0862 魔法使いロベルト・ピルロ
王国軍による戦闘は、おおむね順調に進んでいるが、首を傾げたままの人物が一人……。
「ロベルト・ピルロ陛下?」
気付いて涼が声をかける。
「ああ、リョウ殿……いや、奥の方に、何やら変わった魔力の流れを感じるんじゃ」
「はい?」
ロベルト・ピルロに指摘されて、涼も奥の方に意識を向ける。
さらに……。
(<アクティブソナー>)
「ソナーには反応は無いですが、確かに魔力は変な感じですね。強い魔力なのですが……なんというか、薄い感じ?」
「強いが薄い……ああ、確かに、言葉にするとそうかもしれん」
ロベルト・ピルロが答えた次の瞬間。
「<障壁>」
ロベルト・ピルロが唱える。
前方で戦う王国騎士団のさらに前方に生成される<障壁>。
先方から来た炎の塊がぶつかり、炎と障壁は、対消滅の光を発して消えた。
突然のことに驚く王国騎士団。
「何やら、歯ごたえのある者が来たようじゃ」
そう言いながら、前方に歩いていくのはロベルト・ピルロ。
それに合わせたかのように、ヴァンパイアが一斉に後方に跳び、王国騎士団との距離が開く。
ロベルト・ピルロが王国騎士団を庇うように前に出ると、奥から一人の人物が歩いてきた。
「馬鹿な……」
「おいおい……」
涼とアベルが言葉を失う。
それは二人が、出てきたのが誰か知っているから。
王国騎士団と距離をとったヴァンパイアたちが、一斉に片膝をついて礼をとる。
「ロズニャーク大公ゾルターン……」
そう、出てきたのは、討伐対象だった。
「我の炎と同程度の魔法障壁など、めったに見ぬぞ。老人、今の障壁はお主か?」
ゾルターンは、ロベルト・ピルロに問う。
「老人なのは確かじゃが、お主の方が歳はくっておるじゃろう」
「我らヴァンパイアと人とでは、そもそも生きる長さが違うわ」
ロベルト・ピルロの言葉に、うっすら笑いながら答えるゾルターン。
「なるほど。さすがヴァンパイアの大公、人の強者たちも、いつもの軽口は出ぬようじゃ」
ロベルト・ピルロは、涼やアベルが黙ったままなのを指摘する。
「老人、お主、先日はいなかったな。あそこに揃っていただけでも大した人材たちだと思うたが、お主のような者まで新たに加わるか。はてさて、我が回収した……ハーゲン・ベンダと言ったか。よほど人の世では有名な存在だったのじゃな」
「そうそう、ハーゲン・ベンダ男爵な。彼の人物の奪還のために、多くの強者が動いたのは確かじゃ。まあ、わしは、正直そっちはどうでもよい」
「ほぉ、あの者の奪還が目的ではないのか?」
「ああ、違う。わしがついてきたのは、強い魔法使いたちの本気の戦いが見れると思ったからじゃ。しかし……」
ロベルト・ピルロは、小さく首を振る。
「どうした?」
「出てくるヴァンパイアが弱すぎる」
「何?」
ゾルターンの表情が歪む。
「わしが見たかった魔法使いは、戦場にすら立っておらん。立つ必要もないようじゃ」
「なるほど。我が準備した余興では足りぬか」
「ああ、全然足りんな」
「ならば、これでどうだ。<燃えろ>」
「<消えろ>」
ゾルターンの手から、人の頭大の炎が放たれた。
放たれたのは確かだ。
ほぼ同時に、ロベルト・ピルロの手から小さな何かが放たれた。
恐らく、放たれた……涼やアベルですら認識しにくいほど小さく、そして高速の魔法。
二つの魔法が衝突した瞬間、ゾルターンが放った炎は消えた。
涼やアベル以外の者たちからは、ロベルト・ピルロに向かったゾルターンの炎が、途中でただ消えたように見えただろう。
「おい……」
だが、その場で最も驚いたのはゾルターン本人。
「何だ、今のは」
「何だと言われても……魔法じゃな」
驚くゾルターン、苦笑しながら答えるロベルト・ピルロ。
ゾルターンは一度首を傾げた後、何が起きたのか理解したようだ。
大きく目を見開いた。
「魔法で魔法を斬ったのか!」
「ほぉ……さすが大公ともなると、頭の中も優秀だな」
笑いながら正解だと頷くロベルト・ピルロ。
「面白い! 実に面白いではないか! 老人、ぜひ名前を聞きたい!」
「老人、老人うるさいのお。歳とってはおるが。わしはカピトーネ王国先代国王のロベルト・ピルロじゃ」
「先代国王? いや、カピトーネといえば中央諸国ではないか。老人も、遠くからやってきたか」
ゾルターンが何度も頷く。
だがその言葉を聞いて、今度はロベルト・ピルロが驚いた。
「我が国を知っておるじゃと?」
驚き、訝し気な視線を向ける。
「古い国であろう。我が前回起きていた時に訪れた覚えがある」
「それは知らんかった。滅ぼされなくて運が良かったというべきか」
「訪れる国全てを滅ぼすわけではないわ。我とてそこまで暇ではない」
苦笑するゾルターン。
苦笑を収めて言葉を続ける。
「国王として国を統治しながら、それほどの魔法を使えるようになったというのは、本当に驚きだ。王位などほっぽり出して魔法に専心しておれば……どれほどの高みにまで上がれたか」
「ふん、隣国の偉大な魔法使いたちにも、同じことを言われたわい」
「そうであろう? その魔法使いたちも見る目があるではないか」
「そういえば、彼らと初めて会ったのも戦場だったな。敵味方として殺し合う戦場じゃった」
ロベルト・ピルロは遠い目で見る。
涼は知っている。
ロベルト・ピルロが言う魔法使いたちというのが、王国のイラリオン・バラハやアーサー・ベラシスであることを。
今では手紙をやりとりする間柄らしいが、『大戦』の折は、ギリギリの戦いを演じたのだ。
((殺し合いの果てに結ばれた友情。まさに王道展開ですね))
((ロベルト・ピルロ陛下のことか? 陛下が言っている魔法使いたちって、イラリオンやアーサーのことだろう?))
((ええ、そうだと思います))
((あの魔法狂いのイラリオンの爺さんや、一見まともだがイラリオンとそれほど変わらないアーサーとやり合えるくらいなんだから、ロベルト・ピルロ陛下もたいがいということだな))
((なんて言い草))
アベルのあまりにもあけすけな物言いに、さすがに心の中で首を振る涼。
剣士が持つ魔法使いに対する偏見は、いつの時代にもあるに違いない。
「では老人、いやロベルト・ピルロよ、続きを始めるか」
「よいのかヴァンパイア、その体で」
「うん?」
「本体が出てきた方がよくないか?」
ロベルト・ピルロが優しく諭す。
「……この体が何か分かっているということであるな」
「分身体とかその辺であろう? 本体の一部を元に、本体と同じ形に……成形し直したとかか」
「ほぼ正解だ」
「そんなもので戦いになると?」
「やってみれば分かる」
「やらずとも分かる。<駿焔>」
ロベルト・ピルロは言うが早いか、炎を放った。
いや、そこにいたほとんどの者が、放たれた炎は見えなかった。
ゾルターンに直撃し、一瞬で広がった瞬間にようやく理解できたのだ。
超高速の炎が放たれ、信じられないほど強力な炎として広がり……ゾルターンを焼き尽くしたと。
「まさか、一撃……」
そう呟いたのはザックだったか、あるいはスコッティーだったか。
「あはははははは。いや、これは失礼した。まさに、我の髪の毛一本では話にならなかったな」
空から響くゾルターンの声。
「髪の毛一本? 馬鹿にし過ぎじゃぞ」
顔をしかめて答えるロベルト・ピルロ。
「一応、戦うにしても形式というものを整えねばな。お主らに見せたいものがあるのだ」
「見せたいもの?」
「奥で待つ。他の軍と共にやってくるがよい」
空から響いたゾルターンの声はそう言うと、去っていった。
アニメ「水属性の魔法使い」に関して、
主演の村瀬歩さんが出演されています、TBSラジオ。
https://x.com/after6junction/status/1926977725199249844
本当に、放送が近付いてきているのだなと感じております……。




