0758 延泊
ジェルダンのカフェで、アベル、涼、スコッティーの三者会談が行われた翌日。
ジェルダン港に入港したままの、スキーズブラズニルの甲板に涼とアベルはいた。
「もうすぐ十時ですけど……いまだにジェルダン政府からの連絡が無いんですよね?」
「無いようだな。まあ、いろいろ忙しいんじゃないか?」
「見通しが立たないというのが、一番人をイライラさせるんですよ。ジェルダン政府の人たちは、そういうのを理解しているんですかね」
「さあな、昨日のヨールタール長官だったか。あの人物は真面目そうだったから……それより上の方で詰まってるんだろ」
「まったく、困ったものです」
アベルが気だるそうに答え、涼が憤懣やるかたなしという言葉を並べる。
もっとも二人とも、コーヒーブレイクの真っ最中。
傍から見た感じとしては、ぼんやりゆったりという言葉が最も似合う、だらけた様子である。
「豆は、昨日のカフェで帰りがけに買ったやつなんです。でも、少し味が違いますよね」
「昨日のやつの方が、少し薄いか」
「僕はいつも通り、フレンチプレスで淹れているので、味がダイレクトに出るんですよね。カフェは別の方法で淹れているのかもしれません」
「まあ、俺はどっちも好きだぞ」
涼は氷製のフレンチプレスを見ながら言い、アベルは鷹揚に頷く。
二人がそんな会話を交わしていたら、港に降りていた王国騎士団から報告が入ったようだ。
報告を受けたパウリーナ船長がやってきた。
「陛下、昨日みえられたジェルダン港湾長官のヨールタール殿が見えられました。謁見を許可されますか」
「ああ、会おう」
ヨールタールがスキーズブラズニルの甲板に上がってきた。
「アベル陛下にはご機嫌うるわしゅう……」
「ああ、ヨールタール長官、ここは船の上。そういう儀礼は抜きにしよう」
アベルはそう言うと、対面の氷の椅子を勧める。
「失礼いたし……これは、美しいイスとテーブルですな」
ヨールタールは、甲板にあるにはあまりにも場違いなイスとテーブルに気付いた。
「うちの魔法使いが生成した氷のイスとテーブルだ」
「氷? ですがイスは固くありません。フカフカ……という表現が適切か分かりませんが、とても座り心地がよろしいです」
アベルの後ろに立って、スンとお澄ましの涼。
もちろん心の中ではガッツポーズをしている。
いくつかの社交辞令的会話の後、ヨールタールは頭を下げた。
「陛下のご到着を、王宮ならびに政府に報告したのですが……手が離せない業務が立て込んでおりまして、すぐには謁見ならびにおもてなしは難しいと」
「ああ、気にしなくていい」
「陛下には、わざわざ待っていただきましたのに……」
「昨日も言ったが、勝手に寄港したのはこちらの都合。長官が頭を下げるようなことではない」
アベルは鷹揚に頷く。
むしろアベルは、晩餐会などは好きな方ではないので、好都合だとさえ思っている。
「数日待っていただければ、必ず……」
「ああ、いや……そうだな、ちと市場を見て回りたいのだが、その許可はもらえるかな?」
「市場ですか?」
「ああ。このジェルダンは、東部諸国にも西部諸国連邦にも所属していないからか、両方からの物資が届く交易都市のような感じがしてな」
「確かに、そうかもしれません。種類は多いでしょう。ただ、交易量は多くはありませんので……」
「構わない」
アベルには何か考えがあるらしい。
後ろから見ている涼には全く分からないが……。
「承知いたしました。港周りの市場は、港役場の管轄です。案内が必要になったり……何か分からない点がございましたら、役場の方に来ていただければ……」
「承知した」
ヨールタールは何度も頭を下げながら、船を降りていった。
「アベル、市場で何を見たいんですか?」
「暗黒大陸の東と西から物資が来るのなら、あるんじゃないかと思ってな」
「ある?」
「例の、ミトリロ鉱石だ」
「ああ!」
涼が右拳を左掌に打ちつける。
なるほど、を表している。
セーラの剣にも使われており、暗黒大陸でしか採れないと言われるミトリロ鉱石。
今回のアベルの西方行で、手に入ったら万々歳と言われていた鉱石だ。
涼が西方教会から持ち帰った隠蔽のブレスレットや、融合魔法のブローチに使われていて、非常に重要な部品となっているミトリロ鉱石。
そもそも暗黒大陸で、ごく少量取引されているそれがないために、大量生産は難しいと言われたのだ。
「午後から回ってみるか」
「お供します」
「私が護衛に付きます」
アベルが宣言し、涼が手を挙げ、スコッティーが恭しく頭を下げた。
昨日同様の三人で、広場巡りを行うことになった。
そして午後いっぱい市場を巡ったのだが……。
加工されたミトリロ鉱石は、銀のような見た目だ。
いちおう、涼がソナーによる反射で識別できはするのだが……鉱石そのもので、しかも他の石の中に入った状態では分からない。
もちろん、店でミトリロ鉱石の名前を出して求めたりしたのだが、どこにも無かった。
それどころか、ある店では……。
「ここ十年、沿岸部では取引されていないと思うぞ」
「どういうことですか?」
「元々、ミトリロ鉱石は、もっと南部で産出されるんだ。それがこの沿岸部まで運ばれてきて加工され、海を渡って西方諸国に売られていた。だが産出そのものが途絶えてな」
「途絶えた?」
「掘り尽くしたとも、周辺の国が崩壊して治安が悪くなったからとも言われているが……実際のところは分からん。ほとんど、大陸の南には行かんからな」
「そうですか」
店主が詳しく説明してくれたのだが、涼は小さく首を振るしかなかった。
「十年、見ていないとなると……掘り尽くした、の可能性が高いか」
「そうですね。国が崩壊して治安が悪くなったとしても……そこに住む人たちはいるはずです。彼らが掘って、売ったりはすると思うんですよね」
アベルの言葉に涼が頷く。
そこで無言のまま話を聞いていたスコッティーの目が光ったとか、光らなかったとか。
「そうなると、暗黒大陸の中央部に行くしか……」
「ダメです、陛下」
アベルの言葉を、まるで予測していたかのように間髪を容れずに止めるスコッティー。
「凄い」
涼がそのタイミングに驚き、呟く。
「スコッティー、今、俺が言うの予測してただろ」
「はい、しておりました。もう一度言いますが、ダメです」
「これは必要な……」
「元々、暗黒大陸の中央部は何があるか分からない地であると言われています。そこに行き、無事に戻ってきた者もいないと。そんな場所に、陛下を行かせるわけにはまいりません」
「いや、そんなおおげさな……」
「ダメです」
はっきりと、正面からアベルの顔を見て言い切るスコッティー。
「あ、うん、分かった」
アベルは押し負けた。
三人は、昨日のカフェに入り作戦を練り直すことにした。
決して、午前中に飲んだコーヒーと味比べをしようとしたのではない。
「確かに、こっちの方が……薄いというか、すっきりしてますね。雑味が無いと言うべきでしょうか」
「そうだな。リョウが淹れたやつはガツンとくるが、こいつはスッと入ってくる感じか」
「紙のフィルターで淹れるとこういう感じになるのですが……」
「かみのふぃるた?」
「ああ、いえ、いったん紙を通してろ過するのです。そういう淹れ方もありまして。でもこのカフェでそういうことをしているのかは分かりませんが」
涼はそう言いながら、カウンターの方を見る。
カウンターの上に、サイフォンなどが置かれていたりはしなかった。
アベルに、淹れ方を尋ねてみますかと聞いたのだが……。
「いや、いい。謎は謎のままが面白い」
そう言われたのだ。
「アベルがカッコつけてます」
「何でだよ!」
次の作戦を練った三人。
彼らが出した結論は、結局、港役場に聞きに行く……だったのだ。
「もう少し、目を見張るような素晴らしいアイデアが、アベルから出てくると期待していたのに……僕が愚かでした」
「リョウが、そんなアイデアを出しても良かったろうが。自分のことを棚に上げて……」
「ぼ、僕はアベルを立てて、あえて言わなかっただけで……」
「そんなこと言っても、誰も信じねーぞ」
「そ、そんなことはありません。ねえ、スコッティーさん」
涼はスコッティーの方を見るが……スコッティーは無言のまま、スッと目を逸らした。
「諦めろ、リョウ」
「うぅ……僕が負けたのは、アベルにじゃありません。国王という権力機構に負けたんです」
涼が嘘泣きをする。
小さく首を振るアベル。
賢明にも、何も言わないスコッティー。
21時11分に、修正いたしました。
「0757」を入れてしまっていました……すいません。
ご連絡いただいた皆様、ありがとうございます!




