルはぼやく。

「全ての手札か。俺は王というより冒険者なんだよな」

「関係ない。アベルはアベルだ。それを一番知っているのが“エクス”だろ」

「分かった。全力で、全て、だな」

アベルが発した言葉は、ネダにも聞こえた。



聞こえたが、姿を見失う。



気付いた瞬間には、背中から剣で貫かれていた。



「馬鹿な……」

「俺の勝ちだ、ネダ」

「心臓を貫いただけでは、我らヴァンパイアは死なんぞ」

「ああ、首も斬り飛ばさないといけないんだろ。だがさっきも言った通り、俺はあんたと組みたい」

「……」

「俺の力は示した。ヴァンパイアの公爵と手を組んでも悪くない相手じゃないか?」

もう一度、アベルは提案する。


ネダは少し考える。

心臓を貫かれたまま。


「負けを認めよう。だが一つ、教えてほしい」

「うん?」

「さっき、何をした。一瞬消えて、後ろに回られたようだが」

「ああ、空を飛んだ」

「……は?」

「これだ」

アベルはそう言うと、剣を引き抜き、左手首を見せた。

そこには、ヒスイで作られたようなブレスレットがはまっている。


「それは、何だ?」

「これは東方諸国で作られている『飛翔環』というやつだ」

「名前からすると、それで空を飛ぶのか?」

「ああ。本来は向こう……ダーウェイの中黄という地域でしか使えないんだが、同行していた魔法使いが、他の場所でも使えるようにした」

アベルは苦笑しながら言う。


「そいつが時々やるんだ。一瞬で相手の背後に回り込んで背中から剣を刺す、ってのをな。今回はそれを参考にした」

「面白いな」

アベルは涼の技を思い浮かべ、ネダは何度か頷いている。


「風属性魔法で浮き上がることはできるが……先ほどのアベルのように、瞬間移動と呼べるほどの速さは出せん」

「まあ、普通はそうだよな」

「アベルはできた」

「運がよかった。俺も実は、ぶっつけ本番だった」

アベルは苦笑した。


そして言葉を続ける。


「全ての手札を切って、全力を出せと言われたからな」

「ああ、いいじゃないか。ほら、“エクス”を見てみろ」

「うん?」

「さっきよりも、白く輝いているぞ」

そう、誰でも認識できるほど、赤ではなく白の輝きが強くなっている。


「パーティー名、『赤き剣』じゃなくて『赤白の剣』だな」

アベルはそう言うと、愛剣の柄を軽く叩いた。



「負けを認める。ルミニシュ公爵として、アベル王と手を組むことを検討しよう」

「おお、ありがたい!」

アベルは笑顔で頷く。


しかし、少し思い出すものがあったようだ。

「俺が聞くのも変だが、ゾルターンはいいのか?」

「うん?」

「手を組んだら、あいつが怒らないか」

「知らん」

ネダは肩をすくめる。


「協力を要請されたから協力した、それだけだ。別に、やつに従っているわけではない」

「そうなのか?」

「我は公爵、奴も公爵、だ」

標語か何かのように言うネダ。


「ゾルターンは、大公じゃ?」

「勝手にそう名乗っているだけだ。私は別に認めていないし、奴も別に認めるのを求めはしないだろう。結局は、力が全てだ」

「そういうものか」

アベルは小さく首を振る。


「とはいえ、ゾルターンが強いのは事実だ。昔会った時よりも強く感じた、だから何かあったのは確かだろう」

「大公を食べたとか」

「それは知らん。私は聞いていない」

「ふむ?」

「どちらにしろ、お前たちがゾルターンを倒すことができなければ、手を組むも何もないぞ。奴を倒せないような者たちと、私は手を組むつもりはない」

「おい……」

「私はアベルに負けた、それは事実だし受け入れる。だが、お前の『手を組みたい』という申し出に関しては保留、というより、まだ答えられん。ゾルターンに協力している状態だからな。そこは信義というか約束を破るわけにはいくまい?」

「俺たちがゾルターンを倒してから、ということだな」

「そういうことだ」

アベルの確認に、ネダは頷く。


アベルも、そこは理解している。

「この、外にいるゾルターンは……」

「分身体だな。自分の髪の毛か何かから造ったのだろう。あいつはそういうのが昔から得意だった」

「本体は奥にいるんだな」

「そうだな。誰かが奥に行って倒してくるしかないと思うぞ」

「強いやつが……行ったな」

アベルは涼とロベルト・ピルロが入っていったのを知っている。


「強いやつ? そいつはアベルより強いのか?」

「ああ、強い」

アベルは涼を頭に浮かべて頷く。



戦いは、最終局面に入ろうとしていた。

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