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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第三章 暗黒大陸
827/933

0780 涼対ブラン

涼の(さや)が淡い光を放つ。

「<アバター>」

現れる七人の涼。


初手から全力。


だが、現れて一秒後には、七人とも消滅した。

全員が首を斬られていたと気付いたのは、さらに一秒後。

ブランが一瞬で分身を生み出して、涼の分身の首を斬り、また元に戻ったと理解できたのは、さらに一秒後。


「分身くらいなら我にもできる」

「でしょうね」

表情も変えずにブランは言い、涼も表情は変わらない。


飛び込み、村雨を振るう。



涼は挑戦者。

だから自ら動く。

動かなければ飲み込まれる。

動き続けなければ飲み込まれる。

頭ではない、心が理解している。


それほど巨大な力を持つ相手。


しかし絶望したりはしない。

むしろ懐かしい。

涼が戦う相手は、なぜか格上が多い……。


「なぜ笑う?」

「え? 僕、笑ってました?」

「自覚していないのか? 模擬戦か何かだと思っているのか? 我は、お主を足りぬと断じれば、その命をここで絶つ」

「その辺りは僕には分かりません。僕にできるのは全力を尽くすことです」

「全力を尽くすだけでは届かぬこともある。そうなったら、どうする?」

「考えます」

涼は即答する。


「考える? それだけか?」

「それこそが、人の人たる所以(ゆえん)だと思っていますので」

「考えることなら、我らドラゴンやスペルノ、ヴァンパイアですら行うぞ。人の人たる所以などと言うのは傲慢(ごうまん)じゃ」

「そうですか? 僕はそう思いません」

飲み込まれそうな相手に否定されても、涼は折れない。


どんな感情を持つかは人の自由だ。

どう『思う』かは、自分以外の誰からも否定されない、この世界で唯一、完全な自由が保証されたもの。


「ブラン様がどう思おうが自由。僕が思うのも自由」

大きな声ではないが、はっきりと口に出し、言葉にする。

この場が、純粋な戦闘力のぶつかり合いだけでなく、心も(はか)られている気がするから。


戦闘と論戦の混在。

そんなことはめったにないが……。



「<フローティングマジックサークル>」

「魔法陣が浮く? 面白い」

「<アイシクルランスシャワー“集”>」

涼が飛び退ると同時に、魔法陣から無数の氷の槍が発射される。


横に広がった魔法陣から、ブラン一点に集中して氷の槍が飛ぶ。


だが……。

ブランが剣を一振りしただけで、全ての氷の槍と魔法陣が消滅した。



それは想定内。



<ウォータージェットスラスタ>での無音突撃。

ガキンッ。

涼の渾身(こんしん)の突きを、剣を入れて逸らすブラン。

「ふむ、悪くないが」


ザクッ。

涼の右腕が深く切り裂かれる。

地面に降り、村雨を構えながら瞬時に氷の膜で、血管と筋肉をカバーする。


「ほぉ……この程度では揺るがんか」

「慣れてますから」

「その返答もどうかと思うぞ」

表情も変えずに答える涼、軽く肩をすくめるブラン。



一瞬で涼は決断し実行に移した。


剣による近接戦。


魔法が通らない以上、他に選択肢が無い。


「主張したいなら力を示せ。力なき者の言葉など誰も聞かない」

「分かっているではないか」

「本当は、ペンは剣よりも強しの方が好きです」

「剣はペンを守るものじゃ。その二つは、強さを比べるものではない」

「ああ、その考え方も素晴らしいですね」

ブランの主張に、(ことわり)の一端を認めて頷く涼。


「ペンの主張を押し通すために、剣の力を示します」

「やってみせよ。やってみせねば、そこの人間どもが死ぬことになるぞ」

「そうはさせません!」


涼も理解している。

目の前の竜王は、意味もなく人を殺したりはしない。

だが、人を殺すことに躊躇(ちゅうちょ)はない。


人がアリを殺したり、米を収穫したりするのと同じだ。

意味もなくやらないが、やることに躊躇はない。


どちらにしろ、命を絶たれるアリや米にとっては困る……。

抵抗するのは当然なのでは?

涼が、その代表になっている点は……よく考えると意味が分からないのだが。


「まあ、いいです。僕の努力で人が救われるのなら悪くありません」

論理的には破綻(はたん)しているが、そんなことはどうでもいい。

人が戦いに身を投じた後、大切なのは感情だ。

感情に論理性を求めるのは野暮(やぼ)というもの。


だから涼は立ち止まらない。




涼とブランの戦いは、まさに人外の戦い。

遺跡入口にいる者たちのほとんどが、全く理解できていない。

その中で最も理解していたのは、やはりアベルだったろう。


アベル自身、元A級の剣士だ。

幼少より剣の天才と言われ、天賦(てんぷ)の才にあぐらをかくことなく努力もし続けた。

だから分かる。


「リョウでは勝てない」

涼と人外との戦いを何度か見てきた。

その中で、涼が劣勢に見える戦いもいくつかあった。

だが、『勝てない』とはっきり感じた戦いはなかった。


今回は違う。

はっきりと、勝てない。


なぜではない。

何がでもない。


その全てが、そこにある存在、全てが理由。


「負けてもいいから、無事に帰ってきてほしい」

すでにアベルの中ではそういう気持ちになっている。



アベルの感情の九十九パーセントは、そうなっている。


残りの一パーセント?

それは、不明だ。


もっとヤバい結果かもしれないし、もっと想像外の結果かもしれない。

アベルの中にある、不安。


なぜ不安になるのか。

感情が生じる理由など、探ってもあまり意味はない。

後付けの理屈など、他人に説明するためのものだし、そこに真実は無いとアベル自身は思っている。


それでも、なぜ不安になるのか考える。

もしかしたら、守りに秀でた涼が、終始攻めているからかもしれない。



攻撃の時にこそ、最も隙が生まれる。

それは、剣だろうがチェスだろうが論戦だろうが変わらない。


攻撃は最大の防御。

そんな言葉があることは、アベルも知っている。

だがそれは、攻撃で潰しきれるのならだ。押し切れるのならだ。

耐えきられたら終わる。

カウンターを合わせられたら終わる。


相手が上手(うわて)の場合、攻撃をしている間、こちらの隙、弱点を見せ続けていることになる。


アベルの剣は攻撃の剣。

だからこそ知っている。

攻撃が、常にリスクを背負い続けて行われるということを。


戦いが進むにしたがって増える涼の傷。

涼の傷が増えているのは、そんな攻撃を行っているから。


涼の剣は守りの剣。

そうでありながら攻撃を続けている。

だから傷が増えているのかもしれない。


それがアベルの不安の理由……かもしれない。




実は、一方の当事者たる涼自身の認識は少し違っていた。

戦いが進むにしたがって変わった、と言ってもいいかもしれない。


涼は、ロンドの森のデュラハンを思い出していたのだ。

デュラハンとの戦い、必ず涼の攻撃から始まる。

涼が挑戦者なのだから当然だ。


そんなデュラハンの防御は、破れない。


それこそ、涼がロンドの森にいる時には、毎晩戦っている。

それでも、はっきりと破ったのは数回。

しかも破った次の手番では、もう通用しない……。


それほどに厚く高い壁。


涼がブランに打ち込みながら感じているのは、それと似た感情。


自分より強い人……強い存在との戦いは怖い。

真剣勝負ならなおさらだ。

それでも、その経験を経なければ上っていけない高みがあることを涼は知っている。

涼自身が、そんな高みに上がっていきたいのかと言われれば、正直よく分からないのだが……上がっていった方が死ににくくなるとは思っている。

あるいは、上がっていった方が大切な人たちを守りやすくなるとも思っている。


それなら強くなって、高みに上がるのも悪くはないかなと。


そこで生まれてくる感情。


戦いに身を任せる感情。

人のために戦う感情。

その二つが自らの中にあることを、涼は自覚している。


それを嫌ったことはない。

どちらかを否定したいとも思わない。

いずれも涼の感情だから。


戦闘狂だと言う人がいる。

涼にその自覚はないが……戦っている今は、その辺りはどうでもいい。



そんな涼とデュラハンとの模擬戦は、必ず涼の攻めから始まる。

だが戦っているうちに、攻守の入れ替わりが激しくなる。


なぜか?


戦いが進むうちに、デュラハンの心も熱くなってくるから……だと涼は勝手に思っている。


デュラハンは顔が無いから表情は分からないし、もちろん言葉も発しない、地団太(じだんだ)を踏むこともない、怒りにまかせて魔法を放つこともない。

未だに、魔法を放ったことがないために、本当に水の妖精王なのか、微妙に涼は受け入れられないのだが。


まあ、とにかく、戦いが進むとお互いに熱くなる。



目の前のブランとの戦い。

「そこまでもっていく必要があります」

具体的な方法は分からない。

だが、決意はある。

布石(ふせき)もある。


一度、深く息を吐く。

息がすべて吐き出され、そして吸われる。

強制的に成立する深呼吸。


後は……向き合うだけ。

自らの体、村雨、そしてブランと。



剣の世界に沈んでいく。



「雑念が、完全に消えたか?」

涼の変化に真っ先に気付いたのは、戦っているブラン。


サシュッ。

涼の剣が、腕をわずかにかすった。


サシュッ。

涼の剣が、脇腹をわずかにかすった。


サシュッ。

涼の剣が、太ももをわずかにかすった。


「やるではないか!」

ブランは初めて笑った。

剣速を上げる。


それに呼応したかのように、涼の剣速も上がる。


すでに、涼の攻め、ブランの受けの構図ではない。

攻守が激しく入れ替わる。


涼が力を示し、ブランも力を示し返す。


「そうでなくてはな!」


ザシュッ。

ブランの剣が、涼の腕をかすめる。

同時に、涼の剣が、ブランの脇腹をかすめる。


ザシュッ。

ブランの剣が、涼の脇腹をかすめる。

同時に、涼の剣が、ブランの太ももをかすめる。


ザシュッ。

ブランの剣が、涼の太ももをかすめる。

同時に、涼の剣が、ブランの腕をかすめる。



ザクッ。

ブランの剣が、涼の腕を斬り裂く。

同時に、涼の剣が、ブランの太ももを斬り裂く。


ザクッ。

ブランの剣が、涼の脇腹を斬り裂く。

同時に、涼の剣が、ブランの腕を斬り裂く。


ザクッ。

ブランの剣が、涼の太ももを斬り裂く。

同時に、涼の剣が、ブランの脇腹を斬り裂く。



打ち下ろす、斬り上げる、横に薙ぎ、逆袈裟(ぎゃくけさ)からの袈裟懸(けさが)け。

そして突きを絡める。


涼にとっては、何万、何億と振るってきた剣の動き。

努力によって手に入れたもの。

その過程は、涼にとっては苦しいものではなかった。

むしろ、楽しかった。


知らないことを知る。

できなかったことができるようになる。

それを実感した時、嬉しくなる。


涼にとっては、生まれた時からずっと抱いてきた感情。


それは『ファイ』に来てからも変わらない。

命のやりとりをする場面においてすらだ。



その剣は、はっきりと見えた。

ブランの突き、狙いは涼の腹。

ブスリ。

そのまま突き刺さる。


涼は、右手一本で持った村雨を、ブランの左わき腹に突き立てる。

相打ち。

逃げ場なし。


「ニール・アンダーセン、全砲門開放」



空から魚雷が降ってきた。

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