0854 アベルへの報告
そんな世界平和を追求する四人がスキーズブラズニル号に着いた時には、すでに王国の偉い人は戻ってきていた。
そのため、四人は報告する。
「陛下、残念ながらミトリロ鉱石は取引されておりませんでした。それどころか……」
ニルスが、鉱石取引所でのやりとりを報告する。
それを最後まで聞いてから、アベルは口を開く。
「実は採掘場の件、王宮でも話が出てきた」
「やっぱり」
アベルの言葉に、涼が頷く。
四十カ所もの採掘場が奪われ、そのまま占領され続けているというのは異常なことだ。
国が手を打たないわけはない。
しかし疑問がある。
「でもそれって、エトーシャ王国にとっては恥ずかしい……あんまり表ざたにしたことはないでしょう? それなのに、アベルとグラハムさんに王様は話したのですか?」
「ああ、それには理由がある。占領している者たちの問題だ」
「占領している者たち?」
アベルの答えに、涼が首を傾げる。
横に並ぶ『十号室』の三人も首を傾げる。
「占領しているのはヴァンパイアたちだそうだ」
「なんですと」
驚く涼。
無言のままではあるが『十号室』の三人も驚きの表情だ。
その先の展開を、涼は王道で推測する。
「つまり僕らが、占領しているヴァンパイアたちを駆逐するのですね!」
そう、それこそが王道展開!
「駆逐するのはそうだが、基本的には法国軍が行う」
「え、僕ら王国軍は?」
「今のところは待機だ」
「またしても王道展開が……」
なぜか悔しそうに呟く涼。
それを見守る『十号室』の三人もアベルも、小さく首を振っている。
全員が、涼に関しては一種の共通認識があるらしい。
そもそも涼は『王国軍』と言っているが、その中身は王国騎士団五十人だけなのだ。
王国騎士団にザックとスコッティーという二人の中隊長と、国王アベルは、王国軍と言ってもいいのかもしれないが、『十号室』の三人と涼は……。
「陛下の命とあらば、どんな危地にも飛び込みます」
ニルスははっきりと言い切る。
エトとアモンも頷く。
『十号室』は冒険者だが、アベルを冒険者時代から尊敬している者たちなのだ。
「アベルの命令ならば、どんなことでも協力しますよ」
涼もはっきりと言い切る。
涼は王国筆頭公爵として、国王アベルを支えるのだ。
「週一ケーキ特権と引き換えに」
「うん、そう言うだろうと思っていた」
……涼は国王アベルを支えるのだ。
とりあえずの報告が終わったところで、アベルはずっと気になっていたことを尋ねる。
「リョウの後ろにいる<台車>のやつだが、何が入っているんだ?」
「アベルよ、よくぞ聞いてくれました。我々ミトリロ鉱石捜索隊は、鉱石の発見には至りませんでしたが、それと同じくらい、いえ世界平和の観点から見れば、それ以上の素晴らしい発見物を手にしました」
「うん?」
「これです!」
涼がそう言うと、<台車>の上部が開き、九十個ものクレープがアベルの前にお披露目された。
「ほぉ、これはくれーぷだな。暗黒大陸にもあった……いや、それをいえば、アウグジェ第三守備隊のミニ殿が言っていたな。暗黒大陸南部に昔からあるおやつ、あれだな」
「さすがアベルです……なんて完璧な記憶力」
驚きを通り越して、恐ろしいものを見る目になっている涼。
「俺もあの時、興味を持って聞いていたからな。そういうのは勝手に覚えるよな」
「そうかもしれませんけど……え? アベルってクレープに興味があったんですか?」
「うん? 時々王国内でも売ってたことあるだろ? 食べたぞ……というか、俺がローマンと戦った時に、リョウとセーラがクレープを持ってきて仲裁しただろうが」
「ええ、もちろん覚えていますけど……」
アベルの言葉に、涼も頷く。
そう、王都の路上でそんなことがあった。
「ローマンって……勇者ローマンですか?」
大きく目を見開いて言葉を発するのすら難しくなっているのは、珍しいことにアモンだ。
もちろんアモンも驚くことはあるのだが、ここまで大きく驚くのは珍しい。
「そうなのです、アモン。アベルは、かの勇者ローマンと王都の路上で死闘を繰り広げたことがあるのです」
「そ、それで、勝敗は……」
「引き分けに終わりました」
「おぉ……。勇者と引き分けるなんて、さすがはアベル陛下……」
「当然だ、アベル陛下だからな」
涼が勝敗を告げ、アモンが何度も頷き、なぜかそこにアベル崇拝者ニルスが乗っかる。
一人当事者のアベル自身が、顔をしかめて首を振っている。
アベルとしても、実はあれは恥ずかしい記憶だから……。
「リョウ風に言うなら、いくつかの誤解が招いた不幸な衝突だ」
「まったく……僕とセーラとクレープがなかったら、王都が灰燼に帰していましたよ。そういう意味でも、クレープは王都を救った英雄なのです」
「うん、それは大げさだがな」
涼の断言を、アベルは否定するのだった。




