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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第二部 第二章 西方諸国へ
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0285 世界樹

涼は、何の問題も無く全長300メートルの氷の橋を架け、王国使節団は無事に渡り切った。


「よし、リョウ、橋はきっちり消しておいてくれ」

ヒューは、全員が渡り切ったのを確認すると、そう言った。

「え? いいんですか? まだ後から他国の使節団が……」

「さあ? 知らんなぁ?」



先帝と先王の陰謀で先頭にさせられたことを、未だに恨んでいるのだろうか……。



まあ、帝国や連合の力があれば、土属性魔法使いたちに橋をかけさせることはできるであろうが、少しでも苦労させたいということなのかもしれない。


「少しでも時間を稼いで、その間に、帝国や連合よりも王国に有利な通商条約を結ぶ」


決して、ヒューの個人的な恨みや、器の小ささではなかった。

国のためを思っての、決断だったのだ!



「先帝やら先王やら、じじぃどもが、なめやがって。少しは苦労しやがれ、ってんだ」



……多分、国のためを思ってである。




氷の橋による渡河後も、使節団の移動は続く。



十号室と、その預かりとなっている十一号室の面々は、渡河前同様に、使節団の最後尾を守っている。

だがその中の二人の神官、エトとジークは、手に何か持ったままきょろきょろしながら歩いていた。


当然、涼はその光景を見て気になる。

「エト、ジーク、その手に持っている物は何ですか?」


きょろきょろしている様子より、手に持っている物が気になったらしい。

それは、数十枚の紙を束ねて糸で綴じた冊子に見えたからだ。



「これ? これは、今回の使節団が訪れる場所の概要をまとめてあるものだよ。王国は、大人数で、遠距離の使節を送り出す時には、この手のやつを作って各パーティーに一部ずつ配布する伝統があるんだって。古のリチャード王の時代からの伝統って言ってたね、そう言えば」

「名前は、『旅のしおり』と言うらしいです」

エトとジークが、冊子を見せながら答えた。


「旅のしおり……」

なんという非ファンタジー的言葉……。

そこはかとなく転生者の匂いが……というか、リチャード王は、絶対転生者だろうと、涼は勝手に決めつけていたが……予感が確信に変わっていた。



まるで、修学旅行的な冊子だ……。



「で、その旅のしおりを片手に、何をきょろきょろしていたの?」

「うん。これによると、そろそろ『世界樹』が見えるはずなんだよ。天を()くような巨大な樹だから、当然見えると思って探しているんだけど、見えないんだ」

「確かに街道の左右は木々が多いですが、それでも世界樹が見えないというのは、不思議だなとエトさんとも話していたところです」

涼が質問し、エトとジークは、世界樹が見えないのが不思議だと答えてくれた。


ちなみに、他の剣士等の四人は世界樹など全く興味がないらしい。



エトとジーク、それと他の四人……その対比を見て、涼は、知的好奇心の存在理由を、深く考えるのであった……。




涼が見回すと、けっこうな冒険者たちが、冊子を持って歩きながら、周りを見回している。

恐らく彼ら彼女らも、世界樹を見ようとしているのだろう。

だが、世界樹らしきものは見つけられないようだ。



「もしや枯れてしまったとか……」

涼は呟く。


一般的に、地球において『世界樹』と言った場合、それは北欧神話に登場するユグドラシルのことだ。


ワーグナーの『ニーベルングの指輪』第四部『神々の黄昏』第一幕の、第三場で、神オーディンが世界樹の枝から槍を作るが、結局それによって、世界樹ユグドラシルは枯れてしまう。


神の行為によって枯れてしまう世界樹。

なんと暗示的な場面であろうか!


「人は愚かですが、神も愚かです……」


涼は小さく首を振ると、横を見て言葉を続けた。


「ニルスも……」

「うん、リョウ、その後に続く言葉は慎重に選べよ?」

涼の横を歩き、「人は愚か~」のくだりを聞いていたニルスが、剣に手をかけながら言う。

「ニルスも……アベルに似てきました」

「アベル王、万歳!」


アベルほどの抜剣速度ではなくとも、この間合いでは涼が不利であることは理解している。

ニルスはB級剣士なのだ……気を付けなければ!




使節団最後方では、そんな光景が繰り広げられていた。

翻って先頭では。


いつもは先頭馬車に乗っている団長ヒュー・マクグラスが、二番馬車を訪れていた。

二番馬車には、文官百人を取りまとめる、首席交渉官が乗っている。


「イグニス、このアイテケ・ボの国主についての報告書って、確かなのか?」

「ああ、団長殿。そう、それは、ほぼ百パーセントですよ。外務省情報部だけではなくて、ハインライン候からの情報とも一致しましたからね」

「そうか~」



首席交渉官イグニス・ハグリット。

西部の大貴族ホープ侯爵家の次男で、外務省の高級官僚。

かつて、トワイライトランドへの使節団においても交渉官を務め、王国解放戦においては、父ホープ侯爵を説得して、早々にアベル王への旗幟(きし)を鮮明にし、その後の王国におけるホープ侯爵家の威光を今まで以上に高めることに成功した、優秀な男。


見た目は、いつもニコニコしているとても話しやすい人物であるが、頭の回転も非常に速いのだ。


「アイテケ・ボの国主、ズラーンスー公は、唯我(ゆいが)独尊(どくそん)を地で行くようなお方らしいですから……交渉は難航するでしょう。帝国や連合が追いついてくる前に、王国に有利な条約を締結するのは難しいかもしれません」

「だよな~」

イグニスの冷静な指摘に、顔をしかめるヒュー。


報告書を一読した時に、そうだろうとは思っていたが、改めて交渉責任者から言われると、さらに落ち込んでしまうのは仕方のないことであろう。


「よし。せめて宿だけでも王国で全占拠してやる。帝国や連合の連中は、街の外で野営でもしやがれってんだ!」

ヒューのその言葉に、さすがのイグニスも苦笑するしかなかった。


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