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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第七章 インベリー公国
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0103 涼の優しさ

スランゼウイを出て三日目。

順調にいけば、夕方前にはハルウィルの街に到着できそうだ。


降伏したシャーフィーは、涼やラーがいる商隊中央に配置されていた。

呪いのタトゥーから守るためとはいえ、心臓の周りを氷の膜で囲まれているシャーフィー。

その氷の膜の生成者である涼が近くにいたほうが、何かといいであろうというゲッコーの配慮によるものであった。


もちろんその『配慮』は、シャーフィーにとって良い方向にばかり働くわけではない。


そんなシャーフィーは、現在、当然ながら自分の足で歩いている。

だが、脚の付け根、腰の辺りから首まで氷に覆われ、少し離れたところから見ると、氷の柱に突き刺さったかのような格好になっていた。

これは主に、両手の自由を奪い、悪さが出来ないようにするために、『仕方なく』涼が行った措置である。




「なあ……リョウさんよぉ。やっぱり、この氷の拘束はなんとかならないか? 見た目もだが、腕が身体にくっついた状態だから、歩くときのバランスがとりにくくって、転げそうになるんだが」

「はぁ……それ言うの、何回目ですか? 暗殺者の手を自由にしておいたら、何をするかわからないじゃないですか。危ないでしょう? 僕も、仕方なくそうやって拘束しているんです。本当は、脚とか顔、というか口だって氷で覆っておきたいくらいなんですから。暗殺者なんて全身武器。しかも暗器をどこに隠しているかわかったものじゃないですからね」

「まったくだ。そんな危険人物の横を歩かなきゃいけない俺ら……冒険者稼業ってのも大変だぜまったく」

シャーフィーが愚痴り、それに対して涼がぼやき、ラーもそれにのっかる。


「いや、持ってた武器とか全部取り上げたろ……。それに、こう、頭が痒かったり鼻の頭を掻きたくなったときとか、手が使えなくてけっこう辛いんだが」

「まったく……」

涼は一言そう言うと、水属性魔法でシャーフィーの頭部全体を覆う氷の仮面を生成し、首までだった氷の拘束衣と繋げる。

そして、さらになにやら細かい作業を行った。


「さあ、完成です。これで、右手の人差し指を少し動かせば、頭のてっぺんを掻くことが出来ます。左手の人差し指を少し動かせば、鼻の頭を掻くこともできます。腕を固定したままでも、指先をちょっと動かすだけで、掻くことができるようになりましたよ。良かったですね。感謝してくださいね」

「すげぇ……くだらねぇのに、なんかすげぇ……」

横で見ていたラーが、そのあまりと言えばあまりの光景に驚いていた。

氷の仮面に口も塞がれてしまったシャーフィーは、感謝の言葉も抗議の言葉も発することが出来ないまま……。



夕方、一行はハルウィルの街の門に着いた。



涼も、さすがに、街に入るのにはあんまりな格好かなと思い、シャーフィーの氷の仮面を外す。

「頭や鼻が痒くても、少しの間だけですので我慢してくださいね」

涼は優しく告げるのであった。

「いや、そうじゃねぇだろ! あんな氷の仮面、いらんわ!」

それなのになぜか激怒しているシャーフィー。

自信作だった氷の仮面であるが、シャーフィーにはお気に召してもらえなかったようである。


「せっかく頑張ったのに……。やはりデザインに、もう少し現代アート的な特徴が必要だったでしょうか……。見るからに『仮面』、というのでは芸術的な面から低評価になる、それは仕方のない事なのかもしれません」

「うん、リョウ、多分そういうことではないと思うぞ」

落ち込み、反省して失敗を今後に生かそうとしている涼に対して、ラーが冷静につっこむ。


「おい、ふざけんな、リョウ。てめえ、あとで覚えとけよ」

怒り心頭に発したシャーフィーが、涼を口汚くののしった。


「うん、仮面が気に入ってもらえなかったみたいなので、街にいる間は、ずっと氷の棺の中で過ごしてもらいましょう。氷のオブジェとして、街には申請すればいいと思います」

「……いや、リョウさん、すいませんでした。俺が悪かったです。それは勘弁してください」

シャーフィーは、氷漬けにされた部下三人を見たことがある。

自分があの状況になるというのは、さすがに避けたかった。

しかも街中で、とか。

そのため、早々に自分の非を認めたのだった。



ゲッコーのとりなしもあって、シャーフィーは氷の拘束衣も外され、見た目はただの商隊の一員として街に入ることが出来た。

その際の身分も、商隊がルンの街に来る際に犠牲になった護衛五人の中の一人として入った。

その時には、マックスが少しだけ複雑な表情を見せたが、特に何も言わずゲッコーの指示に従う。

それが一番いい方法であることを、マックスも頭では理解していたからである。


ハルウィルの街における、ゲッコー商隊の定宿でも、シャーフィーは特に行動に制限を付けられることも無く過ごすことが出来た。

ただ、部屋は三人部屋で、涼、ラーと同部屋であったが。



ハルウィルで一泊したが、特に何事も無く、翌朝、一行は出発することが出来た。



「シャーフィー、いい方法があります。転ぶ心配も無く、我々も安心でき、しかもあなたは全く疲れない」

「聞いてる限りではとても素晴らしく聞こえるが……」

涼の提案が聞こえたラーは、小さく横でそう呟いた。

そして、涼は水属性魔法を使った。



そこに現れたのは……。

涼の魔法<台車>に乗り、首からつま先まで氷の拘束衣で固められて進むシャーフィーであった。


「……」


<台車>も全長二メートル程あり、現代地球人が見れば、もしかしたらある種の小型戦車かと思ったかもしれない……。

『ファイ』の人にとっては、自律走行する特殊な氷のオブジェ……だけど人間が入っている、何か変なもの、であろうか。

実際、街道ですれ違う人たちは、全員、一人の例外も無くそんなシャーフィーを見ていくのだ。

暗殺者として、ずっと陰の者として生きてきたシャーフィーが、そんな羞恥プレイに耐えられるわけがなかった。



「リョウさん、俺が悪かった。文句を言わずに自分で歩く。いや、歩きたい。いやいや、ぜひ歩かせてください、お願いします!」

すごく必死に、自分で歩きたいと願うシャーフィーを不思議な面持ちで見る涼。

転ぶ心配も無く、自分で歩く必要も無いので疲れもしない。

条件に完璧な状況にしてあげたのに、と。

この時、涼の頭からは『羞恥』という言葉が抜け落ちていた様である。


「本人がそう言ってるんだし、歩かせてあげたらどうだろうか」

必死に、自分の足で歩かせてくれと懇願するシャーフィーを、ラーがとりなす。

「まあ、ラーさんがそういうなら」

そう言って、<台車>は解除され、氷の拘束衣も最初の通り、首から腰までとなった。

その後、シャーフィーは宣言通り、文句ひとつ言わずに歩き続けた。




旅の途中。

何度かとられる休憩の後半に、よく見られる光景があった。

護衛隊や冒険者ではない、ゲッコーの部下たちが何やら魔法の練習らしきことをしているのだ。


「なあ、あれは何をやっているんだ?」

座り込んでその光景を見ていたシャーフィーは、隣に座っているラーに向かって質問した。

「ああ、彼らは水魔法を使える子たちらしい。で、リョウが氷の壁を張れるように訓練しているらしいぞ」

「氷の壁……」

シャーフィーは絶句した。


信じられないほどの硬さの氷の壁。


当初は<物理障壁>だと思っていたのだが、後から、透明な氷の壁だったと聞いた時、さすがにショックを受けた、あれ。

あれがシャーフィーの投げた槍を弾いたために、突撃し……最終的に降伏する羽目に陥ったのである。


あの氷の壁を、この子たちも張れるようになるだと?


「いや、それは無理だろ?」

シャーフィーは首を振りながら、自分の願望も交えながら呟く。

「最初は、俺もそう思ったんだけどな。わずか数日で、形になってきている子もいるんだよ、これが。あんな氷の壁を、多くの商人が生成できるようになったら、暗殺者の商売もあがったりだな」


そういうと、ラーは大笑いするのであった。

それを聞いて、シャーフィーは小さく乾いた笑いをあげた。

「暗殺者、引退してよかった……」

そう呟いて。


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