0146 バトル
「さて、リョウよ、待たせたな。戦おうぞ」
そういうと、レオノールの顔に、まさに凄絶と言う言葉がぴったりな笑いが浮かぶ。
「やはりそうなるのですか……」
涼は大きくため息をつく。
「当然であろう? 生きてて良かったと思える、心楽しいイベントぞ?」
「いや、それは誤解な気が……」
レオノールが楽しそうに言い、涼が嫌そうに答える。
「リョウ?」
ようやく、アベルは声をかけることが出来た。
「アベル、あれには絶対に手を出してはいけませんよ。勇者ローマンを児戯扱いした……あれが、目の前にいるのが、レオノールです」
「……」
アベルは絶句した。
まさかこのタイミングで、そんな存在に出会うことになるとは。
ローマンは、自分を上回る。それは実際に剣を合わせて確信した。
そのローマンを児戯扱いしたということは、アベルも児戯扱いされる。
そもそも、先ほどから、相手に何もさせずに石のつららで射抜いているのだ。
「その言い方からすると、勇者はリョウの元に行ったのじゃな? よかったよかった。せっかく勇者に生まれたのじゃからな。もっと強くなってもらわねばな」
レオノールは嬉しそうに、何度も頷く。
「して……そこな剣士は、リョウの知り合いか? いちおうそんな感じがしたので生かしておるが」
レオノールはアベルの方を見て問うた。
「ええ。アベルに手を出したら反則です。アベルが傷つけば、僕は死ぬことになるので、今後一切、あなたは僕と戦うことができなくなります」
その言葉は、レオノールにとって衝撃的であったらしい。
「ど、どういうことじゃ!」
明らかに焦って言う。
(これは交渉に使える。アベルの安全の確保が最大の難問だと思っていたのですが……)
涼は、まずアベルの安全を確保しようとする。
「僕は、アベルを無事に届けると、ある女性に約束しました。もし、その約束を守れなければ、命を捧げると。だからレオノール、アベルを傷つけてはいけません」
「ふむ……。じゃが、こんな方法もあるのではないか。その者を傷つける。そうすればリョウは激昂する。本気のリョウと戦える」
レオノールは顎の下に手を当てて考えながら、自説を披露する。
「レオノール、あなたは僕と全力で戦うのと、僕にただ勝ちたいのと、どちらなのですか」
「その二つは、同じものであろう?」
「全然違います。アベルが傷つけば、どうせ僕は死ぬことになる。全力がどうこうと、むなしくなるでしょう? ですが、アベルに手を出さないとあなたが誓えば、僕は全力であなたと戦うことを約束しましょう」
「……その約束……相違ないな?」
レオノールは目を細めて、涼に確認する。
「ええ、約束しましょう。レオノール、あなたは誓えますか?」
「よかろう。その者……アベルと言ったか。アベルには手を出さないと誓おう」
(ふぅ。なんとかアベルの安全を確保しました。口約束とは言え、何となくレオノールはそういう約束を違える気はしませんからね)
「ということです、アベル。アベルは、離れたところで見ていてください。決して、たとえ僕が死にそうになったとしても手を出してはいけません。剣を抜いてもいけません。いいですね、約束してください」
「……わかった、約束しよう」
後半は、涼の剣幕に圧されて、アベルは手を出さないことを約束した。
「レオノール、始める前にちょっと聞きたいことがあるのですが」
「ん? 答えられる内容なら答えてやっても良いが。何ぞな?」
「さっきレオノールが回収した玉。あれがルンの街の大海嘯を引き起こす原因ですか?」
涼の質問は、そのものズバリであった。
「あ~、なんとも答えにくい質問じゃ。確かに機能としては、あれ……我らは『宝珠』と呼んでおるが、あの宝珠の機能によるものじゃ。じゃが、自然に引き起こされるものかと言われると、そうではない。なんというか、ちょっとしたゴミ捨て……というか、間引き……というか、そういう感じじゃ」
レオノールの答えは、非常にわかりにくいものであった。
だが、涼が抱いていた仮説に非常に近く、それに類する単語も出てきた。
『間引き』という単語が。
「それはつまり、『ある場所』で増えすぎた魔物の数を減らすために、その宝珠によってルンのダンジョンと『ある場所』を繋げる。『ある場所』で増えた魔物がルンのダンジョンに移動する。そして、ルンのダンジョンから溢れてくる魔物を人間たちが狩る行為が大海嘯である。そういうことですか」
「おぉ、だいたいあっておる。基本的に、ルンだろうがどこだろうが、住んでおる者たちが、処理できる数の魔物しか出て来ておらぬはずじゃ。こちらも調節して送っておるらしいしの。今年は、ちと多かったらしいが……」
「数週間前に起きた王都の騒乱も?」
「いや、あれは違うな。宝珠が使われておるのはそうなのじゃが……あれは別物じゃ。詳しくは言えぬ」
初めて、レオノールが顔をしかめて答えた。
悪魔の中にも、いろいろと立場や、人間関係ならぬ悪魔関係などがあるらしい……。
「そういえば、ルンの大海嘯後、四十層にデビルがいました。あれも……?」
「はて……四十層? 我は十一層に設置したと聞いておったのじゃが……ふむ、デビルが何かしたかのう。あやつらは、送られるゴブリンなどと違って、いちおうそれなりの知性がある。やつらが何かしたもしれんが……わからんわい」
「そうですか」
とりあえず、涼は知りたいことを、何となく知れたので満足した。
「答えてくれてありがとうございました。それでは約束通り、戦いましょう」
「うむ! そう来なくてはな!」
再び凄絶な笑みを浮かべ、レオノールは何もない空間から剣を取り出す。
(あれ、絶対『無限収納』とか『アイテムボックス』とかってラノベで言われる系統の、亜空間を使った収納だよなぁ……なんて羨ましい!)
そんなことを思いながらも、涼も村雨を腰から引き抜き、刃を生じさせて構えた。
「それでは参るぞ」
レオノールの言葉から、戦闘が始まった。
「<業火>」
レオノールから極太の炎の柱が涼に迫る。
「<積層アイスウォール10層>」
涼の前に氷の壁が生成され、それが分厚さを増しながら炎の柱に向かって行き……ぶつかる。
炎と氷が衝突し、水煙が発生した。視界が塞がれる。
(あの業火は、以前も初手でやって来たやつだ。通じないのは分かっているはず……ならばあれは、陽動か! 本命は死角から……後ろか上)
その瞬間に涼は左に跳び、地面で一回転して片膝立ちの姿勢をとる。
案の定、レオノールは、涼が居た場所に上から剣を構えて降ってきていた。
「<石筍>」
「<アイシクルランス>」
至近距離からの石のつららに対して、氷の槍で迎撃する涼。
もちろん、レオノールもそんな攻撃が通用するとは思っていない。
これも陽動。
音速の飛び込みで、涼との距離を一気に詰め、そのまま剣を振り降ろす。
二度、三度と剣を交え、つばぜり合いとなる。
レオノールにとってはそれが狙いであった。
「<連弾>」
つばぜり合いをしていた剣に突然圧力が生じ、涼が身体ごと後方に吹き飛ばされる。
距離があると、魔法で相殺されるとわかっていたレオノールが、つばぜり合いをしている剣から攻撃魔法を撃ったのだ。
さすがにゼロ距離からの魔法を迎撃するのは、魔法生成速度を鍛えている涼でも不可能である。
身体を吹き飛ばされ、後ろの壁に叩きつけられる涼。
「ゲホッ」
口から吐き出されたものに、血が混じっている。
だが、壁にたたきつけられる前に反撃はしてある。
天井からレオノールに迫る四本のアイシクルランス。
死角からの攻撃であっても、レオノールは危なげなく対処して見せる。
もちろん、対処されるのは想定内。まずは近づけさせないこと。
(<アブレシブジェット256>)
レオノールの周囲に、二五六本の水の線が生じる。
「来たな!」
それを見て凄絶な笑みを一層深めるレオノール。
「<風爪乱舞>」
レオノールの周りを、エアスラッシュの様なものが無数に回り始める。
それらが、涼のアブレシブジェットとぶつかり、二五六回の対消滅が発生。
アブレシブジェットは、全て消え去った。
かつて、暗殺教団の首領『ハサン』が、石の礫を身体の周りをまわらせてアブレシブジェットを打ち消したが、それの風属性版と言えるだろう。
同じような考え方である。
どちらにしろ、涼の切札を完全に攻略して見せたのだ。
だが、涼は特にショックは受けていなかった。
今回は、アブレシブジェットすらも陽動。
本命は、傷の修復である。
ゼロ距離からの魔法攻撃と壁に打ち付けられた衝撃で、内臓まで傷ついたのは確かであり、そのままでは戦闘の継続など不可能……レオノールクラスを相手に、手傷を負ったままで戦えると思ってはいない。
そこまで自惚れてはいないのだ。
そのためアブレシブジェットで時間を稼いでいる間に、特製ポーションを飲み、傷の修復を試みた。
そして、修復は成功した。
「前回は、我を切り刻んでくれたあの魔法、二度は通用せぬぞ」
「さすがに……一回目しか通用しないとかハードル高すぎでしょう。毎回、新必殺技が必要になる」
レオノールが胸を張ってドヤ顔で言い、涼が深いため息をつきながら答える。
「なら、こんなのはどうです? <積層アイスウォール10層パッケージ>」
涼が唱えると、レオノールを中心に、半径三メートル程度に氷の壁が発生し……、
急激に中心、つまりレオノールに向かって氷の壁の厚さを増していく。
「なっ……」
これには、さすがにレオノールも驚き、業火を放ってアイスウォールに穴を開けようとするが、業火と積層アイスウォールの力はほぼ同じ。
火で削るのと、氷が積み重なるのは同じ速度で、機先を制された分、レオノールに不利であった。
しかも、全方向から氷の壁が迫ってくる。
全方位に業火を放ちながら、なんとか均衡を保っている状態である。
だが、そのまま終わるレオノールではもちろんない。
「舐めるなよ、<炎竜巻>」
レオノールが唱えると、全方位に出していた業火がレオノールを中心に回転し始める。
それは、炎でできた竜巻。
竜巻は、全方位からのアイスウォールの侵攻を防ぎつつ、逆に削る量を増やし、外へと押しやり始める。
そして、ついに、氷の壁の最外縁に到達し、破壊した。
涼は、レオノールに<アブレシブジェット256>を破られた時、暗殺教団首領のハサンを思い出した。
そして、ハサンの死に際も思い出していた。
あれほどの達人であっても、最後には数の暴力に屈することもあり得るのだ。
そして、涼が構築したのは、まさにあの『罠』であった。
「<全発動>」
迫りくる積層アイスウォールを破壊したばかりのレオノール。
レオノールが破壊している間に、涼によって構築された攻撃が一斉に発動する。
天井からは、三十二本のアイシクルランス自由落下。
地面には、移動を阻害するアイスバーン。
さらにアイスバーンから斜めに生じるアイシクルランスが、レオノールに向かって発射される。
極めつけは、ここにきてもう一度の<アブレシブジェット256>。
涼の持てる魔法攻撃の全てを、一斉発動である。
「<石壁>」
さすがにすべてをかわすのは不可能とみて、レオノールは石壁で自分の周りを囲う。
「<パーマフロスト>集中発動」
暗殺教団の村をまるごと凍らせた『永久凍土』の名を持つ、パーマフロストを、石壁が生成される瞬間に、石壁の内側で発生させた。
勝った……とは思わない。
それはフラグ。
それに、涼は倒しきれていない気がしていた。
レオノールは悪魔である。
何となくだが、魔法で倒すのは不可能なのではないかとすら、思っていた。
実際、前回はアブレシブジェットで細切れにしたのに、すぐに再生したのだから。
おそらく今回も……。
壁が弾けた。
その中の凍っていたもの自体も、弾けた。
そして、涼は弾けた中から何かが自分に向かってきているのが……、
レオノールが見えた。
レオノールに見えた。
「レオノール……じゃない!」
それはレオノールの残像、あるいは分身か、それは分からないが本物ではない。
瞬時に、後ろを向く。
本物がいた。
そして、遅かったことを理解した。
それでも、村雨を右手一本で持ち、左腕をかざして首を守る。
自分の左腕が、肘の先で斬り飛ばされるのを視界の端で捉えながら……だが何も考えずに、無心で剣を薙いだ。
さしたる抵抗も無く、村雨がレオノールの首を斬り飛ばすのが見えた。
戦いは、唐突に幕を閉じた。




