0873 アベル対ネダ 決着
いくつかの戦いが終息する中、剣閃のネダとアベルの戦いは、激しい剣戟が続いている。
「やるじゃないかアベル。さすが“エクス”を持つ男は違うな!」
「ネダ、何だ、それは。この剣を持っていようが持っていまいが、俺は俺だ」
ネダは称賛するが、アベルは素直には受け入れられないようだ。
「そう言うな。そもそも、その“エクス”は、リチャード以外の人間は使えなかったんだ。いや、噂では、持っただけで死んだやつもいたらしいぞ」
「は?」
「瞬時に、まるで生気を吸い取られたかのように、カラカラに干からびたそうだ」
「……剣が認めていないやつが、持ったからってことか?」
「そうだろうな」
「それって魔剣というより、聖剣で起きる現象じゃねーか」
「うん? 何かおかしいのか?」
アベルの素直な感想に、首を傾げるネダ。
「いや、この剣は……赤く輝くんだから魔剣だろ?」
「アベルの中では、赤く輝く剣は、全部魔剣なのか?」
「ああ、そう思っていたんだが、違うのか?」
今度はアベルが首を傾げる。
中央諸国においても他の地域においても、『魔剣は赤く輝く』と言われている。
そして、それは事実だ。
「そう、『魔剣は赤く輝く』、それは事実だ」
「だろ?」
「だがアベル、今の言葉、よく吟味してみろ」
「うん?」
「魔剣は赤く輝く。それは事実だが、赤く輝くからといって魔剣だ、とはならんだろう?」
「え……」
ネダの笑いながらの指摘に、絶句するアベル。
「……赤く輝くのに、魔剣じゃないのが、ある? つまりそれは、聖剣ってことか?」
「そうかもしれん」
アベルが、一言一言噛みしめながら言い、ネダが頷く。
「一般的に、聖剣は光ったりはしない」
「そう、普通はな。だが、知っているだろう?」
「ああ。持ち手を主として認めると、光る」
「そうだな。何色に光るか、聞いたことあるか?」
「白……だと思う」
アベルは、ヒューやニルス、エトが持つ聖剣を思い出す。
白く光っていたはずだ。
「その“エクス”も、最近、白い輝きが混じり始めたのだろう?」
「ああ、そうだ。そうだが……」
やはり笑いながら言うネダ、困惑するアベル。
もちろん、二人はそんな会話を交わしながらも、激しい剣戟を続けている。
傍から見れば、とても第三者が割って入れないような激しい戦いなのだが、二人の間ではまだ全力ではないようだ。
「俺の剣って、魔剣じゃなくて、聖剣なのか?」
「多分、そんな分け方の通じる剣じゃないのではないか」
「魔剣でも聖剣でもないと」
「ああ」
「じゃあ、何なんだ?」
「“エクス”という剣」
「……」
他に言いようがないだろうという表情で言い放つネダ、何も言えなくなるアベル。
そこで、アベルはさっきの会話を思い出す。
ネダが言った中に、不穏な情報が混じっていなかったか?
「生気を吸い取られたかのように、カラカラに干からびたって、さっき言ったよな?」
「ああ、言った。私もその場面を見たわけではないから、正確には知らんが」
「……俺が持つようになってからは、誰も干からびていない」
「アベルの周りにいたのは、アベルが認めた人物がほとんどだったんじゃないか? そんな人物なら、『持つくらいは許してやる』って“エクス”も思ったんじゃないか?」
「何という上から目線の剣だ」
アベルは小さく首を振る。
「我々、剣に生きる者が命を預ける対象、それが剣だぞ? 偉いのは当然だろう」
「なんか、言われてみるとそんな気がしてくる」
「何だ? 人間の、剣に生きる者は、剣をないがしろに扱うのか?」
「そんなわけあるか! 剣士は、自分や大切な人の命を剣で守る。それはとりもなおさず、剣は命と同じ価値を持つ……そう認識しているということだ」
「ふん。なら、剣が偉くても良いではないか」
「……そうかもしれん」
アベルはそう呟くと、自らが持つ愛剣を見る。
特に輝きが強くなったとかそういうことはない。
「今の場面で、強く光ってくれたりしたら分かりやすいんだがな」
「アベル、贅沢だぞ。剣に多くのことを求め過ぎだ。ただでさえ剣は、我々の命を預かっているんだ。それ以上を求めるのは、酷というものだろう」
「ああ、そうだな。すまん」
最後の謝罪の相手は、はたしてネダに対してか、自らの剣に対してか。
「まだまだ、俺に心を開いてはくれていないとは思っている」
「その剣は、お前の努力、成長、手に入れた結果、それら全てを見てきたのだ。いや、傍らにあって共に掴んできたといってもいいのかもしれん。最大の理解者であり、同時に、最も厳しい裁定者なのだろう」
「そうだな。剣に恥じない剣士になる……それは、剣士が最初に誓う言葉の一つだ。同時に、それこそが、原点にして到達点なのかもしれんな」
アベルは、一つ大きく頷いた。
それを見て、ネダが一つ頷いた。
「ふん、ようやく迷いがなくなったか」
「俺、迷ってたか?」
「ああ、一番根本部分で少しだけな。剣への信頼という、剣に生きる者なら絶対に揺らいではいけない部分がな」
「そうか。自分では気づけなかった」
アベルは素直に認めた。
そして言葉を続ける。
「気付かせてくれたことには感謝する。だが、手を抜く気はない」
「ぬかせ! そんなもの、求めておらんわ」
「そうか?」
「全力でかかってこい。“エクス”を持っていても、まだまだ私を超えはしないぞ」
「なんという上から目線だ」
ネダの言葉に顔をしかめるアベル。
だが、同時に自覚した。
少し前までよりも、スムーズに剣が振れると。
(気付かない迷いが無くなったからか? このヴァンパイア公爵、ただ勝利だけを求めるのではなく、互いの全力を出し合ったうえで倒す……それを望んでいるということだよな。さすが公爵としての矜持か。この辺りは、人やヴァンパイアなどという種族は関係ない)
アベルはそう思った。
思ったうえで、別の感情も湧いてくる。
「手を組みたい」
「……は?」
「あ、いや、すまん。決して侮辱するつもりはない。そうではなくて……」
アベルは思わず口から漏れてしまった言葉に焦る。
軽くバックステップして、距離をとり、焦りを消し去る。
「真剣勝負の場で、しかも人とヴァンパイアという相容れない種族同士、王と公爵という責任ある立場同士で、何を言っている」
ネダは突き放す。
だがその口調は、怒りや侮蔑ではなく、呆れ。
「力なき者の言葉など、誰も聞かん」
「ああ、分かっている」
「要求を通したいのなら……」
「力を示せということだろう? 剣に生きる者同士なら……」
「剣で、示せ!」
ネダは、神速の飛び込みでアベルの間合いを侵略する。
突きから始まる高速連撃。
その全てを、完璧に流すアベル。
「やるじゃないか、アベル」
「そりゃ、どうも」
軽口をかわすネダとアベル。
だが、先ほどまでとは違う。
(さすがに、余裕はない)
ネダの剣を完璧に流しているアベルだが、かなりギリギリだ。
(ヴァンパイアの公爵、強いな)
正直に認める。
認めるのだが……。
(だが、絶望するほどではない)
アベルは覚えている。
絶望を感じた相手たちがいた。
もちろん、そんな者たちに比べてネダが弱いわけではない。
(俺が強くなったからだ)
その自覚がある。
決して傲慢さからではなく、認識できる事実として分かっている。
自分が強くなったから、以前だったら絶望するしかなかったであろう相手であっても、こうして戦いになっている。
それは自信となり、強者のメンタルが構築される基となる。
(成功体験の積み重ねでしか、メンタルは鍛えられません、ってリョウは言っていたな。それに関しては、俺も全く同意見だ)
アベルのメンタルは、ヴァンパイアの公爵である『剣閃のネダ』にも負けていなかった。
(“エクス”が選んだ男だから、強いであろうことは分かっていたが、本質は想像以上だな)
剣を振り続けながら、ネダは考える。
傍から見れば、両者は互角に見えるだろう。
いや、もしかしたらネダの方が押しているように見えるかもしれない。
(私の方がヴァンパイアであるがゆえに膂力は上。だから押しているように見えるかもしれないが、現実は全く違う)
戦っている本人だからこそ、ネダには分かる。
自覚がある。
(私と同等、あるいは少し上……)
そう認めるしかない。
人間相手にそう認識したのは、長く生きていたネダであっても初めてのことだ。
(リチャード相手でも、ここまで感じることはなかった。つまりアベルはリチャードよりも強いということだ)
そう認めざるを得ないほど、鋭い剣閃、深い読み、完璧な体の使い方。
(それなのに、“エクス”はアベルを完全には認めていない? そんなことがあり得るか? いくら“エクス”の気位が高くても、それはわがまますぎだろう)
そこまで考えたところで、突然ネダの脳裏に閃いた。
(もしや“エクス”は、アベルにリチャードを超えさせようとしているのか?)
ネダ本人からすれば、何の根拠もなく閃いた考え。
(前と同じ……リチャードと同じ程度では嫌だと? 二度と主を失いたくないと? そんな考えか?)
ネダは、そこまで考えたところで、自分の剣の動きが速くなっていることに気付く。
(思考に引っ張られた? アベルはもっと強くなれると“エクス”が思っていて、私も無意識ではそれに同意していて……今、強くなる過程において重要なタイミングだと分かっている? そうなれるのなら、そんな姿を見てみたい?)
ネダは心の中で笑う。
「おもしろい! もっと強くなれるというのなら、なってみせてほしいな!」
「うん?」
ネダが叫び、アベルが首を傾げる。
明確な変化がネダに現れる。
「剣が、圧倒的に速くなったぞネダ」
アベルがぼやく。
「ああ。いろいろわけあって、完全に本気になった」
「そいつは困る」
「アベル、全ての手札を使え。そして全力を出せ!」
「は?」
「持っている手札があるだろう? 全力じゃないだろう」
「いや、全力なんだが」
「“エクス”はそう思ってない」
「……」
ネダの指摘に、アベルは何も言い返せない。
顔をしかめながら、アベルはぼやく。
「全ての手札か。俺は王というより冒険者なんだよな」
「関係ない。アベルはアベルだ。それを一番知っているのが“エクス”だろ」
「分かった。全力で、全て、だな」
アベルが発した言葉は、ネダにも聞こえた。
聞こえたが、姿を見失う。
気付いた瞬間には、背中から剣で貫かれていた。
「馬鹿な……」
「俺の勝ちだ、ネダ」
「心臓を貫いただけでは、我らヴァンパイアは死なんぞ」
「ああ、首も斬り飛ばさないといけないんだろ。だがさっきも言った通り、俺はあんたと組みたい」
「……」
「俺の力は示した。ヴァンパイアの公爵と手を組んでも悪くない相手じゃないか?」
もう一度、アベルは提案する。
ネダは少し考える。
心臓を貫かれたまま。
「負けを認めよう。だが一つ、教えてほしい」
「うん?」
「さっき、何をした。一瞬消えて、後ろに回られたようだが」
「ああ、空を飛んだ」
「……は?」
「これだ」
アベルはそう言うと、剣を引き抜き、左手首を見せた。
そこには、ヒスイで作られたようなブレスレットがはまっている。
「それは、何だ?」
「これは東方諸国で作られている『飛翔環』というやつだ」
「名前からすると、それで空を飛ぶのか?」
「ああ。本来は向こう……ダーウェイの中黄という地域でしか使えないんだが、同行していた魔法使いが、他の場所でも使えるようにした」
アベルは苦笑しながら言う。
「そいつが時々やるんだ。一瞬で相手の背後に回り込んで背中から剣を刺す、ってのをな。今回はそれを参考にした」
「面白いな」
アベルは涼の技を思い浮かべ、ネダは何度か頷いている。
「風属性魔法で浮き上がることはできるが……先ほどのアベルのように、瞬間移動と呼べるほどの速さは出せん」
「まあ、普通はそうだよな」
「アベルはできた」
「運がよかった。俺も実は、ぶっつけ本番だった」
アベルは苦笑した。
そして言葉を続ける。
「全ての手札を切って、全力を出せと言われたからな」
「ああ、いいじゃないか。ほら、“エクス”を見てみろ」
「うん?」
「さっきよりも、白く輝いているぞ」
そう、誰でも認識できるほど、赤ではなく白の輝きが強くなっている。
「パーティー名、『赤き剣』じゃなくて『赤白の剣』だな」
アベルはそう言うと、愛剣の柄を軽く叩いた。
「負けを認める。ルミニシュ公爵として、アベル王と手を組むことを検討しよう」
「おお、ありがたい!」
アベルは笑顔で頷く。
しかし、少し思い出すものがあったようだ。
「俺が聞くのも変だが、ゾルターンはいいのか?」
「うん?」
「手を組んだら、あいつが怒らないか」
「知らん」
ネダは肩をすくめる。
「協力を要請されたから協力した、それだけだ。別に、やつに従っているわけではない」
「そうなのか?」
「我は公爵、奴も公爵、だ」
標語か何かのように言うネダ。
「ゾルターンは、大公じゃ?」
「勝手にそう名乗っているだけだ。私は別に認めていないし、奴も別に認めるのを求めはしないだろう。結局は、力が全てだ」
「そういうものか」
アベルは小さく首を振る。
「とはいえ、ゾルターンが強いのは事実だ。昔会った時よりも強く感じた、だから何かあったのは確かだろう」
「大公を食べたとか」
「それは知らん。私は聞いていない」
「ふむ?」
「どちらにしろ、お前たちがゾルターンを倒すことができなければ、手を組むも何もないぞ。奴を倒せないような者たちと、私は手を組むつもりはない」
「おい……」
「私はアベルに負けた、それは事実だし受け入れる。だが、お前の『手を組みたい』という申し出に関しては保留、というより、まだ答えられん。ゾルターンに協力している状態だからな。そこは信義というか約束を破るわけにはいくまい?」
「俺たちがゾルターンを倒してから、ということだな」
「そういうことだ」
アベルの確認に、ネダは頷く。
アベルも、そこは理解している。
「この、外にいるゾルターンは……」
「分身体だな。自分の髪の毛か何かから造ったのだろう。あいつはそういうのが昔から得意だった」
「本体は奥にいるんだな」
「そうだな。誰かが奥に行って倒してくるしかないと思うぞ」
「強いやつが……行ったな」
アベルは涼とロベルト・ピルロが入っていったのを知っている。
「強いやつ? そいつはアベルより強いのか?」
「ああ、強い」
アベルは涼を頭に浮かべて頷く。
戦いは、最終局面に入ろうとしていた。




