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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第九章 コナ村
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0152 竜のアギト

「エト、魔人って、強いの?」

「え……」

涼は横にいたエトに、小さな声で尋ねた。

その問いは、想定外だったのであろう、エトは驚いた声をあげる。


「強い……のだろうとは思うけど、よくわからないというのが実際のところだと思う。この数百年、現れたという記録は無かったはず……」

エトはそう言うと、伝承官ラーシャータの方を向いた。

「そう。君が……エト君だったね、エト君が言う通りだ。前回討伐された記録として残っているのは九五〇年前。もちろん、それ以外にも討伐されて、あえて記録が残されていない可能性はあるけどね。様々な大人の事情から。今回の魔人は、多分その九五〇年前の奴だろう」


「今回の魔人は?」

「そう。王国に伝わる魔人の伝承では、封じられた魔人は二体。一体が、今回の『南に封じられた魔人』。もう一体が、『東に封じられた魔人』。東の方は、恐ろしい強さだったという伝承が、かなりたくさん残っている。王国東部だけではなく、現在のハンダルー諸国連合にかかる地域も、その被害があったらしい」



ラーシャータは、手を顎に当てて、少しだけ考えてから言葉を続ける。


「それを考えると、今回の件……追加で戦力が派遣されてくる可能性があるな」

「騎士団とか……?」

「魔法団とか……?」

「高位冒険者とか……?」

「勇者とか……」


ニルス、エト、アモンが可能性のある『追加戦力』を言い、最後に涼が付け加えると、十号室の三人が、もの凄い勢いで涼を見た。


口を開いたのはニルスであった。

「リョウ、今代の勇者ってのは、西方諸国だ。さすがに、ここにはこねぇよ」

ニルスは自信満々に断言した。

「ふふふ、ニルス、情報が古いですね。実は、勇者ローマンとそのパーティーは、つい最近まで王都にいたんですよ?」

涼は、それを上回る自信満々さで断言する。

仮にも一緒に戦ったのであるから、自信満々であるのは当然であった。


「マジで?!」

大きく目を見開いて問い返すニルス。


「そういえば、この前の王都騒乱では、勇者も中央神殿地下の防衛に協力してくれたらしいね。リョウ君はよく知っていたね」

伝承官ラーシャータは、頷きながらそう言った。

「でも……もう王都を発ってだいぶ経つから……さすがに今回はこないと思うよ」

「そうですか、それは残念です」

涼は全く思ってもいないことを言う。


勇者ローマンは、王都騒乱の後も、何度も涼に模擬戦を挑んできたので、さすがに後半には相手をするのが疲れてしまったのだ。

自分は、何度もセーラと模擬戦をするのに、勇者との模擬戦は避けようとする。

涼はそういう奴なのだ。



五人で、そんなことを話していると、代官ゴローが会議室に戻って来た。

「王都、ルン、カイラディーに、簡単な報告書を送る手配をしました」

(今の短時間で?!)

驚いたのは涼であった。

三十分程度しか経っていないのに、それだけの報告を終えてしまったというのは、かなり凄い事である。


「昨日のうちに、魔人虫らしいとエトさんに言われてましたからね。報告書はほぼ書き上がっていましたし。今日の確定事項を記入して、<転写>をしてもらって、同じ内容のものを関係各所に送っただけです」

そう事もなげに言うと、にっこり笑った。

「仕事のできない私と違って、相変わらず優秀だな、ゴロー。まだ王都に戻る気はないのか?」

ラーシャータはゴローの方を向いて、問いかける。

「まだ戻るつもりはないですね。私は、この村が大好きですし。なにより、コナコーヒーは大好きですからね」

ゴローが言ったそのタイミングで、扉が開き、六人分のコナコーヒーが会議室に運ばれて来た。


会議や報告が終わったらコーヒーを飲む。

まさに至福の時間であった。



「さて、私は一度カイラディーに戻るよ」

至福の時間が終わると、ラーシャータは言った。

「もしかして……」

ゴローは、言い淀む。

「そう、そのもしかしてだ。仕事、途中で放り出して来たからな」

そう言うと、ラーシャータは大笑いした。


「それは悪かったな」

「いいってことよ。おかげで、魔人虫を実際に見ることが出来たんだから。後は、魔人そのものへの対処も、ぜひ見ておきたいから……仕事を終わらせて、すぐに戻ってくる」

そう言うと、ラーシャータは「見送り不要」と言って、会議室を出て行った。



「仕事が出来ないとか言っていましたが、あれは嘘です」

少し微笑みながら、ゴローは説明を始めた。

「彼は一度、還俗しています。つまり、神官を辞めたのです、子爵家を継ぐために。しかし、彼の『伝承官』としての資質は余人をもって代えがたしとされ、王家と神殿が特別に、還俗したままでの『伝承官』への復帰を許可したのです」

「それは……考えられないくらい凄い事ですね……」


ゴローの説明を受けて、一番驚いていたのは神官エトである。


「そんなに凄い事なのか?」

「ええ。普通、あり得ないことです。聖人とか聖女でも滅多にない特例、と言えば想像がつきます?」

「ああ……もの凄くあり得ないことだというのは、理解できた」

エトのたとえ話に、ニルスも滅多にないということを理解したらしい。


ラーシャータの『伝承官』としての資質は、聖人や聖女以上に希少なものだということであろう。

そう、中央諸国において、爵位を持ったまま神官になることは、本来ありえないことなのだ。



「さて、とりあえず虫の問題はいったん棚上げです。報告まで終わったので、今後の動きは王都が決めることになるでしょうから。そうなると、残った問題は、失踪事件なのですが……」

そこまで言って、ゴローは明らかに苦い表情になった。


「竜のアギトは、皆さんを敵視してますよね……」

深くため息をつく。


「はい……すいません」

エトが頭を下げる。


「いえ、皆さんに責任があるわけではない……ないですよね? 以前、竜のアギトともめたとかそういうことは……」

「ないですね。ここに来て、初めて会いましたし」

ゴローの確認に、ニルスが答える。

「そもそも、カイラディーの冒険者と会うこと自体が……」

そこまで言って、ニルスの言葉が止まった。


「ニルス?」

涼が妙な表情になったニルスに問いかける。


「いや、カイラディーとの関係って、俺ら……うちの村の依頼受けた時だけだろ。もしかして、それに関係するのかな?」

「ええ、それは私も考えていたんだけど。重傷者を出して撤退したパーティーか、門前払いをされたパーティーの可能性……」

「ああ」

エトの可能性の提示に、アモンと涼が異口同音に頷く。


横で、何も問わずに聞いているゴローに対して、エトが簡単に説明を行った。

簡単に言えば、逆恨みだと。



「なるほど。竜のアギトが、そのパーティーだった可能性はあるのかもしれません。まあ、それだとしても、皆さんには問題はないわけで……。本当は、皆さんにも、失踪事件の方に加わっていただいた方がいいのでしょうが、森の中で何かあっても困りますから……。とりあえずは、皆さんは待機しておいてください。ルンの街にも報告はしてありますので、何か連絡があるかもしれませんから」

こうして、十号室の四人は、代官公認の、つかの間の休息を手に入れたのであった。



代官所に連絡が来たのは、それから二日後。

大会議室に、十号室と竜のアギト、両方の面々が呼ばれた。

そこには、既に、カイラディーから戻った『伝承官』ラーシャータもいた。

ゴローの隣に座っている。


「王都から連絡が来ました。現在の所、王都から戦力が送られることは無いとのことです。代わりに、ルン並びにカイラディーの冒険者ギルドに対して、王国政府から戦力派遣の依頼を発注する。つまり、ルンとカイラディーから、追加で冒険者が派遣されてくる、ということですね」


つまり来るのは、『高位冒険者』


アモンの予測が正解であった。

アモンが、何度も頷いている。

それを横に見て、ちょっとだけ悔しそうなニルス。


だが、それ以上に納得できない人物がいた。

もちろん、十号室の四人ではなく、竜のアギトのリーダー剣士である。

「納得できるかそんなの! これは俺らの依頼だ。それを後から来る奴らに……それも他の街の冒険者にかすめ取られるとか……ふざけるな!」


(気持ちはわかるが、依頼主の前で言うセリフじゃないだろう)

依頼経験が少ない涼ですら、そう思ったのだ。

十号室の他の三人の考えは、推して知るべし。


「ドゴンさん。口を慎みなさい。これは王国の決定です。あなた方の依頼者である私たちの、さらに上位者による決定です。ここが王室直轄領である以上、王室の決定も同然ですよ。王室に逆らうということは、大逆の罪に問われるというのは理解しているでしょう?」

ゴローは、とても低い声で、これまで十号室の四人も聞いたことのない低い声で、剣士ドゴンの発言をたしなめた。


大逆とまで言われれば、さすがの剣士ドゴンも鼻白む。


そしてその後は、顔面蒼白。

だが、何かを言わないわけにはいかなかった。追い込まれ、このままではまずい、という判断は出来たのだ。

しかし……その判断の結果が『無言』ではなく『稚拙な反論』であったのが、問題ではあったのだが。


「そもそも、木についていた虫が、『魔人虫』とかいうのであること自体、嘘なんじゃないか? そこの、ルンのやつらが、自分たちの功績稼ぎに出まかせを言っている可能性が高いだろう。そいつらの言うことなんて信じられるか!」


その理不尽な指摘を聞いて、十号室の四人が最初の思ったのは、「あちゃ~」であった。


ムカつきや、言い返してやる、などではなく……。

何に対して「あちゃ~」なのかと言うと……、

「その虫が『魔人虫』だと特定したのは私だ。中央神殿で『伝承官』の役を賜っている」

「あ、あんたが、そいつらと結託して魔人虫をでっち上げたってことか!」


(支離滅裂、無茶苦茶だな、剣士ドゴン……。まあ、冷静さを失えば仕方ないのかな)

涼は心の中で、剣士ドゴンのために祈ってあげた。


「私は神官だが……名前は、ラーシャータ・デブォー子爵という。わかるな? 子爵位を持つ、れっきとした貴族だ。そんな口の利き方はしない方がいいぞ」

「な……貴族……」

剣士ドゴンだけでなく、竜のアギトの他の四人も、驚いて言葉を続けられなくなった。



沈黙が会議室を占拠した。



「ルンならびに、カイラディーから追加の戦力が到着するまで、現状維持とします。それ以降の行動は、到着する方々によって変わってきますので、その後に決めましょう。両パーティーとも、それまで村の中でお過ごしください。拘束期間が延長されますので、その分の追加報酬は出させていただきます」

最後の一文を聞いて、十号室の四人が小さくガッツポーズを……心の中でしたことは内緒である。


以上で、会議は終了し、いつものようにゴローはアフター会議のコーヒーを誘う……そして、いつものように竜のアギトの五人はそれを断り、会議室を出て行った。




残されたゴロー、ラーシャータ、そして十号室の四人。


コーヒーが届くと、ラーシャータが口を開いた。

「ゴロー、なんだ、あの竜のアギトの連中は。そりゃあ、この十号室の彼らほどフレンドリーであれとは言わんが、さすがにあそこまで酷い冒険者は、初めて会ったぞ」

十号室の四人は、フレンドリーらしい。

四人は顔を見合わせて苦笑した。


「ああ……。正直、カイラディー冒険者ギルドの評判が、日々落ちて行っていてね……依頼を出す時にも不安だったんだが、的中してしまった。彼らの様な冒険者を寄越すようではね」

ゴローは何度も首を振りながら答えた。


「カイラディーの冒険者ギルドって、ダメなんだ?」

「俺らが寄った時に対応した人は、まともだったがな……サブマスターの……」

「ランデンビアさんだね」

涼が囁くように問うと、ニルスが半端に答え、エトが補足する。


だが、その小さい声も、この人数だと聞こえてしまうらしく、苦笑しながらゴローが言った。

「サブマスターのランデンビアさんは、カイラディーの良心みたいなものだったのですが……半年前にアクレの街のギルドに、ギルドマスターとして赴任したのです。そこから、カイラディーの冒険者ギルドは目に見えて悪く……」

そこで、深いため息をついた。


アクレは、南部最大の街で、ハインライン侯爵領の領都である。

そこのギルドマスターということは、かなりの栄転と言えるだろう。

だが、優秀な人が去った組織と言うのは、えてして悲しい状態になるわけで……。


「まあ、そういうこともあって、今回の依頼はカイラディーとルンの両方に出したのです。この村からだと、わずかにカイラディーが近いのですけど、さっきみたいな理由があるので。それで、手違いを装ってルンの街にも、ね」


代官ゴロー、出来る男である。


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