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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第四章 学術調査団
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0067 集団転移

ノックも無く、乱暴に扉は開けられた。

「マスター大変です」

飛び込んできたのは、受付嬢ニーナであった。

ニーナを含め、ギルド職員がノックもせずにギルドマスター執務室に入ってくる場合は、本当に緊急な、そして非常に厄介なことが起きた場合である。



「報告を」

だが、そういう場合だからこそ落ち着かなければならない。

それはギルドマスターであるヒューも、そして報告者も。

あえてゆっくりと、そして落ち着いた声音で、ヒューはそう促す。


ニーナは、一度深呼吸をしてから報告した。

「ダンジョン内にて、何らかの問題が発生し、調査団が消えました。ギルドマスターには、すぐにダンジョン入り口まで来てほしいと、魔法大学のクリストファー教授からの報告です」

「調査団が消えただと……」

想像外の報告にヒューが呆けたのはほんの僅かであった。


「すぐに行く。職員はこのまま待機。連絡員だけダンジョンの出張所に向かわせろ。まだギルドに残っている冒険者には知らせるな。何か言って来たら、あとで俺が説明するとだけ伝えておけ」

そういうと、ヒューはマントを羽織り、執務室を出た。


(消えたって何だよ、消えたって。一体何が……いや、それより今ってまさか、アベルたち潜って……るよな……やっぱり……ああ、くそ、海に続いて今度はダンジョンで行方不明かよ……すぐに見つかってくれるといいんだが……二度と行方不明の報告とかしたくないぞ……)

ギルド連絡用馬に跨りダンジョンに向かいながら、ヒューの心は千々に乱れた。




ダンジョン入り口にあるギルド出張所の天幕に着いた時も、まだヒューの心は乱れたままであった。

とはいえ、そこは百戦錬磨、強制的に心を落ち着ける術を持っている。


一つ大きな深呼吸をして心を落ち着けると、天幕の中に入っていった。



天幕の中には、魔法大学のクリストファー教授と、宮廷魔法団の次席研究部長、中央大学の何とかいう教授が揃っていた。

それぞれの調査団の中で、連絡の取れる最上位の地位の者だと思われる。


「クリストファー教授、詳しく聞かせてください」

ヒューは真っ先に、クリストファー教授に説明を促した。



クリストファー教授の説明は簡潔であった。


ダンジョン内にいた人たちが、全員、同時に消えた。

数名は、自分たちの目の前で消えた。

十一層には総長クライブを含む中央大学約千名、十層には顧問アーサーと赤き剣を含む宮廷魔法団約五十名が潜っていた。

また、入り口から十一層まではルンの街で雇われた冒険者を含めた者たちが補給路確保のために配置されていたが、彼らも消えたと思われる。

ただし、正確には、十一層の者たちがどうなったかは分かっていない。

十層の魔法団の者たちは、使用していた魔道具の反応によって、消えたことが確認されている。

その魔道具は、一瞬だけ、四十層で反応が確認された。


「四十層……だと」

これには、さすがのヒューも驚かざるを得なかった。

ヒューも、ここにいるC級冒険者百名が、ルンの街に残る、ほぼ全戦力であることは理解している。

それを考えると、四十層というのは、『普段なら』到底たどり着けない場所であった。



そう、普段なら、である。



「一層から十一層まで、魔物は一匹もいなかったという報告を聞いたのだが、事実か」

そう、もし、大海嘯の影響によって十二層以下にも魔物がいなくなっているのであれば……四十層への到達も決して不可能ではない。

三十層以下の地図は、冒険者ギルドにも残っていないため、そこから下の階層への階段の発見には時間がかかるだろうが、そこは人海戦術でなんとかなるのではないかと思っていた。

「そう、それは事実です。そのため、十二層より下にも魔物がいない、という可能性は確かにあります」



そう、『可能性』なのだ。

いない可能性はある。だが、いる可能性もある。



「ですが問題は、なぜ消えたのか、その理由が全くわからないということです。そして、また同じことが起きる可能性がある、というよりその可能性は高い。飛ばされた先で、飛ばされた者たちが生きているのかどうかわからない。申し訳ないが、そんな不確定な状況では、私は部下たちを指揮して潜ることは出来ません」

クリストファー教授は言い切った。

そう言うだろうことは、ヒューも予想していた。


ヒューが同じ立場であっても、同じ判断をしたであろうから。

「ああ、そうだろう。魔法大学の人間への命令権は俺には無い。だから俺が望むのは、魔法大学が雇った、このルンの街のC級冒険者たちとの契約を解除して欲しいということだ」

「まあ、そこはしょうがないでしょう。我が魔法大学は、気持ちよく、彼らとの契約を解除します」

「助かる」


そう言って、ヒューは頭を下げた。




アベルは、何が起きたのか分からなかった。

ある瞬間、身体が浮いた感じと、すぐに地面に置かれた感じとが襲ってきた。

次の瞬間には、目の前の景色が変わっていた。


そこは、どこまでも続く草原であった。


左右に、リーヒャ、リン、ウォーレンがいるのを確認して少しだけ安心する。

さらに、アーサーと宮廷魔法団の調査団も近くにいるのが目に入った。


「リーヒャ、リン、ウォーレン、無事だな?」

「ええ」

「うん」

ウォーレンは頷いた。


「アーサー、そっちは大丈夫か」

少し離れた場所にいる顧問アーサーに向かって、アベルは声をかけた。

「うむ。魔法団のメンバーも、同じように飛ばされた様じゃな」

アーサーは、周りを確認して、答えた。

「飛ばされた?」

「昔、西方諸国のダンジョンで経験したことがある、転移とそっくりな感じじゃった。ダンジョン内の別の階層か、あるいはもっと別のどこかわからんが……強制的に転移させられたのじゃと思うぞ」

アーサーは、アベルたちの方に近付いて来ながら説明した。


それに伴って、周辺の魔法団の団員達も、自然と集まってくる。

何人かの手の中には、残留魔力検出機があった。


「検出機は正常に動いておるのか?」

「はい、動いています。おそらく、地上の分析魔道具に、この場所の情報などを送っているのではないかと思いますが……」

「なら、助けに来てくれるかもしれないのね!」

リンが嬉しそうに言う。

「さて……それはどうかのう……」

顧問アーサーは懐疑的な表情である。


「何だ、気になることがあるのか?」

「うむ。この空間じゃ。リーヒャ、この空間、何かに似ておらんか?」

問われて、神官リーヒャは空中を見上げながら考えた。


しばらく考えた後、思いついたのだ。

「聖域方陣に似ている……」


聖域方陣とは、高位の神官のみが行使することが出来る、神の奇跡とも言われる『絶対防御』のことである。

その防御は、全ての魔法攻撃、全ての物理攻撃を遮断するという凄まじい効果であり、まさに神の奇跡の名にふさわしいものだ。


だが、この状況が聖域方陣に似ているということは……、

「つまり、俺たちは、何らかの結界の中に閉じ込められているということか」

「その可能性は高いわね」

アベルの問いに答えるリーヒャ。

「ただ、結界の境界がどこにあるのかもわからないくらいに巨大だけどね」

少なくとも、厄介な場所に閉じ込められたらしいということは、アベルにも理解できた。



とりあえず、周囲の状況を探らねばならない。

「リン、悪いが<探査>で周囲に何かいないか探ってくれ」

「りょうか~い。命の鼓動と存在を 我が元に運びたまえ <探査>」

空気を伝って、リンの探査が拡がっていく。


「向こうの方、距離約五百メートルの地点に、生き物の反応多数。人間は千人くらいかな? 他に五十くらい、経験したことのない生き物の反応」

「千人の人間……」

「まあ、一番あり得るのは、クライブたちも飛ばされて来た、というところじゃろうのぉ」

アベルの呟きに、顧問アーサーが答えた。

「カナリアが巻き込まれ、我々も逃げる暇もなく巻き込まれたようだな。やれやれ……。まあ、とりあえず、そっちに向かうしかないと思うのだが……」

「まあ、仕方あるまいて」


こうして、赤き剣と宮廷魔法団の調査団は、中央大学の調査団が飛ばされたと思われる方角へと歩き始めたのだった。


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