0144 旅は道連れ
『間章 ルンへの帰り道』開始です。
王都の騒乱より三週間後。
王都はようやく落ち着きを取り戻し、ゆっくりとではあるが、復旧への道を歩み始めていた。
そんな王都から、南部へと続く第三街道上を、二人の冒険者が歩いている。
剣士と魔法使いの組み合わせは、よくある組み合わせだ。
先に、ルン騎士団移送隊と共にセーラと、アベル以外の赤き剣の面々が、ルンの街に帰った。
セーラは、最初のうちは帰るのを渋っていたが、最後の方では、どうせすぐに涼も戻るということで納得していた。
納得しなかったのは神官リーヒャである……だが、ルンの神殿から緊急の依頼が、王都中央神殿を通してリーヒャに来たため、泣く泣く移送隊と共に帰ることにしたのだ。
アベルは、兄である王太子に呼ばれ、いろいろと仕事をこなしていたため、戻れなかった……。
いくらルン騎士団移送隊と一緒とはいえ、リーヒャだけ帰すのは不安なため、リンとウォーレンもリーヒャの護衛的ポジションとしてルンの街に帰した。
アベルは、必ず『リョウと戻る』という約束を、リーヒャから突き付けられていた。
涼が一緒なら、大抵の問題は解決するだろうと、リーヒャは考えたからだ。
かくして、一行に遅れること一週間、ようやくアベルと涼は、王都を出てルンの街への帰還の途についたのだった。
「それにしても……王都では何も起きませんでした……」
「……は?」
涼の呟きは、隣を歩いていたアベルに聞こえた。
そしてアベルは、二の句を続けられなかった。
アベルが反応したことで、涼は自分の呟きが、思った以上に大きかったことを自覚した。
「いえ、誤解の無いように言うと、ラノベ的王道イベントの『武闘大会』とか『学園編』とかが無かったと言うだけの話ですよ?」
「うん、何を言っているのか全く分からない」
涼が丁寧に説明したのに、アベルには全く理解してもらえなかった。
「いえ、普通、王都編となれば、武闘大会に飛び入り参加して大活躍とか、学園に入って涼さんちょ~つえーとか言われたりするのがあると思うんですよ。でも、今回の王都ではそんなことはありませんでした」
「あ、うん、なんていうか……リョウって時々わけの分からないことを言うよな。いや、時々じゃなくて、たいていは、か!」
「酷い……」
アベルの暴言に心を傷つけられた風を装う涼。
「傷ついた涼の図です」
「なんか、俺がものすごく悪者な雰囲気なんだが……」
「アベル、どんまいです」
「いや、お前のせいだろ!」
いつの間にか、冤罪を着せられた人を励ますポジションに立っていた涼に、キレるアベル。
「はぁ……。というか、武闘大会とか王都で開かれたことないから。少なくとも、ここ百年の間には一度もないぞ」
「え……」
「武闘大会と言えば、帝都のやつが有名だな」
アベルが恐るべき事実を告げ、涼が絶望し、アベルが再び新たな希望を灯す。
「デブヒ帝国!」
「四年か五年おきにやってるな。あれって、記念大会とかだと、他国の冒険者もかなり参加していたと思うぞ」
「なるほど、それがもうすぐ開催されるということですね!」
「いや、確か去年開かれたばかりだから、しばらくは無いな」
涼がわずかな希望に賭けて言うと、アベルに真っ向から否定された。
落ち込む涼。
「なんて不幸な……」
「学園がどうこう言ってたが、リョウはもう成人だろ? 今更学園に入学とかいう歳じゃないだろうに」
「そこは関係ないのです。学園に入って、強い~とか、ありえね~とかきゃあきゃあ言われるのが王道なのです!」
「あ、うん、やっぱり意味が分からんわ」
アベルは片手をポイポイっという感じで振った。
余りの対応に、涼は絶望した……。
「そういえばリョウ、最後の一週間くらい、ずっとケネスのところに入り浸っていたんだろう?」
絶望した涼を無視して、アベルは問いかける。
「ええ。錬金術の基礎から奥義まで教えてもらいました。一緒にもの凄いポーションも作りましたしね。これで僕も、一人前の仲間入りですよ!」
一瞬で元に戻り、天才錬金術師ケネス・ヘイワード男爵のもとでの成果を強調する涼。
「いや、一週間で奥義までは無理だろ?」
だがアベルは、涼の成果を頭から否定した。
第三者が聞いていれば、アベルの意見に完全に賛同するであろう。
「まあ、奥義は言い過ぎですけど、上級者くらいにはなりましたよ!」
「いや、それも無理だろ?」
「無理無理無理無理と……アベルは否定することしかできないのですか。そんなことでは弟子は育ちませんよ?」
「俺、弟子とか育てないから……。リョウだって育ててないだろうが、まったく」
アベルがそういうと、涼はニヤリと笑った。
「アベル……情報が古すぎますね! 僕は五人からの弟子を既に持っていますよ!」
「ば、馬鹿な……」
涼が得意そうに言うのを聞いて、アベルは愕然とした。
当然である。涼に弟子など、ありえない。
「インベリー公国の商人見習いの子供たちが……五人。それと、ジュー王国王子のウィリー殿下ですね。おっと、五人じゃなくて六人もいましたね。フフフ」
得意そうに言う涼を見て、なぜかわからないが、すごくムカついたアベル。
「それは……魔法の弟子か?」
「当然です。僕は魔法使いですからね。何だと思っていたのですか?」
「魔法……剣士?」
「魔法剣士!? カッコいいじゃないですか! アベルにしてはいいセンスです! 今度から『魔法剣士リョウ』と名乗るのもいいかもしれません」
アベルが適当な造語で言ったのが、はまってしまった涼。
「ハッ でも、二兎追うものは一兎をも得ずと言います。やはり僕は魔法一本に絞りましょう……剣の道は諦めます」
「うん、今でも十分、剣の道、進めていると思うけどな」
「その手にはのりませんよ! 僕に両方やらせて、どちらも極められなくなったところで、「調子に乗るからそういうことになるんだ」とかって上から目線で言うんでしょう? アベルは酷い」
「俺はどこまで鬼畜な人間なんだよ……」
旅は道連れ世は情け。
一人旅よりも二人旅の方が楽し……飽きはこない。
初日夜の宿泊は、王都の衛星都市のポジションにあるデオファムの街であった。
デオファムの街は、王都の南にある最初の大きな街であり、宿場町的な役割を果たしている。
この街から、南部最大の街アクレへと続く『第三街道』と、ルンの街へと続く『南街道』に分かれる。
「この宿は素晴らしいですね! 大浴場がありますよ!」
「リョウは風呂好きだもんな。そう思って、宿はここにしたんだ。デオファムでも有名な宿で色々しっかりしているから、安全だぞ。夜も安心して寝られる」
「アベル……素晴らしいです! 今日の晩御飯は僕が奢ります。好きなものを食べてください」
「うん、この宿、晩御飯も料金に含まれてるからな。先払いでお金払った後だからな」
「ばれてましたか……」
アベルに恩を着せる作戦は失敗した。
二日目。
デオファムを出て、二人はルンへの道、『南街道』を歩いていた。
「アベル、気付いてますか?」
「ああ。何か不快な視線を感じるな。宿を出てから、ずっとだよな」
「さすがB級冒険者です。視線を感じる、とかちょっと言ってみたいセリフです」
アベルのセリフに、少し憧れた涼である。
「リョウは視線じゃないのか?」
「ええ、僕は魔法で……」
「そっちの方が確実じゃねえか!」
なぜか怒られた涼であった。
「だが……なぜ俺たちを見ている? 金目のものが欲しいなら、確実に商人を狙うべきだろ? 南街道とか、王国を代表する街道の一つだ。狙う商隊なんていくらでもいる。まあ逆に、こんな人通りの多い街道で盗賊行為をしようってのも、自殺行為な気もするがな」
「そうですよねぇ。冒険者二人を狙う理由……しかも一人は、見るからに強そうな剣士ですよ。もしや、見ている者たちは盲目の追跡者……」
「そんなわけないわな」
「しかし、それ以外に理由が説明できないのですよ。不可能なものを全て除外したら、後に残ったものがいかに不合理に見えても、それが真実に違いないのです! 名探偵はそう言ったのです!」
「うん、メイタンテイが誰かは知らないが、それを言った人は正しいのだろう。だが、それを使っているリョウは正しくないと思うぞ。まず、不可能なものを全部除外とかしてないだろ!」
アベルの断言に、なんてことだ、という劇画調の表情になる涼。
「まさかアベルに指摘されるなんて……」
「リョウ、ものすげぇ失礼な事を言ってやがるぞ」
思わず呟いた涼は、アベルに軽く睨まれるのであった。
「まあ、冗談はさておき。俺ら……誰かと間違われているとか?」
「あり得ますね。どこかの王族のお忍び活動と間違われて、狙われている可能性はありますよね」
「お、おう」
アベルは現国王の次男である。
だが、涼はそのことを知らない。
だが……。
「アベル、隠していることがありますね」
「え?」
涼の、あえて静かに言った言葉にアベルはドキリとした。
「さっき、王族と言った時、わずかにアベルは反応しました」
「そ、そうか?」
アベルの背を冷や汗が流れ落ちる。
「アベル……まさかとは思いますが、王族の部屋に忍び込んで宝物とか奪ってきたんじゃないでしょうね? もしそうなら、僕は悲しいですがアベルを捕まえて突き出します。そして報酬をもら……」
「ねーよ!」
不穏な視線を感じながらも、二人の旅路は平和に過ぎていった。
三日目。
今日も、ルンに向かう『南街道』上にいる二人。
「やっぱり……今日も見られていますよ」
「ああ……視線を感じる」
涼もアベルも、何者かに見られている状態が、今日も続いていることを感じていた。
「アベル……誰か実力者の恨みを買ったとかじゃないですか?」
「リョウ……怖い人たちに手を出したりしたんじゃないか?」
そう言い合うと、二人同時に胸に手を当てて考える。
そしてほぼ同時にため息をついた。
二人とも、思い当たる節があるようだ。
「それにしても……全然手を出してこないな」
「そうですよね……。もっと、こう、スパッと一思いにやって欲しいです」
「なんか、別の意味に聞こえるから、それはやめて欲しい」
アベルは、自分の首が涼によってスパッと落とされる光景を思い浮かべて、顔をしかめながら言った。
「大丈夫です。アベルの事は僕が守ります! だから、すごく強い相手だった場合は、アベルが僕の事を守ってくださいね。僕は逃げますから!」
「いや、それはいろいろひでーだろ」
「いつ襲ってきますかね」
「やっぱ、襲ってくるのかねぇ。見てるだけで終わるとかないか?」
涼の問いかけに、アベルが希望的観測を述べる。
「だって、半径五百メートル以内に、常に三人ついてきてますよ? これで見るだけで済んだら、大赤字です」
「盗賊にも経済観念があるんかね……」
「盗賊こそ、小規模経営ですからね。お金にはシビアじゃないとすぐに潰れてしまいます」
「そ、そーなのか」
いつになく熱く語る涼に気圧されるアベル。
「昨日泊まったアバーデアが、王都のある『中央部』最後の大きな街になる。今日、明日泊まる予定の街はアバーデアとかに比べればかなり小さいな。当然、街道の人通りも減る。もちろん、南街道ではあるから、それなりに行き交う人もいるだろうが……」
「つまり、そろそろ来るかもってことですね。そして、夜寝てる間も危ないぞと!」
「なんで、ちょっと嬉しそうなんだよ」
涼の表情が少し緩んでいるのを見て、アベルが指摘する。
「いや、ほら、いつ来るかわからないで待つよりは、さっさと来てくれて倒した方がいいじゃないですか。だって、さすがに見てるだけの人を『盗賊の可能性がある!』って襲ったら……ダメでしょう?」
「ああ、ダメだな」
四日目。南街道上。
「きましたよ!」
涼がアベルに囁く。
「どうする?」
「このまま歩いていきましょう。接敵まで……五分ほどでしょう。我々を包囲するために、全方位から来てます」
「全方位って……いったい何人だよ……」
顔をしかめながらアベルが言う。
涼は<パッシブソナー>で人数を数える。
「二十人ですね」
「盗賊にしては、結構な大所帯だな」
「こっそり、氷の鎧を着せておきますね。<アイスアーマー2>」
涼が唱えると、アベルと涼の服の表面に、不可視の氷の鎧が生成される。
「数は力です。盗賊とは言え、数で押し包まれれば怪我するかもしれませんしね」
「そういうところ、リョウは慎重だよな」
アベルは感心したように言った。
「偉大なる暗殺者にして錬金術師だった人物も、手数の前に不覚を取りました。アベルにはそうなって欲しくないですからね」
「暗殺者の知り合いがいたってのが驚きだよ。しかも錬金術師って」
「人に歴史あり、です。いつかアベルにも話してあげますよ」
涼が思い浮かべたのは、もちろん暗殺教団首領の『ハサン』であった。
五分後。
アベルと涼への包囲が完成して、三人の男が姿を現した。残りは遠巻きに見ているようだ。
「ようやっとのお出ましか。デオファムからずっとだろ。ご苦労なことだな」
アベルが挑発するように言う。
何のために挑発しているのか? 特に理由はない。
「やはり気付いていたか」
中央の男が言う。
スキンヘッドでいかつい感じだが、おでこの辺りに知性を感じられる……涼はそう思った。
「俺たちは、すでにお前たちを囲んでいる。抵抗するのは無駄だ」
スキンヘッドの男が続けて言った。
「まあ無駄かどうかは置いておいて。何が目的なんだ? それがずっと不思議でな。教えてもらえないか」
アベルが普通に言う。
これは情報が欲しいために言っているわけで、特に問題はない。
「俺たちが欲しいのは、お前が腰に提げている剣だ」
「なに?」
スキンヘッドの男の意外な答えに、アベルは自分が腰に提げている剣を思わず見る。
「それは、魔剣だな?」
スキンヘッドの男は断言する。
「いや、違う」
「違ってねえよ」
アベルが言下に否定すると、スキンヘッドの隣の刈り上げた髪の男が吠える。
刈り上げた髪の男のおでこは、知性を感じさせない……涼はそう思った。
「まあ、魔剣であることはわかっている。そして、ぜひそれを欲しいと思っている。もちろん、力ずくで奪うことも可能だが、交渉に応じてくれるというのであれば、金や宝石、その他の物との交換が可能だ。どうだろうか」
スキンヘッドの男が、刈り上げ男を片手で制しながら提案した。
「売り物じゃない」
アベルは一言の下に否定する。
「こちらも売り物じゃないものを出そう」
スキンヘッドの男が更に提案してくる。
さすがにここまで言ってくると、色々と興味がわいてくる。
売り物じゃないものとは何か?
金や宝石を含め、それらはどこにあるのか?
スポンサーの存在、あるいは誰かの代理としての交渉なのではないのか?
であるなら、バックにいるのは誰なのか?
涼もアベルも、そう言った疑問を抱いていた。
それらの疑問を抱かせること自体が、交渉テクニックの一つなのではあるだろうが……それでも気になるものは気になるのである。
「リョウ、どう思う?」
「いろいろ気になりますよね。どっか連れて行ってくれるんじゃないですかね」
アベルと涼が交わした会話はそれだけであり、極めて小さな囁きであった。
「正直、まだ売るつもりはない。だが、そっちが出そうという『売り物じゃないもの』というのに興味があるのも事実だ。さあ、どうする?」
アベルは、スキンヘッドの男に言った。
言った内容は、全て事実である。
事実を述べる時、人の説得力は増す。
なぜかは分からない。
様々な要因が絡み合っているのだろうが……。
相手を説得したい、相手に自分を信じさせたい、そう思うのなら事実を語るのが一番なのである。
「ならば、我らが村にお連れしよう。そこで、お前の疑問に答えることが出来るだろうからな。ついて来い」
そういうと、スキンヘッドの男は歩き出した。
涼とアベルは顔を見合わせたが、ついて行く以外の選択肢は、どちらの顔にもなかった。
二人とも、男の後をついて行くのであった。




