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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第三章 暗黒大陸
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0783 第三守備隊

涼とアベルがそんな話をしていると、扉がノックされ、来客が告げられる。


「陛下、西部諸国連邦政府、西部総督のマリマ・マネ様がおいでです」

「お通ししろ」


入ってきたのは、腰まである白く長い髪が印象的な四十代前半の女性であった。

「アベル陛下、この度はアウグジェの街にご逗留(とうりゅう)いただき感謝いたします」

「マネ総督、歓待に感謝する」

アベルが微笑みを浮かべて挨拶する。


この辺りは、さすが王子様教育を受けた国王陛下なのだなと、涼は感心するのだ。

しかし今回は、それだけでは済まなかった。


マネ総督は、部屋の隅に立ち調度品の一部と化していたはずの涼も視界に捉えたのだ。

そして寄っていく。

「そちらが、アベル陛下の股肱(ここう)(しん)として名高いロンド公爵閣下ですね。お初にお目にかかります。西部諸国連邦政府、西部総督マリマ・マネと申します」

「これはご丁寧に。アベル陛下より筆頭公爵の地位を(たまわ)っております、ロンド公爵リョウ・ミハラと申します。マネ総督、どうぞよしなに」


「俺よりいい対応なんだよな。リョウは本当に不思議だ」

アベルがそんな言葉を呟いたことなど、誰も知らない。



その後、いくつかの社交儀礼が交わされた後、マネ総督が問うた。

「陛下は、明日、中央部東壁を見に行くと聞いていますが」

「中央部東壁? ああ、中央部の断崖絶壁……そう、見にいきたいと思っている」

アベルは正直に答えたが、マネ総督の様子から懸念を感じ取っていた。


「何か、気になることでも?」

「いえ、陛下やグラハム聖下は護衛をお連れになるそうですので、問題ないとは思うのですが……最近、あの辺りで失踪(しっそう)が相次いでいるとの報告が上がってきておりまして」

「失踪?」

「はい。一週間前から、このアウグジェの街の第一守備隊五十人と、連絡が取れなくなっております。彼らの、その日の警邏任務の中には中央部東壁付近も入っておりました……」

「なるほど」

マネ総督の説明に、アベルは小さく頷いた。


一人や二人ならともかく、五十人もの人間……それも街を守る守備隊の人間が、その付近で失踪した可能性があると言われれば、完全に無視することはできない。


「明日、陛下や皆様をご案内するのは、第三守備隊の者になります」

「問題ない」

アベルはそう答えたが、マネ総督の表情が申し訳なさそうであることに気付く。


「第三守備隊では問題が?」

「はっ……実は、彼女らは予備役でして……いえ、もちろん訓練は受けております。ですが、人数も五人しか……」

「ふむ」

「第二守備隊が、失踪した第一守備隊の捜索と、街の守備を担っておりまして……」

「ああ、そういうことか。ならば仕方あるまい。こちらからも護衛に王国騎士団を連れていくし、法国の方も護衛を連れてくるはずだ。案内さえしてもらえれば問題ないだろう」

「陛下の寛大なお言葉に感謝いたします」

アベルが鷹揚に頷きながら答え、マネ総督は感謝した。


「後ほど、第三守備隊の者たちが挨拶に参ります」

マネ総督はそう告げて宝玉亭の部屋を辞した。



マネ総督が去った後、部屋にいた涼が切り出す。

「かつてコナ村で、村人の失踪がありました」

「ああ……例のヴァンパイアのやつだよな。国王になった後、報告書を読んだぞ。リョウは、今回の失踪もヴァンパイアが絡んでいると言いたいのか?」

「可能性です。ほら、ヴォンの街でヴィーラ教でしたっけ?」

「そうだな、グラハムたちがヴァンパイアらに襲撃されたが……ふむ」

アベルは少し考える。


「ヴァンパイアたちに襲撃されて、アベルが拉致(らち)されたら、僕らはどうしたらいいのでしょう」

「うん? 助けに来てくれるんじゃないのか?」

「どこに拉致されたのか分かりませんので、助けに行けるかどうか……」

「拉致された場所を捜して、助けに来てくれないのか?」

「行きたいのはやまやまですが、こちらにも事情というものが……」

「拉致された国王を放置するほどの事情って何だよ」

アベルが顔をしかめて首を振る。


「偉い人は、時として国の犠牲になるものです」

「うん、拉致された俺を放置することが国のためになるとは思えんのだが?」

「物事は、いろんな角度から見ることによって、さまざまな絵が見えてくるわけで……」

「俺が無事に国に帰りつかないと、リョウの週一ケーキ特権は無くなるんだぞ?」

「もちろん僕は、すぐに全力でアベルを捜しますよ! 任せてください、絶対に王国に連れ帰りますからね!」

「……頼んだ」

突然決意に満ちた表情になる涼、やっぱり首を振るアベル。

ケーキの偉大さを思い知った。



そこに来訪が告げられる。

「陛下、アウグジェ第三守備隊の方が挨拶したいと」

「ああ、お通しして」


通されたのは五人の女性。

うら若いと言ってもいいかもしれない。全員、二十代前半に見える。


「アベル陛下、明日、陛下をご案内させていただきます第三守備隊、隊長のモーラと申します」

「副隊長のアンジュリです。そしてミニ、パラス、治癒師のオミンです」

「モーラ隊長、アンジュリ副隊長、ミニ殿、パラス殿、オミン殿だな。明日はよろしく頼む」

アベルは微笑みながら、全員の名前を呼んだ。


ただそれだけで、五人の表情が明るくなる。


高い立場の人間が、一瞬で相手の心をつかむ方法……涼はアベルの斜め後ろに控えながら、心の中で首を振る。

(アベルは僕のことを人たらしとか言いますけど、アベルの方がよっぽど人たらしなのです)


アベルは、一瞬で五人の心をつかんだのだ。

(今度から、籠絡(ろうらく)王アベルと呼んでやるです)


ここに、また一つ、アベルの二つ名が生まれた。



第三守備隊五人が部屋を去った後。

さっそく涼は告げる。


「アベルの新たな二つ名は籠絡王です」

「なんだそれは」

「一瞬で第三守備隊の人たちの心をつかんでみせたからです」

「意味が分からん。心をつかんだ?」

「すぐに五人の名前を呼んであげたでしょう」

「それが籠絡なのか? 名前を呼ぶのは当然だろう?」

「無自覚に心をつかんでいたのですか……おそるべしアベル王」

「意味が分からん」

天然の人たらしぶりに驚く涼、意味が分からず肩をすくめるアベル。


「まあ、彼女たちの心をつかんだのなら、それに越したことはない。明日、案内してもらうんだからな。嫌われたり忌避(きひ)された状態よりはいいだろう?」

「まあ確かに、それは間違いないですが……」

涼はそう言いながら、何やらアベルを横目に見ている。


「なんだ、その視線は」

「いえ……アベルは王様ですが、すでにリーヒャという王妃様がいらっしゃいます」

「うん? いるが、それがどうした?」

「王様という権力に任せて間違いを犯してはいけないです」

「間違い? ああ、そういうことか。するわけないだろ」

アベルは再び肩をすくめる。

リーヒャを愛している、その心が揺らぐことなどない。


「そんなことが起きたら、僕はリーヒャに報告しなければいけません。その結果、アベルは国王という地位から放逐(ほうちく)されるに違いありません」

「多分、王国の法律では、俺を王位から追放してリーヒャが女王になることはできなかったと思うんだが……」

不貞(ふてい)なるアベルなど国王としてふさわしくない、とか言って王国中の貴族がリーヒャの側につけば、あり得るに違いありません。そんな状況では、法律など些事(さじ)

「そうか、それは怖いな」

「僕も、アベルがそんな目にあう光景はみたくありません」

「気を付けておく」

涼が直言者の雰囲気を出して言い、アベルは苦笑しながら受け入れた。




宝玉亭を出て、宿舎に戻る第三守備隊。

「だ、大丈夫かな? 私たちでできるかな?」

「もちろんよ! せっかくマネ総督がくださったチャンスなんだから。全力でご案内しよう!」

「そう、そうだよね! 頑張ろう!」

ちょっとだけ弱気になる隊長のモーラを、治癒師オミンが励ます。


そんな二人を見守る副隊長のアンジュリ、うんうんと頷くミニとパラス。


「でも、アベル陛下が優しそうな人で良かったよ」

「うんうん。吟遊詩人が歌ってまわっているような英雄だし、ものすごい剣士でもあるってことだから、もっと怖い人かと思ってたもんね」

「赤毛も素敵で……」

「うんうん……うん?」

モーラの言葉に頷いていたオミンが、声音(こわね)の変化に気付く。


「ちょっとモーラ、外国の要人だし英雄様なんだからね。好きになっちゃダメよ」

「な、何を言ってるのオミン。そんなわけないじゃない!」

「いーや、その表情は心が()かれている証拠。惹かれるのは分かるし、それだけならいいけど、それ以上の感情になったら……絶対失恋するからね!」

「だから、そんなんじゃないってば!」

オミンとモーラが言い争っている。


それを見て首を振るミニとパラス。


一人無反応なのは副隊長のアンジュリだ。


「ねえ、アンジュリからも言ってやって!」

「だから、違うって!」

「私は、陛下の後ろに立ってたローブの魔法使いさんがいい」

「……はい?」

オミンとモーラの会話に、いきなりぶち込むアンジュリ……素っ頓狂な声を出すミニとパラス。


「あ、うん、アンジュリの好み、そうだったね」

「優しそうで可愛らしい感じよね」

隊長のモーラも、治癒師オミンも、副隊長のアンジュリの好みはよく知っている。


ある種の女子会パーティーであった……。




法国艦隊がアウグジェに到着した翌日。

グラハム教皇ら法国艦隊の宿『満ちる光亭』は、王国一行が泊まる『宝玉亭』とは広場を挟んだ反対側にあった。


「ダズルーでの件、本当に、竜王だったのでしょうか」

「多分、本当だろう」

ステファニアの疑問に、即答するグラハム。


「ナイトレイ王国の筆頭公爵……リョウ殿が戦った相手だろう? 代官も含めた街の人間がけっこう見ていたそうじゃないか。もちろんアベル陛下も」

「はい。ですが、ドラゴンですら……」

「そう、ドラゴンですら、もう伝説上の存在。そんなドラゴンを率いる竜王など、夢物語にしか出てこないな」

笑いながら答えるグラハム。


「それでも聖下は本物だと?」

「その竜王は、ブランと名乗ったそうだよ」

「竜王ブラン? まさか……」

「そう、ニュー様の秘蹟(ひせき)を深く研究したものならば読んだことがある名だ。普通の聖職者や信徒では、聞くこともないだろうけど」

驚くステファニア、一つ大きく頷くグラハム。


グラハムは開祖ニューの研究者として名高い。

そんなグラハムを敬愛するステファニアも、当然ニューに関しては詳しい。

そんな彼らにとって、竜王ブランの名は、開祖ニューの周辺に出てくる人外の存在の一人として何度も見てきた。


「かつては西方諸国にいたといわれる竜王ブラン。今は暗黒大陸に眠っていたというわけだ」

「ドラゴンの格好でなかったのは……」

「そう、ニュー様の話にも出てきたな」


異端審問庁の地下には、教皇庁本庁の地下書庫並みの蔵書がある。

そこにあるものは、およそ一般的なものではなく、開祖ニューの足跡や秘蹟を研究したいと考えた時に手に取る書籍たち……。

あるいは、ニュー自身が書いて送ったと言われる手紙や、助言などもある。

いくつかは、教皇庁本庁地下書庫のレプリカではあるが。


開祖ニューの研究は、異端審問官たちが好む時間の過ごし方だ。

場合によっては、何よりも愛する過ごし方だ。

それらの資料が異端審問庁の中にあるということは……彼らは外に出る必要が無いということ。


だから、本庁で異端審問官が見られることもほとんどない。

本当に異端審問庁というのは、ニューの研究をする者にとって夢の場所であると言っていいのかもしれない。


「竜王ブランとの戦闘など、直接聞きたいな」

グラハムは呟く。


なかなか時間が取れず、ダズルーを出港してからもスキーズブラズニル号を訪れる時間が無かった。

だから涼とは直接話せていないのだ。


同時に、それで思い出した名前があった。


「レオノールと言ったか」

「はい?」

「かつてローマンのパーティーにいた時だ。我らは魔王を呼び出す祭壇(さいだん)を造った」

「聞いたことがあります。うまくいかなかったと」

「そう、うまくいかなかったどころか……化物がやってきた」

頬を歪めるグラハム。


「アッシュカーンのエンチャントを使って、身体強化、身体防御をローマンにできるだけ施した。その上でレオノールに挑んだのだが……ローマンが児戯(じぎ)扱いされた」

「勇者様が?」

グラハムの語る内容に驚くステファニア。


失敗したとは聞いたが、それは魔王が現れなかったからと聞いていた。

西方教会の中でも、そういう情報だったのだ。


だがそうではなく、魔王ではない者が現れ、勇者ローマンが負けた?


「あれがきっかけで、我々は中央諸国に行くことになった。あの時点で、レオノールは、リョウ殿と戦ったことがあったということだ」

「勇者様を簡単に倒す者を……」

「レオノールや竜王ブラン……リョウ殿は、人外の者を惹きつける存在なのだろう。大変だよな」

苦笑するグラハム。


「いや、最も大変なのはアベル陛下か?」

「アベル陛下?」

「もしかしたら、すでに慣れているかもしれんか」

グラハムは一人で納得する。


「尋常ならざる者は、尋常ならざる者を呼ぶ」

「ロンド公爵が尋常ならざる者ゆえに、アベル陛下もと?」

「そうだ。すでに尋常ならざる者になっているかもしれん」

「我らは……そんな方々と同行しても大丈夫なのでしょうか」

「大丈夫だ。我らが対峙(たいじ)する者たちも尋常ならざる者だ。ならば、味方となる尋常ならざる者は多いにこしたことはない」

グラハムはそう言うとうっすら笑うのだった。

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