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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第三章 暗黒大陸
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0767 事後考察

グラハムとステファニアが去ったスキーズブラズニル甲板。


「スキーズブラズニルを人質にとられて交渉されてしまいました」

「そういうのが得意な御仁(ごじん)だよな」

「でも、アベルの交渉で最小限の被害にとどめました」

「多分グラハムは、最初から、あそこが落としどころだと想定していたと思うぞ」

「なんですと……」

「だから、返事が早かったろう?」

「確かに」

涼は思い出して頷く。


そして別のことを思い出した。

「アベル、突然の申し出だったとはいえ、法国艦隊と南部に行くってのは大変なんじゃないですか?」

「そりゃあ当然、大変だろう」

「突然そんなことになって、船長や船員さんたち、実務を担う人はもっとすごく大変です」

「大丈夫だ。昨晩の内に、船長には確認して了解してもらっている」

「なんですと……」

アベルが当然のことのように言い、涼はその答えに驚く。


「なんの根回しもしないで、暗黒大陸南部に行くと決めるのは、さすがにまずいだろ」

「そういった辺りが、アベルの如才(じょさい)なさです」

「王ってのは、多くの人に支えられて、その立場にいる。だからこそ、支えてくれる者たちのことを無視はできない。そう考えれば、当然のことじゃないか?」

アベルは当然のように答える。


だが涼は分かる。

そういうのは、今後に起きる可能性のある事象をシミュレートできてこそ、やれることなのだ。

ファンデビー法国艦隊と共に、暗黒大陸南部に船で行く可能性があることを推測していたから、事前にパウリーナ船長に確認しておけた。



「あれ? でも、グラハムさんたちが僕たちを誘う可能性は考えられたかもしれませんけど、どうして南部に向かうって知ってたんですか?」

「スキーズブラズニルの船員たちが、情報を探ってきたんだ。けっこうな数のヴァンパイアが大陸南部にいるらしいってな。それがシオンカ侯爵とかかは分からなかったし、眠った公爵とかももちろん分からなかったがな」

「なるほど」

涼は頷いた。


まさに情報は力。

掴んでおけば、周囲の動きも予測できて先手を打てる。



涼は、アベルはさすがだなと素直に思うのだ。

同時に、自分はまだまだであることも理解してしまう。


「僕は、グラハムさんの(てのひら)の上で踊らされてしまいました」

悔しそうに言う涼。


そして、決意も新たに顔を上げる。


「僕も、権謀術数を学ばなければなりません」

「……は?」

「今日から、マキャベリスト涼と呼んでください」

「『まきゃべりすと』ってのは、よくリョウが言うマキャヴェッリとかいう人物と関係があるのか?」

「さすがアベルです、よく覚えていましたね。ええ、僕の故郷ではマキャベリストとは、目的のためには手段を選ばない権謀術数主義者のことなのです」

涼はそう言うと、悪そうな表情でニヤリと笑う。

もっとも、すごくわざとらしい役者のような笑いだ。


「……向いていないと思うんだよな」

「わ、分かってますよ! でもちょっとは試してみないと……」

「まあ、頑張れ」

アベルはそう言った。


次の瞬間、甲板に出てきたコバッチ料理長が声をかけた。

「リョウさん、今日はカレー味のカラアゲ多めにしときましたよ」

「さすがはコバッチ料理長さんです! いっぱい食べます!」

涼が、心の底から嬉しそうに喜ぶ様子を見て、アベルは確信した。


「リョウは、『まきゃべりすと』には向いてないな」と。




「海における水属性の魔法使いの力、彼らにとくと見せつけてやるのです!」

スキーズブラズニルの甲板上で、ある筆頭公爵が拳を天に突き上げて、そう宣言したとかしなかったとか。


「ファンデビー法国艦隊は味方だからな」

公爵の上司である国王は、やんわりとたしなめたとかたしなめなかったとか。


二人が乗るスキーズブラズニルは、ファンデビー法国艦隊の中央にいる。

本日早朝、ジェルダン港を出港した。


艦隊旗艦『教皇御座船アークエンジェル』と並んで進んでいる。

もっとも、艦同士の距離は十分にとられているため、涼が多少叫んだところで他の艦には聞こえないだろうが。



その日の午後、涼は水属性の魔法使いの力を、法国艦隊に存分に見せつけた。

氷の橋を架けて次から次へと艦を移動し、真水を補充して回ったのだ。

もちろん出発前から、グラハムには伝えてある。

それが実行されただけ。


その結果、法国艦隊は、ナイトレイ王国一行に一目置くようになった。

これほどの水を大量生成できる魔法使いがいるのだ。

純粋な戦力に関しても、()して知るべしと。



「水属性魔法と我がナイトレイ王国の力、見せつけてやりましたよ!」

「おう、よくやった」

涼が報告し、アベルが素直に称賛する。


「そういう見せつけ方なら問題ない。相手の役に立っているからな」

「でしょ~? 僕も色々考えて、日々進化しているのです」

「そこまで大げさなことではない気が……」

アベルの呟きは、涼には届かなかった。



「リョウ殿が、『水の補給』をしていったようだな」

「はい。いずれの艦も、真水が満載となったようです。それでも、全く魔力切れの気配もなく……」

「味方にしておけば、これほど心強い人物はいない」

グラハムは(ほが)らかに笑う。


使節団の一人として西方諸国に来ていた涼が、いろいろと活躍し、その結果をグラハムは聞いたことがある。

どれも尋常なものではなかった。

最後は、『天使のような者』まで打ち負かし封印した……。


どう考えても、敵にすれば最大の障害、味方にすれば最強の援軍だ。


「しかし、敵にしないように、どう接すれば……」

ステファニアが問う。


「何も難しくない。敬意をもって接すればよいだけだ。我は人、彼も人、身分の上下など関係ない」

「はい」

グラハムの言葉に、(うやうや)しく頭を下げるステファニア。



一羽の猛禽(もうきん)類がアークエンジェルにやってきたのが、ステファニアの目の端に映った。

「あれは、確か……」

「アドルフィトが大陸南部に放っている者たちからの情報だな」


二人が話している間に、丸めて届けられた小さな紙片がグラハムの元に届けられた。

一読して、ステファニアに渡す。


「西側海岸にも、クラーケンの集合が認められる? 聖下、これは……」

「クラーケンの巣が、我々の航路にもあるかもしれないということだ」

「いかがなさいますか」

「例の錬金道具を使うことになるかもしれん。いざ本番になっても慌てないように、十分な整備をしてもらおう」

「錬金術師と整備士らに伝えておきます」

ステファニアは答えた。




ジェルダン港を出て五日後。

「西部諸国連邦の街で、補給するんですよね?」

「ああ。法国艦隊が話を付けているそうだ」

「まさか、僕らにだけ食料を渡さないとか、そんないじめが……」

「ないだろ」

涼の妄想を、肩をすくめて流すアベル。


「分かりませんよ? 食料を分けてほしければ、スキーズブラズニルの秘密を渡せ、って言われる可能性があります」

「ねーよ」

「可能性ですから。可能性はゼロじゃないです」

「ゼロだ」

「もしもそんなことになったら、法国艦隊と一戦交える所存(しょぞん)

「妄想の上に妄想を重ねるな」

涼の妄想に、小さく首を振るアベル。


「そうなったら、アークエンジェルまで氷の橋を架けるので、アベルは突っ込んでいってください。ザックさんたちを引き連れて、グラハムさんの喉元(のどもと)に剣を突きつけるのです」

「……」

「食料を渡すか命を渡すか、どっちがいい? って尋ねてやってください」

「報告を受けた覚えがあるんだが、グラハム教皇って剣の腕が凄いんだろ?」

「ええ、ええ。聖職者というより、剣士……聖騎士とかですかね、そっちのほうが似合っているくらい、凄まじい剣の腕でした。あれは若い頃から、かなりの修羅場(しゅらば)をくぐってきた剣ですよ」

「ほぉ」

涼の言葉に、興味を持ったらしいアベル。


「元異端審問庁長官だし、ヴァンパイアハンターとか呼ばれていたんだよな」

「ええ。単独でかなりの数のヴァンパイアを殺したとか。そういえばコナ村の近くで倒した、ヴァンパイアの何とか伯爵も、名前を聞いた瞬間、怒りを表していましたよ」

「ハスキル伯爵カリニコスな」

「何でその場にいなかったアベルが知っているんですか!」

アベルが名前を答え、涼が驚く。


「言ったろう、報告書を読んだ覚えがあるって」

「本当に、一度見た報告書は覚えているんですね」

涼は、以前アベルが言っていた言葉を思い出す。


なんて恐ろしい。


「多分、覚えている。別に意識して覚えようとしているわけじゃないから……話題に上れば、そういえば見たなと思い出す程度だぞ」

「それでも恐ろしいです。悪いことはできないじゃないですか」

「俺が覚えているかどうかなど関係なく、悪いことをしたらいかんだろ」

「正論はいいのです! とにかく、その伯爵さんのとどめを刺した時の剣技は凄かったです。アベル並み、かも」

「それはそれは」

涼の言葉に、笑うアベル。


「どんな過去があって、そんな剣技を身に付けたのか興味があるな」

「そうですね……きっと、強力なヴァンパイアに育てられたに違いありません」

「……うん?」

「ヴァンパイアの村では、ただ一人の人間ですごくいじめられたのです。だから、剣を鍛えて強くなるしかなかった。それで、あれほどの剣を身に付けたのでしょう」

なぜか涼は何度も頷いている。

自らが創作した物語に満足しているようだ。


そう、もちろん涼の創作だ。


「……なんでヴァンパイアが、人を育てるんだ?」

涼の創作であることを理解した上で、アベルは聞いている。

アベルは優しい奴なのである。


「そこに、この物語の複雑な事情があるのです」

涼は自信満々に大きく一つ頷くと、語りを続けた。


「グラハムさんは、ヴァンパイアと人の間に生まれたのです。しかし、そのヴァンパイアの村にそんな前例はない。だからすごくいじめられたのです」

「その……グラハムの両親は?」

「グラハムさんを産むときにお母さんは亡くなり、お父さんもあまり時間を置かずに亡くなってしまったのです。それでグラハムさんは、村の長老的な人に育てられたのですが……でも彼へのいじめはなくなりませんでした」

「おう……」

「でもグラハムさんは負けませんでした。自らの出自を呪いながらも、泣いたところで何も解決しないと分かっていたのです。自らが拠って立つものは剣のみ。剣に生き、剣に死す。幼い心に、そう刻んだに違いありません」

「ふむ……」

「しかしついに、グラハムさんの最後の防壁となっていた村の長老的な人も亡くなってしまいました。その結果、投票によってグラハムさんは村から追放されることになりました。最初は、村人総出でグラハムさんの命を奪おうとしたのですが、死に行く長老的な人が最後の力を振り絞って慈悲を求めたのです」

「あ、うん……」

涼は涙をぬぐう仕草をし、アベルは微妙な表情で頷く。


「追放されたグラハムさんは復讐(ふくしゅう)を誓いました。自分を苦しめ、追い出したヴァンパイアに対して。そして考えました。どうすれば、その復讐を成し遂げることができるかと。行き着いた結論、それは、西方教会に身を投じればいいと。後は簡単でした。教会に属し、ヴァンパイアを狩る……こうして、伝説のヴァンパイアハンターが生まれたのです!」

涼は満足そうな表情で言い切った。


「相変わらず、リョウの妄想力は凄いな」

「失敬な! 想像する力と言っていただきたい」

「いっしょだろ」

アベルは小さく首を振る。


「いずれ『グラハム戦記』として発表しましょう」

「絶対、発禁処分になると思うんだが」

「知られざる教皇の過去! 実録(じつろく)ヴァンパイアハンター誕生の話! とかあおり文を入れればいいですよね」

「実録じゃねーからな。リョウの妄想だろうが」

「本当かもしれないじゃないですか。誰も、間違いだなんて言えないのです」

「グラハム本人以外はな」

「グラハムさんには、売り上げの一パーセントを渡すから黙っておいてくれと……」

「仮にも教皇が、そんな取引に乗るわけないだろ」

アベルは肩をすくめた。


「『そんなアベルは、腹ペコ剣士』と共に、僕の代表作にしようと思ったのに。中央諸国のアベル王、西方諸国のグラハム教皇……どちらも立志伝中(りっしでんちゅう)の人物、ある種の英雄ですからね。そういう物語は大衆受けがいいのです」

「そうか。そういえば、俺の名前が入ったそんな物語もあったな」

せっかく忘れていたことを思い出してしまい、ため息をつくアベル。


「英雄は、いつになっても物語の題材になるものなのです」

「第三者が言うならともかく、物語を作った本人が言うのは、なんか違うと思うんだよな」


そんな会話を重ねながら、スキーズブラズニルを含めた法国艦隊は、西部諸国連邦のヴォンの港に到着したのだった。



「ものすごく大きな港ですね。スキーズブラズニルやアークエンジェルだけじゃなくて、法国艦隊全艦が港に入るみたいです」

「法国艦隊が言うには、政府専用の港だそうです。今回の寄港のために、正式に借り受けたと」

「さすが教皇直々のお出ましです」

パウリーナ船長が涼の疑問に答えてくれたのだ。


「一泊、この街で過ごすんだよな?」

「はい、陛下。もし陛下がお望みになれば、街に確保してある宿に入れるそうですが……」

「うん、望まん」

アベルは即答する。


「スキーズブラズニルで寝る。向こうに聞かれたら、そう答えておいてくれ」

「承知いたしました」

アベルの答えに、頷くパウリーナ。


「とはいえ……」

「街巡りはしたいと」

「リョウはしたくないのか? そうか、ならスコッティーと二人で……」

「したいに決まっているじゃないですか!」

アベルの言葉に、間髪を容れずに答える涼。


その地の美味しいものを食べるのは、旅の醍醐味(だいごみ)だ。

そして大きな港の近くには、たいてい大きな広場があって、そこには美味しい露店が並んでいる。


「アベルは意地悪です。美味しいものを独占しようなんて、王様の風上にもおけません」

「なんだ、それは」

「むしろ王様は、民のために美味しいものを振舞うべきなのです」

「お、おう」

「僕はナイトレイ王国の民です」

「民というか貴族な。リョウが民のために振舞う側な」

「ノブレス・オブリージュ……」

涼は悲し気に首を振る。


貴族なんて、何も良いことはない。

出費がかさむだけです、などとぼやくのであった。

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