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食い逃げ犯と蒼き少女

 ガタガタガタッ。街角の食堂の引き戸がけたたましい音を立てて開いた。通りから暖簾の奥を見ると昼時とあってか多くの人で賑わっている。店員たちもバタバタと忙しなく動いている。


 それを横目に爪楊枝を咥えた無精髭の男が暖簾をくぐって外に出てきた。


 「ごちそうさんでした」


 丁寧に頭を下げて、ゆっくりと引き戸を閉める。あれだけ騒がしい音を立てて開いたのに今度は何故かほとんど音が立たずにスムーズに戸が動いた。


 男は咥えた爪楊枝を弄びながら左の方に首をやって数秒見つめると、身体を右に向け、背中を少し丸めてひょこひょこと歩き出した。


 その数瞬後、ガタガタガタッ!再びけたたましい音を通りに鳴り響かせて勢いよく引き戸が開かれた。


 暖簾の奥から前掛けにねじり鉢巻きの如何にも頑固親父と言った風体の初老の男性がお玉片手に怒りの形相を浮かべて飛び出してきた。


 「どこへ逃げやがった!?食い逃げ野郎!」


 グリグリと首を左右に振って目的の人物を探す。


 そう、先程出てきた無精髭の男、この店で無銭飲食を働き、誰にも気づかれずに店を後にしたのだ。しかし、そうは問屋が卸さなかった。


 店を構えて三十余年、腕は一級の頑固親父は食い逃げなど一度も許したことはない。逃げられても毎回とっ捕まえていた。


 「っ!いやがったな!待てー!」


 既にそこそこ小さくなっていた食い逃げ犯の背中を大声を出してお玉を振り上げながら凄まじいスピードで追いかけ始める。


 その剣幕に悠々と歩いていた無精髭の男も思わず振り向いた。


 「おっと!こいつはいけねえ!」


 捕まっては堪らないと走り出す、が如何せん店主の足が速い。徐々に間が詰められていく。


 「待て!勘定置いてけー!」


 声がどんどん近づいてくる。そんな時、丁度逃げ込むのに良さそうな細い路地が目に付いた。


 「こいつは神の思し召しってやつだな!」


 髭を一撫ですると男は迷いなく路地に飛び込んだ。


 「へっ!馬鹿な野郎め!」


 路地に駆け込むベージュのスーツを纏った後ろ姿を見ながら店主はニヤリと笑みを浮かべた。食い逃げ犯が入っていった路地は行き止まりなのだ。しかも、路地に入ってしばらく進まないとその事実には気づかないようになっている。


 「もう、袋の鼠だぞ!大人しく金払いやがれ!」


 啖呵を切って勢いよく路地に駆け込んだ、がその瞬間足は止まり、怒りに燃えていた表情は呆気にとられたものに変わってしまった。


 「ど、どうなってやがるんだ!?」


 言葉と共に足も止まる。細く、昼間にもかかわらず薄暗い路地には男の姿はなかった。あり得ないと思いつつ、行き止まりになっている奥まで歩いてみるが、食い逃げ犯の姿は幻のように消えてしまったのだ。


 「……俺は狐にでも騙されたのか?」


 店主は釈然としない表情を浮かべたが、薄暗い場所にしばらく立ち尽くしていたせいか薄ら寒くなって身体が震えた。


 「…………店に戻るか」


 青くなった顔を隠すようにして食堂の店主はトボトボと大通りへと出ていった。


 「…………」


 その背中を何者かの視線がずっと捉えていたことに店主が気づくことはなかった。


 店主が路地を去って数分後、音もなく影が一つ舞い降りた。


 「やれやれ。中々執念深い御仁だった」


 無精髭を撫でながら苦笑を浮かべるのは無銭飲食をして追いかけられていた男だった。何をしたのかは分からないが、男はこの路地から出ることなく店主の目を完全に欺いたのだ。


 パンッ、パンッとスーツに着いた埃や煤を叩いて落とす。


 「さて、行きますかな…………おっと!何か御用ですかい?」


 無精髭の男は足を一歩踏み出して、すぐに足を止めると両手を上げて降参を示すようなポーズを取った。そのまま、振り返ることなく、突然、背後に現れた、不気味な気配の主に問いかけた。


 「フフフフ……最近の鍛冶師は身軽なのですね……面白いものを見せてもらいましたわ」


 穏やかな声が耳を撫でる。が、声の主は得体の知れない雰囲気を纏っているのだ。それまで涼しい顔をしていた無精髭の男の顔に脂汗が滲む。


 「へへっ……お褒め戴き光栄でさぁ……ところで、そちらを向いてもいいですかい?」

 「ええ、構わなくてよ。フフフフ、このままじゃお話しにくいものね」


 許可を得て男はゆっくりと身体の向きを変える。そこには一人の少女が立っていた。


 地面に着きそうなほど長く伸び、炎のように逆巻く蒼髪、陶器のように白い肌、起伏の少なく、細枝のような身体は触れれば折れてしまいそうだ。


 純白のドレスを纏い、頭にはドレスと同じく純白のつばの広いキャペリンを被っている。そのつばの奥からは蒼い瞳、蒼玉の如き瞳が静かな光を放っている。


 「それにしても、貴方、本当に身軽ね。噂に聞く”ジャパニーズニンジャ”とかいうやつなのかしら?」

 蒼髪の少女は笑顔を浮かべて穏やかな声色のまま話を続けた。


 壁を交互に蹴って建物の屋上に上り、そこに身を隠していたのを完全に見られていたらしい。


 「へへへ……あっしのようなものはアレくらい出来ないと生きていけないもんで……」

 「……そう、じゃあ例のモノをお渡しいただけるかしら?」

 「いいんですかい?前金にあんなに出してくれたのに実験はまだ途中ですぜ?」

 「ええ、いいの。ご主人様は貴方の腕を気に入ったみたいだから。実験は私が最後まで見させていただくわ。後の払いはその後。よろしくて?」

 「ええ、ええ!文句なんてありやせん。今後とも御贔屓に……どうか」


 男は胸ポケットから小さな木箱を取り出すとそれを少女に手渡した。


 「フフフフ……それを頼む相手は私ではなくてよ?……それじゃあ、頑張ってくださいね。千子(せんご)さん」


 その一言に無精髭の男の目つきが鋭くなった。


 「……お嬢さん……あっしはその名を捨てた男でさぁ……ご勘弁を」

 「フフフ、そうだったわね。ごめんなさいね、山縣(やまがた)さん。あ、そうそう」

 「何ですかい?」

 「この都に特異な魔術師とお姉、ではなくて神話級遺物が入ったそうよ?嗅ぎまわってるようだから気をつけてね?」

 「はあ……分かりやした」

 「ああ、忘れていたわ…………これを」


 少女は黒い手の平に収まるほどの宝玉を男に手渡した。


 「これは…………何です?」

 「フフフフ……姿を闇に溶けさせる宝玉よ。きっと役に立つでしょう」


 噓か真か。本物ならありがたい代物だ。


 「左様で……ありがとうございやす」

 「フフフフ……それではご機嫌よう」


 満足げな笑顔を浮かべた少女は、ドレスの裾を摘まんで一礼すると陽炎のように姿を揺らめかせ、やがて空気に溶けるように消えたいった。


 一人残された男は顎を撫でながら身体を返して足を進め、陽光差す大通りの雑踏に姿を消した。


 こんばんは!皆さん、お仕事や学校お疲れ様です!今日から第三章に入っていきますのでよろしくお願いします!デートの後半はまた後程です、お楽しみに!

 気が向いたら評価していって下さると嬉しいです!少し下にスクロールすると出来ると思うので…………もちろん、レビューやブックマークもお待ちしています!

 それでは、良い夜を!

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