0279 模擬戦
王国使節団は、何の問題も無く帝国国境に達した。
そして、何の問題も無く国境を越えた。
形式的な検査すらなかったのだ。
その理由は、すぐに明らかになる。
「使節団の周囲、全部、帝国軍が囲んでいます……」
「ちょっと怖いね……」
「これがいきなり襲い掛かって来たら、さすがに助からんだろうな……」
「これはかなりのVIP待遇ですね!」
アモンが事実を述べ、エトが素直な気持ちを言い、ニルスが恐怖を吐き、涼が喜びを露わにする。
この四人は、そういうものだ。
この状態で、各国使節団の集合場所であるギルスバッハの街まで『護衛』される。
「明らかに、護衛というより捕虜だな……」
ニルスのそんな言葉に何か言い返そうと思った涼だったが、ふと、後ろを歩いていた神官ジークの硬い表情が目に入った。
「ジーク、緊張しているのですか?」
「え?」
まさか涼に声を掛けられるとは思っていなかったのだろう。
神官ジークはびくりと反応した。
「大丈夫ですよ、もし彼らが襲って来ても、すべて倒しますから」
「いや、リョウ、冗談に聞こえないからやめろ」
涼がジークを安心させるように言うと、ニルスが阻止する。
「ニルスは、ジークが犠牲になってもいいと……後輩を思いやれない先輩はダメですよ?」
「いや、犠牲になっていいとか言ってないだろ」
「これがアベルだったら、身を挺してでも後輩を守るはずです」
「アベル王、万歳!」
ほとんど条件反射で反応するニルス。
それら即席漫才を見て、ジークは軽く頭を下げた。
「すいません、帝国軍には、あまりいい思い出がなくて」
「ジークは帝国からの移民だったもんね」
ジークの言葉を、エトが補足した。
「わかります」
涼がしたり顔で頷いて言う。
「デブヒという、あの国名のせいですよね。あんな名前では、いじめられる可能性を高めているようなものです。キラキラネームの方がまだましです。そう、例えば、グランドクロスシューティングスターパイソンマグナムギャラクティカ帝国とかの方が、まだましです」
「ああ、リョウにネーミングセンスがないことは知っていたぞ」
「!」
ニルスの酷い宣告に、絶望の表情を浮かべて見返す涼。
当のジークを含めて、周りはみんな大笑いであった。
夕方に着いた宿は、裏庭に非常に広い、というよりも広大な庭を持つ宿であった。
そんな庭を見ながら、何か言いたそうにしているアモン。
その様子にニルスとエトは気付いていたが、あえて何も言わない。
しばらく逡巡した後、アモンは涼に近付いて、言った。
「リョウさん、お願いがあります」
「アモン?」
アモンが涼にお願いするのはあまりないことだ。
しかも、表情はかなり思い詰めている。
まさか、リーダーのニルスによるいじめを告発しようとして……。
「おい、リョウ、今、何か変な事思っただろ」
「な、なんでもないですよ。さあ、アモン、言いたいことがあるなら言うといいです」
ニルスの鋭いつっこみをごまかすために、アモンに言葉を続けさせる涼。
「ありがとうございます。実は、模擬戦をしてほしいのです」
「え……」
アモンのお願いに絶句する涼。
そして、やっぱりかという表情で頷くニルスとエト。
涼以上に、驚きの表情な『十一号室』の三人。
もちろん、三人の頭の中には、王城での涼との『決闘』が思い描かれている。
正直、三人とも、二度と経験したくはなかった……。
「アモン……どうしたのですか? ニルスに、行けよ! って唆されたんじゃないですか? そんなイジメは僕が許しませんから、大丈夫ですよ? ニルスを氷漬けにしておきましょうか?」
「おい、こら、やめろ」
涼の不穏な言葉が聞こえたニルスが怒鳴る。
苦笑するアモン。
「いえ、ニルスさんは関係ないです。純粋に、リョウさんに模擬戦の相手をして欲しくて……。ダメですか?」
そこまで言われたら、涼も理解するしかなかった。
アモンは、純粋に、自分と模擬戦をしたがっているのだと。
もちろん、模擬戦自体はやってもいいのだ……セーラとはよくやっているし。
ただ……。
「模擬戦をするのはいいのですが、なんというか……安全な武器が無いです……」
そう、ここは訓練場や演習場ではない。
刃を潰した剣などはもちろんないし、護衛依頼に就いている冒険者たちも、そんなものは持ってきていないはずだし……。
「実は……自分の分だけは馬車にこっそり載せてきています」
アモンは苦笑しながらそんなことを言った。
出発する前から、模擬戦をする気満々だったらしい。
「そ、そうですか……」
涼は、その用意周到さに驚いた。
だが、アモンの分があるのなら問題ない。そして、仕方ない。
「じゃあ、僕は刃のない氷の剣でお相手しましょう」
そう、涼は、水属性の魔法使いだ。
いちおう、エトが宿の方に、庭で模擬戦をしていいかの確認をとったらしい。
その際。
「魔法は困ります……」と言われたのだそうだ。当然であろう。
そのため、涼対アモンの模擬戦は、剣戟のみとなった。
「いつでもいいよ」
「では、行きます!」
アモンは力強く言い切ると、一気に間合いを詰めて、突いた。
二連突き、三連突き、四連突き、五連突き……突きが止まらない。
(速い!)
涼は素直に感心していた。
これまでにも、人外が振るう数多の剣を受けてきたが、その中でもトップクラスに入る突きの速さ。
連続突きの速さとは、ひとえに、『引き』の速さでもある。
突きだけでなく引きも速ければ、相手からの間合いの侵略を防ぐことになる。
アモンの連続突きは、相当な速さだと言えた。
だが……だからこそ……。
(速すぎる)
涼は気付いてしまったのだ。
人間の体というのは、構造上、剣の突きにしろ拳のパンチにしろ、突く速度、回転数を上げるには、インパクトの瞬間以外は力を籠めることができない。
ボクシングのジャブがいい例であるが、動き出す瞬間、拳は軽く握るだけだ。
当然、腕全体にも力を籠めない。
そして、ヒットする瞬間に拳を握り込む……つまり力を籠めるのだ。
そうしなければ、速度が出ないから。
当然、突きを連続で行う場合でも同様。
つまり……。
(突きで腕と剣が伸びきった瞬間は力が籠っているけど、それ以外の時は……)
アモンの突きの一つを、涼は腕を伸ばして剣の『腹』で受けた。
そのポイントは、アモンの想定外のポイントであり、力の籠っていないタイミング。
アモンの剣は大きく後方に弾かれる。
涼は剣の腹で受けると同時に、右足を大きく踏み込み、同時に左手を柄から離し、右手一本で大きく横に薙いだ。
抜刀術を放った瞬間の体勢に近い。
アモンを十分に捉えたと思ったのだが……空振った。
剣が後方に弾かれたアモンは、そのまま片足だけで更に後方に跳んだのだ。
完全に想定外の弾かれなので、跳んだ距離もわずかではあるが、そのわずかな距離が、涼の横薙ぎから自分を救った。
必殺の連続突きを崩され驚くアモン。
二人の攻防を見て頷くニルスとエト。
想像以上のレベルの高さに言葉が出ない、『十一号室』の三人と、いつの間にか集まって模擬戦を眺めていた冒険者たち。
そして、ニヤリと不敵に笑う涼。
だが、涼の心の中では……。
(あれをかわす……アモン、もしかして剣の天才なんじゃ……)
相当に驚いていた。
「すいません~、夕飯の準備ができていますけど~」
その声が持つ力は強力であった。
「アモン」
「はい、リョウさん」
涼とアモンは頷きあうと、剣を収めた。
こうして、模擬戦は唐突に終了した。
結局、一合しか剣は合わさっていないのだが……料理ができたのであれば仕方がない。
そう、仕方がないのだ。
え? 戦闘がたんぱく?
今日は、ただの前菜です。
明日が、メインディッシュ……かな。
活動報告を書きました。
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第二巻の特典SSについてです。
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