0868 ゾルターン対帝国軍
この『外の戦場』には、もう一つ、局面がある。
ゾルターンと帝国軍の戦いだ。
爆炎の魔法使いオスカーが、ゾルターンに近接戦を挑んでいる。
フィオナと帝国軍……ルビーン公爵領軍が魔法での遠距離攻撃で、それを援護。
「フハハハハハ、いいな、いいじゃないか、よく訓練された魔法砲撃だ」
笑いながら、砲撃の全てを<障壁>で弾くゾルターン。
「これだけの砲撃を、全て弾くとは」
「さすがに、オスカー様にも疲労の色が……」
フィオナとマリーが小声で交わし合う。
オスカーはただ一人、剣と魔法でゾルターンに近接戦を挑んでいる。
大きなダメージは負っていないが、開始からずっと全力戦闘のため、さすがに色々とギリギリなはず……。
フィオナやマリーでも、そう思うのだが……。
「副長、勢いが衰えていない気がします」
「ええ……師匠は、強大な敵を相手にした時、いつもああなる……ある意味、怒り続けるの。なぜ突破できない、なぜ倒せない……そんなことは許さない、と」
マリーもフィオナも、オスカーに対する呼び方が昔に戻る。
ここ数年、見たことのないオスカーの姿。
「最後に見たのは、王国での戦いね」
フィオナは覚えている。
オスカーと、王国の水属性の魔法使いの戦いを。
「でも、あの時よりも……」
「そう、あの時よりも怒りが大きい」
マリーの指摘にフィオナも頷く。
怒りが大きい理由は分かっている。
ハーゲン・ベンダ男爵を奪われた失態だ。
王国での戦い……現ロンド公爵との死闘は、確かに怒りを伴っていたが、同時に戦いを楽しんでいるようにも見えた。
二人共。
しかし、今回は違う。
完全に、純粋に、怒りに満ちている。
だからであろうか……。
「まだ、攻撃は全て弾かれていますが……」
「聞き違いかもしれませんが、副長の攻撃……特にピアッシングファイアがゾルターンの障壁に当たる時の音が変わってきている気がします」
「そうね、私もそう聞こえた……二人ともそう聞こえたのなら、聞き違いではないのでしょう。間違いなく変化してきている」
「その変化は、良いものでしょうか」
フィオナの同意に、マリーは少し不安をのぞかせる。
「マリー知ってる? 師匠は、負けると強くなる」
「え? ああ、そういえば、以前聞いた覚えがあります。確か怒りが……」
「そう、反省する時に怒りが湧きあがって、自分の身を焦がすような気持ちになる。それを経ると、魔法が強くなるらしいわ。私には全く理解できなかったけど」
苦笑するフィオナ。
光属性と火属性の両方を、驚くほど高い次元で操るフィオナは、魔法に関して天才だと言われてきた。
だが、フィオナ自身が最もよく知っている。
天才性に関して言うなら、自分など、オスカーの足元にも及ばないと。
「今、戦いながら、師匠は負け続けている。そう自覚している。つまりそれは、強くなり続けているということ」
「え……」
フィオナが断言し、マリーは絶句する。
かつてミカエル(仮名)が、涼にこう語った。
「魔法のキモはイメージです」と。
オスカーは誰からも教えられることなく、それを実践しているのだ。
怒りという感情に最も近い属性は、火属性だろう。
オスカーが怒りによって、自らが操る火属性魔法を強化できてしまうのは、ある種の偶然。
涼が知れば絶対に文句を言うだろう……。
衰えないオスカーの攻撃に、さすがに受けている側が不信感を抱き始めた。
「貴様は、本当に人間か?」
ゾルターンが、剣を振るい魔法を叩きつけ続けるオスカーに問いかける。
しかし、オスカーは無言。
ゾルターンを睨み続けたまま、剣を振るい魔法を叩きつける。
その姿は、最初からずっと変わらない。
むしろ……。
ミシッ。
ミシッ。
ミシッ。
オスカーの剣は、ゾルターンが剣で受けている。
ヴァンパイア特有の、ブラッディソード……自らの血で生成した剣だ。
オスカーの魔法は、ゾルターンが<障壁>で弾いている。
圧倒的な硬さの<障壁>によって、全ての魔法を弾き返しているが……。
「音が……変わった?」
フィオナとマリーが気付いた変化に、ついにゾルターンも気付き始める。
音だけに注意を向けなければ、とても気付かなかったほどの小さな変化だったものが、戦闘中の当事者でも気付くほどの変化になってきたのだ。
「どういうことだ?」
音の変化に気付きはしても、その理由は分からない。
変化に気付く。
しかし本当の問題は、それが良い変化なのか、それとも悪い変化なのかを判断しなければならないということ。
その判断がつかないというのが、大きな問題。
こちらがどうすればいいか、その判断ができないから。
今のままでいいのか、今のままではいけないのか。
よしんば、今のままではいけないと判断しても、今度はどう変えればいいのかが分からない。
結果、対応が間に合わない。
「<ピアッシングファイア“フォーカス”>」
オスカーが小さく唱えた次の瞬間、無数のピアッシングファイアがゾルターンの顔に集中し、<障壁>に当たった瞬間、『弾けた』。
それでもゾルターンの<障壁>を貫くことはできない。
「それは分かっている」
オスカーは、一瞬の躊躇なく左足を大きく踏み込む。
同時に、剣を左手一本で持つ。
空いた右拳が、白く輝いた。
「<焼灼>」
プラズマの光を纏った右腕が割れた障壁を貫き、ゾルターンの頭を蒸発させた。
数秒後。
驚いた表情のまま再生されるゾルターンの頭。
目が再生された後、もう一度オスカーの右腕を見る。
肘から先が消失している。
頭が焼かれる前に見た光景……相討ちが認識違いではなかったことを理解する。
出される結論。
「ヴァンパイア相手に相討ち狙い? 愚かなのか?」
「問題ない」
オスカーがそう言った瞬間。
「<エクストラヒール>」
オスカーのすぐ後ろに移動してきていたフィオナが、オスカーの腕を再生する。
再生された右手を、にぎにぎして感触を確かめるオスカー。
「……いや、そうだとしてもだ」
呆れた表情ではあるが、口調には揺れがある。
理解不能、意味が分からない……こいつは普通じゃない!
オスカーのことを、そう認識したからだ。
対するオスカーは、小さく肩をすくめて言う。
「一度焼いてみないと、ヴァンパイアの大公というのがどんなものなのか分からん」
「……焼いてみたら分かったのか?」
「ああ、分かった。十分に焼き尽くせるとな」
「ほざけ!」
ゾルターンが吠えた次の瞬間。
「<ピアッシングファイア“フォーカスエンド”>」
一瞬で生じる無数の炎の針。
本当に、文字通りの無数。
数億、あるいは数兆本の、白い炎の針。
その全てが、全方向からゾルターンを襲う。
当然、全てを防ぐべく生成される<障壁>。
だが……。
「<焼灼>」
いきなりオスカーが、プラズマを纏った右拳で殴りかかり、<障壁>を貫く。
割れる<障壁>。
当然のように、再び消失するオスカーの右腕。
しかし、割れた障壁に殺到するピアッシングファイアが、ゾルターンの体に襲い掛かる。
同時に、割れ残った<障壁>も、前後から挟み込んでピアッシングファイアが焼き尽くしていく。
「順序を逆にすれば、こうなる」
オスカーが呟く。
無数のピアッシングファイアに焼かれて、ゾルターンは消滅した。




