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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第四章 学術調査団
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0063 調査開始

ニルスたち十号室の三人が戻ってきた翌日、朝七時。

ダンジョン入り口には、アベルたち赤き剣と宮廷魔法団の先発隊十名が揃っていた。


ダンジョン入り口にあったギルド出張所は、大海嘯で破壊されたその時のままである。

未だに、王都からの監察官が調査中の為、修理にとりかかれていないのであった。


本来であれば、ダンジョンは一カ月封鎖する予定であったので、それで何の問題も無かったのだが、調査団のために封鎖解除することになり、状況が変わってしまっていた。

とりあえず、仮のギルド出張所として、仮設テントが設置される予定ではある……。




「よし、じゃあ潜るか」

アベルの号令で、赤き剣と宮廷魔法団の魔法使い十名が頷く。


「だが、まずは探査してもらおう。リン、頼む」

「りょうか~い。命の鼓動と存在を 我が元に運びたまえ <探査>」

前回、大海嘯の時、扉を開ける前にアベルは嫌な予感がした。

だから、リンに風属性魔法の<探査>を発動してもらったのだ……そしたらすでに、第一層の大広間まで魔物に覆い尽くされていた。

いち早く大海嘯の異変を察知できたために、冒険者による迎撃態勢がとれたのである。


今回は、嫌な予感はしないが、慎重な上にも慎重に事を進めたい。

誰も知らない、大海嘯後のダンジョンに潜るのだから。


「うん、第一層の大広間まで、生き物の反応なし!」

「よし、では扉を開けてくれ」

その合図で、ギルド職員によって、ダンジョンの封鎖が解かれ、扉が開けられた。

アベルを先頭に百段の階段を降りていく十四人。

リンが言った通り、第一層の大広間には、何もいなかった。



リンの<探査>は、探る広さに応じて消費魔力が変わる。

例えばダンジョンの五階層分を探るとすると、せいぜい三回が限度である。

しかも、もしものために魔力を温存する必要性も出てくる。

そう何度も使えるわけではない。


「よし、とりあえず、第一層をきっちり調べよう。昨日協議した通り、今日一日で、最大でも第三層までしか下りない。ゆっくり、確実に探っていくぞ」

「はい」

宮廷魔法団の十人が声を合わせて返事をした。




アベル達がダンジョンをじっくり探索している頃、涼を含めた十号室の四人は、ギルド三階の講義室に来ていた。

昨日に続いて、今日はE級、F級パーティーに、ギルドマスターからの説明が行われるのである。

九時の鐘と同時に、ルンの街のギルドマスターである、ヒューが講義室に入ってきた。

「おはよう。集まってくれて感謝する。さっそくだが、現状の説明をさせてもらう」



ヒューの口から出たのは、調査団がダンジョンに入って調査をすること。

それは国が支援していること。

護衛などに冒険者を雇う予定であること。

正式な依頼として雇うため、雇われた者への中傷を行ってはいけないこと。

など、そこまでは、昨日のD級パーティー以上への説明と同じであった。


「ただし、E級、F級パーティーは、護衛として雇われてダンジョンに入るのは、極力避けてほしい。理由は、大海嘯後のダンジョンでは、何が起きているかわからないからだ」


ヒューは、そこで一度言葉を区切った。

冒険者たちの反応と表情を見る為であったが……特に不満に思う冒険者はいないようであった。

「アベルたち赤き剣を筆頭に、先に潜っている冒険者たちから、情報が逐一上がってくることになっている。それらは、ギルド内の掲示板に随時貼っていくので、各自目を通しておいて欲しい。あと、調査団は、ダンジョンに潜る護衛としてではなく、地上での支援として諸君らを雇う可能性はある。それから、いつも通りギルドからの斡旋もある。例えば、白の旅団は周りの街からの食料調達の護衛を引き受けている。そんな感じで、仕事はいろいろあるから心配するな」


(なるほど。見かけないと思ったら、白の旅団は街の外に行ってるのか)

涼の心には、白の旅団団長フェルプスの強烈な印象が残っていた。

だが、フェルプスに一喝された王国騎士団の五人の騎士たちが行方不明になり、監察官一行が必死に探していることを、涼は知らなかった。

もし知っていたら……素直に「消されたな」と思ったかもしれないが。



いくつかの質疑応答の後、誰も手を挙げなさそうだったので、涼は質問してみることにした。

「マスター、大海嘯のことで質問があります」

「リョウか。なんだ?」

「大海嘯で倒した魔物の魔石、特にゴブリンキングやジェネラルなどの魔石の色は、濃かったのか薄かったのかを知りたいのですが」


涼の質問を聞いて、ほとんどの冒険者たちは首を傾げた。

あるいはお互いに目を合わせ、首を横に振る。

質問の意味が理解できなかったのだ。


だが、問われた人物だけは違っていた。

「ああ、そうだよな、そうなんだよ。リョウ、その通りだ。調査団だ何だと偉そうに言うなら、まずそこに疑問を持つべきだよな!」

ヒュー一人が興奮していた。


「それだというのに、あいつらと来たら、誰一人として、その確認に来た奴がいねえ!」

そこまで言って、ヒューは他の冒険者たちが涼の質問の意図を理解していないことに気付いた。

「あ~、そうだな、初心者講習じゃ教えねえ範囲か。まあ、冒険者としては、知っておいた方が良いだろう」

ヒューはそう言うと、説明を始めた。



「魔物の魔石ってのは、その魔物の属性によって色がついている。風なら緑、土なら黄色ってな具合にな。だが、その色にも『薄い』『濃い』という濃淡があって、長く生きて多くの経験を積んできた魔物の魔石は濃いんだ」

そこで、ヒューはいったん言葉を切り、自分が言ったことが理解されているかを顔を見て確認する。


「で、さっきリョウが質問した内容に繋がる。大海嘯で倒した魔物の魔石の色は濃かったか、薄かったかと。濃ければ、長い間ダンジョンで生きて来た魔物であると。だが薄ければ……いろいろと難しい話になる。ダンジョンの下層から上がってきたわけではなく、つい最近『発生』した魔物ということになる、と。そして、今回の大海嘯で倒したキングやジェネラル、あるいはメイジなどもそうだが、全て魔石の色は『薄い』んだ」

言葉の意味が、全員に浸透するまでヒューは少し待った。


「つまり、あのキングたちは、ダンジョン下層で長く生きていた奴らではなく、最近『発生』した。ダンジョンが発生させた……のかどうかはわからないが、少なくとも最近までは存在しなかった奴らなのは確かだ」

完全に、誰一人として、声を発する者はいなかった。

「確かに、ダンジョンはその内部で魔物を生成している、という説がある。だがそうだとしても、あれだけの魔物を、最近だけで生成したのだとしたら……その力はどこからやってきたのか、そういうことになると思うんだ」



かつて涼がロンドの森にいた頃、考察したことがあった。

この、魔法で生成した水はどこから来たのか、と。

その時思い浮かべたのが、アインシュタインの『E=mc2乗』だった。


物質からエネルギーを発生させることが可能ですよ、という式である。

だが、それは同時に、エネルギーから物質を生じさせることも可能ですよ、という式でもある。


ダンジョンが、物質である魔物を生成するというのであれば、それを可能にする『膨大なエネルギー』はどこから供給されているのか。

大海嘯が、大量の魔物を生成する現象だというのであれば、それを可能にするあまりにも膨大なエネルギーはどこからやってきたのか。


(考えれば考えるほどわからなくなる。こういう時の解決法はただ一つ! 考えない!)

「まあそんなわけで……キングたちの魔石の色は薄かった、というのが答えだ」



講義室での説明を終え、解散となった。

ヒューは自分の執務室に戻り、お茶を飲んでいた。


「ふぅ。後は、問題なく一カ月が過ぎてくれればいいんだが……」

言葉に出しているが、どうせ何か問題が起きる、絶対に起きる……ヒューはそう思っていた。

その点に関しては、とっくの昔に諦めていた。

「それにしても、リョウは目の付け所が良いな。誰一人確認にも来ない調査団の連中なんかより、はるかに調査に向いているんじゃないか? さすが、アベルが目をかけるだけのことはある」

涼の知らないところで、いつの間にか涼の評価が上がっていた。



涼が、魔石の色の濃淡について疑問を持ったのは、ロンドの森からの旅の途中で、アベルから話を聞いていたからである。

長く生き、多くの経験を積んだ魔物の魔石は、濃いと。


「魔石の色が濃ければ、難しくはなかったんだ。下層、それも未だ誰も探索したことのない第三九層以下の未踏破領域から上がってきた、その可能性が高いわけだから。だが、色は薄かった。三万を超える魔物が、つい最近生み出された……そんなことがあり得るのか……だが、そう考えるしかない」

そこまで考えて、ヒューは髪をぐちゃぐちゃに掻き毟った。


「わからん! わからんし、知らん! そこを考えるのは俺の仕事の範囲じゃない!」


そう言うと、今日のこれからの予定を思い浮かべた。

「この後は辺境伯への報告か。ついでに、ネヴィルと相談しておくか。もしもの時には、騎士団を動かしてもらえるように」


ネヴィルとは、ルン辺境伯領騎士団長ネヴィル・ブラックのことである。

大海嘯の時、北側防壁で陣頭指揮を執った男で、ヒューの目から見ても非常に優秀な男である。

優秀な男であるが、非常に酒が好きな男でもある、そのため……、

「手土産には酒がいるな……秘蔵の三十年物のシングルモルトでいいか。こういう時に使わないとな」



もちろん、お互い仕事なのだから、手土産など持って行かなくともプロとして仕事をしてくれる。

それはわかっている。


だが、それは人の半分『理性』の部分である。

残りの半分『感情』の部分も味方につけておけば、鬼に金棒だ。

酒一本で味方につけられるのなら、安いもの。


これが現代地球なら、賄賂になるのかもしれないが、『ファイ』においては問題ない。

しかもここは『辺境』である。

賄賂ではなく、物事をスムーズに運ぶための潤滑油。


こういうちょっとしたことが、人間関係を上手く回していけるかどうかの分水嶺になることがある。

ヒューはそのことを知っていた。


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