0075 開港祭
本日は二話投稿です。
前話「番外 <<幕間>>」をお読みいただくと、本編の理解が深まると思います。
そこで、ようやく『爆炎の魔法使い』が…。
涼が領主館から戻って二日後。デビルとの戦闘から三日後。
涼を含めた十号室の四人は、ギルド食堂で朝食を取っていた。
「いよいよ、初めての護衛依頼だな!」
剣士ニルスがとても興奮していた。
「ほらニルス、今からそんなに興奮していたら、身がもちませんよ?」
涼が、興奮したまま、なかなか食べ進まないニルスを注意している。
「でもよかったぁ。リョウが加わってくれるなら、何かあっても大丈夫だね」
神官エトが、なんとなく育ちの良さを感じさせながら食べ進めつつ、感想を口にした。
「他のパーティーの人と組むのも、私は初めての経験です」
唯一F級冒険者である剣士見習い的なアモンも、多少の興奮を隠せていなかった。
「昨日の夜、アベルから聞いた通りにやれば、きっと大丈夫ですよ。あれでもB級パーティーのリーダーですからね。経験は豊富なはずです」
そう、四人は昨夜、たまたまこの食堂で会ったアベルに、護衛依頼のイロハを教わったのだ。
「十人での護衛ってことは、護衛する馬車はおそらく五台。まあ、場合によっては七台くらいまで増えることもあるが、やり方は変わらん。先頭の馬車に三人、最後尾の馬車に三人、途中を四人でばらけて護衛、というのが一般的だ」
「馬車で休むことは出来ないのですね……残念です」
「うん、リョウはどうせ疲れ知らずだろ、歩き続けろ。馬車は、当然品物がいっぱいだから、護衛の冒険者が乗る場所なんてねぇ。さっき言った護衛の配置だが、メンバー構成によっては変わる場合もある。だいたい、神官の数とか、魔法使いや弓士みたいな遠距離攻撃職の数とか、そういうので変わる。今回組むのは、デロングなんだろ? 護衛依頼の経験は豊富だから、配置とかも全部任せて大丈夫だろ」
持って行く荷物などは、全員受けた初心者講習会で学んでいるため、特に問題は無かった。
「初心者講習会、まじ優秀……」
アベルのその呟きは誰にも聞こえなかった。
朝食を終え、少し早いが護衛依頼の集合場所へ向かう四人。
「それよりも……本当に三人のパーティー名は、『十号室』でいいんですか?」
涼は、昨日から何度目かの同じ質問をしていた。
ニルスとエトがE級に昇進したため、パーティー名をつけることが出来るようになったのだが、そこで選んだパーティー名が『十号室』だったのだ。
「おう、もちろんだ。俺たちを表すのに、これが一番合ってるだろ」
自信満々にニルスは言った。
誰の発案か、それだけでわかるというものである……まあ、発言が無くとも何となく理解できてしまうわけだが。
それを見ながら、苦笑するエト。
困った顔をしているが、否定はしていないアモン。
まあ、なんだかんだ言いながら、ニルスを中心にまとまっている『十号室』であった。
パーティー名については、特に規定があるわけではない。
誰かや何かを誹謗中傷するものはダメらしい。
例えば『アベルのバカ』みたいなパーティー名は、きっと通らないであろう。
あとは、『王の』や『王家の』みたいな王室関係のものがパーティー名の一部に入ると、ギルドから変更を迫られる。
現代地球における『Royal』という名称が、イギリスなどでは勝手に使えないのと似ているかもしれない。
そういう感じで、規定が比較的緩いため、ルンの街に所属する冒険者だけでも、なかなか多種多様なパーティー名があるようである。
『赤き剣』や『白の旅団』はもちろん、
『赤き竜と蒼き狼』
『クライスさまと仲間たち』
『鎧旅団』
『みんなで鍛冶師になろう』
『コーヒーメーカー』
『スイッチバック』
『デビル』 等々……。
一番最後のやつなどは、今回のダンジョン転移の件で、ギルド職員から少しだけお話を聞かせて欲しいと言われたとか言われなかったとか……。
もちろん、何の関係も無く、パーティー名も何となく強そうだということで付けただけであり、パーティーメンバーにもデビル教徒みたいな人はいなかったようである。
そもそも、デビル教などというものがあるのかどうかも知らないが。
そして今回、十号室+涼が連携するパーティーは、D級冒険者デロングが率いる、『コーヒーメーカー』である。
集合時刻まで、まだ三十分以上あったが、南門近くの集合場所には、既に六台の馬車が並んでいた。
四人が近付くと、商人らしき男が近付いてきた。
「今回の護衛を引き受けてくださった冒険者さんですな。私、今回の商団の纏め役をしております、ウーゴと申します。どうぞお見知りおきを」
高圧的な商人だったらどうしようと、少し心配していたアモンが、小さくホッと息をついたことに気付いたのは、隣にいた涼だけであった。
「『十号室』のニルスです。エトとアモンにリョウです」
特に問題なく紹介は終わった。
そこに、後ろから声が聞こえてきた。
「お、早いな」
振り返ると、冒険者らしき六人が近付いてくるところであった。
「護衛をしてくださる『コーヒーメーカー』の方々です」
これまで何度か護衛をしてもらったということもあって、商人ウーゴは『コーヒーメーカー』とは面識があった。
「こんにちはデロングさん、またよろしくお願いしますね」
「ご無沙汰してますウーゴさん。こちらこそよろしくお願いします。で、君たちが『十号室』だな。アベルさんから聞いている。今回はよろしくな」
昨晩、あの後、アベルが何やら根回しをしてくれていたらしい。
ああ見えて、こういう気配りというか根回しが、アベルは得意である。
十号室の四人は、丁寧に挨拶をした。
「よろしくお願いします」
気持ちの良い挨拶は大切。
挨拶しておくだけで相手を友好的に出来るのだから、挨拶こそ、至高にして万能なコミュニケーションツールである。
今回の商団の目的地は、ナイトレイ王国随一の港町、ウィットナッシュ。
ルンの街から南西へ、荷馬車で片道二日。
今回の護衛依頼は往復であり、往きで二日、滞在九日、帰りで二日の合計十三日。
滞在九日が普通の商隊に比べればかなり長く、拘束時間が長いために、報酬も一人金貨五枚となっていた。
ただ、ウィットナッシュ滞在中は護衛依頼は免除され、自由に過ごせるため、それほど大変ではない。
D級、E級向けの護衛依頼としては、かなり良い案件と言えるだろう。
『十号室』の三人がこの依頼を引き当てたのは、かなり運が良かったからであるが、十人枠の最後の一人だけ空いたところに涼が滑り込んだのは、涼が久しぶりに海の魚を食べたかったからである。
そもそも、ロンドの森にいた時、海の魚を手に入れるのは困難を極めた。
ベイト・ボールとの戦闘で死にかけ……巨大テッポウエビに撃たれて気絶し……クラーケンらしきものに殺されかけた……それが、涼の海の思い出である。
(あれ? もしかして僕って、海の魚を最後に食べたのは……地球にいた時……?)
涼は、恐ろしいことに気付き、血の気が引いた。
そんな涼に、『コーヒーメーカー』のデロングの声が聞こえてくる。
「リョウは、うちのガン、ジョンと一緒に、最後尾の馬車についてくれ」
いつの間にか、護衛の配置が終わっていた。
「それでは出発します」
先頭の荷馬車から、順に走り出した。
とはいえ、護衛につく冒険者は歩きであるし、そもそも商品を運ぶ荷馬車のスピードは非常にゆっくりである。
「なあ、リョウって魔法使いだろ? 何属性なんだ?」
「水です」
最後尾に配置された涼は、『コーヒーメーカー』のガンに早速話しかけられた。
「水かぁ。珍しいよな、ギルドでも水属性の魔法使いってあんまりいない気がする……。ジョン、ルンの冒険者で水って誰かいたっけ?」
「いや……いねえんじゃねえ? 火、風、土……まあ回復は光だが……やっぱ水と闇はいねぇな」
「どうりで、自分以外の水属性魔法使いと会わないわけですね……」
涼がそう言うと、ガンとジョンは爆笑した。
「けど、リョウはすげえって、昨日アベルさんが言ってたから俺らは期待してる」
「ああ。あの人が言うってことは相当だろ?」
アベルのお陰で、馬鹿にされているわけではなさそうである。
(アベルいいやつ。今度ご飯でもおごり……あっ……一週間の晩御飯、奢ってもらう約束忘れられてないかな……)
「そういえば、この依頼って、向こうの街で九日間空きがあるじゃないですか? すごく長いですよね」
「なんだ聞いてないのか? ウィットナッシュの街で、五年に一度開かれる開港祭に合わせてこの商団は行くんだぜ。確か開港祭は七日間だから、その間、ずっと俺らは向こうに滞在することになるんだ」
「お祭り! それは楽しそうですね!」
「おう。五年に一度ってことで、かなりでかい祭りだし、出し物も多くて各国から見物人が来るんだ。この依頼は向こうにいる間は自由だし、宿も商団が確保してるとこに泊まれるし、至れりつくせりの依頼だぜ」
ガンとジョンは上機嫌であった。
「だいたい、ルンとウィットナッシュの間は街道も整備されてるし、警備の巡回もあるから盗賊なんて滅多に出ないからな。ほら、だからこの依頼もD級、E級向けの依頼だったろ?」
「そんなにいい依頼なのにうちらが入れたのって……」
「ああ……拘束期間十三日間ってのがネックだな。ほぼ半月……冒険者の多くはルンの街に宿をとったり、借りたりしてるだろ? 半月使わなくてもお金払うってのは……もったいない。だから、長い拘束期間の依頼はやっぱり人気無いんだ。そこにくると、リョウたちは宿舎住まいだから……」
「長くルンの街を空けても宿代で損をすることはない、と」
「そういうこと」
『コーヒーメーカー』は、六人で家を持っているから、長い護衛依頼でも問題ないのだとか。
(やるな、コーヒーメーカー……あ、そうだ)
「あの、皆さんのパーティー名って、コーヒーメーカーですよね……なぜそんな名前を?」
そう、コーヒーメーカーと言えば、やはり現代地球におけるコーヒーを自動で淹れてくれる、あの機械である。
しかも、そのパーティーリーダーの名前は『デロング』……リョウの会社にあった、有名なコーヒーメーカーの名前に似ている……。
いつも美味しいコーヒーを淹れてくれるそのメーカーは、社員全員から愛されていたから、もちろん涼も知っているのだ。
「ああ、これは、リーダー一押しだな」
「そう。確かリーダーの御爺ちゃんが有名な冒険者だったんだが、その時のパーティー名が『コーヒーメーカー』だったはず……」
「御爺ちゃんの名前って……」
「デロンガ、じゃなかったかな?」
涼は深く頷いたのである。
ちなみに、涼が『ファイ』に転生して、いまだにコーヒーは飲めていない……。
二日後、一行は何の問題も無く港町ウィットナッシュに着いた。
『十号室』の初護衛は、無事、片道が終了したのであった。




