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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第四章 西方諸国へ
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0795 報告

一行が暗黒大陸を出発して十数日後、ファンデビー法国の港町ジャポリに到着する前日。


「リョウに言っておくことがある」

アベルがそう切り出した。

だがその視線は、明後日の方向を見ている。つまり、目を逸らしているのだ。


こういう場合、涼にとって都合の悪いことを言おうとしている。


「ぼ、僕はちょっと忙しいので」

涼が逃げようとするが、その襟首(えりくび)をむんずとつかむアベル。


「逃げるな」

「逃げるとか意味が分かりませんね。今から、船員の皆さんにシャワーを提供しようと」

涼はそう言いながら、アベルの近くから去ろうとするがアベルが襟首をつかんだまま放してくれないのであきらめた。


それを確認して、アベルが説明を始める。


「中央諸国からの使節団が、聖都にいる」

「ええ、もちろん知っていますよ。僕もいたんですから」

「その中の帝国使節団の団長が、オスカー・ルスカ伯爵に代わった」

「ああ、そうなんですね、伯爵さんですか。連合はロベルト・ピルロ先王陛下、王国はグランドマスターのヒューさんですから、伯爵さんでは荷が重い……あれ? その名前、どこかで聞いた気が……」

「奥方はルビーン公爵のフィオナ殿だ」

「フィオナ? その伯爵、もしかして……」

「ああ、爆炎の魔法使いだ」

アベルが言う。


涼は思いっきり顔をしかめてアベルを見た。


「アベル、黙ってましたね! こんな西方諸国到着ギリギリまで!」

「いや言ったら、リョウは西方諸国には行かないとか言い出しかねないなと」

「何を言ってるんですか! 『十号室』の三人とかがいるんですよ? 爆炎の何とかに脅迫されてたらどうするんですか。行くに決まっているでしょう!」

涼は仲間思いなのだ。


「今度こそ、奴と決着をつけます。太古から続く、水と火の戦い……火は決して水には勝てないのだということを、西方諸国で思い知らせてやるのです」

「いや、それはやめてくれ」

「アベル、止めないでください!」

「止めるだろ! 絶対に争うな」

はっきりと衝突(しょうとつ)を禁止するアベル。



涼は少しだけ考えた。

自分とオスカーの立場を考えたようだ。


「奴は伯爵で僕は筆頭公爵ですからね。偉そうには振る舞わせません」

「いや、向こうは帝国使節団団長……」

「なるほど。奴の目の前で、僕を王国使節団団長に任命し、同格な状態にしてから、戦わせようというんですね。アベル、僕はその策に乗りますよ!」

「そんな策はない!」

涼のねじ曲がった解釈を、即座に否定するアベル。


「なんでそんなに、爆炎の魔法使いを嫌うんだ?」

「決まっています。エトを傷つけたからです」

口から血を吐くエトの姿が、涼の脳裏(のうり)から消えたことはない。


「だがそれは、誤解だったんだろう? エトが強力な魔法を放ってそれに体が耐えられなかった……」

「奴が攻撃してこなければ、エトが無理することもなかったのです」

涼が主張する。


涼にしては正論だ。

もちろん、オスカーにはオスカーの側の事情があったのだが……。


その場で停戦に介入したアベルは知っている。

双方に誤解があったために起きた衝突だったと。


「平和が一番なんだが……」

「帝国のいない平和なら、それが一番です」

アベルと涼が頭の中に描く平和は、違うものなのかもしれなかった。



法国の聖都マーローマーは内陸にある。

港町ジャポリは、海路によるマーローマーへの入口の一つとなっている。

そのため、かなり大きな街だ。


「この軍港が、法国海軍の根拠地なんですかね」

「そうだろう。同じ形の軍艦がかなりあるしな」

涼とアベルを乗せたスキーズブラズニルも、ジャポリの軍港に入った。


教皇グラハムの安全などを考えて、軍港に入港したらしい。


「本当に、偉い人って大変ですよね」

「行動の自由は無いよな」

「港町らしい、食欲をそそる香りが漂ってくるのに、グラハムさんは買い食いはできないに違いありません」

「まあ……そうだろうな」

可哀そうな表情で首を振る涼、もっと広い意味で『自由は無い』と言ったつもりだったアベル。


「アベルも偉い人なので、買い食いできませんね」

「リョウも偉い人だから、買い食いできないな」

「なっ……」

完璧なアベルの切り返しに、言葉を失う涼。


「リョウは筆頭公爵だぞ。国のナンバー2だ。俺以外の全員より偉い」

「え、偉いとか上だ下だというのには興味がありません!」

「偉いや上や下を決めるのはリョウ本人じゃない。周りが決めるんだ。だから周りが偉い人だと認めれば、買い食いできない」

「なんてこと!」

アベルの指摘に、涼の顔を絶望が覆う。


そう、『偉い』という概念は、周囲に決定権があるのだ。



「え、偉い人でも、買い食いができるように、柔軟な護衛をすべきです」

「それは俺も同感だな」

笑いながら同意するアベル。


「この、タレが(あぶ)られて広がる香ばしい香りは、偉い人にこそ食べてもらうべきなのです」

「そうなのか?」

「偉い人を虜にすれば、そこから口伝(くちづて)で多くの実力者に広がります。さらに、家臣とか部下とかにも広がれば、一大顧客網が形成されるのです!」

「露店で、そんな大人数の客に対応できるのか?」

「そこは……店主さんの経営方針次第で……」

涼の言葉が切れる。


その理由はアベルにもすぐに分かった。

香ばしい香りの漂ってくる露店の目の前を通っているからだ。


「美味そうな匂いだ」

「ですよね!」

涼はそう答えると、走っていった。


しばらくして、二本のクラーケン焼きを持って帰ってきた。

一本をアベルに渡す。

「俺たちだけ食べるのか?」

「僕たちが美味しいと判断したら、護衛の皆さんの分も焼いてもらうのです。一気に五十人分焼いてくださいとか、無謀な要求はいけません」

「確かにそうだな。俺たちは、まず確かめる役割ということだな」

「ええ、ええ。偉い人は、率先して自らの体を投げ出して犠牲になるべきなのです」

二人の会話が聞こえている、ザックとスコッティーは表情を変えない。


さすがは王国騎士団中隊長なのだ。


シャクッ。


「美味いな……」

「やはり香ばしいタレは正義です」

アベルも涼も称賛する。


その瞬間、王国騎士の表情に動揺が走ったのが分かった。

精鋭といえども、美味しいものには心が揺らぐのだ。


「店主さんに、五十本焼いて後から届けてもらいましょう」

「それがいいな」

アベルが答えた瞬間、何人かの騎士たちが心の中で大きく頷いたのだった。



港町ジャポリでおやつを振舞った涼とアベル。

夜、法国から、明日の聖都マーローマー入城の手順が届いた。


「けっこう大きな入城イベントをするのですね」

「教皇庁を襲撃したヴァンパイア、それも侯爵とその一党を討伐したからな。西方教会としての面目の回復は必要だろう」

「信徒たちに報告するわけですか」

アベルの説明に涼も頷く。


人をまとめる方法にはいくつもあるが、最も説得力を持ち効果的なのは、事実を知らせることだ。

やっただけ、成功しただけではダメだ。

多くの人は、やったという事実、成功したという事実を知らないから。

きちんと、その事実を知らせて、初めて人は理解してくれる。


どれほど素晴らしいものでも、存在そのものを知らなければ意味がない。


「アベルも王国に戻ったら、王国民への報告会をしなければなりませんね」

「民への、報告会?」

「ええ。今回の旅で、アベル王が為したことを教えてあげないと」

「……それを基に、また吟遊詩人たちが歌を作るんじゃないか? 俺、そういうのはあんまり……」

「ホント、うちの王様は照れ屋さんなんですから」

「リョウには言われたくない」

ナイトレイ王国は、ナンバー1もナンバー2も、照れ屋さんらしい。



翌日。

一時間の馬車移動後、一行は聖都マーローマーに到着した。

グラハム教皇を筆頭とした一行が、聖都西大門から中央広場に行進するという話は、信徒たちに伝わっている。

門から道に沿って、多くの人に迎えられた。


中央広場で、教皇グラハムによる報告が行われる。

グラハムが壇上に上がるのを、涼とアベルは少し離れたところから見ていた。

彼らの視線の先には、ヒュー・マクグラスを筆頭とした王国使節団の迎えが見える。


見えるのだが……。


「アベルの出迎え、ものすごく少なくないですか?」

「うん?」

「ヒューさんとイグニスさんと……文官の人が二、三人いるだけですよ」

涼は首を傾げる。


護衛の冒険者が百人以上は聖都にいるはずなのだ。

そしてアベルは冒険者出身ということもあって、冒険者人気の高い王だったはずなのだが……。


「アベルの人気に陰りが出ているようです。クーデターの前兆かもしれません」

「くーでた?」

「武力による政権転覆です。本国で、アベル王追放が行われたのかもしれません」

「……誰が、そんなことをやったんだ? だいたい王国では、父上が国王代理としていらっしゃるぞ」

「お父上スタッフォード陛下がアベル追放を……」

「ない」

涼の適当物語を、言下に斬って捨てるアベル。


「そんな反アベル派の人たちにアベルは捕まって、処刑される可能性があります」

「もしそうなったらどうする?」

「え?」

「リョウは、俺を助けてくれるだろう?」

「僕は大義のある方に付きます」

涼は顔をしかめ、いかにも困った決断を迫られている風を見せる。


「俺を助けてくれれば、ケーキ特権という大義がついてくるぞ」

「もちろん僕はアベルに付きますよ、決まっているじゃないですか! すぐに奪還しますから任せてください」

涼が右拳で、どんと自分の胸を叩く。

どんと任せてを表現しているのだ。



そんな二人の元にも、グラハムの言葉が聞こえてくる。


「……聖都を襲撃したヴァンパイア、シオンカ侯爵は討伐された。安心して日々の生活を送り、信仰を深めてほしい」

「おぉぉぉ!!」

「さすが教皇様だ!」

「ヴァンパイアも怖くない!」

「西方教会、万歳!」


民の喜びの声が広場中から聞こえてくる。


「洋の東西を問わず、民の歓呼は同じです」

「うん?」

「自分や家族が幸せになる……恐怖や不安から解放される時に発せられます」

「まあ、そうだな」

高邁(こうまい)な理想や、いつ叶えられるか分からない主張などに対してではありません」

「その辺りに歓呼する場合もあるだろ?」

「あれはサクラです、やらせです」

「なぜ決めつける……」

小さく首を振るアベル。


「アベルには、現実的な施策を実行してほしいです。理想を掲げるのは素晴らしいことですが、そのために民を犠牲にしたり、民に不便を強いたりするのは、僕は違うと思っています」

「ああ、それは俺も同感だな」

アベルも頷く。


政治は理想を掲げる。

だが、理想達成のために民の生活が抑圧されるのは、正しい政治の姿とは言えないのではないか。

涼は、そう思うのだ。


「そこに求められるのは、為政者(いせいしゃ)や行政官のバランス感覚です。民から目を逸らさなければ、バランスが崩れることはありません。そこは、間違えないようにしてくださいね」

「心得た」



しばらくすると、グラハムによる報告は終了した。


出迎えに来ていたヒューたち王国使節団の者たちが、アベルの前で礼をとる。

「陛下、ご無事でなによりです」

ヒューが代表して言う。


彼ら王国使節団は、王国を発つ時に謁見して以来なのだ。

使節団がこの聖都にいる間に、なぜか魔人との戦いが起き、なぜか国王と筆頭公爵が遠くに飛ばされ、なぜかスキーズブラズニルに乗ってくる途中に今度は嵐で暗黒大陸に流れ着いたらしい。


「皆には苦労をかけるな」

「ははっ」

アベルの言葉に、さらに頭を下げる使節団。



とりあえず全員立ち上がり、今後の予定を軽く話し合おうとしたのだが、アベルの一言で凍り付いた。


「そういえば、使節団の人数、少なくないか?」

「え……」

アベルが問いかけ、ヒューがなんと言うべきか言葉を探している。



「アベル陛下、今、このような報告を受けました」

そう言って近付いてきて、報告書を渡したのは教皇グラハムだ。


アベルは受け取ると一読し、首を傾げた。

もう一度読み……。

「ふむ」

口から出したのは、その一言だけ。


そして、ヒューを見る。

ヒューは、何やらあらぬ方向を見ている。

ごまかしているつもりらしい。


「その第五訓練場は、教皇庁に隣接した所にあります。戻る途中で寄ろうと思うのですが、陛下もご一緒にいかがですか」

「そうだな、頼む」

グラハムの提案にアベルは頷く。


「リョウさんも、いかがですか」

「はい?」

涼は話を聞いていなかったのか、首を傾げる。


「模擬戦を見に行きませんか?」

「あ、行きます。でも、誰の模擬戦ですか?」

「リョウさんのお知り合いです」

グラハムは、笑顔でそれだけ答えた。


ちなみにアベルは、小さく首を振った。



模擬戦が行われているという第五訓練場は、教皇庁に隣接しており、使節団の宿舎にも近い場所にあった。

中に入ると、屋根付きの円形の訓練場。

半径二百メートルほどのアリーナがあり、その周りを高さ二メートルの石造りの塀が囲い、さらにその外側に簡易な観客席が設けられている。


観客席には、それなりの人数がいる。

しかも見たところ、ほとんどは王国使節団の護衛をしている冒険者たち。


彼らが見ているのは中央のアリーナで、四人ほどが模擬戦をしているようだ。

そのうちの三人は、涼もよく知る人物たち。

「ニルス! エト! アモン!」


そう、『十号室』の三人。


アリーナにいる、もう一人。

つまり三人の相手。

その人物も、ある意味、涼のよく知る人物。


「爆炎……」


『十号室』対爆炎の魔法使いオスカー・ルスカの、模擬戦であった。


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