0150 竜のアギト
「コナを我が手に手にいっれろっ!」
「なんで侵略者の歌を歌ってるんだ」
涼が歌う歌詞にダメ出しをするニルス。
「最近、ニルスがアベルに似てきた気がするのです……」
「アベルさん、はんぱねーっす」
涼が言った『アベル』という単語に反応するニルス。
そんな会話を聞きながら、エトとアモンは笑いながら歩いている。
ルンの街からコナ村に至る道中。
明け方にルンの街を出て、夕方にはコナに着く予定である。
「見たことのない虫がつくのはともかく、怪異というのが気になりますね」
アモンが誰とはなしに問いかけるように言う。
「そうだよね。魔物の名前が何かしらあがっているわけじゃなくて、『怪異』だもんね。一体何がいるのやら」
エトが首を傾げながら答える。
「何がいても、俺が斬る!」
ニルスが、脳筋なセリフを吐く。
彼がパーティーリーダーだ。
パーティーリーダーに必要な能力は、知能ではなく、メンバーのモチベーションを保つ力なのだと涼は確信した。ニルスの方を、ちらりと見ながら。
「リョウ、今何か、すごく失礼なことを考えただろ」
「ナ、ナニヲイッテルノヤラ」
ニルスの鋭い指摘に、しどろもどろな口調になる涼。
それでもニルスが鋭い視線で涼を見てくる。
「ニルスのパーティーリーダーとしての資質について、すごいなと感じていただけですよ」
涼は堂々と言った。
嘘はついていない。
「お、おう。そういうことなら、まあ……」
ニルス、ちょろい。
そう思ってちょっとだけ悪い顔になったところを、エトとアモンが見ていた。
「リョウが……」
「何かわるいことを考えていましたね」
二人は、本当に小さな声で囁き合った。
そんなこんなで、村に着いた四人。
午後二時くらいである。
予定よりも少し早く着くことができた。
そこは村……村なのだが、かなり人口が多いように見える。
道に面した場所には、住居が並んでいる。そして、その奥には、広大なコーヒー農園が広がっていた。
「聞いてはいたが、これほどとは……」
ニルスが呟いた。
「人口は五千人を超えてるから……ほぼ街だね」
エトが呟いた。
「どうして、村のままなのでしょうね」
アモンが普通の大きさの声で言った。
「それは、ここが王室直轄地だからですよ」
三人は驚いて振り返った。
涼は、誰かが近付いてきているのが分かっていたので驚かなかったが、王室の直轄地であることに驚いた。
(国王陛下もコーヒーがお好き?)
後ろから声をかけた人物は、壮年、四十代半ばほどの男性。
高い身長に、しなやかさを感じさせる歩き方、肌は褐色で目は黒、髪の毛は栗色。
農家という雰囲気ではないと涼が感じたのは、その着ている服も関係したかもしれない。
薄いが、とても仕立てのいいシャツと、七分丈のズボン、そして足元はサンダル。
「おっと失礼。私は、このコナ村に代官として派遣されております、ゴロー・ガンダと申します。ゴローとお呼びください」
(ゴロー? 日本人ぽい名前だけど……顔のつくりはラテン系? 彫りが深い感じ)
「これは失礼いたしました。我々は、ルンの街の冒険者『十号室』の者です。私がニルス、そして、エト、アモン、リョウです。こちらの村からルンの街に出された依頼を受諾した者です」
ニルスがそう言うと、エトが鞄から依頼受諾書を取り出し、ゴローに渡した。
ゴローはそれを確認する。
「はい、確かに。まずは、代官所へどうぞ。そちらで説明をさせていただきます。また、宿泊所もありますので、そちらに泊まっていただくことになります」
そういうと、ゴローは先に立って歩き出した。
「御存知でしょうが、この依頼はカイラディーの冒険者ギルドにも出しています。そちらからも冒険者の方が来られるのですが、夕方までには到着される予定です。そのため、申し訳ないのですが、説明はそちらが到着してから一緒に、という形でさせてください」
「わかりました。どうぞお気遣いなく」
ゴローのお願いに、丁寧に答えるニルス。
こういう依頼人との受け答えは、きちんと出来るようになっているのである。
(そこは脳筋であっても大丈夫なのだな)
と、なぜか上から目線で頷く涼。
かなり失礼だ。
「泊まっていただく宿泊所ですが、この村はその性質上、王都などから官僚や貴族が来ることが結構あります。そういう場合の宿泊に使われる場所なのですよ」
「そんな場所に、我々が泊まっても大丈夫なのですか?」
ゴローの説明に、若干慌てて答えるニルス。
「もちろんです。その辺りの差配も、代官である私の一存で可能ですから。せっかくあるのに使わないのは、もったいないでしょう?」
少し笑いながら、そう説明するゴロー。
代官などというものは、冒険者や庶民に対して威張り散らすイメージを持っていた涼は、そんな態度をとらないゴローに対して、好感を抱いていた。
もちろん、威張り散らすイメージの代官も、涼の勝手な想像であり、そんな代官に実際に出会ったことはない。
代官所の代官会議室。代官執務室の隣の部屋である。
代官が会議を開いたり、各部門からの報告を受けたりする部屋で、かなり大きな円卓が置いてあった。
「そちらにお掛け下さい」
ゴローはそう言うと、中央正面の席に座る。
四人は右手の席。
空いている左手の席には、後から来るカイラディー組が座るのであろう。
四人が座ると時を置かずに、飲み物が運ばれて来た。
もちろん、『コナコーヒー』である。
「コナに来ていただいたからには、まずコナコーヒーを飲んでいただかないと。話はそれからです」
ゴローは、いい笑顔を浮かべてコーヒーを勧めた。
部屋はたちまちコーヒーの香りに満たされた。
四人の分だけではなく、もちろんゴローの分もある。
ゴローはそれを手に取ると、顔の前に持って行き、香りを大きく吸い込む。
その頃には、四人もそれぞれカップを手に取り、香りを嗅いだり、ちょっと飲んだりしていた。
(やはり、地球の『ハワイコナ』とは違う……。違うけど、とっても美味しい。雑味がほとんどないのは、丁寧に欠点豆を取り除いてから焙煎した証拠。ああ……やはり、真摯にコーヒーと向き合っている人たちがいる……。そして抽出は、ドリップ式ではない……プレス式だ。フレンチプレスって言ってたっけ……母さんたちが生きてた頃は、これだった……)
涼は懐かしい思い出に浸りつつ、コーヒーを飲んでいた。
ゴローは、それを興味深い目で見ている。
他の三人が、おっかなびっくりと言った感じで飲んでいるのに比べて、かなり様になっているからだ。
ゴローの目が惹かれるのは当然であった。
だが、そこで質問したりはしない。ゴローは、そんな無粋なことはしない。
食べ物、飲み物、それらがもつ味や香りは、過去の思い出を蘇らせてくれる効能があることを、ゴローは知っている。
そこには、時として、他人が踏み込むべきではない思い出もある。
だからこそ、そんな無粋な質問はしない。
ゴロー・ガンダという男は、非常に優秀な男であった。
一時間ほど話をしていると、カイラディーの冒険者が到着したという連絡があった。
「では、私は迎えに出てきますので、皆さんはこちらでお待ちください」
そういうと、ゴローは部屋を出て行った。
残された四人はひそひそと話し合う。
「代官はまともな人だったね」
「ええ、凄くよかったです」
「あとは、カイラディーの冒険者だな」
エトとアモンはゴローを褒め、ニルスはカイラディーの冒険者の心配をした。
「この村、王家の直轄地だったのですね。どうりで、二つの冒険者ギルドに依頼を出せるわけです」
「あ……」
涼が感想を言うと、ニルスが何も言えなくなっていた。
「ニルス……リョウに伝え忘れてましたね?」
エトが苦笑しながらその理由を指摘した。
「ひどい……」
涼は円卓に突っ伏した。
そんなことをしている間に、ゴローがカイラディーの冒険者を連れて戻って来た。
「こちらが、カイラディーの冒険者、『竜のアギト』、そしてそちらが、ルンの冒険者、『十号室』の方々です」
男性三名、女性二名の、合計五名からなる『竜のアギト』。
男性四名からなる『十号室』。
それぞれ、無難に自己紹介を行い、円卓に着いた。
そして、もちろんコーヒーが運ばれてくる。
十号室の四人にも、再び振る舞われた。
再び涼は、その香りと味を堪能する。
十号室の三人も、先ほどよりは慣れた感じ……を必死に見せている。
ただ……カイラディーの『竜のアギト』の五人は、誰も口をつけなかった。
その様子には、さすがに、ゴローも気付く。
「コナコーヒーは、お気に召しませんでしたか」
威圧するでもなく、下手に出るでもなく、平静な感じで五人に問うゴロー。
答えたのは、リーダーと思しき剣士であった。
「いや、コーヒーの問題ではない。こいつらと同じ場所で、飲んだり食ったりしたくないだけだ」
それを聞いたとき、涼は思わず吹き出しそうになってしまった。
コーヒーが口に入っていたので、噴き出さなくて良かった。
それより、ニルスがキレないか心配して横を見たのだが、ニルスは自分を抑えている。
依頼人の前で、感情を抑制することもできないなど三流。
実は、アベルがニルスに、徹底して叩き込んだのである。
涼はそのことを知らないために、ニルスが爆発しなかったことに驚いたが、エトとアモンは小さく頷いていた。
ニルスは、確実に成長しているのだ。
竜のアギトのリーダーが言った時、ゴローの目がほんの少しだけ細くなったのに気づいたのは、エトだけであった。
そして心の中でため息をついた。
(最初から、依頼主に不快な感情を抱かせてどうするんだい。これは、相当に困ったパーティーなのかもなぁ)
「わかりました。それでは、今回の依頼について説明を始めます。最後に、質問を受けます」
そういうと、ゴローは依頼内容を説明し始めた。
「今までに見たことのない虫が発生し、コーヒーの木がやられています。現在、全体の五パーセントほどが被害に遭っています。虫の特定……は難しいでしょう。以前、王都から専門家を呼んで見てもらったのですが、特定できませんでした。現状、一匹ずつ、目で探して手で取って潰す、という方法をとっています。何かいい方法があれば、教えていただきたい。それが一つ。もう一つは、人がいなくなることが続いているので、それの解決です」
そこまで言うと、ゴローは円卓の上に、村の地図を広げた。
「これは村の地図ですが、失踪した者たちを最後に見た場所は、東の森の入口付近が多いというのは分かっています。ただ、この東の森は非常に深く、多くの魔物が棲んでいます。これまでは、村の近くまで魔物が来たことはありませんでした。そのため、失踪の理由が魔物なのか、別の何かなのかわかっていません。魔物であった場合は、その魔物の討伐を。別の理由であれば、その別の理由とやらを調べて欲しい、というのが今回の依頼になります」
そこで一呼吸入れてから、ゴローは続けた。
「質問があればどうぞ」
ゴローが問うと、『竜のアギト』のリーダー剣士が手を挙げて質問した。
「こいつらと、協力してやれる気がしない。俺たちが失踪者の方をやり、こいつらに虫の方をやってもらったほうが効率がいい」
(いるよね、最初から敵意むき出しの人。こんな人たちを送り込んできた、カイラディー冒険者ギルドの意図を知りたいね)
涼は表情に出さないように気を付けながら、心の中で考えていた。
「こちらとしては、どのように進めようと一向にかまいません。ただ、村と村人の生活には迷惑を掛けないようにお願いします。ここは、王室直轄領です。村人は、国王陛下の直臣と同じだと、認識おきください」
ゴローは、最後の一文は、非常に重々しく、そして会ってから初めての、厳しい調子で述べた。
さすがに、竜のアギトのメンバーも表情を強張らせる。
「それで、『十号室』の方々は、そういう分担でよろしいのでしょうか?」
ゴローが、元の温和な雰囲気に戻り、ニルスに問う。
ニルスはエトの方をチラリと確認。エトが小さく頷くのを確認すると、答えた。
「ああ、それでかまわない」
その答えに驚いたのは、竜のアギトのメンバーであった。
反対して、突っかかってくると思っていたのである。
無理だとわかっている虫の調査……。およそD級冒険者の仕事ではない。
とはいえ、十号室の側が受け入れた以上、分担は決定したのであった。
本作「水属性の魔法使い」の書籍化が決定いたしました!
これも読者の皆様のおかげです。ありがとうございます。
2020年7月28日付けの活動報告に書いております。興味のある方はご一読ください。
これからも、今まで通り投稿続けますので、楽しく読んでいただければと思います。




