難解?単純?女心
さらに一方、時計塔の遺物サロンでは、カラドボルグが荒れていた。怒っているのか、悲しいのか分からいが、涙をぽろぽろと零しながら、虹色の髪をざわざわさせて、顔は真っ赤だ。
「フェルゼンったら!ナンパしたいって言っただけなのに!迷惑になるから止めろ!って言うのよ!?オーエン家のプライベートビーチから一歩も出るなって!地図で見たわ!ネットのレビューも見たわ!近くには公営ビーチがあって!色んな国からイケメン!ナイスガイ!勇士!が集まってくるって!評判だって!ナンパしたい!男遊びしたい!勇士をドロドロにしたいのよー!!」
妙齢でド派手な美女が子供のように駄々を捏ねる姿は、見苦しいというよりも衝撃的と言った方が合っているだろう。今日は、いつも諭し役になっているスクレップはいない。からかいと宥め役半々のゲイボルグも面倒だと思ったのか、アイギスと浄玻璃鏡のチェスをテーブルに前足をかけて観戦中だ。
他の遺物たちも軒並み今日はいない。普段サロンに入り浸っている遺物たちのパートナーは、基本的に各国各地の名家出身であることが多い。裏を返せば、長期休暇は各家での用事や役割を果たすために、さっさと実家に帰り、遺物たちもそれに帯同する。学園に残るほうが圧倒的に少数派なのだ。
「フェルゼンのばかぁ……」
「むぅ、そんなに怒ることなのか?」
自分の契約者を弱々しく罵倒しながら、テーブルに突っ伏したカラドボルグの向かい側に座っているティルフィングは不思議そうに首を傾げた。
「怒ることなのよぅ……」
「お姉様、カラドボルグさんはおつむが少々足りませんから。相手にするだけ無駄ですわ!ささっ!放っておいて、私がお姉様のために用意した焼き菓子をお召し上がりになってください!」
「レーヴァテインみたいなお子ちゃまには、大人の女の悩みなんて一生分からないわよ……」
「なっ!?だれがおこちゃまですかっ!?」
自分から仕掛けておいて、仕返しされると瞬間沸騰器のレーヴァテインがメラメラと蒼炎を纏いかけた。が、ティルフィングが手に持ったフィナンシェに手を伸ばすと、火傷させたくないと思ったのか、すぐに炎を収めた。
「はむっ……もぐっ……怒ることではないと我は思うがな?フェルゼンはカラドボルグに他の輩よりも自分と一緒にいて欲しいと思ったのではないか?」
ティルフィングの思いがけない発言に、カラドボルグの耳がピクピクと動いた。そして、そーっと顔を上げて、ティルフィングを見る。
「……どういうことぉ?」
「我は難しいことはよく分からないが、双魔と一緒にいると嬉しいし、離れている時は寂しい。レーヴァテインも……我は鬱陶しい時もあるが、我と一緒にいるのがいいのだろう?」
「はいっ!もちろんですわっ!少々遺憾ながら……紆余曲折あって双魔さんと契約してしまいましたが……お姉様と一緒にいられるのならば!私にとっては全てが些事ですわっ!!」
そう言って、はっしと後ろから抱きついてくるレーヴァテインに、言葉通り鬱陶しそうにしながら、ティルフィングは話を続ける。
「フェルゼンも同じなのではないか?せっかく、海に行くのだ。お主と一緒に過ごしたいと思ったから、他のところに行こうとするのを止めたのではないか?」
「……つまりぃ……フェルゼンは私と一緒じゃなきゃ嫌ってこと?」
「間違ってはいないと思うが……もぐっ……」
ティルフィングがフィナンシェをもう一口齧る。その間にカラドボルグは完全に復活していた。
「なーんだっ!フェルゼンったらそう言うことだったのね!男の嫉妬は見苦しいって言うけれど……可愛いじゃない!いやんっ!愛されてるー!」
グラマーな肢体をくねくねと揺らして、カラドボルグは一転、上機嫌だ。レーヴァテインも上機嫌。こちらのテーブルの辛気臭い空気が散ったころ、隣のテーブルもまた、いつもと少し違う空気が漂っていた。
「…………どうぞ」
「……ふ……む……」
アイギスがルークの駒を動かして手番を浄玻璃鏡に譲る。浄玻璃鏡は僅かに眉を動かし、怪訝に感じたことを露にした。そして……。
「……王……手……」
浄玻璃鏡は細い指でビショップの駒を動かした。アイギスは盤面を数秒凝視した後、小さく息を吐いた。
「ふぅ……私の負けね」
納得がいっていないということもなく、どこか上の空な様子で椅子に背を預けた。
「らしくない戦いでしたね。アイギス殿」
「あら、安綱。いつの間に来ていたの?」
アイギスは、少し前にサロンにやって来て、自分の背後からチェス盤を覗いていた安綱に声を掛けられて驚いたようだった。
「オイオイ、安綱にも気づいてなかったのかよ。何か心配事でもあるのか?」
「別に、そんなことはないわ」
「……噓……だ……な……」
ゲイボルグへのアイギスの返答に、真実を見通す権能を持つ浄玻璃鏡がそう言い切った。同格の神話級遺物同士、力の大きさは互いの知る所である。誤魔化せないと判断したのか、アイギスは分かりやすく表情を曇らせた。
「なるほど。此度のギリシア行きには何か思うところがあるようですね?」
「そんなことはないけれど……少し、嫌な予感がしただけよ」
「ヒッヒッヒ!お前……俺らが嫌な予感つったら、後は波乱しかないだろうよ」
神話級遺物は、永き時を過ごしているだけでなく、そもそもが神代の戦いで活躍した伝説の武具たちだ。その経験から、「何かが起こる」と感じれば、必ず何かが起こる。つまり、現時点で既に楽しいだけのバカンスになることはないと確定してしまっている。
「私は今回、行くことはできませんが……武運を祈っております」
「なんだ、お前も来ればいいじゃねえか」
「主がご自分の不始末に追われる予定ですので……」
安綱は何とも言えない表情を浮かべた。
「ヒッヒッヒ!そりゃ!仕方ねえ!まあ、心の準備だけはするように、各自言っておけよ?」
「……承……知」
「カラドボルグ!お前も聞いてたな!」
「ええ!ばっちり!」
機嫌を直して余裕ができたのか、こちらの話をしっかり聞いていたカラドボルグはサムズアップして見せた。
「ティルフィングとレーヴァテインは……いや、浄玻璃鏡に任せるぜ」
「……そ……れ……も……承……知……」
ティルフィングとレーヴァテインに伝言を頼むのは不安と判断したのか、ゲイボルグは浄玻璃鏡に託す。浄玻璃鏡もゆっくりと首を縦に振った。
「まあ!せっかくのバカンスだから!気にしすぎても仕方ないわ!まずは楽しむことが一番よ!」
「うむ!楽しみだぞ!海!」
「海はいいわよー!広くて綺麗で!」
楽観的なカラドボルグとティルフィングは、備えつつも楽しむ気満々だ。その様子に、ゲイボルグも半分は賛同しているのか、ニヤリと笑った。
「…………」
アイギスの物憂げな視線だけが、瞼の裏のエーゲ海へ漂う。バカンスはすぐそこへと迫っていた。
なんとか、三が日は更新できました!また、間が空いてしまうと思いますが、お待ちいただけると嬉しいです!感想などいただけると大変喜びます。精神感応が。それでは、またお会いしましょう!





