表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第七章 インベリー公国
115/932

0104 手術と暗殺教団

善は急げ、あるいは、とりあえずやってみようの精神で、一行は宿の会議室を借り、すぐに処置に入ることにした。


「いや、もう少し慎重に検討した方が……」

とか被験者シャーフィーは口にしていたのだが、ゲッコーですら、

「早いに越したことはありません」

と言って、今夜中の決行を促したのだ。




宿に常備されていた、痛み止め用の全身麻酔薬を飲み、すでにシャーフィーは夢の中である。

リーヒャも、長い詠唱を終え、後はトリガーワードさえ唱えれば魔法が発動する状態になっている。

それと、何に使うかわからないが、お湯も準備されている。

こういう手術にはお湯が必要、という涼の怪しい医療知識によるもので、もちろん水属性魔法使いの涼が準備した。


あとは、実際に剥ぎ取るマックスの準備だけだ。

使うナイフは決まっている。

魔石の剥ぎ取りに使うナイフ……まあ、死体からとはいえ、前回この呪いのタトゥーを剥ぎ取る時に使ったナイフである。

マックスは、験を担ぐタイプの人間であった。



基本的に、この『処置』に関係しない、ゲッコー、アベル、リン、ウォーレンは、寝かされたシャーフィーを、少し離れた所から見ている。

ウォーレンは盾を構え、そこから顔だけ出す形でリンが見ている。

(いや、そこで盾が必要な状況とか発生したら、僕ら無事にはすまないじゃない……)

涼はその光景を見て、心の中でぼやいた。


マックスは、シャーフィーの皮膚を引っ張ったり、筋肉を圧したりして、いろいろ調べている。

その横で、涼はシャーフィーの心臓の周りの氷の膜を拡げる作業に入った。

心臓そのものとその周りの血管。

コミックやアニメなどで、心臓を取り出した時に心臓についてくる大きな血管である。


上下に貫く大静脈、ぐるりと回る大動脈、そこから出る三つの頸動脈たち、ぐるりと回られた左右の肺動脈、最後に四本の左右肺静脈。



とりあえずその辺りをカバーしておけば、即死はしないであろう。

即死以外ならリーヒャがいるし……。

涼はそう考えて、囲った。

「氷の膜、準備完了です」

涼がマックスに告げる。


「わかった。ではゲッコーさん、始めます」

「はい。お願いします」

ゲッコーの許可が下りた。



一呼吸おいて、マックスのナイフが突き刺さる。そして、躊躇なく皮膚と肉を切り裂いていく。

だが、予定の四分の一ほどを切った時、タトゥーに変化が起きた。

タトゥーの意匠は、双頭の鷲を突き刺す剣であるが、その剣が光り出したのである。

そして、石の槍が生成されて行く。

それは、シャーフィーの胸に突き刺さる石の槍に見えた。


「リョウ!」

「大丈夫。シャーフィーの心臓は僕が守ります」

マックスの呼びかけに、冷静に答える涼。

タトゥーは、自分を剥ぎ取ろうとすれば、宿主を殺す機構を備えていたのだ。

だが、それも考慮した『氷の膜』である。


マックスのナイフが、予定の半分ほどまで切り裂こうとしている。


その間もタトゥーの石槍は、シャーフィーの心臓めがけて生成し、涼の氷の膜とぶつかり合っていた。



キリキリキリ



氷と石のぶつかり合いのはずなのだが、金属を削り合うような音が会議室に響き渡る。

(あばら骨は、かなり砕かれてしまっていますが、仕方ない……。リーヒャが何とかしてくれることを祈ろう)

心臓は守っているが、その外にある肋骨は、石槍の犠牲になっているのである。




だが、この時、それ以上の問題が発生していた。

(なんだ? かなりのスピードで、しかも一直線にここに向かってくる者がいる?)

涼が、いちおうつけておいた<パッシブソナー>に、反応が出たのだ。


「窓から何か来ます!」

涼は、遠巻きに見ているゲッコーやアベルたちにも聞こえるように、大声で警告を発する。


「アベル、ゲッコーさんを守ってください。ゲッコーさんの命を狙っている者の可能性があります」

「まかせろ!」

アベルにも疑問はあったが、そんなことを問いかけている状況ではないことは、理解している。


「<アイスウォール10層パッケージ>」

涼は、シャーフィーの周りにいるマックス、リーヒャ、そして涼全員をアイスウォールで囲う。

その瞬間、鎧戸の開け放たれた三つの窓から、何者かが飛び込んできた。



「黒ずくめ……」

飛び込んできた三人を見て、リーヒャが呟く。

三人のうち二人は、ゲッコーの方に向かい、残った一人がシャーフィーの方を向く。


「ゲッコーさん!」

シャーフィーの胸にナイフを突き立てているマックスが叫ぶ。

「ゲッコーさんは、アベルたちに任せておけば大丈夫。こっちはタトゥーを剥ぎ取ることに集中しましょう」

「わ、わかった」

そういうと、マックスはシャーフィーに向き直り、再びナイフを動かし始めた。


賊三人は分かれはしたが、とった行動は同じであった。

何やら懐から握りこぶし大のものを取り出し、床にたたきつける。

だがそれは、ちょっと前にゲッコー商隊は見たことがあるものであった。

「煙幕!」

そう、シャーフィーが商隊を襲撃した際に使った、煙幕弾である。


「風よ渦巻け 我が掌の内に <トルネード>」

リンが風魔法を唱える。

室内に拡がりかけていた煙は、リンの魔法によって集められ、割れた窓から外に排気された。


(さすがリン、判断が速い)

涼は素直に感心していた。

涼は以前、<スコール>によって煙を地面に叩き落としたが、風属性魔法使いのリンは<トルネード>によって外に運び出す方法をとった。

正しく、そして素早い判断と行動。それが生死を分ける。


(けど、煙幕を張っての攻撃ってのはシャーフィーもやってたけど、暗殺者の定番なのかね)

涼は心の中で苦笑した。

確かに効果的ではあるが、涼やリンの様なものがいれば、簡単にくじかれてしまう……。

もちろん、プランBを用意しているはずだが……。



だが、プランBを実行させるほど、『赤き剣』は優しくは無かった。


<トルネード>で煙が集められた瞬間には、アベルはすでに床を蹴って、賊の一人に斬りかかっていた。

斬りかかられた賊も、逆手に持ったダガーで一撃をなんとか受けたのであるが、流れるような二撃目で、受けた腕を切り飛ばされ、三撃目で袈裟懸けに斬られて息絶えた。

そしてもう一人の賊の攻撃は、盾使いウォーレンによって、ことごとく防がれていた。

そうやって時間を稼がれている間に、一人目を切り倒して後ろから迫っていたアベルに、一刀の下に首を刎ねられたのである。


もし煙幕を張ることに成功し、そしてこの広くも無い会議室という室内空間での戦闘であったなら、彼ら暗殺者は相当な力を発揮できたのかもしれない。

だが、相手はB級パーティー『赤き剣』である。

潜ってきた修羅場が違うと言わんばかりに、暗殺者二人を簡単に退けた。


ちなみに、ただ一人でシャーフィーの方に向かった賊は、アイスウォールに触れることも無く、氷の棺の中に閉じ込められたのだった……。



「もう少しだ。シャーフィー辛抱しろ」

マックスが声をかけながら、ナイフで胸を切り裂いていく。


事情を知らない者が見たら、なんとも猟奇的な光景だったろう。

しかも周りには、賊二人分の死体と、氷漬けになった黒ずくめの男がいるのだ。

だが、真剣なマックスにはそんなことを考えている余裕はなかった。

賊が襲って来ている間も、石の槍は心臓を目指すことを諦めていないのだから。

その石の槍とマックスの競争。



そして、ついに……、

「よし、切り取った」


「<氷棺>」

マックスが切り取ったのと同時に、石槍を生やしたタトゥー付きの胸肉を、涼が氷の棺で囲い込む。


「<エクストラヒール>」

それを確認して、リーヒャが、大きくえぐられて心臓すら見えているシャーフィーの胸にエクストラヒールを発動する。


これは、部位欠損すら修復すると言われる、回復系最上位魔法の一つである。

使える神官は、国に数名しかいないと言われる。

なぜリーヒャが使えるのかは、涼は知らない。

知らないが、使えるのだからそれでいいと思っている。


そして、効果抜群で、筋肉と血管が再生されていき、最後に皮膚が生成された。



新たに生成された皮膚には、タトゥーは無くなっていた。



リーヒャが、シャーフィーの脈をとったりして、最終的に問題ないことをゲッコーに告げる。

その報告を受けたゲッコーは、目に見えてホッとしていた。



「リョウ、さっきの黒ずくめの男たちが……?」

「ええ。シャーフィーが所属していた『教団』です」

アベルの質問に、涼が一つ頷いて答えた。



「暗殺を生業とする教団……」

「暗殺教団!」

リーヒャの呟きに、リンが断言する。

「そう、『暗殺教団』ね……ほとんど噂というより、伝説みたいなものだけど……」

リーヒャが考え込みながら言う。


(この世界にもあるんだ……暗殺教団)

涼は、ちょっとだけ感動していた。




地球における『暗殺教団』と言えば、ハサン・サッバーフ。

『暗殺教団』の創設者であり、別名『山の長老』

多くの逸話と伝説に彩られた、もちろん実在の人物である。

一一二四年五月二三日、後のイラン中西部アラムート城にて死去した記録が残っている。



彼の逸話の中に、ニザーム・アル=ムルクとの関係を記したものがある。

記したのは、イルハン朝時代のペルシア人歴史家ハムドゥッラー・ムスタウフィー・カズヴィーニー。

彼が『選史』の中に記している。


ハサン・サッバーフがセルジューク朝二代目君主アルプ・アルスラーンの元に仕えていた時、時の宰相がニザーム・アル=ムルクであった。

初代君主トゥグリル・ベクによって作られたセルジューク朝は、この二代目アルプ・アルスラーンと宰相ニザーム・アル=ムルクの時代に最大版図となり、次の三代目にかけて最盛期となる。

アルプ・アルスラーンとニザーム・アル=ムルク、この二人が優秀であったのは間違いない。


さて、ある時ハサン・サッバーフは、国全土の支出報告をまとめる仕事をアルプ・アルスラーンに命じられる。

だがそれは、宰相ニザーム・アル=ムルクが一年かかると答えたものを、四十日でやるというとても難しい仕事であった。

だが、ハサン・サッバーフはそれをやりとげた。


焦った宰相ニザーム・アル=ムルクは、ハサン・サッバーフがアルプ・アルスラーンに報告する日の朝、報告書の中身をめちゃくちゃにした。

ハサン・サッバーフは、そのために、アルプ・アルスラーンの質問に答えることができず、面目をつぶされる。

もちろん、そこに宰相ニザーム・アル=ムルクは追い打ちをかける。

結果、ハサン・サッバーフは宮廷を追われることになった。



その後、ハサン・サッバーフは暗殺教団を組織する。


宰相ニザーム・アル=ムルクは、高校世界史の教科書にも出てくる有名人であり、彼が作らせた『ニザーミーヤ学院』は、定期テストにも必ず出てくる頻出語句である。

そんな有名人の宰相ニザーム・アル=ムルク、一〇九二年、最期は暗殺されて終わる。

いったい誰が暗殺したのか……。



(あれ? セルジューク朝の国章って、双頭の鷲じゃなかったっけ……? シャーフィーのタトゥーも双頭の鷲を刺し貫く剣……これって偶然?)

『双頭の鷲』を紋章、あるいは国章にしていた王家や国は、歴史上に数多ある。

神聖ローマ帝国にしろ、ロシアのロマノフ朝にしろ、古代からよくある意匠だからだ。

涼のそれらの知識は、もちろん地球上での知識であるが、当然『ファイ』においても、『双頭の鷲』の意匠を使っている王家や国はそれなりにあるのではないかと思ったのだ。

そう考えれば、偶然であろう……。

だが、もし、偶然でなかったとすれば……それは大変なことである。


なぜなら、そこに転生者が絡んでくるということだから。


(まあ、ここで考えてもどうしようもないよね。シャーフィーが起きたら聞いてみよう)

どうせ、カレーやカフェ、あるいはクレープなど、涼以外の転生者の存在は、涼の中ではもはや確定している。

問題は、『今も生きているのか』だけであるし、生きていたからと言って、正直どうということもないとも思っている。

涼は、いろんなところに適当な部分が多いのだ。



眠ったままのシャーフィーは、とりあえず涼とラーの部屋に運ばれた。

商隊の他の者たちを警護していたラーは、ドキドキしながら待っていたらしい。

ゲッコーが「絶対にここを離れないで、彼らを守ってください」と厳命したために、騒動が起きても動けなかったからである。


もっとも、アベルを誰よりも信用しているラーである。

アベルらが暗殺者を倒したことを聞くと、「さすがアベルさん」と、自分の事のように嬉しそうに話すのを涼は見た。



そのアベルたちは、ゲッコーから感謝され、守ってくれたことと合わせて、謝礼をギルド口座に振り込むことを約束されていた。

涼は、その相場は知らないが、B級冒険者でしかも高位神官クラスだと、かなりの金額になるらしいということを、マックスが呟いていた。



<氷棺>に閉じ込められた賊の一人は、翌朝まで閉じ込められたままであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ