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赤き華の記憶

 泣いていた。黒髪の幼い少女がうずくまって泣いている。


 零れ落ちる涙は頬を伝い、地面に落ち、ゆっくりと土に染みていく。


 少女の周りには無惨にも踏み荒らされた紅の華々が地に伏している。


 その紅の華は、葉がなく、群れて咲き誇る。不可思議な形の花弁と目に焼き付く強烈な色から醸し出される妖艶さ。そして、その根に宿す毒から謂れのない(そし)りを受けて排斥された。


 『グスンっ……なんで…………一生けんめいお水……あげたのに』


 少女は泣きじゃくる。一生懸命育てていた花を台無しにされてしまった。


 「誰がやったのか」とか「やった奴を許さない」だとかいう感情は全くなく、只々、目の前の光景が悲しかった。


 『おじいさまに……見てもらいたかったのに』


 祖父が好きな花だ。もちろん自分も大好きな花だ。そう思うと益々悲しくなってくる。涙が次々と零れて足元の土の色が変わってゆく。


 そこに、誰かが近づいてくる気配がした。自分に近づいては来るが、真っ直ぐではなくフラフラと近づいてくる。


 『…………?』


 顔を上げると男の子がいた。歳は自分と同じくらい。黒と銀の混じった髪の毛、それに綺麗な蒼色の瞳をした男の子。見たことのない子だ。


 『…………あ』


 奇妙な軌道で近づいてくる男の子を眺めているうちにあることに気付いた。


 その男の子は花の根がないところを歩いているのだ。そして、曲がりに曲がり、くねりにくねった末、やっと少女の許までやってきた。


 『ハア……何か……ハア……、悲しいことでもあったのか?』


 声を掛けられて黒と銀の髪の男の子を見上げる。遠目で見たより幼い顔をしていた。少し息が荒く、顔色が悪いように見えるがとても優しい目をしていた。


 『お花……うちがそだてたの……』


 その目を見て、普段はあまり人を寄せ付けなかったはずの少女は何故か、見知らぬ男の子に泣いているわけを話していた。


 『……まんじゅしゃげ…………ハア……ハア……分かった』

 『……え?』


 男の子は苦しそうに息をしながらも力強く頷くとその場にしゃがみ込んで、両手を地面に置いた。


 『ハア……ハア……フッ!』


 男の子が短く息を吐くと地面に着いた手の平がぼんやりと緑色に光る。そして、それは段々と地面に拡がっていく。


 『……?……あ!』


 首を傾げて見ていた少女だったがすぐに驚きの声を上げた。


 倒れていた黄緑の茎がみるみる起き上がり、潰れていた花が元通り、鳳のように咲き誇った。

 『……わあ!』


 花が元通りになっていくのと共に少女の顔から悲しみが消えていく。やがて、少女と男の子の周りは真紅の曼殊沙華でいっぱいになった。


 『ありがとう!』


 少女は満面の笑みで少年に感謝の言葉を送った。


 思わず両手で見知らぬ男の子の手を握ってしまうほどそれは愛想の悪いと大人に心配される少女が、初めて他人に見せた笑顔だった。


 それを見上げた男の子は身体をよろめかせながら立ち上がる。


 『……ん』


 短く返事をした少年はそのまま、バタリと少女に寄りかかるように倒れてしまった。


 『え!?どうしたの!?だいじょうぶ!?』


 返事は帰ってこない。それでも、少女が握った手を、男の子はぎゅっと握り返すのだった。



 こんばんは!ちょっと短めなので、夕飯食べたらもう一回投稿します!

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