0250 気をきかせて
アベル王率いる南部軍が王都を出たのは、『解放祭』が終了して、四日後であった。
戦闘員の数、構成数は、ゴールド・ヒル会戦時とほとんど変わっていない。
せいぜい、ウィストン侯爵エリオット・オースティンが自領の騎士団三百を率いて参陣、王都所属の冒険者たちが合流したくらいだ。
これは、再編成の時間をとることができないために、あえて南部軍のまま進軍することを選んだからであった。
王都解放後、アベル王への支援を申し出た貴族たちには、出兵ではなく各種物資や、王都自体の防衛戦力の供出という方法での協力が提案されていた。
これは、各貴族にとっては逆にありがたいわけで、さらにアベル王の声望が高まったのは計算であったのか、それとも偶然か……。
南部軍が王都を出立したのと合わせて、帝国軍も、ウイングストンを発って、西にあるストーンレイクの街に向かい始めた。
王都から、ストーンレイク、ウイングストン、そして王国東部国境レッドポストまで続く王国第二街道上を、両軍は移動し始めた。東西から。
「おそらく、戦場は、ストーンレイクの北、ビシー平野になるかと」
フェルプスが、ハインライン一族の情報から推測していた。
王都からストーンレイクまでは、ゆっくり歩いて二日の旅程。
まったく急ぐ必要はなく、補給に関しても心配する必要のない距離。
「帝国内の反乱ですが、終息に向かいつつあるようです」
「こちらも、あまり時間を掛けられないな」
フェルプスの報告に、アベルは一つ頷きながら答えた。
帝国内でのモールグルント公爵の反乱が終息しても、王国内に大量の帝国軍がとどまっている状況がもし続いていたら……あの皇帝の事である、どんな手を打ってくるか知れたものではない。
とはいえ、現状の戦力だけ比べても、帝国軍の方が有利であることに変わりはないのだが。
フェルプスは報告を終えて天幕を出て行き、アベルは、小さく、ひとつため息をついた。
そんなアベルを、天幕の隅に座って眺める四人。
赤き剣の三人と涼だ。
彼らの手には、携帯式ケーキ『シュークリーム』が握られ、定期的に口に運ばれている。
「国王って大変なのですね」
涼がシュークリームを食べながら、目の前にある氷のテーブルに置かれたコーヒーにも手を伸ばしつつそんなことを言った。
「中央神殿の大神官様も、時々すごく大変そうな顔をしていたから……ほんと、地位の高い人たちっていろいろ大変そうよね」
こちらもシュークリームを頬張りながら、リーヒャが小さく何度も頷きながら答える。
「そりゃあ、たくさん報酬貰わないとやってられないよね」
こちらは、両手にシュークリームを持ちながらそんなことを言っているリン。
その隣では、重々しくウォーレンが頷く。
これほどまでに潤沢なシュークリームの補給は、南部から運び込まれた材料を、王都の菓子店がフル稼働……とまではいかないが、かなり頑張って製造したおかげだ。
南部軍の福利厚生の一環として、甘い物が供給されていた。
もちろん、甘い物が苦手な者たちへは、別の、辛い物が支給されているらしい……。
幸い、赤き剣にしろ涼にしろ、甘い物が大好きな者たちばかりなので、臨時のシュークリームパーティーが、アベルの天幕で開かれているのだ。
そして、そんな四人をジト目で見る、天幕の主人。
「なあ……別にここで食べなくてもよくないか?」
「アベルが、また何か変なことを言っています。アベルの護衛をしながら、休む間もなく頑張っている僕たち……褒めてくれても良さそうなものですが」
「高い地位にある人は、忙しすぎて、周りの人への感謝を忘れがちになる……気をつけなければ、って大神官様もよくおっしゃっていたわ」
「甘い物はストレスを発散させると思うから、アベルも食べればいいのにね」
アベルの恨みがましい言葉に、涼が反論し、リーヒャが補足し、リンがアベルも誘い……もちろんウォーレンは頷いている。
「……はぁ。分かったよ、俺も食べるよ」
アベルはそう言うと、四人の近くのイスに座った。
「でも、アベルの分、持って来てませんよ」
「おい……」
かわいそうな国王陛下であった。
なんとか、ウォーレンが確保してきたシュークリームを受け取って、ようやく食べることができたアベル。
もちろん、他の者たちは二個目を……リンは三個目を頬張っているが。
「ふぅ……」
アベルが小さくため息をつく。
「アベル、きっとすぐお爺ちゃんになってしまうに違いないです」
「まだ二十代半ばなのに、こんなにため息ばっかりついてるもんね」
涼がひそひそ声を装い、リンもそれに同調する。
もちろん、声の大きさは普通の大きさなので、アベルにはまる聞こえだが。
「聞こえてるぞ。まだ慣れていないんだ、いろいろ仕方ないだろ」
「でもアベル、冗談は置いておくにしても、体調には気を付けてね。あなたは国王なのだから」
アベルが愚痴を、リーヒャがそんなアベルを心配して言った。
「ああ……。そうだな。リーヒャありがとう」
少し照れながら、アベルはそう答えた。
そんな二人を見ながら、リン、ウォーレン、涼は視線を交わして頷いた。
そして、コソコソと天幕を出て行こうとした。
「いや、お前ら、何してるんだ……」
当然、すぐ横に座っていたのである、アベルたちが気付かないわけがない。
「気を利かせて出て行くだけです」
「大丈夫、護衛は天幕の外でやっておくから!」
涼とリンはそう言い、ウォーレンも力強く頷いた。
三人は出て行った。
そして、天幕には、何とも言えない表情になった二人だけが残ったのであった。
ついに次話、南部軍vs帝国軍の戦いです!




