蜀王の勝鬨
人の上に立つ者、王たる者の資質の一つとして、高い状況判断能力とそれに合わせた行動力が挙げられる。そして、蜀の王である劉具白徳はそれを備えていた。
眼前において凄烈な攻防を繰り広げ、難敵、金蛟剪を討ち払った双魔。力尽き気を失った彼を、美しき水龍を駆って迎える朱雲。その光景に白徳は自分のすべきことを理解する。
「翼桓ちゃんっ!勝鬨を!」
「おう!この戦ぁぁーー!我らが王、劉具白徳様のもとに集いし豪傑たちの手によって大勝利と相成ったぁぁぁーーー!!!勝鬨を上げよぉぉぉぉぉ――――――!!!!!」
解技“万人の敵は此処に在り”もかくやといわんばかりの翼桓の大音声に合わせて、白徳は左手を上げて、雌剣を天に掲げた。
……ウ……ウォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!
数秒の静寂の後、自軍の勝利を理解した城壁の守備についていた遺物使い、道士たちが歓喜の雄叫びを上げた。
王っ様っ!!王っ様!関将軍っ!関将軍っ!張将軍っ!張将軍っ!!
「翼桓ちゃん、私たちだけではないよ」
「あら!そうだったわ!強大なる敵を退けし豪傑たちの名を知らしめよう!」
白徳は自分たちの名を連呼されるのを聞いて、微笑みながら翼桓に声を掛ける。翼桓が再び声を上げると一旦、熱狂は収まる。
「日出る国、日本より参りしは伏見双魔殿!契約遺物ティルフィング殿!レーヴァテイン殿!同じく六道鏡華殿!契約遺物、浄玻璃鏡殿!!」
ウオオオオー!!伏見殿っ!ティルフィング殿っ!レーヴァテイン殿っ!六道殿っ!浄玻璃鏡殿っ!
「世界が盟主、イングランドより参りしはアッシュ=オーエン殿!契約遺物アイギス殿!ロザリン=キュクレイン殿!契約遺物ゲイボルグ殿!」
オーエン殿っ!アイギス殿っ!ロザリン殿っ!ゲイボルグ殿っ!
「太陽の沈まぬ国より参りしは魔術師、イサベル=ガビロール殿っ!以上!異邦より我が王、我が国を救いし十名の豪傑である!存分に讃えよーーー!!!」
ガビロール殿っ!ガビロール殿っ!ガビロール殿っ!!
「わーーーーーー!!!!」
「「「オーエン殿!」」」
爆発的に広がった勝利のムードに、アッシュも思わず歓声を上げた時だった。城壁正門の楼に詰めていた者たちが、ワッと真装を解いたアッシュとアイギスを取り囲んだ。
「貴殿は我ら城壁守備隊の英雄です!!貴方の人を守る姿勢に、一同感銘を受けました!!」
「わっ!そんなっ!僕たちは遺物使いとして当然のことをしたまでですから……」
「これほどまでの武功に……気取らぬばかりか謙遜までするとは……」
「……お若いのに何たる御仁!皆!我らが英雄を讃えるぞ!!」
ウオオオオーーーーー!オーエン殿っ!オーエン殿っ!オーエン殿っ!!アイギス殿っ!アイギス殿っ!
「わ!わわわ!アイっ!?どうしたらいいのさっ!?」
「勝利の熱狂は私の父たるヘファイストスの燃え盛る炎にも劣らないものよ。貴方は初めての体験だと思うけれど、ここに滞在している間は常にその熱狂の渦の中心よ。今のうちに慣れてしまいなさい」
「そっ!そんなこと言ったって……」
「アッシュも見ていたでしょう?双魔はしばらくは目を覚まさないわ。その間に貴方が人気者になっておけば、双魔も目を覚ました後にゆっくりできる。そうでしょう?」
アイギスの視線の先には、地面に下ろされて、誰が用意したのか茣蓙の上に寝かされた双魔をティルフィングとレーヴァテイン、鏡華、イサベル、朱雲たちに囲まれている。慣れたくはないが、慣れつつある事態。アイギスの言う通り、今から双魔が治療を受けて寝込むのは簡単に想像できた。
「確かに……仕方ないから頑張るよ!あとで双魔にはたっぷりと埋め合わせしてもらうんだから!!」
「その意気よ」
オーエン殿っ!!オーエン殿っ!オーエン殿っ!
「……さて、ここからが私の一番の仕事だね」
盛り上がる正門の楼に少し視線を送った後、白徳は小さく呟いた。歓声は城壁付近から城内の内へ内へと広まっている。安堵しつつある民の心身を安らかにするのは王たる者の務めだ。白徳は素早く思考を巡らせて、整理がついた順に口に出していく。
「翼桓ちゃん、私が今から言うことをよく聞いてね。戻ったら子虎にも同じように伝えて、各方面への手配をして貰うから。迅速にね」
「分かったわ、俺に任せてちょうだい!」
翼桓は背中を丸めて、顎に両手の拳をつけてやる気をアピールする。本人は可愛いと思っているのだが、よく知らないものが見ればその迫力ある表情に卒倒してしまうだろう。因みに白徳の目には可愛く映っている。愛すべき妹分(?)なのだから、当たり前だ。
「まず、私と翼桓ちゃんは宮殿に戻って身なりを整え直したら、城内の主要箇所を凱旋。私の護衛をお願いね。その後に、各区画の長に状況と命を伝える謁見をする。外の状態も把握しておきたい。出来れば太公望様からお話を聞きたいけれど……無理ならば、魏と情報交換。勇徳ちゃんは抜け目なくやってるだろうから、司隷まで行かなくてもあっちから来るかもね。その時は手厚く迎え入れてあげるように」
白徳は初めに、自分の今からすることを一気に説明した。内の安堵と外との連携が国主としては優先順位の最上だ。
「次に、怪我人たちへの対処。最優先は双魔君たちだよ。異邦からの、しかも蜀を救ってくれた彼らの体調は万全になってもらわないと色々と困る。何よりこの劉具白徳の気分が悪い。朱雲ちゃんは双魔君の傍に。宮殿の部屋に通したら一番いい腕の医師を手配するように。治療については彼らの意志を聞いてから行うように厳重に伝えて。ここまではいい?」
「ええ!一言一句漏らさず。最後は、前方に残ったままの一万と、さらに後ろの九万の兵のことでしょう?」
「流石、私の義妹だね。正解だよ。敵の首魁、洪汎仁の挙動は現在把握できていない。幹部の五王姫たちは 打倒したけれど、これで終わりじゃないはず。すぐに追加の斥候を送って、報告によっては、もう一合戦だ。しばらく休めないけどお願いね。じゃあ、宮殿に戻ろう」
「承知したわ!姉上!」
打ち合わせを終えると共に、白徳と翼桓は正門に詰めていた隊長の一人が連れてきた馬に跨った。馬ならば、宮殿直通の狭い隠し通路まですぐだ。道も覚えているので、馬上で少しだけ休むことができる。
「朱雲ちゃんたちの迎えの車と正門守備の配備は?」
「既に整っております!張将軍!」
「うん!いい子ね!今度、俺の部屋に呼んであげるわ!期待していてね!」
「はっ?ッ!?はっ……」
翼桓の誘惑と目配せを受けた兵は表情を引きつらせながらも、拱手して深々と頭を下げた。繰り返しになるが、常人ならば卒倒する迫力だ。蜀の兵士はよく鍛えられている。
「翼桓ちゃん!行くよ!はいやーっ!」
白徳が馬を走らせると、翼桓もすぐに続いた。その直後、墜落した飛行機まで双魔たちを迎えに来た車両と同種の車が正門横の二回り小さな門から現れた。
「関将軍とお客様たちはこちらだ!丁重にお連れせよ!」
隊長の指示に従い、車両から降りた衛生兵たちが双魔たちのもとへと駆け寄っていく。
こうして、国主率いる遺物使いたちと叛乱軍上帝天国との戦いは、上帝天国首領、洪汎仁行方不明のまま決着した。神話の再現といっても過言ではない遺物たちの激突を制したのは、言うまでもなく蜀であった。
次回から7部のエピローグに入っていけそうな予感です!





