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男は……つらいよ

 女子たちが華やかに、賑やかにショッピングを楽しむ一方、ウエストミンスター近くのパブ“Anna”には、男子陣が集まっていた。


 小さなテーブルを双魔、宗房、フェルゼンが囲っている。宗房とフェルゼンが大きいせいで双魔は少し小さく見える上に、大男が狭い空間に詰まっているので、何とも言えない筋肉的な閉塞感が漂っている。


 テーブルの上には紅茶が湯気立つカップが三つ、一人か、宗房と二人なら迷わずアルコールなのだが、フェルゼンは真面目で未成年飲酒など断固しないので、道理的に二人がフェルゼンに合わせた。三人の話題は、もちろん、ギリシア旅行についてだ。


 「今日、双魔の嫁たちは揃って水着買いに行ってるんだろ?お前を悩殺しようと思って、とんでもなくセクシーなやつ選んできたりしてな。カッカッカッ!」

 「だから、まだ嫁じゃないし、朱雲とクラウディアは違うだろ」

 「まだ、そんなことほざいてるのか?二人ともどう見てもお前のこと男として好きだろ!一回、聞いてみろ。少なくとも、クラウはその気しかないぜ。兄として断言する」

 「兄としてその物言いは何なんだ……なあ?フェルゼンもそう思うだろ?」

 「……ああ」


 いつもの調子の宗房に辟易して、双魔はフェルゼンに話を振った。が、沈んだ声が返ってくるだけだ。いつも元気に筋トレに励みながら、評議会の仕事をこなすフェルゼンの爽やかな笑顔はそこにはなかった。どんよりと、小石が投げ込まれた水たまりのような表情を浮かべている。


 「おいおい、せっかくバカンスに招待されたってのに暗い顔しやがって!女嫌いはまだ治らないのか?」

 「嫌いじゃない……苦手なだけだ」


 宗房がからかうと、フェルゼンは細い声で反論した。詳しく聞いたことはないが、フェルゼンはカラドボルグが異性関係や性に奔放なせいで、思春期前から衝撃的な状況や光景を目にしたり、体験したらしく、女性に苦手意識がある。ロザリンたちと普通に話せるのは、女性ではなく、友人として見ることができているからだ、と前に言っていた。


 「……フェルゼン、流石に皆が水着になったら厳しいか?」

 「いや、そこは何とか割り切る。俺だって、せっかくアッシュが招待してくれるんだ。皆と一緒に楽しみたい。少し離れたところで泳ぐか、身体を焼くか、筋トレを楽しむつもりだ」

 「お前、それは一緒に楽しむって言えるのか?」

 「宗房、ちょっと黙ってろ。んじゃ、どうしてそんな暗い顔してるんだ。まさか、試験の出来が悪かったなんてことはないだろ?」


 フェルゼンは文武両道の快男児だ。まさかとは思うが、聞いてみるとやはり首を横に振る。


 「面倒だから、さっさとその辛気臭い顔の理由をさっさと吐いちまえよ」

 「……ああ……カラドボルグが、な」

 「カラドボルグさんが?」

 「バカンスの話をした時は上機嫌だったんだが……プライベートビーチだと伝えたら、ナンパができないとへそを曲げてな……まともに口を利いてくれないんだ」

 「…………」


 ナンパができないと屁を曲げる神話級遺物に手を焼いているとは、なかなか想像できなかった答えに双魔が言葉を失ってしまった。一方、宗房は面白そうに笑っている。


 「カッカッカッ!おいおい、神話級遺物様は普通の人間を逆ナンするのか?ついていった人間は五体満足で帰れるのかよ!」

 「……難しいと思う……俺も毎晩ヘトヘトになるまで絞られるからな……」

 「そりゃそうだろうさ!……って、ちょっと待て」

 「……フェルゼン、今のは……」


 フェルゼンの衝撃的な返事に笑っていた宗房は真顔になった。双魔も同じような表情で、恐る恐るフェルゼンの顔を見た。すると、自分の失言に気づいたのか、フェルゼンは一瞬、両目を瞑って痛恨を表したが、やがて、大きな溜息を一つついた。


 「はぁー……今のは聞かなかったことにしてくれ。カラドボルグの契約者になった男の宿命なんだ。俺の父も、祖父も、曾祖父もカラドボルグには美味しくいただかれているんだ……バカンスに行ってテンションが上がったカラドボルグの欲望を抑えることを考えると……」


 二メートルを超える大男が、身体を丸めて震えている。カラドボルグの初代契約者であるケルトの大英雄、フェルグス=マック・ロイは七人の女性に相手をさせねば満足せぬほどの性豪であると伝わる。その性質が、カラドボルグにも影響を与えているのだろう。兎に角、気の毒と言わざるをえない。


 「……頑張れよ!」


 フェルゼンの悲愴な表情に、ついさっきまでニヤニヤと笑っていた宗房も、心の底から熱いエールを贈る。男としての最大の敬意を籠めながら。


 「……ありがとう」

 「……とりあえず、アッシュには栄養のある食事を用意してもらうように言っておくか……」

 「双魔も、気遣ってくれて……ありがとう……」

 「俺もクラウと一緒に、そっちに効く薬を開発してみるぜ。俺は今日、お前の漢としての器のでかさに感動した!困ったことがあったら、何でも相談してくれっ!!」


 宗房の頬をツーッと一筋の涙が伝った。それはそれは美しく煌めく涙だった。


 (……宗房の感性はずれてるんだよな……)


 「双魔も、ロザリンをはじめに、たくさんの女性に好かれているからな、気をつけろよ。女性は火が着くと、男が想像しているより十倍は情熱的だ……」

 「あ、ああ……」


 宗房に呆れていると、フェルグスが真剣な表情で、優しく肩に手を置いてきた。反応に困っていると……。


 「遅れちゃってごめん!え?なんで、宗房さん泣いてるの?フェルゼンもそんなに暗い顔して……」


 家の用事で遅れていたアッシュがやって来た。そして、双魔たちの様子を見て不思議そうにしている。


 「ん、ちょっとな……アッシュが来たら注文しようと思って待ってたんだ。二人は少しそっとしておくとして、飯にしよう」

 「そ、そう?それじゃあ、シェパードパイがいいな!」

 「俺もそうするか。宗房とフェルゼンもそれでいいだろ。マスター」

 「聞いていたよ。今用意するから待っていてくれ」

 グラスを拭いていたセオドアは、笑顔でフードの準備をはじめた。

 「そういえば、そこでフローラさんに会ったよ。用事ができてギリシアには行けないって」

 「そうなのか……なんつーか、あの人も自由人だよな……」

 「そうだねぇ……楽しみだったけど今回は残念って、あっけらかんと笑ってたよ。あ、双魔はどう?お父さんの勢いに押されて誘っちゃったけど……」

 「俺も楽しみだ。ギリシアには行ったことないからな」

 「フフッ!そっか!それならよかった!アテネのおすすめスポットはねー……」


 アッシュはにこにこ笑って、安心したようだった。熱々のシェパードパイが来るまで、双魔はアッシュのギリシアおすすめポイントのプレゼンを受けるのだった。


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