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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第八章 王都騒乱
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0131 自治庁

セーラを先頭に、アベル、涼の順番で『自治庁』の門をくぐり、中庭に入った。

そこは表から見た通り、四方を建物に囲まれた形になっている。

まるで、訓練や模擬戦が出来るような……。



中庭の奥から人がやってくるのが見えた。

一人は三十代半ばの女性。その斜め後ろに、二十歳前後の男性。

どちらも耳がほんの少しだけ尖っている……エルフであることを示していた。

そして美男美女。

エルフは総じて美男美女。

これは事実であった。


「おかえり、セーラ」

女性の方が微笑みながら声をかけた。

「おババ様? 王都に来ている大長老とは、おババ様でしたか」

そういうと、セーラは深々と頭を下げる。

それを見て、アベルと涼も慌てて頭を下げた。


「おババ様、こちらはルンの冒険者、アベルです」

「アベル……殿?」

セーラの紹介に、おババ様は少しだけ訝し気な顔をする。

「『冒険者』、『アベル』です」

セーラがもう一度、『冒険者』と『アベル』を強調して紹介する。

「そ、そうか。アベル殿、自治庁へようこそ」

おババ様は何かを察し、少しだけ微笑みながら挨拶をした。


涼が、ラノベ的知識から持っている『エルフは排他的』という概念を覆すかのような対応である。

もちろん、そんな地球のラノベ的知識の根本にあるのは、J・R・R・トールキンによって作られたエルフ像であるのだろうが……。

きっと、彼は、異世界から地球に転生してきた人物だったのだろう。

(事実も誤りもある……)

涼は、そう、しみじみと思うのであった。



そうしてアベルの紹介が終わると、おババ様の目は涼の体をしっかりと捉えていた。

涼としては少し引くくらいに、しっかりと……。

「こちらも、ルンの街の冒険者、リョウです」

セーラはいつも通りといった感じで涼を紹介する。

「リョウです」


涼が挨拶をしても、おババ様は反応せず。固まったままであった。


おババ様の後ろにいた青年が、訝し気におババ様を見て声をかける。

「おババ様?」

そこで弾かれたようにおババ様は反応する。

「うむ、すまんすまん、見惚(みと)れておったわ」


三十代半ばに見える女性が、老人のような話し方をするのは、涼には違和感を抱かせるのだが……他の誰もそれに対して反応していないのを見ると、涼だけが感じる違和感なのか。

「見惚れて?」

セーラは、少しだけ目を細めておババ様に訊いた。

「うむ。いや、見惚れてというか……。見惚れたのは、そのリョウ殿が着ておるローブじゃ。まさか、生きているうちに再び見ることができるとは、望外の喜び」


そういうと、おババ様はさらにじっくりと涼のローブを上から下まで何度も見返している。



「おババ様……気持ちはわかりますが、リョウが気味悪がっております」

セーラが、ついに声をあげて遮る。

「むぅ……。妖精王のローブに出会うなど、二千年ぶりぞ? 少しくらい興奮しても仕方なかろうが……」

おババ様は、少しだけ頬を膨らませてセーラに反論する。

(二千年ぶりって……おババ様、いったい何歳……)

涼は、心の中に湧いた素直な疑問を直接ぶつけたりはしない。

だが、涼の横に立っているアベルの口は、いささか緩かった。

「二千年……」



「あの……おババ様、と呼んでいいのか……」

涼は、恐る恐る声をかける。

「おぅ、すまぬ。さすがに、あまりに不躾(ぶしつけ)すぎるの」

そういうと、おババ様は涼の顔を見た。


そして、再び固まった。


「あ、あれ?」

涼は少し焦る。焦って、セーラを見た。

その視線には、「助けて」というメッセージが込められている。

「リョウ、心配しなくてよい。おババ様が、リョウの真価に気付かれただけだ。少しすれば戻って来られよう」



だが、焦っているのは涼だけではなかった。

おババ様の後ろにいた青年も、おババ様の尋常ならざる様子に焦っていた。

そしておババ様の視線を追い、涼の顔に行きつく。

そして、おババ様の状況は、涼の責任であることを理解したのである。

それは概ね事実ではあるのだが……いろいろと解釈の違いというものが、この世界には存在するのだ。


「貴様! おババ様に何をした!」

青年は、烈火のごとく怒りだした。


(こ、これは、青年が怒って僕に斬りつけてくるラノベ的テンプレ展開! これまで、数多のテンプレ展開が失敗の憂き目に遭ってきたけど、ついに、起きるのか!?)


涼は心の中でそんなことを考えていた。

そのため、うっすら笑ってしまった……当然、それは青年の激情の火に油を注ぐ結果となる。

「何を笑っている!」

そういうと、青年は剣を抜き、涼に斬りつけ……ることはできなかった。


当然、セーラがそんなことを許すわけがない。

青年が涼に向かって走り始めた瞬間に、横から突っ込み、右拳を、剣を握り締めた青年の右手に叩きつけた。

セーラの拳と持った剣に挟まれた人差し指、中指、薬指の骨が砕ける。

青年が声を出すより早く、そのまま右足を払って青年を転ばせた。

地面とキスすることになった青年は、右手を抱えこみ、地面の上で呻く。


それを見つめるセーラの顔には、表情が無かった。



その騒動により、おババ様の意識が帰ってくる。


そして、地面に転がる青年を見て驚き、セーラを見て一度だけ首を傾げ、青年がとり落とした剣を目にして、何が起きたのかをだいたい理解したようだ。

「ロクスリー……この愚か者が。リョウよ、うちの若いのが失礼した」

そういうと、おババ様は深々と頭を下げた。


テンプレ展開を予想していた涼は、そうならなかったことを残念には思っていた。

そして、セーラによって打ち据えられた青年ロクスリーを哀れんだ目で見た。

そんなところに、おババ様に謝られたので、少しだけ焦ったのである。

「あ、いえ、どうぞお気になさらずに」

「ロクスリーは、まだ若すぎてのぉ……リョウの素晴らしさが感じられないのじゃ」

おババ様は頭を振りながら、そんなことを言う。


「リョウの素晴らしさ……」

「アベル、次に吐く言葉次第で、この世とお別れすることになるかもしれませんよ」

「いや、別に何も言うつもりはないぞ……」

そう言いながら、アベルの視線は挙動不審な動きをするのであった。




「セーラ、さっきはありがとう」

三人とおババ様は、中庭から応接室に移動している途中である。

セーラに打ち据えられた青年ロクスリーは、別のエルフに連れられて救護室に連れて行かれた後である。


「私が連れて来たばかりに、リョウを危ない目に遭わせてしまった。申し訳ない」

涼の感謝の言葉に、逆にセーラが頭を下げて謝った。

「いや、セーラは助けてくれたんですから、セーラが謝るのは変ですよ」

涼はそう言うと、にっこり微笑んだ。


それを見たセーラは、中庭からずっと、沈んだ表情だったのだが、花が咲くような笑顔になった。

(うん、セーラは笑顔が一番似合います)

涼は心の中で大きく頷いた。




応接室は、立派な家具が揃えられていた。

何度か入ったことがある、ルンのギルドマスター、ヒューの応接セットとは格が二つくらい違う……涼は勝手にそう思った。


四人共座り、紅茶が出され、一息ついてからセーラが切り出す。

「おババ様、なぜこのタイミングで王都に来られているのですか」

それは、手紙を受け取った時から、セーラが訝しんでいたことであった。

セーラが王都に来たタイミングと、あまりにも合致しすぎていたからである。


だが、おババ様の答えは意外なものであった。

「わしが来たのは、占いの結果じゃ。王都に不穏の気配あり。ならびに、行けば素晴らしき出会いもあるとな。素晴らしき出会いはリョウであろうな。確かに、これは素晴らしき出会いであった」



この四人の中で、最も話についてこれていないのはアベルである。

人間であり、涼が振りまく『妖精の因子』を持った者たちにとっての『栄養補給源』を感じ取ることが出来ないからであり、『妖精王のローブ』に対する理解が浅いからである。


だが、おババ様が言った一言は、看過できないものであった。

「今、王都に不穏の気配、と仰いましたか?」


涼は知らないが、アベルは国王の次男である。

セーラは、実はそのことを知っている。

そして、かつて王宮でアベルを見たことがあるおババ様も、そのことに気付いている。

そのため、アベルの質問は、当然のものであろうと認識していた。


「うむ、そう言うた。無論、しょせんは占いじゃ。詳しいことまではわからぬ。じゃが、何が起きるにしても、森から出ているエルフが王都にはそれなりの数おるからな。近くにいたほうが色々と対処しやすいであろうと思うて、わしが来たのじゃ」



おババ様の説明によると、現在王都には五十人を超えるエルフがいる。

ルンの街にいるエルフがセーラ一人であることを考えると、これは非常に多いと言えよう。

ひとえに、自治庁の拡大に伴うものである。

以前は、王国騎士団に出向している者もいたのだが、現在は誰もおらず、魔法大学で研究している者が二十人ほどいるらしい。

他は、この自治庁内での業務や訓練であると。


「騎士団に誰もいないというのは……」

「残念ながら、中があまりよろしくない様でな」


アベルの質問に、おババ様は顔をしかめながら答えた。

騎士団内の綱紀が、どうしようもない状態であることを、エルフたちも知っているのだ。


「まあ、そういうこともあって、セーラが王都にいるのなら、滞在している間だけでも鍛えてもらえないかと思うてな。セーラが剣術指南役を務めているルン騎士団は、王国屈指の精鋭とすら言われているであろう? その一端でも、うちの子らに示してもらえないかと思うてな」

おババ様は、セーラの方を向いてそう言った。


「ロクスリーを見ると、先に頭の中を鍛えた方がいい気が……」


セーラの言葉は辛辣であった。

涼に斬りかかったのは、相当に頭に来たようである。

「う、うむ……すまぬな。あれも、わしを思うてのことなのじゃが……」

おババ様が、頬を掻きながら答える。


「まあ、百歩どころか、一億歩譲ってもないでしょうけど、もしあの剣でリョウが斬られでもしていたら……おババ様、どうされるおつもりだったのですか」

「そう言われると何も言えぬ」

「世界の崩壊を招いたかもしれないのですよ?」


(え? 僕って……この世界でいったいどんなポジションなの?)


セーラは真顔で大変なことを言った。

そして涼は、混乱している。


「リョウ……世界を支える存在だったんだな……」

「いや、そんなはずはないと思うんだけど……」

アベルも涼も、全く理解できない世界のお話であった。



結局、セーラは三日ほど、エルフ自治庁の者たちを鍛えることになった。

「まず性根と頭の中を……」

そのセーラの呟きを聞いた涼とアベルは、鍛えられる者たちの代わりに祈った。




涼とアベルは、セーラと別れ帰路に就いた。


「リョウは泊まる場所はあるのか?」

「ええ。一週間ほどなら、ジュー王国大使館の離れを自由に使ってもいいと言われています。それ以上延びる場合は、大使館に言ってくれと」

アベルの質問に、涼はウィリー王子の顔を思い浮かべながら答えた。


「ジュー王国? また珍しいところと繋がりを持ってるな。リョウが行ったインベリー公国よりも、さらに東の国だろ。いったいどんなコネクションなんだか……」

アベルは首を何度も横に振りながら言った。

「色々あったのです。本当に、色々……」

涼はそう言いながら、インベリー公国から王都までの道中を思い出していた。


「しまった!」

突然、涼が叫んだ。

「ど、どうした?」

突然の叫びに、アベルも驚いて訊く。

「大長老のおババ様に、浮遊大陸について聞くのを忘れていました」

涼は、ものすごく落ち込んだ表情で言った。


「そっか……うん、どんまい」

アベルは涼の肩に手を置いて、疲れたようにため息をついたのであった。


(セーラの)世界の崩壊……(ボソ

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