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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 最終章 暗黒戦争
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0868 ゾルターン対帝国軍

この『外の戦場』には、もう一つ、局面がある。

ゾルターンと帝国軍の戦いだ。


爆炎の魔法使いオスカーが、ゾルターンに近接戦を挑んでいる。

フィオナと帝国軍……ルビーン公爵領軍が魔法での遠距離攻撃で、それを援護(えんご)


「フハハハハハ、いいな、いいじゃないか、よく訓練された魔法砲撃だ」

笑いながら、砲撃の全てを<障壁>で弾くゾルターン。


「これだけの砲撃を、全て弾くとは」

「さすがに、オスカー様にも疲労の色が……」

フィオナとマリーが小声で交わし合う。


オスカーはただ一人、剣と魔法でゾルターンに近接戦を挑んでいる。

大きなダメージは負っていないが、開始からずっと全力戦闘のため、さすがに色々とギリギリなはず……。


フィオナやマリーでも、そう思うのだが……。


「副長、勢いが衰えていない気がします」

「ええ……師匠は、強大な敵を相手にした時、いつもああなる……ある意味、怒り続けるの。なぜ突破できない、なぜ倒せない……そんなことは許さない、と」

マリーもフィオナも、オスカーに対する呼び方が昔に戻る。


ここ数年、見たことのないオスカーの姿。


「最後に見たのは、王国での戦いね」

フィオナは覚えている。

オスカーと、王国の水属性の魔法使いの戦いを。



「でも、あの時よりも……」

「そう、あの時よりも怒りが大きい」

マリーの指摘にフィオナも頷く。


怒りが大きい理由は分かっている。

ハーゲン・ベンダ男爵を奪われた失態(しったい)だ。


王国での戦い……現ロンド公爵との死闘は、確かに怒りを伴っていたが、同時に戦いを楽しんでいるようにも見えた。

二人共。



しかし、今回は違う。



完全に、純粋に、怒りに満ちている。


だからであろうか……。


「まだ、攻撃は全て弾かれていますが……」

「聞き違いかもしれませんが、副長の攻撃……特にピアッシングファイアがゾルターンの障壁に当たる時の音が変わってきている気がします」

「そうね、私もそう聞こえた……二人ともそう聞こえたのなら、聞き違いではないのでしょう。間違いなく変化してきている」

「その変化は、良いものでしょうか」

フィオナの同意に、マリーは少し不安をのぞかせる。


「マリー知ってる? 師匠は、負けると強くなる」

「え? ああ、そういえば、以前聞いた覚えがあります。確か怒りが……」

「そう、反省する時に怒りが湧きあがって、自分の身を焦がすような気持ちになる。それを経ると、魔法が強くなるらしいわ。私には全く理解できなかったけど」

苦笑するフィオナ。


光属性と火属性の両方を、驚くほど高い次元で操るフィオナは、魔法に関して天才だと言われてきた。

だが、フィオナ自身が最もよく知っている。

天才性に関して言うなら、自分など、オスカーの足元にも及ばないと。


「今、戦いながら、師匠は負け続けている。そう自覚している。つまりそれは、強くなり続けているということ」

「え……」

フィオナが断言し、マリーは絶句する。



かつてミカエル(仮名)が、涼にこう語った。

「魔法のキモはイメージです」と。

オスカーは誰からも教えられることなく、それを実践しているのだ。


怒りという感情に最も近い属性は、火属性だろう。

オスカーが怒りによって、自らが操る火属性魔法を強化できてしまうのは、ある種の偶然。



涼が知れば絶対に文句を言うだろう……。



衰えないオスカーの攻撃に、さすがに受けている側が不信感を抱き始めた。

「貴様は、本当に人間か?」

ゾルターンが、剣を振るい魔法を叩きつけ続けるオスカーに問いかける。


しかし、オスカーは無言。

ゾルターンを(にら)み続けたまま、剣を振るい魔法を叩きつける。

その姿は、最初からずっと変わらない。



むしろ……。



ミシッ。


ミシッ。


ミシッ。



オスカーの剣は、ゾルターンが剣で受けている。

ヴァンパイア特有の、ブラッディソード……自らの血で生成した剣だ。


オスカーの魔法は、ゾルターンが<障壁>で弾いている。

圧倒的な硬さの<障壁>によって、全ての魔法を弾き返しているが……。


「音が……変わった?」

フィオナとマリーが気付いた変化に、ついにゾルターンも気付き始める。


音だけに注意を向けなければ、とても気付かなかったほどの小さな変化だったものが、戦闘中の当事者でも気付くほどの変化になってきたのだ。


「どういうことだ?」

音の変化に気付きはしても、その理由は分からない。



変化に気付く。

しかし本当の問題は、それが良い変化なのか、それとも悪い変化なのかを判断しなければならないということ。

その判断がつかないというのが、大きな問題。


こちらがどうすればいいか、その判断ができないから。


今のままでいいのか、今のままではいけないのか。

よしんば、今のままではいけないと判断しても、今度はどう変えればいいのかが分からない。



結果、対応が間に合わない。



「<ピアッシングファイア“フォーカス”>」

オスカーが小さく唱えた次の瞬間、無数のピアッシングファイアがゾルターンの顔に集中し、<障壁>に当たった瞬間、『弾けた』。


それでもゾルターンの<障壁>を貫くことはできない。


「それは分かっている」

オスカーは、一瞬の躊躇(ちゅうちょ)なく左足を大きく踏み込む。

同時に、剣を左手一本で持つ。


空いた右拳が、白く輝いた。


「<焼灼(しょうしゃく)>」


プラズマの光を纏った右腕が割れた障壁を貫き、ゾルターンの頭を蒸発させた。



数秒後。

驚いた表情のまま再生されるゾルターンの頭。


目が再生された後、もう一度オスカーの右腕を見る。

肘から先が消失している。

頭が焼かれる前に見た光景……相討ちが認識違いではなかったことを理解する。


出される結論。


「ヴァンパイア相手に相討ち狙い? 愚かなのか?」

「問題ない」

オスカーがそう言った瞬間。

「<エクストラヒール>」

オスカーのすぐ後ろに移動してきていたフィオナが、オスカーの腕を再生する。


再生された右手を、にぎにぎして感触を確かめるオスカー。


「……いや、そうだとしてもだ」

呆れた表情ではあるが、口調には揺れがある。


理解不能、意味が分からない……こいつは普通じゃない!


オスカーのことを、そう認識したからだ。



対するオスカーは、小さく肩をすくめて言う。

「一度焼いてみないと、ヴァンパイアの大公というのがどんなものなのか分からん」

「……焼いてみたら分かったのか?」

「ああ、分かった。十分に焼き尽くせるとな」

「ほざけ!」

ゾルターンが吠えた次の瞬間。


「<ピアッシングファイア“フォーカスエンド”>」

一瞬で生じる無数の炎の針。


本当に、文字通りの無数。

数億、あるいは数兆本の、白い炎の針。


その全てが、全方向からゾルターンを襲う。


当然、全てを防ぐべく生成される<障壁>。


だが……。


「<焼灼>」

いきなりオスカーが、プラズマを纏った右拳で殴りかかり、<障壁>を貫く。

割れる<障壁>。

当然のように、再び消失するオスカーの右腕。


しかし、割れた障壁に殺到するピアッシングファイアが、ゾルターンの体に襲い掛かる。

同時に、割れ残った<障壁>も、前後から挟み込んでピアッシングファイアが焼き尽くしていく。


「順序を逆にすれば、こうなる」

オスカーが呟く。



無数のピアッシングファイアに焼かれて、ゾルターンは消滅した。

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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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