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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第十章 インベリー公国再び
185/932

0172 説明

「公城はもぬけの殻です」

「尖塔の魔導兵器は破壊されておりました」

「残っていた住民は、すべて合わせても五百人程度かと」


オーブリー卿の下に、次々と報告が寄せられた。

だが、その報告は芳しくないものばかりである。


(予想していた通りとはいえ……。公爵一家は先に脱出。魔導兵器も破壊される。まあ、仕方ないか)

オーブリー卿は、小さくため息をついて、中央指揮所前の広場に歩いて行った。

慌ててそれを追う護衛。

公都を占領したとはいえ、隠れ潜んだ弓士や魔法使いがいないとは言い切れない状況なのである。

オーブリー卿にもしものことがあったら……。


傍らで見ていたランバーにも、護衛たちの気苦労は手に取るようにわかる。

ランバーも同じような被害者だからだ。

とはいえ、何度言ってもオーブリー卿の行動は変わらない。

「ああ、わかった」とは言うが、実は何もわかっていないのだ。


これが生粋の政治家であれば、自らの命にもっと頓着するのかもしれないが、元々オーブリー卿は戦場の人である。

冒険者の経験こそないが、それ以上に数多くの戦場を回って来た。

それによって、ある種、自分の命を軽く見るようになってしまったのかもしれない。


どれだけ気を付けても死ぬときは死ぬ。

何とも身も蓋も無い言い方だが……オーブリー卿はそう考えるにいたったのである。




広場には、降伏した守備隊員たちが座らされていた。

先頭には、守備隊長ナイジェルがいる。


オーブリー卿は、そんなナイジェルたちの前に立つと名乗った。

「私は、オーブリー・ハッブル・コールマン。連合軍独裁官に任じられている者だ。君たちの名前を聞いていいだろうか」


はっきりと、守備隊長ナイジェルは驚いていた。

わざわざオーブリーが名乗ったからである。

しかもフルネームで。


占領した街の、公都とはいえ、たかが守備隊の前で、自ら名乗りしかも相手の名前を聞こうなど、あまり聞かない行為だ。

ナイジェルが聞いていたオーブリーの人物像は、優秀で名将とすら呼ばれているが、傲慢で尊大な男であった。

いつの間にか、そういうイメージを刷り込まれていたのか……それとも、ただ目の前の男が別の男を演じているだけなのか。


どちらにしろ、一国のトップに名乗られて無視することは出来ない。


「俺……私が、公都守備隊長を仰せつかった、ナイジェル・マッデンです。彼らは部下……俺の命はどうなってもいい、だから彼らと公都民を害するのはやめてもらえないだろうか」

ナイジェルは、挨拶もそこそこに頭を下げた。

「隊長……」

辺りの守備隊員からは、すすり泣きと小さな呟きが聞こえてくる。


「ふむ。ランバー、民を害しているのか?」

「いえ、閣下の名の下に、民衆への一切の危害、略奪行為は禁じております。今のところ、その報告も入っておりません。我が軍においては、それらの行為が発見された場合、立場に関わらず斬首となっております」

「ということだ。私の名の下に、民の安全は保障しよう」

「そ、それは本当に……?」


「くどい!」

ナイジェルの問いに、激したのはランバーである。


オーブリー卿は静かに答えた。

「よい、ランバー。不安に思うのは当然だ。だが、ナイジェル、考えてみるがいい。我々は、この街を支配しようとしているのだ。民の恨みを買って何かいいことがあるだろうか? しかも、例えばここで虐殺などを行ったとして……その評判が周辺の街に拡がれば、街の抵抗は頑ななものになるであろう? 慈悲の心だけではなく、統治という面からも、民衆への危害、略奪などはありえないのだ。安心しろ」


そこまで理を尽くして説明され、さすがのナイジェルも安堵した。



「私が聞きたいことは一つだけだ。出来れば答えて欲しいが……」

「立場上、答えられないものもある」

オーブリー卿の問いに、顔を歪めながらナイジェルは答えた。


民衆の安全を保障してくれたことには感謝すれども、答えられないこともある。というよりも、答えられないことの方がほとんどである。



「なぜ、五百人もの民衆が残っているのだ?」

「……は?」

オーブリー卿の質問は、あまりにも想定外の質問であった。


ナイジェルとしては、インベリー公の行方だの、グリーンストームに関してだの、そういう質問をされるかと思っていたのだが、問われたのは残った民衆の事。

聞きたことは一つだけと言われ、なぜ民衆が残っているのかは……それは想定できない質問であろう。


「君たち守備隊が残るのはわかる。時間稼ぎは、今の公国にとって最も重要な戦略だ。だが、それであれば民衆が残る必要はない。実際に、ほとんどの民衆が先に脱出している。だが、なぜか五百人からの民衆が残っている。動けないものもいるであろう、そうだとしても、五百人は多いだろう?」

オーブリー卿の質問は、純粋な疑問からであった。



そもそも、純軍事的なことに関しては質問する必要はない。

現在起きているほとんどの事は想定の範囲内である。ということは、推測から大きく外れたことは起きていない。


政治的なことに関しては、一介の守備隊長ごときが知るわけがない。

公爵や、その一族の行方に関しても然り。

そういったものは、問う必要はないのだ。


だから、純粋に疑問に思ったことを問うたのである。


「残った民衆は……街を出ていかなければならないのであれば、ここで死にたいと残った者たちだ。もちろん、動けない者たちもいる。だが、残った多くは、今更ここを捨ててどこに行くのか……そういった者たちだ」

「なるほど」

オーブリー卿にも、その感情はわかる。

そういう者たちもいるであろうとは問う前から思っていたが、せいぜい数十人であろう。

残りはいったいなぜ、というつもりだったのだが、五百人のほとんどがそうだったとは。


「いい街だったのだな」


オーブリー卿は、そう一言呟いて、身を翻した。

「民衆と諸君らの身の安全は保障する。食料も、どうせ焼いたのであろう? 我が軍から提供しよう。今しばらく、願わくは静かに捕虜となって欲しいものだ」

それだけ言うと、オーブリー卿は広場を出ていった。



残された守備隊の面々は、呆然としていた。

そして、守備隊長ナイジェルは、一人うな垂れていた。

オーブリー卿の器の大きさに、ある意味打ちのめされたのである。


「あの器に、公国全土は飲み込まれてしまうのかもしれない……」

ナイジェルの小さな小さな呟きは、幸いなことに、他の誰にも聞こえることは無かった。




オーブリー卿の向かった先は、公都の中央にそびえる尖塔。

緑色の光を発した尖塔。

そこには、恐らくドクター・フランクが『ヴェイドラもどき』と呼んだ魔導兵器の残骸があるはずで。

破壊されているという報告は聞いていたが、一度見ておきたかったのだ。


幾人かの歩哨を抜けて尖塔の頂点に出た。

だが、そこには先客がいた。



「ドクター、やはり来ていましたか」

「オーブリー卿か。お主も興味が? いや、しかし錬金術は全然わからんと言うておらんかったか?」

そこでは、ドクター・フランクが部下を伴って何かを調べていた。


「ええ、錬金術はからっきしです。それでも、あの緑の光は気になりましてね。破壊されているとは聞きましたが、一度は見ておこうと」

「ふはは。さすが『名将』は違うのぉ。どうじゃ、わしが感じたことを聞いてみぬか?」

ドクター・フランクは、片頬だけ嗤って言った。


誰かに聞いて欲しいとは思っていたが、愚かな人物に話したところで意味はない。

最もいいのは、錬金術の分かる同好の士であるが、ここにはいない……部下たちではまだまだ。

ならば、錬金術は分からずとも、頭脳においてはとびっきりな男に話すのもまた一興。

そう思ったのだ。



「それは、ぜひ聞いてみたいですね! ただ、まずヴェイドラそのものから教えていただけるとありがたいのですが」

「ふむ。まず、王国の秘密兵器で、風属性魔法を使った魔導兵器であることはよいな。設計したのは、ケネスじゃ。さすが天才というだけの代物だが……わしがおった頃には、まだ完成しておらんかった。本人の能力の問題ではなく、主に予算の問題でな。それと、魔石の問題でな」

「魔石?」

オーブリー卿は首をひねった。


登って来て、瞬間的に見ただけではあったが、この兵器に魔石は挟まっていないし、部屋に魔石が転がってもいない。もちろん、割られた形跡もない。


「こいつを動かすには、相当に巨大な風属性の魔石が必要なのだ、しかも二つ。ケネスは、それをなんとか小さい魔石や、魔石の連結でどうにかできないか試しておった……。今なら、それもなしえているかもしれんが……だが、こいつは出来ておらん。古い設計のまま。その古い設計書を手に入れたのであろうな」

「だがその魔石はここには……」

「そう、ない。誰かが持ち出した……」


ドクター・フランクは、小さく首を振りながら答えた。


「恐らくは、指示を受けた守備隊の者が持ち出したのでしょう。わざわざそんなことをした理由は……」

「別の場所にもう一基ある、であろうな」

オーブリー卿の言葉に、ドクター・フランクは、片頬だけ嗤って言った。



「特殊な部品はほとんどない。巨大な風の魔石が二つ、それを手に入れるのが非常に難しかろうが……。他に特殊なのは魔法式くらいだ。ケネスの魔法式は異常で、非常に特徴的でもある。そして、これに使われている魔法式は……」

「ケネス・ヘイワード男爵の『式』だと」

「うむ。研究成果を盗まれたのであろうな。不憫なことだ」

そう言ったドクター・フランクの表情は、悲しく寂しいものであった。


研究開発に携わる者にとって、自分の研究成果を盗まれるのは何物にも代えがたい苦痛である。

そのことは、ドクター・フランクも知っていた。



「ドクター・フランク、これに関して、あと二つほど知りたいことがある」

「ふむ? なんでも尋ねてよいと思うぞ。そもそも、わしはお主の食客みたいなものだからな」

そういうと、ドクター・フランクは、大笑いした。

主人に対する態度では全くない。

もちろん、オーブリー卿も、そんなことには頓着しない。


「一つは、この兵器の射程距離」

「ああ……それは難しいぞ。はっきり言って、付いていた魔石次第だからのぉ。とはいえ、推定で言うなら、一キロ……前後といったところかのう」

「なるほど」


もう一基、これがあるというのなら、知っておかねばならない情報だった。

どうせ、もう一基が置かれているのは、インベリー公が引き籠った先……。



「もう一つの質問は、このヴェイドラもどきを迎撃したゴーレムの技」

「ほぉ~」

ドクター・フランクは、片頬だけ嗤い、少しだけ目を細めた。


「魔法団の者たちは、あれは風属性の魔法だというのだが……」

「オーブリー卿は違うと?」

「いや、風なのだろうが、何か普通の風属性魔法とは違う……なんというか火属性に近い風属性というか……そんなことがあるのかどうか知らんが。まあ、違和感を覚えたのだ……」

その答えに、ドクター・フランクは、大きく目を見開いた。


それは非常に珍しい光景だと言えよう。


「オーブリー卿は、確か魔法は全く使えませんでしたな」

「ああ。素質が無いらしい」

「それなのに、違いを感じ取れるとは……これは本当に驚いた」



そういって、ドクター・フランクは非常に丁寧に一礼した。

それは、今までと違い、心からの、敬意のこもった礼であった。



「そんなに褒められることなのか?」

これには、オーブリー卿の方が困惑している。

「うむ、非常に稀有なことです。魔力感知によらず、知恵と知識によって違和感という答えに到達したのですから」

ドクター・フランクは、言葉遣いすら変わった。

それほどに衝撃的だったのだ。ドクターの中では。




「風属性魔法であるというのは、半分正解で、半分大不正解。火属性に近い、というのも半分正解と言えましょうな。ゴーレムの、あれの説明をするには、まず風属性魔法による防御について、説明しなければならないのだが……多少長くなるが、よろしいかな?」

「ああ、かまわない」

オーブリー卿は頷いた。



「まず、そうですな……補給隊に積ませた風の防御を発生させる錬金道具、あれを思い出してください。便宜上、『馬車膜』と名付けられた、あれです」

「ああ……わかるが、その名前は、なんとかならなかったのか……」

「仕方ない。そう名付けられてしまったからな」

「名付けられた……まさか、名付けたのは……」

「そう、ランバー殿ですな」


オーブリー卿の片腕であり、極めて優秀な補佐官、ランバー。

だが、彼のネーミングセンスは……。


「そうか……なら仕方がない。悪気はないのだ……素なのだ……」

「うむ……」

オーブリー卿も、ドクター・フランクも、渋い顔で下を向いた。


現場の人間たちが、そのあまりの名前のために、勝手に『ウインドジャマー』と読み替えていることを二人は把握している……。

そっちの方が、絶対いい……。



先に立ち直ったのは、ドクター・フランクであった。

「で、その『馬車膜』だが、あれは荷台中央に置いた錬金道具から、魔法が発生する。イメージとしては、噴水のイメージが近いかのう」

中央から吹き上がり、ある程度の高さになったら、周りに薄い膜となって拡がっていく噴水の水。


「なるほど、分かりやすいたとえだな。噴水の水が、風魔法なわけか。だから、膜の中にいる者たちには何も影響がないのだな」

「そういうことですな。ウィットナッシュにある国宝アイテム、あれも基本的な展開は同じ。それで、『馬車膜』は、『劣化版 風の防御膜』ではあるが、実は本物のワイバーンの『風の防御膜』は仕組みが全く違う」

「ほっほぉ」


オーブリー卿は冒険者であったことはないが、ワイバーン討伐には参加したことがある。

これは、騎士団と魔法団を率いて、上位者からの討伐命令を受けての事であった。

恐ろしく手こずったのを覚えている。



「ワイバーンの防御膜は、身体全面から風が吹き出しておりますな。見た目には違いが判らぬが、防御機構として考えた場合に、全く違ってくる。『馬車膜』などであれば、『膜』さえ突破してしまえば、あとは何の抵抗もない。だが、ワイバーンの防御膜は、矢にしろ攻撃魔法にしろ、皮膚に向かって進み続ける限り、常に風魔法を受け続けることになる。向かい風の中を突き進む感じですな。これでは、いずれ突進力を失ってしまうのは道理」

「ああ……なるほど。だから、ワイバーンを倒す時には、持久戦となって奴の体力を削るしかないのか。防御膜が湧き出てこないようになるまで……」


オーブリー卿は、過去の経験と今の話を照らし合わせながら答えた。



「そこで、ゴーレムの『あれ』の話になる。今言った通り、風属性魔法による防御というのは、大きく分けて二種類ある。いや、二種類あった」

思わせぶりなドクター・フランクの言い方に、少しだけ首をかしげるオーブリー卿。


「だが、ゴーレムの『あれ』は、どちらでもない。風属性と火属性を混ぜた、というか。そう、なんというか……小さな雷を発生させているみたいなもの……と言うべきかのう」

「雷?」

「そう、雷。空でピカリと輝く、あの雷。あれは、触れればビリビリしてしまうものだが……そう、木に落ちれば木が燃えてしまいますな? その雷を使ったわけです」

ドクター・フランクは、少し顔をしかめながら話している。説明するのが難しいらしい。



「雷で防御というのも……私には想像できないが、面白そうな技術ですな。それは、防御だけではなく他の事にも利用が……」

「さすがオーブリー卿、よくお分かりで。ほれ、城門の突破、魔法防御機構が落ちていたとはいえ、あまりにもスムーズに城門を破壊したとは思いませんでしたかな?」

「ああ、それは思ったな。なるほど、その雷を使って城門を切り裂いたか……」

入城する際に見た切り裂かれ、弾け飛んでいた城門を思い出して、オーブリー卿は答えた。


「ご名答。まあ、少しだけ鉱石が必要にはなるが……連合を含んだ、中央諸国東部では比較的よく産出されるものなので、問題はないかと。そんな感じの説明でよろしいですかな。これ以上の説明となると……この場では難しいでしょう。あと、今回はなかなかの長時間動かしたので、あの二十体は部品交換と再調整に、しばらく時間をとられますぞ。最初の一撃で倒された初号機だけは、簡単な部品交換だけで比較的簡単に戦線に戻せますがな」


そういうと、ドクター・フランクは説明を打ち切った。


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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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