双魔渾身
詠唱をトリガーに双魔の、フォルセティの心臓が熱く、大きく鼓動する。限界の先にある、魔力を越えた先に眠る神器の力が励起し、双魔の身体が迫りくる金色の凶刃の群れに対抗するように、銀色に光り輝く。
神気を呼び起こしたことによって、双魔の奥の手を複数同時に発動することが可能となった。
「“虚空の穴・鎧”!」
(まずは一手っ!)
初めに発動したのは師、アジ・ダハーカのもとで習得した空間魔術による攻撃無効化の防御網だった。双魔の身体を両断しようと接近していた無数の黄金の刃が音もなく虚空に溶け込むように消失していく。
『ほう?が、我が刃は億。故に、全ては受け切れまい?』
その光景を見た金蛟剪は感心するように笑みを浮かべた。されど、その笑みは絶対的な自身による笑みでもあった。金蛟剪の言う通り、幾つかの刃が“虚空の穴・鎧”をすり抜けてくる。
「ティルフィング!レーヴァテイン!合わせるぞ!」
『双魔は気にせず我とレーヴァテインを振るえ!』
『そうしてくだされば私とお姉様で合わせますわ!』
「スゥー!シッ!」
紅と蒼の剣閃が蜀の中空を舞う。重なることのない二振りの魔剣の軌道に触れた黄金の刃は陰陽の力を相殺されて消え去っていく。が、双魔に迫る刃は十を超え、百も超えていく。“虚空の穴・鎧”はまだ、完成していない術だ。隙も多い。これだけではジリ貧だ。そこで、双魔は次の一手を打つために、ティルフィングとレーヴァテインに声を掛ける。
「ティルフィング!レーヴァテイン!俺の身体は任せる!金蛟剪にできて二人にできない道理はない!」
『なっ!私そんなことやったことありませんわよっ!?』
『ソーマ!流石に全身は難しいぞ!』
「それなら右腕と左腕だけでいい!任せた!スゥーーーー……フゥーーーーーー……」
『レーヴァテイン!やるしかないぞ!』
『はい!お姉様!私!双魔さんを勘違いしていましたわ!この方!冷静沈着に見えて無茶苦茶ですわ!』
ティルフィングの切り替えの早さのお陰で、レーヴァテインの覚悟が決まったのか悲鳴のような声を上げながら承諾してくれた。双魔は返答を聞く前に二人に自分の腕を委ねている。
自分の意志とは離れてティルフィングとレーヴァテインによって俊敏に、繊細に動く両腕が黄金の刃を打ち砕いていく。その間に、双魔は二手目を打つために呼吸を整え、整うとほぼ同時に奥の手の二の矢を発動する。
「“解放・汝が剣は我が剣”……“金蛟・億魂散滅剪”ッ!」
発動したのは空間魔術によって一度異空間に取り込んだエネルギーを転移させて射出する、デュランダルとの闘いでも使用した術だ。これにより“虚空の穴・鎧”の中に消失した凶刃は金蛟剪自らのもとへと帰っていく。
『クハハハハッ!今度はそう来たか!』
金蛟剪は今度は自分に迫り来る凶刃を目にして、笑い声を上げた。そして、白姫の腕で自らの顎を大きく開くと勢いよく閉じる。
ジャキンッ!
壮絶な裁断音。向かい来る金色の凶刃は、根源である蛟龍の顎によって容易く噛み砕かれる。
ギャリンッ!ギャリンッ!ギャリンッ!
それだけでなく、金色の凶刃同士で衝突し合い相殺して消失するもの多数。既に一千万弱の凶刃は捌いている。
「スゥーーーー……フゥーーーーーー……スゥーーーー……フゥーーーーーー……」
『ソーマ!?大丈夫か!?』
『お姉様!今はっ……』
『ッ!分かっている!』
呼吸を整えて大規模かつ繊細な力のコントロールが必要な術を二重に発動、かつ、ティルフィングとレーヴァテインに自らの腕を委ねている双魔は既に限界は疾うに過ぎた状態だった。
目尻からは血涙が頬を、口元から顎へも血が伝い滴り落ちる。ティルフィングの心配も当然だ。神器の励起により肉体も大幅に強化されていてこれだ。後の反動が怖い。それでも、レーヴァテインの言う通り、今を凌ぎ切らなくては、死が待つのみ。加えて、蜀の命運も双魔の肩にかかっているのだ。双魔、ティルフィング、レーヴァテインの心はそれで一つだった。
ジャキンッ!ジャキンッ!ジャキンッ!
一方、金蛟剪は無造作に“億魂散滅剪”の凶刃を咬み砕き続けていた。集中する双魔たちには見えていないが、その余波でまだ待機状態で宙で制止している黄金の凶刃も砕け散っている。その範囲は格段に広く、何と七千二百四十六万三千八百五十九の刃が消え去っている。
そして………………永遠にも思えしその時に終わりが訪れる。
「………………………………」
『クハハハハッ!よく捌き切った!伏見双魔とその魔剣ども!大したものだ………貴様らは殷周革命の戦場を駆けた仙人にも劣らぬぞ!まさに世界の英雄と言っても過言ではなかろう!』
唇を動かすことも叶わず、満身創痍でティルフィングとレーヴァテインの切っ先を向ける双魔と対峙した金蛟剪は愉快至極と言いたげに、白姫の顔に笑みを浮かばせていた。無限にも感じられた絶対的な力はなりを潜め、見る影もない。そんな状態でも金蛟剪は満足気だった。
(………あれは…………………なん……………………だ……………?)
霞む視界の中、双魔は確かな違和感を得ていた。それは、金蛟剪に残った僅かな力。明確に、明瞭に、これまで奮っていた膨大で絶対的な力とは異質なものが金蛟剪の中に感じられたのだ。
『さて、伏見双魔。貴様と魔剣どもの奮闘によって我が目的は叶った。また会おう事があればゆるりと礼を言うことにしよう……それではなっ!』
『なっ!貴様っ!?』
『どういうつも………消えてしまいましたわ……』
あろうことか、金蛟剪は比較的丁寧に別れを口にすると、そのまま姿を消した。太公望の封神は発動していない。つまり、自らの意志で、何らかの手段を以て、金蛟剪はこの場から去っていったのだ。
金蛟剪が消えると同時に白姫の身体は糸の切れた木偶のように動かなくなり、そのまま落下を始める。
(………ティル……グ……レー……テ……ン……わる…………)
『お姉様っ!!双魔さんも!』
『っ!誰かーーーー!!ソーマを受け止め……』
双魔はティルフィングとレーヴァテインに微かに意思を伝えると、そのまま気を失ってしまった。白姫と同じように落下を始める。動揺したティルフィングとレーヴァテインは思わず助けを求める。その言葉を叫び終える前に……。
「双魔殿ぉ――――――!!」
熱烈、大音声の憂え声とともに、水の体躯の龍がその身をくねらせて飛来するのだった。





