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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
間章 帝国パート
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0095 力試し

朝、帝都を出立し、途中で昼食休憩を挟み、勇者一行が第三魔法演習場に着いたのは午後二時過ぎであった。

彼らを帝都から護衛してきた近衛騎士団は、一行の馬車が演習場の敷地に入ると、何も言わずにさっさと引き返していく。

勇者一行は知らないのだが、魔法演習場は特別に許可された者以外の立ち入りは厳しく制限され、入れば、問答無用で魔法砲撃されるという噂すらある場所。

もちろんそれは、ただの噂。

以前、虫の居所の悪かったオスカーが、近衛騎士に向けて砲撃したことは確かにあるのだが…世の中にはいろいろあるものだ。


勇者ローマンが馬車のドアを開けて降りると、そこには三人の男女が立っていた。

「勇者ローマン殿、ようこそ魔法演習場へおいで下さいました。私は帝国皇帝魔法師団長フィオナ・ルビーン・ボルネミッサです。ローマン殿並びに、ご一行の方々を歓迎いたします」

そういうと、フィオナは胸に手を当てて帝国式の敬礼をした。

「お、お出迎え感謝いたします」

ローマンはようやくそれだけ言うことができた。

フィオナを見る目がぼぉーっとしていることに、斥候であるモーリスは気付いていた。

そして肘で折衝役の聖職者グラハムの脇腹をつついて言った。

「グラハム、ローマンが」

それだけでグラハムには通じた様である。


「私、折衝役を承っておりますグラハムと申します。皇女殿下、直々のお出迎え、感謝いたします」

グラハムがローマンの横に立ち、挨拶を行う。

「え…皇女様だったの?」

そんな呟きがグラハムの後ろから聞こえる。声からして、風属性魔法使いのアリシアであろう。

グラハムは心の中でため息をつきながらも、表情には揺らぎを見せなかった。


「ここは宮廷ではなく、軍の演習場。以降は、畏まった口上も口調も必要ない。私の後ろにいるのが、副官のマリーとユルゲン。皆さんのお世話をさせていただく。とは言っても演習場故、不便なことは多かろうと思うが、それは先に謝罪しておく」

口調を変えて、フィオナはそう言い、後ろにいるマリーとユルゲンを紹介した。

「もちろんです。爆炎の魔法使い殿への指南はこちらから頼み込んでの事。不自由などお気になさらぬように。それで…その、オスカー殿は…?」

「うむ。オスカー副長は、ちと別メニューで調整中なのだ。明日の朝には、私の元に報告に来るであろうから、その時に皆の来訪を告げることになろう。オスカーとの手合わせは、今しばらくお待ちいただけるかな、勇者殿」

最後に急に振られて、勇者ローマンはうろたえた。

「は、はい。どうぞお気になさらずに」

「そうか。ローマン殿の寛容な言葉、ありがたく思う」

こうしてフィオナは、オスカーが遅れることへの言質を取ったのである。

(ローマン…まだまだ若いですね)

この場で、そのことに気付いたのはグラハムだけで、心の中でため息をつくのであった。



「皆さまも、半日も馬車に揺られて疲れておいでだろう。別館の方に部屋を用意してあるゆえ、休まれるがよろしかろう。マリーに案内させる」

「皇女殿下、お待ちください」

フィオナの申し出を遮ったのは、勇者ローマンであった。

「ローマン殿、なにかな?」

「出来れば、演習を見せていただけないでしょうか?」

「ほぉ…」

ローマンの申し出に、少しだけ目を細めるフィオナ。

「皇帝陛下が許可されたのは、オスカーとの模擬戦だと聞いているのだが? 師団の演習を見る許可も与えられているのかな?」

「あ…いえ…」

ローマンは思わず俯いた。確かに、皇帝ルパート六世が許可したのはオスカーとの模擬戦である。

「恐れながら…。皇帝陛下は演習場へ入られることを許可されました。それはとりもなおさず、演習の見学を許された、と解釈して我々は参りました」

割って入ったのはグラハムである。

もちろん、そこまでパーティー内で深く話し合いなどしていないが、ここまで来て演習は見られない、というのも現実問題として困る。

しかもオスカーはいつ模擬戦をできるか分からないと来れば、時間を潰すのも簡単ではなくなる。


「ふむ…。ではこうしよう。そちらの代表とこちらの代表とで、魔法戦で戦い、納得できる内容であれば演習をお見せする。演習を見せるに値する者たちである、と師団員たちに示してもらえないだろうか。どうかな勇者殿?」

フィオナは、再び勇者ローマンに話を振る。

グラハムが折衝役であると伝えはしたものの、『勇者パーティー』である以上、勇者ローマンが中心であるのは紛れもない事実。

そして、ローマンは経験不足と、フィオナの美しさに、かなりふわふわと心が浮いた状態である。

(この皇女様は、ローマンの経験の無さを徹底的に突いてくる。なんて厄介な)

グラハムは、今日、何度目かのため息を心の中で吐いた。

だが、ローマンが答えるより早く、グラハムが割り込むより早く、別の人物が勝手に答えてしまった。

「その話乗った。俺が出る」

勇者一行の火属性魔法使いゴードンだ。

(劣等な中央諸国の魔法使いに馬鹿にされてたまるか。圧倒的な力を見せつけて、この皇女様をぎゃふんと言わせてやる)

ゴードンは自信満々であった。そして、こうなるともう止めようはない。

「そちらの魔法使い殿が代表と。承った。では、このまま演習場の中に行きましょう」

フィオナはにっこり微笑むと、先頭に立って歩き出した。


完全にフィオナのペースに乗せられて進む勇者一行。

だが、ペースに乗せられていることに気付いているのは、グラハムだけだ。

それどころか、他の者たちの中には、面白そうにしている者すらいる。

それがいっそう、グラハムの感情を苛立たせた。

さすがにここまで来ると、内心を隠し切れず、グラハムは苦虫を噛み潰したような表情になる。

(ローマンだけじゃなくてゴードンもか! だいたい、何でそんな魔法戦をしなきゃならない? 師団員たちに示す? 論理が破綻しているだろうが! だが…もう何を言っても、今更遅い)

勇者パーティーとしての、多くの手の内をさらすことになりそうだ。グラハムはそう思った。

この時点で彼は腹をくくったと言えるのかもしれない。

全てはローマンが強くなるために仕方のない事なのだと。


「うちの代表は…そうですね…クリムト、あなたを代表にします。魔法模擬戦です」

「はい!」

フィオナに指名されたのは、第二中隊に所属する二十歳の年若い青年であった。

「ゴードン殿は火属性の魔法使いとのこと。うちのクリムトも火属性の魔法使いです。お互いに学ぶものがあると思います。そちらのグラハム殿も回復系ですね、うちにも優秀な回復役がおりますので、即死以外なら助かるでしょう」


ゴードンとクリムト、それと立ち合い以外は、全員観客席からの観覧である。

二人は二十メートル程の距離を置いて、立った。

「立ち合いは、私、ユルゲン・バルテルが行います。即死攻撃は不可。降参、気絶、戦闘継続不可能と立ち合いが判断した場合には、試合終了とします。ゴードン殿、準備はよろしいでしょうか」

「ああ」

ユルゲンの問いかけにゴードンはぶっきらぼうに答える。

「クリムト、準備はいいですか」

「はい。お願いします」

クリムトは頷きながら返事をする。

「それでは、試合開始!」



先に仕掛けたのはゴードンであった。

「<ファイアーボール>」

元々、中央諸国の魔法使いなど相手にならないと思っているのだ。

先制してさっさと終わらせるに限る。

だが…、

「<ファイアーボール>」

ゴードンが放ったファイアーボールに、クリムトはファイアーボールを当てて消滅させたのである。

「ふん、詠唱無しくらいはできるか。だが、これならどうだ。<ファイアーボール><ファイアーボール><ファイアーボール>」

ゴードンはファイアーボールを三連射した。

だが、やはり…、

「<ファイアーボール><ファイアーボール><ファイアーボール>」

同じように、クリムトもファイアーボールの三連射で迎え撃つ。

「この…! <ファイアージャベリン><ファイアージャベリン>」

ゴードンは、貫通力の高いファイアージャベリンの二連射。

それにたいしても…、

「<ファイアージャベリン><ファイアージャベリン>」

クリムトもファイアージャベリンの二連射で対抗する。


ここで、ゴードンがキレた。

「もういい! 後のことなど知るか! <ブレイドラング…」

「<ファイアーボール>」

ゴードンがトリガーワードを唱え終える前に、クリムトがファイアーボールを放つ。

「<障壁>」

大技を中断して、魔法障壁を展開してのファイアーボールを迎撃。

詠唱無しで、トリガーワードさえ唱えれば発動できるとはいえ、大技のトリガーワードであれば発動までに、それなりの時間がかかる。

ファイアーボールなら一秒で生成・発射が終わるとしても、大技なら生成・発射に三秒必要、という具合にである。

それでも長い詠唱を唱えるのに比べれば、ほとんど気にならない程度の時間なのであるが…クリムトはその短い時間にファイアーボールを放つことで、大技の生成を阻害してくる。

ゴードンが大技を放とうとすればファイアーボールで邪魔され、ファイアーボールなどの生成スピードの速い魔法には、同じような魔法で迎撃され…ゴードンからすれば全く想定していない状況であった。

(なんであいつは、俺の魔法に合わせられるんだ? 俺が魔法を生成し始めてから対処しているはずなのに…やつの魔法生成スピードが俺より速い…? ふざけるな! 中央諸国の魔法使いなんて、長ったらしい詠唱に貧弱な威力の魔法しか使えないのが常識だろうが! それなのにこいつ、詠唱なしの上、俺以上の速さで魔法生成だと? そんなの認められるか!)

だが現実は、ゴードンの全ての魔法が、迎撃か生成阻害をされてしまう状況にあった。


ゴードンは心の中で焦っていたが、それはクリムトも同じだった。

いや、むしろクリムトの方が相当に焦っていた。

それは、ゴードンと比べて、まだまだ全然足りない経験不足から来るものであった。

師団に入って半年、まともな魔法が使えるようになったのは師団に入ってからである。

魔法そのものの扱いは、師団における血を吐くような訓練によって、息をするようにスムーズに行えるようになっていたが、対人戦闘の経験は決して多いとは言えないのだ。

もちろん、師団の訓練では対人戦闘が主であるのだが、やはりそれは訓練である。

今回のゴードンのように、殺してしまっても仕方ない、くらいの勢いで向かってくる師団員はさすがにいない…副長を除いて。

師団は、結成して半年ではあるが、実際の戦場経験もあるし魔物討伐も何度も経験している。クリムトも、魔物討伐には従軍した。

だが、戦場は…その前の訓練時に怪我を負い、その際に血を流しすぎた…怪我そのものはエクストラヒールですぐに治ったが、流した血の回復は多少の時間がかかり、参戦できなかった。

つまり、他の師団員に比べて、命を危険にさらした経験が少ない。

クリムトもそれは自覚しており、なんとかしたいと思っていたが、師団が戦場に出ることは決して多くない。

実際それ以降、一度も大規模な戦闘には派遣されていない。

経験が足りない…。


だからこそ、フィオナはクリムトを選んだのである。

フィオナにとっては、勝ち負けはどうでもいいのだ。

どちらが勝とうがどちらが負けようが、これから先やることに変わりはないのだから。

そうであるなら、少しでも師団員のためになる戦闘がいいであろう。

クリムトは真剣勝負の経験が足りない。

ならばここで経験を積ませよう。

それが、クリムトが選ばれた理由であった。


経験が足りないクリムトとしては、半ば膠着した現状を、どう打破すればいいのかは全くわからなかった。

だが、これ以上手数を増やすことはできない。

魔法の生成スピードは、互角である。

大技を使われると、多分負けてしまうし、場合によっては死んでしまうかもしれない…ならば大技だけは絶対に使わせてはいけない。

クリムトは、意を決した。

魔法を放ちながら、一歩、また一歩とゴードンの方に歩き始めたのである。


(な、なにを考えていやがるんだ、こいつ。なんで近付いてくる? 生成スピードは自分の方が上だから、それで勝負しようとでもいうのか! ふざけやがって)

ゴードンの心の声である。

全くの誤解であり、大技を発動する余裕を与えたくないがために、距離を詰めようとしているだけなのだが…。


「<ファイアーボール><ファイアーボール><ファイアーボール><ファイアーボール><ファイアーボール>…」

クリムトはもはや、ファイアーボール一本に絞っていた。

ゴードンに向かってファイアーボールを放ち、一歩ずつ近づく。

彼我の距離は、すでに十メートルを切っている。

その時、突然二人の間の地面が爆ぜ、土煙が舞った。

「え?」

クリムトは声を出しつつも、とっさに地面に身を伏せた。

その瞬間、クリムトがいた場所を炎の槍が通過する。

慌てて身を起こすクリムトであったが、目の前には炎の槍を持った鬼の形相のゴードンが立ち、クリムトに炎の槍を振り下ろすところであった。

「そこまで!」

立ち合いのユルゲンの鋭い制止の言葉が飛ぶ。

「勝者、ゴードン殿」

クリムトは命を救われた。



ゼーハーと息を乱しながらも、なんとか観客席の勇者パーティーの元へ戻るゴードン。


そのゴードンと入れ替わりに、観客席から演習場に降りたのは師団長のフィオナであった。

「クリムト、ご苦労」

負けたまま動けなかったクリムトに、フィオナは小さく声をかけた。

「殿下、ご期待に沿えず申し訳ありませんでした」

クリムトは慌てて立ち上がると、負けたことを詫びた。

せっかくフィオナが自分を師団代表として指名してくれたのに、あえなく負けてしまったことが悔しかった。

「よい。ゴードン殿を見てみろ」

「は?」

クリムトはフィオナに言われて、観客席に戻ったゴードンを見る。

だが、特段何かがあるようにも見えず、フィオナの意図が理解できなかった。

「ゴードン殿は、もうバテバテだ。だがクリムト、お前はまだ戦えるであろう?」

「はい。もう一戦、このままやれます!」

「戦場では、生き残ることが一番大事だ。そのためには、持久力が必要。戦場の魔法使いにとって最も大切なことは、持久力。継戦能力を支えるのは持久力だ。そしてお前は、持久力において、勇者パーティーの魔法使いよりも上であることを示した。よくやった」

フィオナはクリムトを褒めたのだ。

「あ、ありがとうございます!」

「あと必要なのは経験だ。じっくり経験を積むように」

そういうと、フィオナは観客席に戻っていった。それを追うように、クリムトも観客席の第二中隊へと戻るのであった。


褒めて伸ばす。それがフィオナの指導法だった。


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