恋する乙女は褒められたい!
「……」
「…………」
ティルフィングとレーヴァテインが盛大な水飛沫を上げて海へ入ったのを見届けて、視線を戻すとそこには華やかな水着姿には似合わない、妙に緊張した面持ちの後輩二人が、これまたビーチに似合わない直立不動の像のようになっていた。
朱雲は日に焼けた肌によく映える青のタンキニにボトムスはピンクのデニムショートパンツを履いていた腰のあたりに見える青い水着の紐が健康的と蠱惑的の境界線のように見える。
一方のクラウディアはスタンダードなビスチェビキニだ。細すぎて心配になるくらいだが、淡黄色の生地にモモイロタンポポの柄が施された水着は。飾らない彼女にはよく似合っている。
「双魔君、そんなにじっくり見たら二人がかわいそうよ。早く何か言ってあげないと」
イサベルにそう言われて双魔はハッとした。よく似合っていると感慨に浸ってしまっていたが、黒白正反対だが二人顔真っ赤になっている。
「……すまん、二人とも可愛らしくてよく似合っていたから、つい、な」
「っ!ありがとうございます!双魔殿に褒めていただけて、拙はとても光栄です!なんだか胸がフワフワしますね!」
「あ、ありがとうございます!わ、私も……嬉しくて……その……えっと……ありがとうございます!私、向こうで砂のお城作ってきます!」
「なんと!クラウディア殿!それは楽しそうですね!拙もぜひご一緒させてください!」
クラウディアが深々と頭を下げて、ぎこちない足取りで踵を返して走って行ってしまった。言った通り、その先にはイサベルがゴーレムとして使役していた大きな砂の山がある。
そのあとを朱雲が追っていく。同い年のクラウディアとは気兼ねなく遊べるのだろう。足取りは流石というべきか、強い体幹を感じさせるしっかりとしたものだった。青龍偃月刀も主がもう無茶はしないだろうと踏んだのか、やれやれと言いたげなため息をつきながらヴィラに戻っていった。ゲイボルグに酒と愚痴の相手でもしてもらうつもりなのだろう。
気づけば騒がしいメンバーはそれぞれ楽しんでいて、双馬とイサベルだけがパラソルの下にぽつんと二人だ。
「……なあ」
「……何かしら?」
実質二人きりになったことをほとんど同時に意識した二人の視線は自然とぶつかった。双魔殿の呼びかけにイサベルは今日も艶やかなサイドテールを撫でながら応えた。
「ん……イサベルも、着てるのか?その、水着……」
「……ええ、海、ですもの」
普段はほとんど出すことのないしなやかで肉づきの良いふとももが見えている時点でそれ以外ないのだが、他に言いようもなく聞いてみると、イサベルはまたサイドテールを撫でながら応えた。視線が少し泳いでから戻ってきた。お互い気持ちは同じといったところだが、先に我慢ができなくなったのはイサベルだった。
「えっと…………見たい?」
「……ん」
身体を少し前に乗り出して上目遣いに聞いてきたイサベルに双魔はぶっきらぼうに頷くしかない。
「そう……よね。うん!覚悟はできたわ……笑わないでね?」
「笑うわけないだろ」
「うん……それじゃあ……えいっ!」
イサベルは気合いの掛け声とともに、一気に閉じていたチャックを下した。その勢いのままパーカーを脱ぎ去って、パラソルの下の椅子へと投げかけた。
「……」
「……どうかしらっ!?私は自分でいうのもなんだけれど自分に似合ってるのを選べたと思うし……双魔君にも気に入ってもらえるといいのだけれど……」
何も言わずに呆けたように自分を見つめている双魔に我慢できずにイサベルはすぐにまくしたてた。
「……ん」
それでも、双魔は僅かにつぶやくだけで何も言ってくれなかった。イサベルは完全に生殺しだ。
(ど、どうして何も言ってくれないのかしら!?いつもはすぐに褒めてくれるのにっ!えっ?梓織にアドバイスしてもらいながら結構似合うものを選んだつもりだったけれど……ああ、そういえば何でも褒めてくれるから双魔君の好みはリサーチしてなかったかもしれないわ……ああ……)
イサベルが心の中で大反省会を大開催させようとしていた一方、目の前の双魔はその花のような姿に、ただ見惚れていただけだった。
白い蕾が浜辺に花開いたのだ。形の良いバストは水色のワンショルダービキニに包まれ、ほどよくくびれた腰の下は緑と青紫で彩られた竜胆花柄のパレオがまかれている。均衡のとれた肢体とトレードマークのサイドテールも相まって、まさに一輪の花が咲いたようだった。いつかの、そうイサベルの恋人のふりをしてお見合いに乗り込んだ時の可憐な姿が自ずと思い出された。
「……い……だ」
「え?」
双魔の声にイサベルは脳内大反省会の会式の辞が発される前に現実へと引き戻された。
「綺麗だ、な……よく似合ってる……いや、褒め言葉のレパートリーが少なくて悪い……でも、本当に綺麗だ。ありがとう」
双魔はこめかみをグリグリとしながら少しうつむいた。照れているのか、イサベルには目が燐灰の瞳が泳いだように見えた。双魔の言葉はイサベルの耳にじんわりとしみ込んだ。そして、すぐに安堵と喜びへと変わっていく。
さらに、うまく褒められなかったと思っているのか、少し申し訳なさそうな双魔への愛しさが湧いてくる。言葉ではなく気持ちが大切なのだ。なのに、気にしてしまっている双魔の不器用さがたまらなく可愛かった。
「よかった!ありがとう!安心したわ!似合ってないのかと……」
「いや、そんなわけないだろ。よく似合ってる。いいと思う……ん」
「双魔君……可愛いわね」
「……ん?」
「ううん、気にしないで!嬉しいわ!よかった!」
余計な不安を与えてしまったかと心配した双魔だったが、イサベルの晴れやかな笑みに安心した。と、そこであることに気づいた。
「イサベル」
「なにかしら?」
「……鏡華は?」
「……ああ……えーと……まだ、ヴィラの中……呼んでくるわね」
イサベルは満面の笑みから一転、何とも言えない苦笑を浮かべると、パレオを翻しながらヴィラへと繋がる階段を駆け上っていった。
「……なにかあったのか?」
ザパァーーーーーーン!!
再び立ち昇った水柱を背に首を捻る双魔だった。





