0241 決着
涼の目から見ても、アベルとサンの間には、ほとんど差があるようには見えない。
スピードとパワーは、ほぼ互角。
テクニックは、若干サンが上に見えるが……精神的な優位さに関してだけは、大きな違いがありそうだ。
それは、仲間が全員氷漬けか、仲間が全員見守っているかの違いから生み出されたものかもしれない。
現実問題として、サンは、仮に勝ったとしても、この場から無事に逃げ切れるとは考えていないであろう。
仲間三人が、あれほどあっさりと倒され、全員氷漬けにされたのを見たのだ。
今も氷漬けにされているのを見ているのだ。
どれほど楽観的な人間であっても、この場からの無事の脱出は望めないであろう。
そうであれば……「なんとしても勝つ」という気合は持てないのではないだろうか。
命のやり取りをする場では、いわゆる精神力が占める割合は驚くほど大きい。
スピード、パワー、そしてテクニック……それらを十全に発揮できるかどうかは、精神力にかかっているといっても過言ではない。
時々、人の本質を全く理解していない人物たちが、『プロフェッショナルとしての仕事』などと言いながら、理性のみに的を絞ったことを言ったりしている。
「仕事に感情を持ち込むな」
「気は向きませんが、プロとして、きっちりと仕事はさせてもらいますよ」
「仲良しこよしで、プロの仕事などできない」
そういう話を聞くたびに、涼の父は哀れむような顔を向けたものだ。
人の半分は感情でできている。
理性で感情を支配することはできない。
できるのは、感情を抑え込むことだけ……それは感情が持つ力を使わないで頑張ります、という中途半端な力の発揮具合になるだけだ。
当たり前の話なのだが、理性の力を発揮し、感情の力も発揮する……その状態こそが、最もその人が力を発揮できている状態。
そんなことは、高校生でも分かる論理だ。
例えば、チームとして何かを成さねばならない状況の時、チームのメンバー同士、仲が良い方がいい結果が出る……当たり前の話であろう。
なぜなら、彼らは、理性の力だけではなく、感情の力も使える状況を作り上げているのだから。
それこそが、本物のプロフェッショナルの仕事だ。
それを踏まえて、サンとアベルの剣戟は、素人目に見ても形勢が傾いてきたのがわかるほどになった。
精神力の差、つまり感情の差が、僅かにあったテクニックの差を凌駕し始めたとも言える。
それは、戦っている二人が、一番理解していた。
一番、理解せざるを得なかった。
「くそっ」
サンが小さく呟いた。
そんな言葉が出始めたら、もう終わりは近い。
サンが、逆手から順手に持ちかえる瞬間、アベルの剣先がサンの剣を突いた。
カキンッ。
サンの右手から剣が弾け飛ぶ。
だが、そちらに誰しもの視線が向かったタイミングで、サンは左手で身体の後ろから短剣を引き抜く。
そして、そのまま目の前のアベルに突き刺した。
……アベルの身体に突き刺さる寸前、サンの左腕が舞う。
その肘先を、アベルが下から切り上げたのだ。
「ぐおっ」
サンの口からくぐもった声が漏れる。
アベルは切り上げた剣を、そのまま横薙ぎに変えた……次に飛んだのは……サンの頭と血煙。
吹き上がる血を浴びながら、残身のままアベルは動かなかった。
「お見事」
涼が小さく呟くと、その声が聞こえたのか、ようやくアベルが残身を解き、涼の方を向いて一つ頷いた。
こうして、五竜によるアベル王襲撃は、完全に潰えたのであった。
その後の喧騒は、大変なものであった。
斥候カルヴィンが言っていた通り、館の者は全員眠らされていた。
夕食に睡眠薬が入れられ、さらにご丁寧に、いくつかの部屋には眠り香も焚かれていた。
アベルの執務室にいた四人だけが、夕食も食べずに会議をしていたためにそれを免れていたようである。
涼と共に城外演習から戻ってきた騎士団員たちが、彼らを起こして回り、最終的に全員が目覚めたが、それが喧騒の始まりだったのだ。
目覚めた衛兵たちが国王の安否を確かめに執務室に来てみれば、血まみれの国王と疲労困憊の赤き剣の面々、お菓子の残りを無心でつまむ水属性魔法使いを発見。
さらに、バルコニーには、三体の氷の棺と、首のない剣士の死体。
すぐに、冒険者ギルドにも使いが出され、ギルドマスター、ヒュー・マクグラスもやってきて、さらに喧騒に拍車がかかる。
ただ、その頃には、さすがにアベルも風呂に入って血まみれではなくなっていた。
また、赤き剣の他の三人も、アベルによってそれぞれベッドに追いやられていた。
なぜか、涼だけはソファーに座らされ……いちおう、温め直された料理は目の前に並べられていた。
「護衛を頼む」
襲撃された国王から、直接そう言われては、拒否するわけにはいかない……。
いくら涼といえども。
いくらお風呂に入りたくとも。
いくら……ベッドにその身をうずめたいと思っていても。
「陛下、申し訳ございませんでした」
一連の説明と、相互の状況報告が終了すると、ルン騎士団長ネヴィル・ブラックが、突然片膝をついてアベルに謝罪を始めた。
「どうした、騎士団長」
アベルは、その謝罪の意味が理解できずに問い返す。
その場にいる、涼、ヒュー、ハインライン侯爵をはじめ、他の者たちも完全には理解できていなかった。
賊の侵入を阻めなかったことについては、相手が相手であるため誰も咎めないと、先ほどアベル王が明言したばかりなのだが……。
「私が、リョウ殿に騎士団の城外演習をお願いしたばかりに、このようなことに……」
「ああ……」
ネヴィルの説明に、おもわず涼はそう呟いた。
「リョウ殿にも、本当に申し訳ない。リョウ殿は、領主様より直接、陛下の護衛を依頼された身……私が城外演習をお願いしなければ、陛下の周りに侍られ、今回の事態も陛下の御身を危険にさらす前に処理できたはず……重ね重ね謝罪を……」
「いえ、それは……騎士団の演習や模擬戦は、剣術指南役として引き受けているものなので……なんというか……」
城外演習に行くことになった時には、思わず許可を出したアベルに「裏切り者」と叫んだ涼ではあったが、こうして公衆の面前で謝罪されると居心地の悪さを感じてしまう……なんというか、日本人的、というものなのだろうか。
「騎士団長、今、リョウも言った通り、リョウは私の護衛ではあるが、同時に、ルン騎士団の剣術指南役でもあるのだ。演習も指南役の仕事の一端であることを考えると、今回の件、騎士団長に責任があるとは思えぬ」
アベルはそう言うと、その責任を不問に付した。
ただ、この先の騎士団城外演習は、リョウ無しで行くように指示したのである。
これには、涼も小さくガッツポーズをした。
そのガッツポーズをアベルの目は捉えており、小さく首を振っていたのは内緒である。
執務室に集まっていた者たちが、それぞれの場所に去ったのは、午前三時を回ってからであった。
「今夜も平和ですね~」
「……は?」
コーヒー片手に涼が思わず呟いた言葉に、いつものように書類仕事をしていたアベルが、思わず顔を上げて問いかけた。
「いえ、襲撃イベントはありましたけど、やってきたのは人間でしたから。これがドラゴンとか、悪魔の集団みたいな、対処不能な勢力だったら大変だったのでしょうけどね」
「うん、リョウの言ってることは、時々本当に意味不明だよな。そもそもドラゴンとか、伝説上の生き物だ。そんなものがいたら、国の回復の前に、大陸が滅びるだろ」
アベルはため息を吐きながら、そんなことを言う。
そんなアベルの様子に、涼は少しイラッときたのである。
だから、事実を教えてあげることにした。
「アベル、ここだけの話なので、他の誰にも言ってはダメですよ。ドラゴンは、現実に、存在します」
「ん?」
「ロンドの森の東に、高い山があるのですが、その頂上にドラゴンたちがいます。実際に、僕は会話……というか、念話で話しました」
「ん??」
「アベルがいずれ大王様になって、ロンド遠征とかを考えたりしないように言っておきますけど、ドラゴンはいますからね」
「……え」
アベルは、涼の言った言葉を頭の中で反芻し、再び反芻し、もう一度反芻して、ようやく理解できた。
「ドラゴンが……いる……しかもロンドの森に」
「そうです。だから、魔の山の南側には手を出さない方がいいですよ?」
「ああ……そうだな……後継ぎたちにも手を出さないように遺言を残しておく……」
未だ結婚もしていないアベル王であるが、遺言を残してくれることになり、涼としても一安心である。
涼は満足して、笑顔で何度も頷くのであった。




